表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界艦隊日誌  作者: アシッド・レイン(酸性雨)
第三十一章 狼狩り

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

616/837

イスターニアン軍港にて……  その2

まるで護衛するかのように道の脇には何列もの兵士達が颯爽と並び、その後ろには歓声を上げてフソウ連合と王国の小旗を振って歓迎の意を示す民衆たち。

その中央の道を毛利少将を先頭にフソウ連合王国派遣艦隊、通称『毛利艦隊』の幕僚の面々が進んでいる。

その場に流れるのは、フソウ連合の国歌とも言うべき曲『皆共に進もう』である。

王国海軍の音楽隊が演奏するこの曲は、勇ましいものや猛々しいものが多い他の六強の国歌と違い、どちらかと言うと物静かで穏やかなものだ。

元々、フソウ連合の今の形に落ち着く前、各地区ごとに敵対してそれぞれが独自の政治を行っていた頃、これではいけないと今のフソウ連合の原型ともいえる形を作り上げた先駆者が唱えた思いが歌詞となっており、相手を慈しむ歌詞と優しい曲調が特徴であった。

『確かに今までの恨み辛みもあるだろう。それぞれの考えもあるだろう。だが、それは絶対的な壁ではない。過去は過去だ。それで未来を閉ざしてはいけない。だから共に歩こう。我らの光ある未来の為に』

その歌詞を音楽隊が演奏する曲に合わせて民衆が歌っている。

歌詞の書かれた紙を持ち、即席で歌うためか、決して素晴らしい歌声でもまとまりがあるものでもない。

たどたどしい言葉で聞きづらいところもある。

だか、それでも思いは伝わる。

人々の思いは……。

毛利少将は歩みを一旦止めると微笑む。

王国の人々のフソウ連合に対する思いを受け取って……。

それは後ろに続く者達も同じであった。

祖国に強い思いを持つ者ならば、余計に強く感じただろう。

そして、毛利少将は周りを見渡した後、頭を下げる。

それは民衆の歓迎に敬意を表してであった。

その様子を見て、メイスン卿はニタリと笑って隣にいるアッシュに声を掛ける。

「中々粋な歓迎じゃないか」

その言葉に、アッシュは困ったような顔をした。

「いや、演奏はこっちが用意したものだが、民衆が歌うというのは予定にはありませんよ」

つまり、誰かが先導して実践したという事だ。

「ほう……」

メイスン卿は目を細めると、副官に何やらごそごそと話をする。

それを聞き、副官は頷くとその場を離れていく。

「何をやるんですか?」

「いや、何、こういった最高の演出をやってくれたんだ。それを決めた奴には褒美ぐらいはと思ってな」

そうは言っているものの、目を細めて何やら考え込んでいる様子だ。

その様子を見て、アッシュは苦笑する。

「また何か考えてるんじゃないんですか?」

その言葉に、メイスン卿は悪戯がバレた子供のような表情を一瞬する。

「何、こういった式典関係の演出が出来るやつがいた方が、いいかもと思ってな」

その言葉に、アッシュが感心したような顔つきになった。

確かにこういった相手の心を打つ演出は表立って見えないものの、どうのこうも言いつつも結局は全ては人と人との繋がりである以上、使い方によっては話し合いや関係をより有利に進める要因になる可能性はある。

そう考えたのだ。

だから、「なるほど……」という納得した言葉が口からこぼれた。

「だろう?」

そう言いつつ、メイスン卿の視線はフソウ連合の集団に向けられたままだ。

そこには感心したような感情が漏れ出ていた。

「しかし、あの指揮官、落ち着いてやがるな」

メイスン卿は感心したように呟く。

今回、フソウ連合の艦隊を受け入れるに辺り、国賓待遇の式典規模となっている為もっと緊張した、或いは落ち着かない様が見れるだろうと思っていたのだ。

それなのに、この歓迎ぶりを受け入れ、それどころか歓迎する民衆に礼をするほど状況把握し対応できている。

これは、手ごわい相手だ。

メイスン卿はニタリと笑みを漏らす。

肝っ玉の据わった男だな。

こういった輩は、もし戦ったとしたらやりにくい相手だ。

彼の長年の経験からそう判断したのである。

どんな武勇を持とうが、戦略を持とうが、人は緊張し、迷い、躊躇する。

だが、それが全く見えない。

そう見えたのであった。

しかし、毛利少将とて人の子だ。

港に接舷する前までは、余りの民衆の歓迎ぶりに緊張しガチガチになっていた。

思わず尻込みしたものの、波辺大尉のいつもの『颯爽としたお父さんだったら、真奈美ちゃん誇りに思うだろうな』という魔法の言葉と一度きちんと決めた後は、ブレない性格から、降りる頃には完全に落ち着いた態度になっていた。

