日誌 第三十五日目 その1
「長官、一休みいかがでしょうか?」
そう言って東郷大尉がコーヒーとケーキののった皿をお盆にのせて入室してくる。
ついついちらりと視線が動いてケーキの確認をしてしまう。
おっ、今日はチーズケーキか…。
「そのケーキ、大尉の手作り?」
「はい。うまくできているかどうかわかりませんけど…」
少し恥ずかしそうに頬を染めて言う東郷大尉。
どうも最近、家にあった料理のレシピ本を見てからというものいろいろチャレンジしているようだ。
特に洋風のお菓子には興味津々で、ここ最近はずっと手作りのお菓子が三時の休憩のコーヒーと一緒に出てくるのが定番となっている。
昨日はドーナツだったな…。
そんな事を思いつつ、報告書に視線を戻す。
「今読んでる分が終わったらいただこうかな。そうだ。一人で食べるのも寂しいから、よかったら大尉も一緒にどうかな?」
「あ、はいっ。喜んでっ」
ソファの方のテーブルに僕の分と自分の分のコーヒーとケーキを用意して終わるころにちょうどよく報告書を読み終えた。
「さて、いただこうかな…」
そう言いつつ、ソファに座るのにあわせてすーっとコーヒーとケーキが僕の前に出される。
実にいいタイミングだ。
最近はなんかタイミングよくしてくれるおかげで、こういうことだけでなく、仕事もなんかすいすいと進んでいる感じさえする。
「おおっ。うまそうだ。いただきます」
まずはチーズケーキの方からいただく事にする。
「えっと、どうでしょうか?」
「んんっ…うん。美味しいよ。僕好みの味だね」
そう言うと、東郷大尉の顔がぱーっと花が咲いたような笑顔になった。
そんな感じで二人でコーヒーブレイクを楽しんでいたのだが、東郷大尉がちらりとデスクの方に目をやって聞いてくる。
「さっきから熱心に見ておられたのは…もしかして北部基地からの定時報告ですか?」
「ああ。そうだよ」
チーズケーキを食べ終えて、コーヒーを楽しみながら答える。
「ここ最近、結界を越えての帝国艦船の侵入が多いからね。まぁ、一隻、二隻の偵察みたいな感じだから、こっちの艦が現場に向うと撤退しちゃうけどね」
そこまで言って僕は飲み干したコーヒーカップを下ろす。
お代わりはいかが?という仕草をする東郷大尉にお代わりをお願いして言葉を続けた。
「それでも、ここまで動きが活発だという事は、近々再侵攻があるんじゃないかと僕は見ている」
僕の言葉にコーヒーのお代わりを用意した東郷大尉が慌てて言う。
「なら、的場少佐に連絡を…」
コーヒーを受け取りながら返事を返す。
「多分、彼ならわかっているんじゃないかな…。一応、報告書の最後に、侵攻してきた時の対処はどうしますか?って言ってきてるからね」
「それで長官はどう返答されたんですか?」
「まぁ、アッシュのおかげで国際対応の方法とかがはっきりしたからね。だから、数隻の少数なら国際対応にのっとってやってくれと言っている。以前の戦いで捕まった捕虜の対応なんかもあるから、出来れば話し合いで捕虜を引き渡してお引取り願いたいものだね」
ごくりと唾を飲み、東郷大尉が聞いてくる。
「もし、数が多かったら?」
息を吐き出してゆっくりと言葉を口から発する。
「即戦闘対応だね。無駄で危険な対応させるくらいなら、最初から攻撃する」
そう言った後、少し苦笑して口調を変えた。
「もっとも…戦う前に発見したら即連絡辺りがくると思うんだけどね」
僕の言葉に、東郷大尉も少しほっとした表情で言う。
「それはそうですね」
なんかその態度が気になって少し聞いてみることにした。
「なに?的場少佐に興味があるの?」
僕の問いに、「へ?」って顔になった後、慌てて否定する東郷大尉。
「違いますって。私にはもっと違う思い人がいますから…」
「でも、なんかすごくほっとした表情してたよ」
「それは…」
そこまで言った後、顔を近づけてきて小声で言葉を続ける。
「実は…杵島少佐と的場少佐…お付き合いしてるらしいんです」
東郷大尉の言葉に、頭の中で二人を並べてみるが、なんかしっくり来ない感じだ。
それにいつの間にそんな展開になっているのか…。
だから、思わず東郷大尉に釣られるように小声で聞いてしまう。
「えっ…いつの間に…」
「なんでも、最近らしいです。お兄さん公認だそうで…」
「へぇ…。なら悪い事したかなぁ…」
「えっ…何がです?」
