王国首都ローデンにて… その2
「魔女?なんだそりゃ?」
アッシュは思わずそう聞き返す。
これだけ科学が発展した世界で魔法なんてのはナンセンスだと思う。
「いや…。まさに魔女だよ。関係した人間を不幸にする…災厄の魔女だ…」
ミッキーの顔は真っ青になっており、冗談なんかを言っている雰囲気ではない。
アッシュも口の中にたまった唾を飲み込み聞き返す。
「それで…その魔女がどうしたんだ?」
「その女、アンネ・ルククファンと言う名前なんだが、最初は海軍省のマッキン提督が連れてきたんだ」
「マッキン提督って…あのオカルト狂いのマッキンか?」
アッシュの言葉に、ミッキーは頷く。
「そう、オカルト狂いのマッキンだ。そしていつもの事だろうとみんな最初は相手にしなかったさ…。だが一ヶ月を過ぎたころには、彼女はいつの間にか大佐と同程度の権限を与えられていた」
「おいおい。そんなことがあるわけ…」
そう言いかけたアッシュの言葉も、ミッキーの「あったんだよ」という言葉でかき消される。
「嘘だろう?!王国海軍の人事は何をやってるんだ?」
アッシュのその声に、人事に関わる部門に配属されていた仲間がぼそりといった。
「なんかさ…おかしいんだよ。上司にその異常性を訴えたんだよ。そしたらあの女のことになるとなんでもないって言うんだ。そして、意見を言った一週間後、配置転換でミッキーのいる艦隊に飛ばされた…」
ごくりとアッシュの喉が鳴る。
どうやら無意識のうちに唾を飲み込んでいたらしい。
「なんだそれは…」
「どうやら、上の方でいろいろ圧力がかかっていたらしい。しかし、まぁ、それまでなら不正な人事ぐらいで済む。王国海軍の歴史を見れば、こういった事はよくある話だからな。だが、あの女の魔女と言われる本性はここから発揮されたんだ」
ミッキーはそこで一旦言葉を切ると、エールを飲み喉を潤す。そして続きを話し始めた。
「最初は、あの女絡みで第三王子と第二王子が諍いを起したんだよ。要はどっちの女かってあたりでさ…」
吐き捨てるように言うミッキーの言葉に、ああそういえばミッキーは間男に彼女を取られて大騒動起して以来、すっかり女嫌いになってたっけとアッシュは思い出す。
どうも、相変わらずのようだ。
そんな事を思いつつも、頷いて言う。
「要は醜いスキャンダルってやつだな。一応一部血を引いているとはいえ、親族としてもみっともない上に酷いものだ」
「ああ、王子個人だけならよかったんだけどな…」
「なんだそれは?もしかして…」
「そうだよ。想像通り…。派閥でやり始めた。そしてな、どうも噂だけで証拠はないんだが、他にも貴族や提督あたりをたらしこんでいたらしいんだ、あの女…」
「古代王朝を滅亡に導いた伝説の傾国の魔女みたいだな…」
アッシュが呆れ返って呟く。
しかし、その言葉にミッキーは頷いた。
「まさにその通りだよ。王がどれだけ諌めようとしても争いは収まらなかった。あれは傍から見てると実に醜いものだったよ。君がいなくてよかったと初めて思ったよ。いたら間違いなく巻き込まれていたからな」
「そんなにか?」
「ああ。君も薄々気がついていただろう。この争いの結果、一気に王位継承権の上位の王族と関係貴族がごっそりいなくなったんだから…」
王の活気のなさとまるで葬式のような王宮の雰囲気はそのためか…。
アッシュは、さっきまでいた王宮の様子や疲れきったような父親の姿を思い出す。
しかし、その争いがあってその結果ごっそりと上位王位継承権を持つものがいなくなったのはわかったが、そうなった経緯はどういうことだろうか。
「ふむ。結果はわかったよ。では、経過を話してくれ」
「ああ。もちろんだとも…」
どうやら、やばい話になると周りの者が判断したのだろう。
何人かが立ち上がって周りに人がいないかの確認と警戒の為に酒場の入口に向かう。
それだけでなく、窓や裏口の方にも向っている。
その様子を店の主人は苦笑して見た後、「俺はどうするんだ?」と聞いてきた。
その言葉にミッキーは苦笑する。
「何言ってるんですか。親父さんは信頼してますから。それに以前から似たような事はずっとやってたじゃないですか。それに何よりやばい話をするならここって決めてますからね」