それに、以前、形こそは違うがアルンカス王国で盛大な歓迎を受けたことも大きいだろう。

もっとも、あの時はここまで整然とという感じてはなく、熱気渦巻く祭りの神輿に載せられたという感覚に近かったが……

そんな事があったとは知らない為、落ち着き払った態度にアッシュも感心していたが、ふと隣を見てため息を吐き出した。

「余計なことはしないでくださいよ」

それはメイスン卿の顔を見て自然と漏れた言葉である。

その言葉に、ちっと舌打ちはしたものの、「わかった。わかった」と返事を返すメイスン卿。

アッシュがいろいろ考えているという事もあるから、それを邪魔しては不味いかという思いからだが、それと同時にどうせ一ヶ月近くこっちにいるのだから今は無理でもその内機会はあるだろうからその時にやるかと考えた為であった。

「本当ですからね」

「ああ、わかっているって。お前さんの手腕を見せてもらおうじゃないか」

その言葉に、アッシュが困った顔をする。

「それは、試験ですか?」

「いいや、ただ単にお前さんのやり方を見せてもらおうと思ってな」

メイスン卿からそう言われ、アッシュはニタリと笑い返す。

そこには、不満も不安もない。

ただ、自信満々とした気持ちだけがあった。

「確かに、フソウ連合はサダミチの祖国です。ですが、それはそれ、これはこれですからね。出来る限りの事はしますよ」

そこには、友情は友情、国は国ときちんと分別のついた意思が感じられる。

「ああ。楽しみにしているよ」

それだけ言うと、メイスン卿は背筋を伸ばして口を閉じた。

まもなくここにフソウ連合の代表が辿り着くからである。

そして、アッシュはふーと息を吐き出す。

緊張しているのだ。

彼とてわかっていた。

これは、今後の王国とフソウ連合の関係を形づけるものになると。

そして、何より自分の国王になる為の課せられた試練の一つだという事も……。


歓迎式典の代表の前まで来ると、毛利少将は足を止めた。

後ろに続く幕僚達もだ。

だが、落ち着き払っている毛利少将に比べ、幕僚達はかなり落ち着かない様子だ。

それ故に、毛利少将の落ち着きぶりが際立っている。

そして、敬礼すると口を開いた。

「フソウ連合海軍、王国派遣艦隊、本日15時10分、無事到着いたしました。以後、よろしくお願いいたします」

その言葉に、アッシュも敬礼し返事を返す。

「ようこそ、王国へ。我々は遠き国から来た友を歓迎いたします」

互いに敬礼をしていた手を下げると歩み寄り、握手を交わす。

その様子に、民衆の歓声が一際高くなった。

恐らく、新聞に使われるのか、或いは軍の広報に使われるのだろう。

カメラのフラッシュがいくつもその場を照らす。

その光を受けつつアッシュが苦笑する。

「すみません」

「いえ、大丈夫ですよ。いろいろあるのはわかっています」

そう言って毛利少将は、カメラに向かって視線を向けると握手したまま微笑む。

その言葉と態度に、外交の為にいろいろ考慮しなきゃならない事は理解していますよという意味で受け止めたアッシュであったが、毛利少将本人はそこまで考えていない。

外交がどうのこうのとかは考えておらず、ただ、写真が載った新聞は買い漁って娘に見せなきゃいかんな程度の事しか考えていなかったのである。

もちろん、その心情を理解しているのは浜辺大尉のみであり、その場にいた他の関係者の毛利少将に対する評価は、堂々とした態度とその受け答えにぐんと上昇したのであった。

こうして、フソウ連合毛利艦隊は王国に滞在する事となる。

それは、王国が注文した対潜型駆逐艦六隻の引き渡しと対潜戦闘のノウハウを伝える事だけで終わらない。

ここから、王国とフソウ連合の本格的な軍事協力体制の構築が進み、それは二国間の同盟をより強固にするだけでなく、王国海軍の強化とフソウ連合との連携を高めていくこととなるのである。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