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異世界艦隊日誌  作者: アシッド・レイン(酸性雨)
第三十一章 狼狩り

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戦いの終わり  その2

フソウ連合毛利艦隊の動きに反応したのは、N-003だけではなかった。

残りの潜水艦も、運もあるだろうが、敵の攻撃や動きに繊細な注意を払って対応してきたからこそ生き延びてこれたのだから、敏感に反応するのは当たり前と言えよう。

この時点でN-003を含め六隻の潜水艦がまだ健在であり、動いたのは四隻である。

動かなかった二隻の内、一隻は内部の混乱によって争いが起こり、殺し合う流血騒ぎに発展。乗組員の半数が死傷して動くに動けない状況であり、もう一隻は、完全に艦長の心が折れてしまい臆病になって行動を起こさなかった。

たが、乗り込んでいる者は誰もそんな艦長を責めなかった。

初の実戦でこんな体験をすればそうなっても仕方ないと補佐についた艦内では一番のベテランの副長は判断し、今は生き残ることを優先した結果である。

そして動いた四隻の潜水艦の内、一際反応が早かったのが、N-001を率いるシュトランカ大尉であった。

N-001の艦番号が示す通り、連盟海軍初の潜水艦艦長であり、潜水艦乗りでは最もベテランと言える。

寡黙で黙々と行動をするゆえに物静かな印象の強い彼だが、その内部にはやる気と負けん気に満ち満ちている熱い男で、魚雷の不発が続いていたため戦果はイマイチだが潜水艦についての知識や戦術に長けた猛将である。

だからこそできたのだろうが、彼は敵から砲撃されつつも潜望鏡を上げたまま進んで魚雷攻撃を仕掛けたり、かなりの近距離に近づいて攻撃したりとかなり大胆な、そして果敢な攻撃を仕掛けたりといった逸話をいくつも持っている。

彼からしてみれば、砲撃されていても潜水しなかったのは砲撃がそうそう当たるかという感覚であり、より近づいたのも命中率を上げたいが為だけである。

もっとも、今回の航空機による攻撃と爆雷攻撃は、初めてという事もあり、ヤバいという感覚が優先して潜水し回避に転じている。

だが、元々の負けん気の強さが災いしてかかなりイライラしており、そんな彼が、敵の動きに素早く反応するのは当たり前と言えた。

だから、集音機担当の兵から敵離脱の報告を受けると、かれは素早く浮上を命じ、潜望鏡で周りの状況を確認した。

そして、発見するのである。

毛利艦隊の本隊を……。

「へっ。俺らを舐め腐りやがって……」

無口な事が多いシュトランカ大尉が呟くように吐き捨てる。

その言葉に、副官は驚く。

ここに就任してからの付き合いで、普段はこんな言葉を口にする男ではないと知っているからだ。

だが、そう言いたくなる気持ちも分かったため、艦長もやっぱり愚痴ぐらいはこぼす時もあるかというぐらいしか思っていなかった。

しかし、実際はシュトランカ大尉がかなりイライラしており、熱くなった思考で判断力が低下していたのである。

だから、ここで副官が何か一言声を掛ければ結果は違っていたかもしれない。

だが、副官はそのままスルーしてしまった。

「よしっ。仕掛けるぞ。雷撃戦用意ーっ」

その命令を受け、乗組員達も溜まっていたイライラや不安を吹き飛ばすかのように動き、艦内が一気に活気づく。

「雷撃戦用意ーっ」

「微速前進ーっ。このまま真っすぐ進め」

「微速前進っ」

じわじわと毛利艦隊の本隊に迫るN-001。

相手の動きから、こっちを発見したような素振りはない。

「よしっ。貰ったっ」

そうシュトランカ大尉が思った時だった。

潜望鏡の端に黒い点が過ったのである。

それはかなり小さな点で、海上ではなく空中であった。

すーっとシュトランカ大尉の背中に冷たい汗が流れ、負けん気が優先して熱くなっていた思考が一気に冷えて正常に落ち着く。

つまり、我に返ったという事だ。

「まさか……」

その呟きが漏れた瞬間であった。

ドンっ。

艦のすぐ側で爆発音が鳴り、艦が大きく揺さぶられる。

それと同時に艦内から悲鳴のような声が響く。

「浸水ーーーっ、浸水だーーーっ」

くそっ。嵌められた。これは罠だっ。

瞬時にそう判断したシュトランカ大尉は命令を下す。

「急速潜航ーっ。浸水は直ぐに対応だ。急げっ」

しかし、続けざまに艦の付近でまた爆発が起き、艦が再び大きく揺れ、悲鳴とより勢いよく噴き出す水音が艦内に響き渡った。

足元には、浸水した海水が流れ込み始め、水かさの増し方からかなりの浸水があることがわかる。

より激しくなる水音、悲鳴、そして慌ただしく叫び指示を出す声。

誰もが死にたくない一心で、懸命に動いていた。

だが、そんな中、絶望的な声が響く。

「た、大変ですっ。電池と海水がっ」

その言葉だけで、シュトランカ大尉は何が起こったのかわかってしまった。

蓄電池が海水に触れてショートし、猛毒の塩素ガスが発生したのである。

浸水は止めれば何とかなるだろう。

しかし、艦内に発生した有毒ガスにはこのまま潜水して対応する術はない。

また、きちんと分断する隔壁などない初期の潜水艦故にそこだけ隔離する事も出来ないし、もし隔離できたとしても電池が死んでしまえば潜水艦はただの鉄の棺桶となってしまうだけだ。

