三つの艦隊
的場少将率いる第二艦隊第二分隊によるサネホーン艦隊への航空攻撃が終わり、アルンカス王国のフソウ連合基地アンパカドル・ベースへ戻った頃、フソウ連合海軍本部のあるマシナガ本島では三つの艦隊が出港しようとしていた。
一つは、一般人に開放されている港の一部に集まっている人々に見せつけるかのように。
もう二つは、それを避けるかのように秘密裏にである。
実際、最初の艦隊の出港には多くの一般人が解放区に集まり、見送っている。
その艦隊とは、南雲大佐率いる第一艦隊だ。
その中でも旗艦大和改と大和、武蔵の雄姿は人々を熱狂させるのに十分で、またそんな多くの人々の見送りに第一艦隊の乗組員は身が引き締まる思いであった。
そんな乗組員達を見つつ、南雲大佐は心の中で苦笑する。
出港前に聞いた鍋島長官の言葉を思い出したからだ。
「大佐、済まんが客寄せパンダになってもらえないか」
パンダと言うのは、鍋島長官が言うには、人気のある動物の事で、要は人の目を引き付けておいて欲しいという事を言いたかったのだとすぐに理解した。
第二艦隊第一分隊の被害が大きいと言う事を誤魔化す為、或いは払しょくするという意味合いがあるのだろう。
それに、こんな見送りを受けるのは乗組員の士気を考えても悪いことではないしな。
そんな事を思いつつ、南雲大佐も港に見送る人々に敬礼したのであった。
そんな華やかな出港とは反対に二つの艦隊が解放区からは見えにくい別のルートから出港していく。
一つは、潜水母艦大鯨を中心とした艦隊で、今回の『甲三十二作戦』の支援の為である。
また、その艦隊には補給用の艦船と護衛の艦船の他に補給、休暇、整備を終えた潜水艦三隻も同行しており、何やら秘密裏に大掛かりな事をしようとする雰囲気があった。
そして最後の艦隊は、こちらも支援艦を中心とした艦隊ではあったがその中心となっている六隻の支援艦の形は余りにも独特過ぎた。
船首と船尾にビルのようにそそり立つ船上構造物とクレーン。
それに比例して中央部分に建造物はなくて空間が大きく開き、船体は板のように水平で、水面からもあまり高くない。
板切れに前後の端に上に高い箱を乗せたと言った方が判りやすいだろうか。
誰もが見た瞬間、「何だ、あれは……」という感想を持つだろう。
その船は、フソウ連合海軍では、初めて運用される特殊移走型浮きドックであり、元々のベースはアメリカ海軍の非自走式空きドックAFDB-1と呼ばれていた艦船で、付喪神は憑いていない為、艦名がそれぞれつけられている。
一番艦から朧、黄昏、暁闇、玉響、爽籟、天明と名付けられ、一番艦の名前から朧型と形式されていた。
もちろん行き先はアルンカス王国フソウ連合海軍基地アンパカドル・ベースで、先の戦いで大きく傷ついた金剛などの多くの艦船の修理の為だ。
アンパカドル・ベースには本格的な修理施設はないものの、工作艦明石型が事前に一隻配備されてはいたが、今回の金剛、比叡の修理にはドック施設が必要な事が判明し、応急修理をして本国に移送して修理するよりも、浮きドックを派遣して現場で修理した方がいいとの鍋島長官の判断から、急遽決まったのであった。
それに本国のドックは現在余裕があまりないため、修理が後回しになる可能性も大きかった。
いくら全体の技術力や艦艇の質や練度でサネホーンに勝っているとはいえ、数の差はそれを覆すものがある。
だからこそ、数の少ないフソウ連合としては、いかにして損傷した艦船を素早く修理し、戦線に戻せるかは重要な事であった。
そして、それに合わせてより多くの人材の育成も急ピッチに進められている。
実際、今回、朧型の各船に回された多くの者達は、工作技術を専門とする学校の第一期卒業生たちであった。
本当なら、研修期間を得てある程度の経験を積んだ後に現場に配置としておきたいところだが、急に大きくなったフソウ連合では人員不足に陥っており、即戦力が求められた。
それ故に彼らも厳しい訓練を終えていたが、それが自信に繋がるかと言うとそうでもなく、プレッシャーや不安の方が大きいと言っていいだろう。
それも、今回のお相手がフソウ連合が誇る高速戦艦の修理という事を聞き、ますます大きくなったのは言うまでもない。
もちろん、要所、要所には彼らを指導するためのベテランが配置されていたが、今回の修理が彼らの初めての任務であり、仕事でもある。
だから、それを払いのけるかのように航海中も学んだ事の復習に余念がなかった。
練習するなら、これでもやっていろ。
そう言われて手渡されたのは、今回の修理に使う部品の加工である。
事前の報告から、ある程度の修理規模と必要なものはすでに用意されており、そのいくつかは先行して準備しておいてもいいと判断されたのだ。