「いやだって遠距離恋愛になるじゃないか…」
僕の言葉に少し考え込んだ後、東郷大尉は苦笑した。
「いや、多分、それますます熱くなりそうな展開なんですけど…」
「えっ…どういうこと?」
思わず聞き返す。
するとニヤリと笑いつつ「知りたいですか?」と東郷大尉が聞いてくるので、思わず頷く。
そりゃ気になるでしょうが、そんなに言われたら…。
「いいですか、ここだけの秘密ですよ」
そう言いつつも実にいい笑顔の東郷大尉。
やっぱりこういう恋話は、年頃の女性には、まさに猫にマタタビといったところだろうか。
まぁ、僕も興味があるといえばあるんだけどね。
「実はですね、何年か前になるんですけど、休みの時に私服で行動中に変な男達に絡まれていたらしいんですよ。その時にですね、南雲少佐と的場少佐…当時は少尉ぐらいだったという話ですけど、ともかく助けてもらったことがあるらしいんです」
「へぇ…。でもこう言っちゃなんだけど、その組み合わせなら南雲少佐のほうに好意寄せないか?見た目もあるけど、なにより的場少佐は喧嘩が強いようには見えないしなぁ…」
「ええ。長官のおっしゃるとおりです。的場少佐は喧嘩強くないですね。その時だって、南雲少佐がほとんど倒してしまったという話ですし…」
「なら…なんで?」
僕がそう聞くと、東郷大尉はくすくすと笑って言った。
「南雲少佐は喧嘩の方に夢中で、彼女の方に襲いかかってきた男達の攻撃を身を挺してかばったのは的場少佐のほうだったらしいんです。そして、杵島少佐に『大丈夫だから』って何度も言いながら彼女をしっかりと守ったんですって…。それで、その姿にジーンとしちゃって一目惚れしたそうです」
「それはまた…」
なんか漫画か小説みたいな展開だなとは思ったものの、的場少佐ならやりそうだなぁとか思ってしまい、あえて口に出さない事にした。
「それで喧嘩の方は、南雲少佐が全員ノシたそうなんですけど、警察が来たから二人とも慌てて逃げ出したらしくて杵島少佐、お礼も何もいえなかったそうなんですよ」
「あらあら…それはまぁ…なんというか…」
「それで去年、こっちの基地でばったり会って、それでお礼は言えたんだけど…」
「気持ちの方は言えなかった訳か…」
僕がそう言うと、東郷大尉が「そうなんですよ」と相槌を打つ。
「それで、そのまま何年か過ぎたんですけど、やっばり彼のことが諦められないって相談受けて…そしたらですね」
そこまで言って東郷大尉はぐっと強く自分の手を握り締める。
「この前の戦いで杵島少佐のお兄さんの部隊と的場少佐が一緒に戦った縁で杵島少佐の実家で飲む事になったそうなんですよ。そこで、なんかお兄さんに家の妹はどうだって言われて、それでですね…ついに的場少佐の方から告白されたらしいんですよね」
そこまで言った後、夢見る乙女のようにうっとりとした表情で東郷大尉は呟く。
「ああ…私も告白されてみたい…」
その呟きになんか納得できなくなって、僕は思わず聞き返してしまっていた。
「なんか、少し悔しいかな…。そんなに大尉に思われている相手が…」
すると東郷大尉は、ため息を吐き出すとじっと僕の方を見て言う。
「なんで、こっちのほうの洞察力はないのかなぁ…。人の才能を見る目はあるのにっ…」
「そ、それはどういう…」
そういいかけた時だった。
僕のデスクのインターホンが鳴った。
慌てて立ち上がった僕はインターホンのボタンを押して言う。
「どうしたっ?」
「こちら、通信室ですが、緊急無線がありました。北部基地よりです」
「わかった。すぐにこっちの方に内容を送ってくれ」
そう言った後、ボタンを離して東郷大尉の方を向く。
「どうやら、嫌な予感は当たったみたいだな」
なんかうんざりした表情の東郷大尉。
「あんまり当たってほしくなかったんですけどね」
「仕方ないだろう。相手はこっちの都合は考えてないからな」
苦笑して僕がそう言うと、東郷大尉は仕方ないですねといった感じの表情をした後、きりりと表情を引き締めた。
「了解しました。すぐに作戦本部の新見准将と部隊統括部の山本中将、それに諜報部の川見中佐に連絡を入れます」
「ああ、頼む…」
僕がそう言って敬礼すると「はっ」と東郷大尉も返礼をして退室した。
東郷大尉が退出したあと、僕は息を吐き出す。
「思ったよりも動きが早かったな…」
無意識のうちに思っていた事が口に出ていた。