そして、こうなってくると生き残る為にはまだ動けるうちに浮上するしかないが、そうなると敵の航空攻撃を受けるだろう。

だが、素早く浮上して白旗を上げて降伏すれば……。

もう、それしか選択はない。

そう判断したシュトランカ大尉は悔しそうな無念の表情で命令する。

「浮上だっ」

「しかし、敵が待ち構えているのですよっ。みすみす撃沈されに行くのですかっ」

副長が叫ぶように反論するが、シュトランカ大尉は怒鳴る様に言い返す。

「もう、どうしょうもないんだ。急速浮上して、すぐに白旗を上げろ。それしか生き残る術はない」

普段の彼ではありえない対応に、副長は驚き、そしてそれだけ事態は深刻なのだと理解した。

「わ、わかりましたっ。浮上だっ。それと白旗を急いで用意しろっ」

乗組員達が慌てて指示に従い動く。

浮上していくN-001。

再び艦の近くで爆発が起こり、大きく揺れるもなんとか無事だ。

そして、あと少しでハッチを開けて白旗を持った乗組員が飛び出そうとした瞬間だった。

しかし、それは適わなかった。

無情にも爆弾の直撃を受けたのである。

艦橋部分は吹き飛び、そしてハッチを開けようとしていた白旗を持った乗組員をただの肉片へと変えてしまう。

そして、損害はそれだけではない。

指揮所にも被害が及び、シュトランカ大尉も怪我を負う。

全身を襲う鈍痛。

そして自分が倒れ込み、海水につかり始めていることがわかる。

口の中に海水が入り込み、息が出来ない。

それでも何とか息をしようと顔を上げる。

そして、そこで目に入ったのは、吹き飛んだ指揮所と滝のように流れ込んでくる海水。

そして、かっては自分の部下だった者達の肉片だ。

「そ、そんな……」

微かに何とか吐き出す言葉。

そして、半分吹き飛んでしまった副官の顔が目の前にあり、死んでいるはずなのにその片目と目が合う。

それはまるで恨み睨みつけられているようであった。

「すまん……」

短く、そして最後の吐息と共にシュトランカ大尉は水かさを増す海水の中に沈んでいったのであった。



もちろん、九七艦攻の攻撃を受けたのは、N-001だけではない。

同じように浮上し、攻撃を仕掛けようとしていた他の潜水艦も攻撃を受けていた。

それはN-003も同じである。

しかし、大きく違っていた点がある。

それは最も遅く動いたという事だ。

ある意味、他の艦に比べ、浮上するのに間が開いたという感じだ。

ノルンナ大尉の迷いが初動の遅さに影響を与えたと言ってもいいだろう。

たが、今回、その迷いがプラスに転じた。

待ち伏せしていた九七艦攻は最初に浮上したN-001や他の潜水艦に集中した為、N-003はそれほど攻撃されなかったのだ。

だが、それほどと言っても、艦付近に数回爆発が起こり、艦を激しく揺らし、傷つけたのは変わらない。

激しい浸水が艦内に起こり悲鳴のような声と慌ただしく動く人の発する音が響く。

それでもなんとか浸水を押さえたものの、逃げる様に再び潜水するのが精一杯であった。

「くそっ。図られたっ。連中、待ち伏せしてやがったっ」

ノルンナ大尉は吐き捨てる様に言うと近くにあったテーブルを蹴った。

バシャリっ。

すでに足首程にまで溜まっている海水が水音を立てる。

「しかし、なんとか助かりました」

副長のほっとした言葉に、ノルンナ大尉はふーと息を吐き出す。

しかし、それでほっとしてばかりもいられない。

次の手を考えなければ……。

敵はまだ待ち構えている可能性が高いのだ。

どうすべきか。

すでに艦はかなりの傷を負っている。

その上、電池も空気も残り少ない。

精々、あと三時間持てばいい方だ。

三時間後、決断しなればならない。

このまま死ぬか、生きる為に浮上するかを……。

ノルンナ大尉は眉を顰めて神経質な表情で指揮所をぐるりと見渡す。

乗組員達の様子を確認するかのように。

そして、その様子に気が付いたのだろう。

副官がニタリと笑みを浮かべた。

「大尉の指示に従いますよ。我々は大尉の部下であります」

その言葉に、指揮所にいた乗組員達は頷く。

心はまだ折れ切っていないか……。

ノルンナ大尉はそう判断した。

あそこまでやられ、それでもまだこういった反応が出来る。

いい部下を持ったな。

こんなに部下に恵まれているというのに、俺は何をしているんだ。

そして決断する。

「よし。ギリギリまで粘ろう。それがせめてもの我々の意地だ。そして、どうしても駄目な時は……」

「お供しますよ」

副長が笑って言う。

それを受け、ノルンナ大尉はやっと表情を崩して笑った。

「いい部下を持ったな、俺は……」

「今頃気が付いたんですか?」

副長の言葉に、くすくすと指揮所の至る所で忍び笑いが漏れる。

本当に自慢の部下達だ。

ノルンナ大尉はそう思いつつ息を吐き出す。

そして命令を下した。

「よし。深度30で固定。我慢比べを再開するぞ」

「はっ」

こうして、N-003は再度、深海に潜み、様子をうかがう事になる。

もっとも、この時点ですでに毛利艦隊は、王国へと舵を切って海峡を突き進んでおり、三時間後、夜の帳が当たりを満たす頃、意を決して浮上したN-003は拍子抜けを喰らう事となるのである。



こうして、エレクーシュナ海域での戦いは、フソウ連合の圧勝に終わった。

連盟海軍の被害は、参加潜水艦三十隻の内、無事に戻ったのは僅かに三隻であり、その内、無傷で再び戦線に復帰できるのは一隻のみで、他の二隻は、修理するよりも新造した方がマシというレベルであり、実質、参加した艦艇は全滅と言っていいほどの状態であった。

そして、それに対して、フソウ連合の損害は、エンジントラブルによる不調で着水し、処分された九七艦攻一機のみであった。

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