そう言ってニヤリと笑う。
「おいおい。ここは会議室じゃないんだがなぁ…」
そう言いつつも悪い気はしないのだろう。
何も言わずにエールのお代わりを用意してくれる。
「俺は知らぬ存ぜぬだ」
「それでお願いします…」
そう言って、置かれたエールで口を湿らせてミッキーは語り始めた。
「嘘だろう?帝国海軍に…王国海軍の主力である第一艦隊、第二艦隊、第三艦隊の三個艦隊がほぼ殲滅されたって…」
思わず立ち上がりアッシュは言葉を失った。
王国海軍の中でも第一艦隊から第五艦隊の五つの艦隊は、王国の主戦力と言われる充実した艦隊編成で、一艦隊の構成は、重戦艦八、戦艦十二、装甲巡洋艦二十の計四十隻を中心とする計八十から百隻近い艦隊だ。
アッシュが率いた第二十三艦隊は、重戦艦二、戦艦四、装甲巡洋艦八の計十四隻を主力としており、実に倍以上の差がある。
その百隻近い編成の艦隊三つが一度の戦いでほぼ殲滅されたというのは、敗北どころの話ではない。
この世界で六強の中でも最強と言われた王国海軍の実に三割近くを失ったという事になる。
それは裏を返せば、海上支配の力が弱まった事を意味し、本土以外の植民地支配にさえ支障をきたす恐れさえある大惨事と言っていいだろう。
そして、その情報をアッシュは知らなかった。
つまり、ある程度の情報規制がされているという事。
だからこそ、ここまで周りに注意しなければならないと言うことか…。
だが、いつまでもこんな事を隠せるはずもない。
王は決断を迫られているといったところだろう。
だから、私が戻ったときでさえ、あれほどの覇気のなさだったのかとアッシュは納得した。
「しかし、何でそんな事になったんだ…」
アッシュの問いにミッキーは吐き捨てるように言う。
「あの女が、魔女が提案しやがったんだ。『今、帝国は弱体化してしまっている。愚かな皇帝のせいで民が苦しんでいる。それを救える方こそ、私の伴侶です』とさ…」
ああ…ミッキーが一番嫌なやつだな。
女を武器にして男を思うがままに操るってやつだ。
「王は止めなかったのか?」
「一度は止めたみたいだが、帝国の悲惨な現状は知られていたからな。だから、周りに説得されて軍を動かす許可を出しちまった。それで、我も我もとなってしまって収拾がつかなくなってしまって、結局第一艦隊から第三艦隊までが皇帝討伐で動き始めたんだ。まぁ、これだけの大軍勢なら、まず負けは考えられない。なんせ、情報にあった帝国の本国艦隊の総数は支援艦をひっくるめて百隻前後だったからな」
「大体三対一って感じか…。ならよほどの事がない限り、負けることはありえない。ましてや殲滅なんて…」
アッシュが独り言のようにそう言った後、気がついたのだろう。
ミッキーに問いただす。
「その情報は正しかったのか?」
「ああ、数は間違ってなかったよ。大体百隻と言うのはな…」
「なら、どうしてこんなに負けるんだ?」
「化け物がいたんだよ…。とてつもない化け物が…」
そう言ってミッキーはエールを飲む。
その様子を見ながら、アッシュもエールを口に運んだ。
よく考えてみたら喉がカラカラだ。
ぐっと飲むも、エールの味を感じられない。
ただ、液体が口の中から入って喉を通り過ぎた、そんな感覚だけが残る。
酔いはすっかり冷めてしまっている。
「その化け物って言うのは…」
「帝国の戦艦だよ。王国の重戦艦よりもかなりの大きさで、こちらの戦艦の主砲が弾かれたんだ」
「ちょっと待て。重戦艦って、三十センチ砲だよな」
「ああ、距離があるとはいえ、装甲貫通できなかったらしいんだ。その上、射程距離もかなり遠くから打ち込んできやがる。こっちの戦艦の決戦距離が1.5~2万メートル程度に対して、3万メートル以上離れた先から砲撃が始まり、こっちの射程距離に入るまで一方的に撃たれ続けたらしい」
「そして撃っても、弾かれると…」
「ああ、パニック状態になってしまって味方同士でぶつかったりで沈んだ船もあるくらいだ」
「それは…本当か?」
アッシュは信じられないといった顔で再度聞きなおす。
確かに王国海軍兵士の素行は最低だが、主力艦隊の連中はエリートであり、訓練もされている。
