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異世界艦隊日誌  作者: アシッド・レイン(酸性雨)
第三十一章 狼狩り

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『海狼の狩り』作戦  その3

「先行しているN-008より入電。『獲物が通り過ぎる。狩りの用意を』です」

その報を受け、N-018の艦長、ギュンター・ルフォン・ベルクマー大尉は十中八九作戦は成功すると確信した。

最初の頃と違い、ここまで大規模な作戦は初めてだが、最近は二~三隻でペアを組み、こういった感じで状況確認兼後方に回る者、待ち伏せするもので振り分けて狩りを実行する事は多い。

そして、今の所失敗はない。

だからそう判断したのだ。

へっ。フソウ連合だが何だか知らないが、俺らにかかれば手も足も出ないで海の藻屑になっちまうってことを示さなきゃな。

そう彼は思っていた。

彼は元々洋上艦の艦長から抜擢され、潜水艦の艦長になった男であった。

それ故に、洋上艦で艦長をやっていた時、王国や共和国、海賊に煮え湯を飲ませられ続けていた。

連盟海軍は最弱だと場末の海賊からも舐められる。

それは軍人としては余りにも屈辱的で惨めであった。

だからこそ、潜水艦の艦長となり、今までの鬱憤を晴らすかのようにあの王国海軍を狼狽えさせ被害を与えているという現実に酔ってしまっているのかもしれなかった。

もっとも、本人はそう思っていなかったし、乗組員達も自分達は最強だと自負していた。

そして沈められた連中は、偶々運がなかった。

そういう認識でいたから厳しい潜水艦での生活も苦にならないし、士気を高く維持できている。

それが続くと思っていたから今回の自分らの勝利を疑うはずもなく、ベルクマー大尉は空を見上げる。

いい天気だ。

雲が若干あるものの、狩りをするには十分すぎる天気だ。

そして周りを見回すと作戦に参加する味方の潜水艦七隻が同じように浮上して一息入れている。どうやらどこも似たようなもので、手の空いた者が甲板に出て身体を伸ばしたり、深呼吸していたりしていた。

もちろん、ベルクマー大尉のN-018の乗組員もである。

もっとも、それは仕方ないのかもしれない。

これから何時間も水中に潜み、敵艦隊を待たねばならないのだ。

潜水艦乗りに必要なのは、忍耐と冷静さである。

彼の持論だが、外れているとは思っていない。

そうでなければ、こんな最悪の環境で戦えるはずもないのだから。

だからこそ、戦果を上げて士気を鼓舞し続けなければならない。

そのおかげか、現在、本艦の士気は高く練度も十分である。

唯一の不安材料は魚雷の不発ではあるが、今回は残りを気にせず全部使いきれという命令も届いている。

普段の船団襲撃の際は、一回の戦闘で全弾使い切ることはない。

帰還途中で美味しい獲物を発見した時、ただ見逃すしかない事があったらどうするというのだ。

そういう思いがあり、大抵一、二発は魚雷を残して大抵の潜水艦が帰投している。

だが、今回は違う。

ともかく、目の前の敵を潰せばよい。

要は、帰りを気にせずぶっぱなし続ければよいだけである。

ふう……。

深く息を這いこんで吐き出す。

暫くは新鮮な空気が吸えなくなるのだ。

堪能しなくては……。

他の乗組員も同じ気持ちなのだろう。

甲板に出ていた乗組員達は、それぞれ戦いの前の緊張をほぐしているといった感じだ。

今回もやれるぞ。

前回の出撃で、初めて敵船撃沈を体験したということもあり、ベルクマー大尉だけでなく、乗組員もやる気に満ちている。

よし。俺もスコアを伸ばしてノルンナ大尉のようにエースと呼ばれるようになってやる。

ベルクマー大尉はそう決心すると自らの頬をパンパンと軽く叩く。

そして愛用の懐中時計を見る。

彼が軍務で初めて手に入れた給料で買ったものであり、彼と一緒に戦い、そしてそれ以降の人生を刻み続けた相棒でもある。

まだ時間は早い。

だが、彼は何となく早めに準備しておいた方がいいのではとふと思った。

もしかしたら、虫の知らせとかいうやつかもしれない。

ともかく、まだ時間に余裕があるが、早めに潜水していい位置取りをしておくか。

そう思ったのである。

ベルクマー大尉の乗艦しているND-1B型の速力は、水上10ノット、海中は6ノットとなっている。

もっともそれはカタログスペックだ。

実際は水中速力はもっと遅い。

恐らく5ノット出るか出ないかだろう。

ノタノタして他の潜水艦にいい位置を取られてしまいかねない。

ならば……。

決断は早かった。

「よし。潜航するぞ」

ベルクマー大尉の言葉に、副長が少し驚いた表情をする。

「まだ早くありませんか?」

その問いに、ベルクマー大尉は苦笑を浮かべる。

「いや、何となくだが、早めに潜っていい位置を取りたいと思ってな」

その言葉に、副長はクスリと笑った。

何となくだが、艦長の気持ちがわかったのである。

だから反対はしなかった。

もしかしたら、彼も何か感じたのかもしれない。

「いいですな。では……」

そう言った後、声のボリュームを上げる。

「各員、潜航用意ーーっ。準備急げーーーっ」

さっきまでのんびりとしていた空気が一気に緊張したものになった。

彼らの練度はかなり高いのだろう。

その動きに迷いはなく、自分が今何をすべきかをわかっている動きだった。

次々と開けられたハッチから艦内に乗組員達が滑る様に乗り込んでいく。

その動きは実に見事で、その様子を見てベルクマー大尉は満足げに頷いた。

だが、すぐに耳に残る波の音とは違う微かな機械音が気になって音の発信源を探す。

どこだ?

