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異世界艦隊日誌  作者: アシッド・レイン(酸性雨)
第三十一章 狼狩り

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王国海軍省、アーリッシュの執務室にて……

「殿下、式典の準備は終わりました。いつでもできる状態です」

エリザベートの報告を聞き、アッシュは壁に掲げられている王国周辺の地図を見ながら「ああ…」という感じの生返事をする。

いつもなら、何考えてんだかといった感じぐらいしか思わないのだが、アッシュが子供の頃に会ったことのある少年だと気が付いてからというもの、彼のことを事細かく観察していった結果、今は何やら必死に頭を動かしている為にこんな返事になったんだと理解していた。

だから、その返事に心の中で別の思考が頭の中を支配する。

彼は今何を考えているのだろうか。

それは彼女のアッシュの事をより知りたいという思いが、欲求がそうさせているのである。

つまり、今やエリザベートにとって、アッシュは王族、貴族同士の繋がりの為のただの婚約者ではなく、気になる異性であり、好意や思いを寄せ始めている人物になりつつあった。

だからこそなのだろう。

普段ならそこで会話は終わるのだが、エリザベートはアッシュの隣に来ると地図を見つつ口を開く。

「しかし、まだ到着する予定すらはっきり連絡してこないのは余りにも失礼だと思いませんか?」

本当なら「何を考えておいでですか?」とか聞けばいいものの、意識し始めて以降は相手の、それもアッシュの気持ちを直接聞くという行為に憶病になっていた。

だからこそ、報告の繋がりから思いついたことを聞くことになってしまったのである。

だって、自然な流れを考えるとそれが無難なんだけど、何を聞いているのよ、私っ。

知りたいのはそこじゃないでしょっ。

心の中で自分に叱咤するものの、一度言ってしまった以上、その言葉を引っ込めれない。

口は禍の元と言われる由縁は、出したら取り消せないのも大きいのかもしれない。

そんなエリザベートの心の葛藤なんてアッシュが気が付くはずもなく、ただ地図を眺めつつアッシュは答える。

「君も気になってたか……。実は私もなんだよ」

その言葉に、エリザベートが目を白黒させる。

えっ、私、今の苦し紛れで言ったんだけど……。

そんなエリザベートを置いてけぼりにしてアッシュは言葉を続けた。

「普通だったら間違いなく到着予定は報告してくるだろうし、フソウ連合は、いやサダミチはこういった事は特にきちんとするタイプのはずなんだ。それにもうかなり近くまで来ているというのに今だに到着予定の一つも来ない。これは余りにもおかしい。それがさっきから気になっててね」

そういって、アッシュは地図からエリザベートの方に視線を向ける。

その顔に浮かぶのはリラックスした笑みだ。

それはアッシュ派や特に親しい人に向ける笑みであり、エリザベートにも彼らと同じ親しみを持っていると言える。

それがわかり、エリザベートは頬に熱が集まるのが判る。

それはそうだ。

好意や思いを寄せ始めている相手から親しい笑みを向けられてうれしくない女性はいない。

自分は実に女性らしくないと思っていた故に、そんな女性みたいな反応をしてしまったのに驚きながらも、心の中では飛び跳ねたい衝動を抑えつつエリザベートは思考を回転させて思いついたことを口にする。

「殿下もそうお考えでしたか。私もこれには何か別の理由があるのではと思っていたのです。だって、今回、王国の支援に向けての艦隊派遣なのに、時間をかけすぎでしょう?その上、帝国、公国にも寄っています。これは王国側としては、本当に支援の為の艦隊なのかと疑ってしまいそうな行為ばかりです」

「ああ、支援ならば時間をかけることなく、迅速に派遣すべきだ。それはサダミチもわかっているはずだ。なのに……」

その言葉を聞き、サダミチという単語になんかムカムカしつつもエリザベートは口を開く。

「ええ。だからこそ、支援という目的以外に、なにか別の目的があるのではと思っています。まず第一に考えられるのは、公国と帝国との繋がりの強化という事ですが、これは別に王国の支援を先送りにしてまでする必要はありません。第二に考えられるのは、地形や環境の情報収集という意味合いですが、これはここまでだらだらしなくても出来る事ですし、艦隊が進んでいるのは公海で、さらにイムサの護衛艦隊が行き来する場所でもあります。そうなると急いで収集する必要性も理由もありません」