そんな連中がパニックになってというのは信じられなかった。
そのアッシュの考えがわかったのだろう。
ミッキーは念を押すように言った。
「ああ。本当だ。後方にいて助かった支援艦隊の艦長の提出した報告では、一方的に叩かれてパニックになり、ろくな反撃も出来ずに潰されていったと記載されている…」
基本、戦艦同士の戦いは、ボクシングと似ている。
いかに相手の攻撃をガードして被害を少なくして、こっちのパンチをぶち込んでダメージを与えるか…。
それゆえに、パンチ力の差、リーチの長さ、スタミナやガード固さによって差が開いていく。
そして、それと同時に冷静な判断も必要だ。
今回の場合、全ての面で相手の方が有利だったということか。
もちろん、勝ったほうもある程度の被害は出ているだろう。
しかし、ここまで一方的な差で敗北した戦いというのはアッシュの知っている限り初めてだった。
「今の話が本当なら…まさに化け物だな…その戦艦は…」
それ以外言いようがなかった。
今の王国海軍ではまったく手に負えない化け物だとわかる。
しかし、その化け物がいる以上、王国の海上利権や植民地が帝国や他の国に犯されるのは間違いない。
そして、それは王国をも潰しかねないものになってしまうだろう。
だからこそ、すぐにでも対策を立てなければらない。
しかし、どうすべきだろうか。
数のごり押しが通じない以上、何か手はないのだろうか…。
その時、すーっと頭に浮かんだ光景があった。
フソウ海軍の捕虜となり、そしてサダミチと友誼を交わした時に見た光景だ。
窓から見えるフソウ海軍の軍港…。
いくつもの軍艦が動き、港は活気に満ち満ちている。
そんな中、一際でかい軍艦が見えた。
大きさは王国の重戦艦の二倍近い全長の艦で、一際高い艦橋とかなり大型の主砲といくつもの小口径の砲が並び、まさに要塞と言っていい感じだ。
思わず、「何だあれはっ…」と声を上げた時、サダミチが笑いながら言った。
「ああ、あれはわが軍が誇る高速戦艦榛名だよ」
その言葉に驚いて振り向く。
横にいた女性の士官が慌てたように、サダミチに声をかけていたが、彼は「アッシュは友人だから大丈夫だ」と言っていた。
その時は、サダミチの自分に対する配慮と気持ちに感謝したからそれだけで終わったが、もしあれが本当ならあの艦ならその化け物と互角に戦えるのではないだろうか…。
確かめる必要があるな…。
そう思って顔を上げた時だった。
いくつもの視線が自分に集まっているのが感じられる。
もちろん、ミッキーや他の仲間達の視線だ。
アッシュはニヤリと笑う。
「よく教えてくれた。これでやっと現状は飲み込めたよ」
「その割にはなんかうれしそうだな…」
「ああ、どうやら神は王国を完全に見捨てていないみたいだな。その化け物に対抗できるかもしれん…」
「本当か?」
「ああ。まだ絶対とはいえないし、うまくいかない確率の方がはるかに高い。しかし、諦めるよりはいいだろう。ほんのわずかでも希望はあるのなら、それにかけたいと思う…」
アッシュはそう言うと立ち上がる。
「明日にでもまた王と面会して話をする必要がある。そして、もちろん、皆にも協力をお願いしたい」
その言葉に、沈み込んでいたその場にいた者たちの表情が明るくなる。
「それでだ…。今からその案について話し合いを持ちたい。協力してくれないか?」
「ああ、いいとも」
「もちろんだ。友よ」
「ボス、わかってますよ」
「当たり前だぜ」
全員がそれぞれの言葉で賛同の声を上げる。
その声を聞きながら、アッシュは内心その賭けがかなり難しいものになるのがわかっていた。
王の賛同を得るのはそれほど難しくないだろう。
今の様子なら、簡単に許可は得られると思う。
だが、問題は…、そう、最大の問題はフソウ連合のサダミチの了解をどうやって得るかだ…。
いくら親友と言ってくれるとはいえ、タダという訳ではない。
これは個人と個人ではなく、国と国の事になるからだ。
だからこそ、サダミチを、いやフソウ連合を納得させる条件を用意しなくては…。
そう思いつつ、口を開く。
今の自分の思い付きを仲間達に…。
自分一人だけでは無理な事もこれだけの人がいれば何とかなると信じて…。




