狼狩り その1
王国に向かう毛利艦隊が本国からの連絡を受けたのは、作戦海域であるエレクーシュナ海域まで後一日といった距離になった時であった。
『こちら波高し。注意されたし』
要は、敵の動きが活発化しており、恐らく予想通り待ち伏せの可能性が高い。注意せよとという事だ。
その報告を聞き、艦隊司令の毛利少将はため息を吐き出した。
「やっぱりか……」
彼としてはこのまま敵が動かず王国について欲しいという気持ちがあったのだろう。
だが、そんな毛利少将を見て、副官の浜辺大尉は苦笑する。
「それだけ計画がうまく進行中という事ですよ」
「だが、こっちとしては敵が待ち構えている中に飛び込むんだ。何かあったら大変だろうが……」
「そうならないように徹底的に叩き潰すのが本作戦ですよ。それに、作戦がうまくいかず、ちょろちょろ出てくる潜水艦をモグラたたきの要領で長々と叩きたいですか?」
そう言われて、毛利少将が悔しそうな顔をした。
「確かにそれはごめんだ。さっさと終わらせて帰りたいからな。土産もたくさんできたし……。だが、そう簡単に言うが、もし撃ち漏らした場合は、敵の潜水艦の雷撃攻撃の嵐を受けることになる。それはさすがに……」
元々臆病で用心深い人物だけに気になるのだろう。
だが、そんな上官を鼓舞するかのように浜辺大尉は笑った。
「そうならないように、二重三重でやればいいだけです」
そうは言いつつも、敵の参加艦数や戦力がわからない中での戦いである。
前回の戦いの際は、敵の数ははっきりしていて、目的もしっかりしていた。
だが、今回は、目的さえも敵潜水艦戦力を出来る限り削るという曖昧なものだ。
どれだけ潰せば目的達成で安全だと確信が持てない以上、慎重になるのだろうと浜辺大尉は判断した。
だがやらなければならない。
そう思考し、窓の外に視線を向ける。
その先には空母大鷹の姿があった。
「今回は、前回と違って戦力は揃っているんです。空母とその艦載機、それに艦隊の主力は対潜能力が高い艦艇ばかりですから出来ますよ」
そこまで言われて、毛利少将はまたため息を吐き出すと、パンパンと自分の頬を叩く。
「そうだ。君の言う通りだ。済まなかった」
そう言った後、ニコリと微笑む。
「それと済まんな、いつもいつも……」
その言葉には、感謝の気持ちが詰まっている。
毛利少将も、浜辺大尉が自分をしっかり支えてくれている事を自覚しているのだろう。
だから、自然とそんな言葉が出たのだろう。
その言葉に、照れくさそうな表情を見せつつ、浜辺大尉は口を開く。
「お礼や感謝は無事帰国したからでいいですよ」
「そうだな。その時はうちに遊びに来い。うまいものでも食って騒ごう」
「いいですね。真奈美ちゃんとも会えるし……」
その言葉に、ビクンと毛利少将の眉が跳ねあがった。
「お前まさか……」
その剣幕と言葉に含まれている怒気に気が付き、慌てて浜辺大尉は言い返す。
「いや、そんつもりはないですよ。自分には付き合っている人がいますし、自分にとって真奈美ちゃんは親戚の子供って感覚です。それに何より年が離れすぎているじゃありませんか」
そう言われて、我に返ったのか毛利少将の怒気が引いていく。
「あ、そうだな。すまん……」
その落差に拍子抜けした感じで浜辺大尉が聞き返す。
「どうしたんです?」
「いや、男の子の友達が出来たとか言っていたのを思い出してしまってな。真奈美は絶対に嫁にやらんからな」
相変わらずの子煩悩に、浜辺大尉は心の中で苦笑する。
まだ早いですよ。
思わずそう突っ込みたかったが、グッと我慢をする。
そして、すぐに思考を切り替えた。
今は作戦の方を優先しなくては。勝たなければ、意味がない。
だから、表情を引き締めて聞く。
「で、作戦の方はどうしましょうか?敵の待ち伏せの可能性の高い場所などを始めとする戦場の情報はありますが、それ以外は余りにも情報がありません」
その言葉に、毛利少将は、海図に目を落としつつ口を開く。
「まずは索敵を出して戦場の状況の確認と、敵の確認を行う。進行方向を中心にある程度角度を付けて水偵を展開だ。特に、待ち伏せの可能性が高いポイントは重点的にな。あとは……」
そう言って海図の一点を指さす。
「こことこの辺りにも索敵を飛ばしてくれ」
そこは進行方向とはズレており、少し離れている場所であった。
「なぜ、そこを?」
「待ち伏せするにしても、ずっと潜っておくわけにはいかんからな。だから、敵の動きを知る必要がある。そして、敵の動きを知る為に見張りは必要だろう?」
「確かに……」
「それにだ。ここからだと後方から追撃し、待ち伏せに遭遇して逃走を始めようとした時、蓋の役割を果たすことが出来る」
その説明に、浜辺大尉は感心したように頷く。
「つまり、包囲殲滅という形ですね」
「そういう事だ。まぁ、もっともそういう形にはしないけどな」
そう言って毛利少将はニタリと笑う。
その様子はさっきまでの人物とは別人のようだ。
用心深く臆病ではあるが、やると決めた時の決断力の高さは相変わらずといったところか……。