「ああ、その通りだ。だから、考えられるのは……」

アッシュがそこまでいった時だった。

ドアがノックされ、返事を返す前に開かれる。

「アッシュ、大変だ。予想通りだったぞ」

そう言って飛び込んできたのは、今やアッシュ派の筆頭でもあるミッキーであった。

その手にはボードが握られており、荒く興奮した息遣いから、報告を受けて一目散にこっちに来たらしい。

「少しは落ち着け」

そう言いつつ、アッシュは苦笑を浮かべてボードを受け取ると挟まれた紙に目を通す。

「思った通りだ」

アッシュは苦笑を浮かべてそう口にする。

「えっと……思った通りとは?」

エリザベートが思わずという感じの言葉を口にすると、アッシュは微笑みつつボードをエリザベートに手渡した。

私が見てもいいのだろうか……。

一瞬、そんな思いが浮かんだが、すぐに彼は私を信頼できる人間だと思われている事に気が付き、ドキドキしつつボードに挟まっている紙に書かれている内容を見る。

そこには『フソウ連合の艦隊、敵と思われるものと交戦中。ただし、砲撃ではなく、何やら新型の兵器や航空機による攻撃がメイン』と書かれていた。

「これは……」

「私が敵の指揮官なら、支援のフソウ連合の艦隊は、いい獲物だと判断するだろう」

「つまり、支援に来た艦隊を潰すことで、自分達の力を見せつける事とフソウ連合恐れるに足らずという事をアピールする為ですか?」

「そう言う事だ。そして、海中で待ち構えているのなら、どこがいいかと思っていくつかの地点に監視網を用意していた。そのうちの一つがここだ」

そう言ってアッシュは地図の一か所を示す。

そこには『エレクーシュナ海域』と印刷されていた。

「そして、そこで網を張る事で三つの事がわかった。一つは、敵となる潜水艦を実際に確認できた事」

そう言って、ディスクにあるもう一つのボードをエリザベートに渡す。

そこには「敵、潜水艦と思われる艦発見す。このまま監視を続ける」という報告があった。

今まで敵である潜水艦の洋上航海している様子を目にすることはなく、発見したとしてもほとんどが潜望鏡だけであり、全体の形といった事は謎のままであった。

一応、フソウ連合からの情報提供に形などもあったものの、それと同じとは限らないし、何より潜水艦の研究の為にはより多くの情報が必要になってくる。

だから、今回の待ち伏せを予想して警戒網を構築して得たものは、かなり貴重なものを入手できたことになる。

「それに、第二は、フソウ連合の所有する航空機という戦力の有効性だ。やはり、今回の事で潜水艦と航空機、この二つの技術を何とか王国も手にしなければならないと益々思ったよ」