皆、自分の技術を確認するかのように作業を進めていく。
そんな中、一段落ついたのだろうか、一人の男が手を休めて顔を上げた。
まだ年の頃は十代後半と言ったところだろうか。
少年と言ってもいい感じで、まだ幼い感じが残る顔には油と汗で汚れている。
「しかし、すげえよな……」
その言葉に、隣で作業していた男が手を止めて顔を上げる。
こっちは少し大人びた顔をしており、二十代前半と言ったところだろう。
年に違いがあるのは、専門学校募集の際、年齢に幅を持たせて募集されたためである。
その為、上は三十代、下は十代と第一期卒業生の年齢の幅は広い。
その少し大人びた男の顔も油と汗で汚れている。
「何がだよ?、松柴」
「南部さん、いや、俺らが整備して工作したこれらの部品があの金剛や比叡に使われるんだぜ。すげぇじゃねぇかよ」
松柴と呼ばれた少年は、身体を震わせて力説している。
どうやら感情が高揚して武者震いでもしているのだろう。
そんな様子を呆れ顔で見ていた南部と呼ばれた男は、仕方ないという感じで苦笑を浮かべた。
彼の気持ちはわかる。
自分だって今回の仕事は名誉なことだし、同じように感じている。
しかし、元々感情を表に出さない性分が幸いして、他人から見てもいたって普通に見えるらしい。
困った事だなと自分の事ながら思いつつ、言葉を返す。
「ああ、その通りだ。しかしだな、余りにも緊張したり、興奮すると足元をすくわれるぞ。教官も言っていただろうが。『技術屋はいつも冷静な判断と安定した技術を発揮できるから技術屋と言われているんだ。そんな技術屋になりたいなら、仕事中は常に冷静であれ』ってな」
「確かにその通りだけどさ……」
「それにどうせなら、全てを終わらせて、バーッとやろうじゃないか」
その言葉に、周りで作業していた者達からも声が上がる。
「いいな、それ……」
「うんうん。いいぞ。もしやるなら、俺は参加するぞ」
「面白そうじゃないか」
そんな声と同時に、別の声も上がった。
「そういや、アルンカス王国って『南の国で…』の舞台だよな」
「ああ。そういやそうだな」
「ならさ、休暇貰ったら、探索してみないか?」
「それもいいな。家に帰ったらみんなに自慢できるしな」
「あの映画の舞台になった国を見てきたってか?」
「応よ」
そして笑い声が起こる。
そんな声に、上官であるベテラン技術者が苦笑しつつ言う。
「楽しく希望を持つのは構わんが、それもお前ら次第という事を忘れるな。国を仲間を守る為、傷ついた艦船を修理し、再び戦えるようにするのが俺らの仕事だ。直接戦わない裏方めとかいう奴もいるが、俺ら縁の下の力持ちがいてこそ奴らも戦えるってところを見せつけるぞ」
その言葉に、その場にいた誰もが頷いたりやる気に満ちた表情をしたりして同意を示す。
「いいな、野郎ども。今からは学校の延長じゃねぇ。俺たちの戦場での戦いとなる。気合を入れてやっていくぞ」
「「「おう!!」」」
その声は大きく響く。
そしてその声は朧の艦橋で航路確認をしていた艦橋スタッフにも届いていた。
「ふんっ、新人共が……」
口元を吊り上げて船長が鼻を鳴らす。
しかし、それは別に下げずんだ笑みではなかった。
困った連中だな。
そういった色合いが強い笑みだ。
そんな船長に苦笑を浮かべた副長が声をかける。
「まぁ、士気が高いっていうのはいい事ですよ」
「空回りしなきゃいいけどな」
「それは大丈夫でしょう。ベテラン連中がうまくやっているようです。報告でも後は自信を持ち、経験さえ積めばよい技術屋になれる連中だと」
「ああ、わかってはいる。だが、なんか学校みたいでな。どうもな……」
そういう船長は、元々は船員育成の機関の教官であったが、フソウ連合では初めて運用する朧型という特殊な艦船の船長として抜擢された人物である。
それ故に、なんか教官時代を思い出してしまったのだろう。
ますます副官が苦笑する。
「まぁ、徐々に落ち着くと思いますから」
そう言葉を返すと、手元にあった資料を手渡した。
天気と海の状態の予報だ。
船の構造上、海面からの高さがあまりなく荒れた海での航行に適していない為、常に天候と海の状態には気を付けておく必要がある為である。
「ふむ。問題なさそうだな」
「はい。今の季節は大体穏やかだと聞いております。本当に助かりますよ」
「ああ、だが油断しないようにな。この船も、この形式の船もいままで運用されていなかったからトラブルが起こる可能性は高いからな。注意するに越したことはない」
「はっ。了解しました」
船長の言葉に、副長は敬礼したのであった。




