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異世界艦隊日誌  作者: アシッド・レイン(酸性雨)
第三十一章 狼狩り

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暴露

待ち合わせの喫茶店につくと一番窓際の席に腰を下ろして店員にカッフェを頼む。

私服の為だろうか。

以前来た時は軍服を着ていた為かおどおどしている様子を見せていた店員も、今日は他のお客と同じ態度で対応してくれる。

まぁ、仕方ないかと思う。

今や、軍服を着た男達、特に赤いラインの入った袖の軍服を着た男達に人々は恐れを抱いているのだから。

ふー。

以前なら軍人は商人にもなれない落伍者というイメージがここ連盟では強かったが、それでもそれは商人にならなければならないという認識の強い人達だけであり、一般の人々にとってそれほど悪いイメージはなかったと思う。

なんせ、軍人であれ、商人であれ、結局は同じ国の者同士という認識があったからだ。

しかし、トラッヒ率いる赤シャツ団が政府を乗っ取り、この連盟という商人の国を全く別のものにしてしまった。

以前なら、金が支配していたであろうこの国は、今や恐怖と不安が支配してしまっている。

確かに以前の金が全て、商人で成り上がるのが成功者という形は決して褒められたものではない。

実際に改革を望む声があったのも事実である。

だが、人々は商人が牛耳るこの体制に不満や不平に文句は言ったが、それでもまだ自由があった。

そう、不満をぶちまけたり、不平を訴えたり出来ていた。

確かに度が過ぎれば問題だが、それでも余程の事がない限り拘束されたりはしなかったし、私刑(リンチ)が行われたりはしなかった。

まだきちんとした法律があり、金の力で歪められることはあったが、それでもまだ機能していた。

だが、今や法律は無きに等しい。

赤シャツ団団長、今や連盟の最高支配者であるトラッヒ総統の意に反するものは次々と拘束されたり、裏でポルメシアン親衛隊(旧赤シャツ団)や一部の軍人達の私刑(リンチ)の餌食となっていた。

はぁ……。

ため息が出る。

強いものには巻かれよとばかりに今や軍の大半はトラッヒ総統の飼い犬だ。

運がいい事なのかはわからなかったが、自分は左遷されたという事もあり巻き込まれることはなかった。

どうやら左遷される様な無様な者は、相応しくないとでもあのエリート意識の高い総統様にでも思われたのだろう。

形だけでもあんな連中の同類になりたくないという嫌悪感が強いから、それはそれでありがたい。

心底関わりたくないと思っていたのだ。

だが、それでいいのか?