航空戦力、その有効性は、話で色々聞いてはいる。

だが、その有効性を身近で知る機会はなかった。

だからこそ、今回の事でより実感したのだ。

「そして、最後の一つ、それが今君が言っていた疑問の答えだ」

「つまり、フソウ連合の艦隊は敵の潜水艦を一気に殲滅すべく、罠を張っていたと……」

「そう言う事だ。さすがはサダミチだ。わざと情報を垂れ流し、相手に迷い準備する時間を与え、やはり一気に刈り取る気だったか」

嬉々としてそういうアッシュにエリザベートは不満そうな顔で言う。

「ですが、引っかからない場合もあったのでは?」

「まぁ、それはそれであっただろう。その際は、サダミチの事だ。別の手を考えているだろうな。なんせ、サダミチの場合、用心深さが並じゃないからな」

楽しげにサダミチという単語を連呼してそう言うアッシュに、エリザベートは益々不満そうな顔になる。

反対に、エリザベートがなぜ不満そうな顔なのか理解できずきょとんとするアッシュ。

その様子を黙って見て、ミッキーは苦笑を浮かべた。

第三者から見れば、サダミチに対してエリザベートがヤキモチをやいているというのがはっきり分かったのだ。

彼女も苦労するな。

アッシュは鋭いようで、女性の考えを理解したりするのは下手だからなぁ。

そんな事を思いつつ、ミッキーはそんな二人を見てお似合いだと思っていた。

彼女なら、俺の親友の隣に立つにふさわしいと……。

そんな事を思いつつ、ミッキーはやっと口を開く。

「まぁまぁ、ここは次の手を考えてはどうですか?」

その言葉に、アッシュとエリザベートは視線をミッキーに向けて聞き返す。

「「次の手?」」

面白いように声がハマり、ミッキーは我慢しきれず笑う。

その笑いに、周りから自分らがどう見えていたのか何となく理解したのだろう。

ふたりは真っ赤になった。

要は痴話喧嘩でもしている様にしか見えなかったのではと気が付いたのだ。

「んんっ。それで次の手ってのは?」

空気を換える為だろう。

咳払いをしてアッシュが聞き返す。

ミッキーは何とか笑いを殺すと答えた。

「せっかく、フソウ連合の航空母艦が支援艦隊にいる事がわかっているんだ。いかにしてそれらの情報を収集するかとか、技術移転の交渉とかさ」

そう言われて、アッシュもエリザベートも考え込む。

「確かに。将来的には、それらの技術は必要になりますわね」

「ああ、その通りだ。特に航空機の技術は、研究がされているとはいえ、未知の領域だ。得るものは大きいぞ」

「そうですわ」

そうエリザベートがアッシュにいった後、思いついたのだろう。

彼女は言葉を続けた。

「そう言えば、アルンカス王国では、フソウ連合主体ではありますが航空機を運用する組織があり、アルンカス王国関係者でも利用できるとか」

「そうか。それを王国でもやれば……」

「ええ。全部が全部フソウ連合の関係者という訳ではないでしょうし、少しずつでも技術や情報を得る機会はあるでしょう。それに、そういった事が後で技術移転のきっかけになるかもしれませんわ」

「いいぞ、その案。王に掛け合って進めてみる価値はあるぞ。さすがだ」

「いえ、私の考えることなど、殿下は直ぐに思いついたことでしょう」

「何を言うんだ」

そう言って、アッシュはエリザベートの手を取るとぐいっと顔を近づける。

「君の意見、君のサポートは実に的確ですごく助かっている。ありがとう」

手を握られた上に迫られ、真っ赤になるエリザベート。

そしてそんな彼女の様子から、自分が何をしているのか理解したアッシュも真っ赤になった。

互いに朱に染まった顔を見つめあったまま固まる二人。

勿論、今話していた内容とは違う思考が二人の頭の中をぐるぐる回っているのは一目瞭然であった。

実にお似合いだとは思うし祝福したいんだけど、なんか腹が立つな。

こんなのを見せつけられるくらいなら、さっさと結婚してしまえばいいのに……。

そんな事を一瞬思ったものの、それを顔に出さないように注意しつつミッキーはため息を吐き出す。

「えっと、ラブラブするのは夜、二人っきりの時にお願いしてもよろしいでしょうか、お二人共……」

その言葉に我に返った二人は慌てて手を離し、距離をとる。

「あ、えーっとだね。そ、そう。す、済まなかったね、エリザベート嬢」

アッシュが何とかそう言うと、「い、いえ。そんなお気になさらずに……、殿下」とエリザベートは口にする。

その様子は実に初々しいのだが、そのままではまた固まりそうだと判断したのだろう。

ふー。

ミッキーは息を吐き出すと二人を見つつ、口を開く。

「それじゃ、集められる連中だけでも集めますか?」

その言葉に、アッシュもこのままでは不味いと感じたのだろうか。

慌てて賛同する。

「ああ、頼む。仲間(みんな)の意見も聞きたいしな」

その言葉に、エリザベートは少し残念そうな顔になったものの、すぐにいつもの顔に戻ると「それがよろしいかと」と自分の意見を述べる。

二人の様子に、もう大丈夫かと思ったのだろう。

「了解しました」

ミッキーはそう言うと退室していったのであった。

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