きょろきょろと周りを見回し、そして気が付いた。

音の発信源が自分の真上であることに……。

そして、雲の合間から黒い点がいくつも現れる。

「なんだ、あれは……」

思わず口に出てしまった。

そんな呟きであった。

そして、黒い点は段々と大きくなっていき、形がはっきりと見えてきて、それに比例するかのように音も大きくなっていく。

それに気が付いたのだろう。

他の潜水艦でも乗組員達が騒いでいる様子がちらりと横目に入る。

「おい……。あれはまさか……」

実物は見た事はない。

だが、話で聞いていた。

空飛ぶ兵器、飛行機の事を……。

「急速潜航ーーーっ」

無我夢中でそう叫んでいた。

その声に、乗組員の乗り込むスビートが上がる。

そして副長が乗り込んで叫ぶ。

「艦長、急いでっ」

「おう」

そう答え、ベルクマー大尉がハッチから艦内に入ろうとした時だった。

上空を通過する機影が目に入り、その翼には大きく赤い丸が記されている。

そしてそれと同時に艦の側で爆発が起こった。

水柱が立ち、海水が降り注ぐ。

海水にまみれながらもベルクマー大尉は舌打ちする。

「糞ったれっ。フソウ連合だとっ」

しかし、躊躇する暇はない。

慌ててハッチを閉じ、バルブを閉め始める。

それを待っていたかのように乗組員達が少しでも早く沈むように前方に駆け寄りN-018が前方を下に下げて沈んでいく。

その間にも、付近では爆発が続き、その衝撃で艦が大きく揺れた。

その度に艦内の非常灯が点滅し、海水がパイプから洩れたのか水の噴き出す音と慌てて修理の指示を出す声が響く。

しかし、それもしばらく経つと落ち着き、時折響く低い音のみとなっていく。

どうやら無事に潜水できたようだ。

それでも時折響く鈍い音と微かに伝わる衝撃は、潜水が間に合わなくて爆撃を受けた味方の潜水艦の断末魔なのだろう。

今回の奇襲で、ここで網を張っている味方潜水艦八隻の内、どれだけ生き残れたのだろうか。

あの時、偶々早く潜ろうと思わなければ、恐らくだが自分達も断末魔を上げていた方になっていただろう。

それを考えると……。

黙り込むベルクマー大尉に副長が声を掛ける。

「艦長……あれは……」

「ああ、恐らくだが、あれはフソウ連合が運用する飛行機という奴だ。実物は見た事はないがな」

ごくりと副長が息をのむ。

「さ、作戦はどうなるのでしょう?」

そう聞かれ、ベルクマー大尉は短く答える。

「わからん。だが、ともかく、現状の把握だ。艦の状況を確認だ。急げっ」

「はっ。すぐに」

副長が動き出そうとした瞬間、悲痛な声が響く。

「た、大変です。排水ポンプがっ」

乗組員の一人が慌てて駆け寄ってきて報告する。

「どうしたっ。落ち着け。きちんと報告しろ」

そう言われ、駆け寄ってきた乗組員はなんとか報告する。

「は、はいっ。先ほどの攻撃によってパイプの一部が破損、それは直ぐに対応して修理したのですが、その破損時に溢れた海水がポンプに降りかかり……」

副長が青ざめた顔で言葉を続ける。

「故障したというのか?」

「は、はいっ」

その返事を聞き、副長が恐怖に歪む顔で兵士から艦長に視線を移す。

「か、艦長……」

その場にいた誰もが恐怖に顔を歪ませて艦長を見ている。

それらの視線を受けつつ、ベルクマー大尉は顔色こそ青ざめていたものの、落ち着いて対応した。

「いいかっ。まずは深度の固定だ。これ以上、沈まないようにしろ。それと最優先すべきはポンプの修理だ。使えるものはすべて使って修理させるんだ。後、激しい動きや喋ることは空気を消費する。皆、不安かもしれないが、黙って修理を待て」

的確な指示とベルクマー大尉の落ち着いた態度に、乗組員達の不安が少し薄らいだようだった。

「機関の関係者を数名お借りしますがよろしいでしょうか」

「ああ、構わん。頼むぞ」

艦長と修理責任者らしき部下との間でそんなやり取りがあった後、艦内では非常灯がぼんやりと照らし静寂が続く。

そして時折、微かに響く鈍い音。

それが乗組員達を不安にさせていくが、誰もがじっと耐えていた。

これなら、大丈夫だ。

きっと浮上できる。

大丈夫だ。

心の中で何度もつぶやくように祈る。

だが、神は薄情だ。

どんなに適切に対応しょうが、どんなに信心深かろうが関係ない。

まさに運と言っていいのかもしれない。

そして、その運は、フソウ連合の第一攻撃隊の攻撃を免れ無事潜航出来た事で使い切ってしまったのかもしれない。

なぜなら、この後、N-018の姿を見たものは誰もいないのだから……。

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