以前は商人たちの私兵と呼ばれる事もあったが、それでも祖国を守るための軍人という認識はあった。

だが、人々の目には、軍人は今や恐怖の対象だ。

トラッヒ総統の犬であり、完全に人々の支持を失ってしまっている。

だが、そんな軍人たちばかりではない事は自分でもよくわかっている。

そして、人々も……。

その上、そんな軍人達を支持してくれる支援者も現れた。

元リットーミン商会代表、キラッシュ・リットーミン。

もう、商会とは関係ない。

そうは言っていたものの、それはないだろう。

そうでなければ、資金援助や物資の援助など出来るはずもない。

そして、何よりありがたいのは情報網である。

今日、私服でここに来ているのも、得られた情報をその情報網を使って活用すべくここにいるのだ。

そんな事を考えているリネット・パンドグラ少佐は男に声を掛けられる。

「すんませんね。お待たせしましたか?」

年は三十代半ばといったところだろうか。

ヨレヨレのシャツとズボン、それにぼさぼさの髪。その上、咥えタバコと媚びたような笑み。

さえないという言葉がよく似合う感じの男だ。

グレン・ランカードリッチ・リンスペン。

それがこの男の名だ。

「いいや。待つのはもう慣れたよ」

実際、短気は損気という言葉を左遷されてからというもの身に染みて感じさせられる。

それに、親友の彼女との出会いが大きかった。

あれ以降、パンドグラ少佐は国の為に何かできないか。

そう考えるようになったのだから。

だから、時間が少しぐらい遅くなろうと以前のように怒鳴りつけたりはしない。

それどころか、それを条件にして少しでもうまくやろうという考えさえある。

つまり、そういった経験によってしたたかになったと言うべきだろう。

「そりゃ、意味深な言葉ですな」

カラカラとそう言って笑いつつ向かいの席に座るグレン。

で、店員にラッパドンナ(紅茶とコーヒーを混ぜてミルクを入れた飲み物)を頼むと視線を外に向ける。

「で、どういったご用件でお呼び出し頂いたんでしょうか、少佐殿」

少し棘のある物言い。

とくに『少佐』の部分には皮肉がたっぷりと塗してある。

グレンは軍属が大嫌いであった。

取材の際には軍人とのトラブルが多い事もあったが、何より軍人にいいイメージは持っていないからだ。

もっとも、商人にもいいイメージは持っていなかったが……。

そんな皮肉たっぷりの言葉に、苦笑をしながらパンドグラ少佐は口を開く。

「そう構えないでくれ。キラッシュ殿から紹介を受けたんだ」

その名前に、グレンのニタニタした笑みが一瞬止む。

すーっと今までの顔が嘘のような真剣な表情になった。

「それはまた……。彼とはどんな関係で?」

「支援を受けるものという関係かな」

「ほほう……。支援を受ける、ねぇ……」

「『いつかあの日みた朝日を共に見よう。今はまだ無理でも』と言えばいいかな?」

その言葉に、グレンの真剣な表情が崩れた。

余程おかしかったのか腹を抱えて笑い出したのだ。

「酷いですな。それを先に言ってくださいよ」

カラカラと笑いつつ、そう言い返すグレン。

「確かに、その方が良かったかな」

そう言いつつ、パンドグラ少佐の表情はそう思っていないことが伺えた。

「要は、こっちの出方を見たかったという事ですかな?」

「まぁね。気を付けるにこしたことはないだろう?」

「確かにその通りですな。で、どうでしたか?」

そう聞き返されて、パンドグラ少佐は苦笑する。

「まぁ、赤シャツ(れんちゅう)とは関係ないと思ったよ」

「なぜです?」

興味深々と言った感じで聞き返すグレン。

じーっとグレンを見た後、ニタリと笑ってパンドグラ少佐は口を開いた。

「君みたいなタイプの男は、あの組織には入れないと思ったからね」

「ほほう。理由は?」

「連中は、自分達は選ばれた者達だというエリート意識がとてつもなく強い。だから、君のような男に声はかけないだろうなと。それに今の物言いからも軍人嫌いがわかるからな。軍人嫌いならば、今の政権に取り入ろうとする事はないだろう。それにだ」