今、フソウ連合海軍で指揮官として名をはせている的場少将や南雲大佐に比べ、華やかさや知名度は落ちるものの、その実力は負けていない。
特に臨機応変さと決断力の高さは抜きん出ていると評価されているからこそ、接触する各国の対外的な意味もあるだろうが、鍋島長官はこの作戦に毛利少将の階級を特別に上げて当たらせたのだろう。
そう納得しつつ浜辺大尉は自分の上官を頼もしげに見る。
そんな視線にも気が付かず、毛利少将はじっと海図を凝視しつつ言葉を続ける。
「それと索敵機には十分な高度を取らせるように。高くなれば発見しにくくなるとは思うが、敵がこっちが待ち伏せに気が付いていると思われたくないからな」
「了解しました」
浜辺大尉はそう言うとすぐに実行に移すべく行動を開始したのであった。
毛利少将の命令を受け、艦隊旗艦水上機母艦瑞穂からすぐに索敵機として零式三座水上偵察機が発艦した。
その数は、前方の方向にわずかに角度をつけ扇状に進む六機と指定された二か所の場所にそれぞれ一機の計八機である。
その内の一機、指定された二つの海域のうちの一ヶ所に向かうのは、東田兵曹長が機長を務める零式三座水上偵察機、507-3だ。
眼下に広がる見慣れたフソウ連合の海とも、透き通るような緑色に近い青いアルンカス王国の海とも違う重い色合いの海の上を機体は飛んでいく。
「しかし、見れば見るほどなんか寒そうな海ですね」
双眼鏡で警戒しつつ街野二等兵曹が言う。
「ああ、本当にそうだな」
後部上座に座る片路一等兵曹も警戒しつつ同意を示す。
そんな会話に、パイロットの東田兵曹長が呆れたような声をあげた。
「そりゃそうだ。もう六月とはいえ、フソウ連合よりも北側、それも北部氷海に近いんだから当たり前だろう。恐らくだが、海面に落ちたら死ぬぞ」
その言葉に、二人はぶるりと身体を震わせる。
勿論、寒さの為ではない。
「怖いこと言わないでくださいよ」
街野二等兵曹が抗議の声を上げるが、東田兵曹長は苦笑を浮かべて言う。
「事実を言っただけだ。もっともこいつはフロート付きだから撃墜でもされない限りは、寒中水泳みたいなことはしなくて済みそうだけどな」
「お願いしますよ」
「わかっているって。それよりもしっかり見張れ。我々が見過ごした結果、そんな状況にならないとも限らないんだからな」
「り、了解です」
「はいっ。気合を入れてやります」
それぞれそんな返事を返す二人。
そんな返事に、東田兵曹長は苦笑浮かべつつ機体を動かしつつ位置を確認する。
初めての場所だけに、念には念を入れて確認しておく必要があると感じたからである。
何度か確認し、問題ない事が判ると東田兵曹長は海面を見る。
思った以上に透明度は低くて薄暗い感じの海だが、それでも潜望鏡深度の潜水艦を発見できないほどではないがある程度深く潜ってしまったら難しいかもしれんな。
そんな事を思った矢先だった。
片路一等兵曹が声を上げる。
「前方二時の方向、海中に影あり」
その言葉に、残りの二人はそちらの方に視線を向ける。
するとそこには不自然なまでに色が黒い部分があった。
「よし。一旦高度を上げ、上空にて再度確認だ。いいな?」
「「はっ。了解しました」」
確認した507-3は直ぐに瑞穂に無線で報告する。
そして、他に艦影がないか警戒しつつ偵察を続行するのであった。
『コチラ、ゴーマルナナノサン。警戒海域ニ敵トオボシキ影ヲ海中ニテ発見ス』
その報と前後して、もう一つの海域でも海中に潜む艦影を発見したという報告が届いていた。
「二つとも当たりでしたか……。さすがですな」
瑞穂の付喪神が海図を睨むように見ている毛利少将にそう声を掛ける。
「ああ、私が敵の指揮官ならそうすると思っただけだよ」
そう感情を出さずに淡々と返す毛利少将に浜辺大尉が聞き返す。
「敵は、今の所、それぞれ一隻ずつですが、それだけだと思いますか?」
「ああ、そうだと思う。どれだけの潜水艦が参加しているかはわからないが、本命は待ち伏せの方だ。だから、あくまでも偵察と打ち漏らした艦艇を始末するためにそれほど戦力は割かないだろうしな」
そう言った後、毛利少将は視線を紅く線を引かれた地点、計画や報告があった待ち伏せがあると思われる場所に移す。
そして、顎に手を当てると呟く。
「やはり、ここか……」
敵の偵察の配置から導いたのだろう。
その言葉に、瑞穂と浜辺大尉は互いに顔を見合わせて頷く。
恐らく間違いないと……。
「よし。各艦に通達だ。明日作戦を実行する。作戦は昼間に合わせなくてはならない以上、各艦、速力を若干落として速力調節をするように伝えてくれ。それと十分に休むようにともな。ただ、警戒は怠るな。もしかしたら、不意打ちがあるかもしれんとも言っておいてくれ」
「「了解しました」」
浜辺大尉と瑞穂がそれぞれ敬礼し、命令を遂行するために動き始めるが、命じた毛利少将は視線を動かすことなく海図を睨みつけるかのように見続けている。
その視線は本当に海図を見ているのかさえ怪しい様子だ。
そう、今、彼の頭の中では、詰将棋のように明日のシュミレートが繰り返されている最中なのであった。