そう言ってテーブルに置いてあった新聞を彼の方に置く。

新聞は、どちらかと言うと物好きが読むと言われている三流の『カッカドント』と呼ばれている新聞社のものだ。

その新聞の一面をトントンと指で叩きながらニタリと笑う。

「こんな記事を書くガッツのある男が、連中の犬であるはずがないからな」

その新聞の一面にはデカデカと『このままでいいのか。世界から孤立する連盟』というタイトルが書かれている。

要は、現政権批判の記事である。

ほとんどの新聞社が政府批判を恐れる中、唯一この新聞だけが批判を行っているのだ。

「しかし、よく無事でいられるな」

心底驚いた顔でそう言うと、グレンはニタリと笑う。

「まぁ、今の所はガス抜きというところですかな」

要は、そう言った批判があった方が不平不満が溜まりにくいとでも上の人間は思っているのだろう。

実際、全てが同じ意見だとすれば、それはそれでおかしい事だ。

人によって考えば違うのだから、もしそうなった場合、周りに合わせているだけであり、不満は内に秘めている事が多い。

そして、それが溜まって限界を超えて爆発するとき、とてつもなく大きなものなる。

そうならないようにはけ口として活用されている為、今の所はそこまで目くじらを立てられていないという事なのだろう。

つまり、今の所は政権はそれをする余裕があるという事なのだ。

それはグレンや真実を広げようとする者達にとっては屈辱であると同時にチャンスでもあった。

実際、彼らは秘密裏に情報網を広げ、かなりの繋がりを持つと言えた。

「今は……か」

「ええ。今は、ですよ。いつかはそんな余裕さえ無くしてやろうと思ってますがね」

ニタリと笑うグレン。

自分らが弾圧されるというのに、それを楽しみに待っている素振りさえ見せる。

彼らにしてみれば、そう言った余裕がないという事は、自分達がそこまで政府を追い詰めているという事の証なのだ。

「その時はどうする?」

そう聞かれ、グレンはニタリと笑みを浮かべた。

「そりゃ逃げますよ。命あってのですからね。ですが……」

只の笑みが意地悪そうなものになった。

「それでも裏で色々やってると思いますよ」

要はそれだけ今の体制に不満を持っているという事だ。

いや、もしかしたら赤シャツ団やトラッヒ総統にかもしれないが、それを突っ込む気はなかった。

「いい心がけだ。さすがはキラッシュ殿が薦めてくるわけだな」

納得した表情をするとパンドグラ少佐は大きめの封筒を出す。

「これは?」

「新しいネタだ」

「ネタ……ですか?」

怪訝そうな顔で封筒を受け取ると、中身を確認もせずバックに入れる。

流石にここで広げてみる気はないらしい。

「ああ。君も連盟が何やら新兵器を使っていろいろやっているのは知っているな?」

「ええ。噂だけですが……」

パンドグラ少佐はちらりと周りを確認する素振りを見せると声のトーンをさらに下げる。

ただでさえ小さかった声がもっと小さくなる。

集中しておかないと聞き取れないレベルだ。

だから、グレンは真剣な表情でパンドグラ少佐の唇の動きを見る。

「潜水艦というのがその新兵器の名前だ。そして、それを使って連中は、王国に喧嘩を売っている」

その言葉に、グレンは唖然として動きが止まった。

「まさか……」

そんな声が漏れる。

だが、そう言われて納得できることがあった。

航路を閉ざし、自国以外の物流を止めにかかった事。

王国や共和国との取引が一気に行われなくなった事。

上げて言ったらきりがないくらいに色々なことが頭に浮かぶ。

そしてその点はつながった。

「それって……」

「ああ。王国との戦争だ」

すーっとグレンの額に汗が浮かんでいる。

「勝てるはずもないでしょう……」

「どうやら上は勝てると思っているらしい。詳しくはそこに書いてあるが、今は潜水艦の力を使って王国の国力を削る動きをしている最中だ」

沈黙が支配する。

そしてグレンはテーブルに置かれているすでに冷めたラッパドンナを一気飲みした。

そして、ふーと大きく息を吐き出す。

「こりゃ……とんでもないことになる」

「ああ、とんでもない事だ」

だが、すぐにグレンは真顔になった。

「しかし、この情報、どうやって?」

その言葉に、パンドグラ少佐は苦笑した。

「いや、左遷されたが故に、現場よりも上の方に色々ツテが出来てね。いやはやいい経験になったよ」

要は、現場から左遷されたが故に、上の情報が入りやすい環境になったという事を皮肉交じりに言っているのである。

もっとも、それだけではない。

裏でいろいろ手を回して動かなければ、こういう結果にはならない。

それがわかっているのだろう。

グレンはカラカラと笑う。

「まぁ、寄り道もたまには必要ってことですかな」

「ああ。その通りだ。それでどうする?」

探る様に聞いてくるパンドグラ少佐に、グレンはニタリと笑う。

「こんなおいしい情報、腐らせるわけにはいきませんぜ。近々、やりましょう」

「しかし、ここまでの情報を公開したら、不味いかもしれんぞ」

「何、言ったでしょう?いざとなったらとんずらですよ」

そう言った後、グレンは楽しげに微笑む。

「それよりも少佐、これからもよろしくお願いしても?」

「ああ。構わないとも」

そう言いつつパンドグラ少佐は右手を差し出す。

それをちらりと見て、グレンは楽し気な表情を浮かべる。

「なら、こちらこそよろしくお願いしますよ」

そう言うと手を握り返したのであった。



そして、約一か月後の七月一日。

この情報は、記事として日を見る事となる。

『連盟の新兵器、潜水艦とは?!そしてその兵器を使った政府の行き末は?王国との戦争か?!』

そう表題のされた新聞が店先に並ぶ。

その新聞は普段の三倍近く刷られ、その全てが売り切れた。

そして、その新聞の事を知ったトラッヒ総統は怒り、その新聞を発行する新聞社に対して取り締まりを敢行する。

「今までガス抜きと思って見逃していたが、もう我慢ならん」

そう言って部隊を動かしたものの、すでにその新聞社はもぬけの殻となっており、関係者は家族ともども姿を消してしまっていたのであった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 複雑に成り過ぎない程度に多方面からの視点によって事の推移が見えて来ますね! [気になる点] この先、トラッヒが何時の時点で自信が八方塞がりに成っている事に気付くか…… そしてその時にどん…
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