『甲三十二作戦』
「第一分隊から通信。『我、敵艦隊と会敵す。これより戦闘に入る』以上です」
その報を聞き、的場少将の顔が少し険しいものになった。
「思ったより早い会敵だな」
的場少将の予想では、明日の早朝と考えていた為だ。
半日も早く会敵して戦闘に入ってしまい、予定が大きく狂わされてしまった。
本当なら、明日の早朝に第二艦隊の総力で当たる予定にしていたのだが、現実は予定通りとはいかない。
まぁ、得てしてそんなものだが、実際、的場少将の人生はそんな事の繰り返しだった。
だからまたかという気持ちになってしまう。
そんな気持ちを見通してなのか、最上の付喪神が口を開く。
「思った以上に相手も味方も速力を上げていたんじゃないかな」
最上の言葉に、的場少将は苦笑を漏らした。
「あれほど速力を押さえてと言っていたんだがな……」
「まぁ、速力もあるんだろうけど、思った以上に第一分隊が遠方に出ていたというのも関係してると思うよ。確か、実弾射撃の訓練だっけ?」
「ああ、アルンカス王国から指定された訓練場の海域は確かにそうだな」
そう言い返しつつ、海図を確認する。
アルンカス王国から許可を受けた海域。
数島の無人島で構成されており、周りには航路もない。
だが、それは裏を返せば、人の生活圏から大きく離れた遠方という事になる。
だから、確かにそう言われてみればそうなるか。
海図や地図で結構アルンカス王国周辺は気にして注意していたつもりだったが、やはり距離感や位置の把握はやはりまだまだといったところか。
それに出来れば、第二艦隊の全戦力で対応したかったという思いもある。
こういう時にいかに戦力を削るかが後々響いてくることもあるのだ。
だから、それを考えれば敵の超々弩級戦艦を徹底的に潰しておきたいとも思っていた。
そんな事を考えている的場少将の考えが判ったのだろう。
最上が慰める様に言う。
「それに今更どうのこうの言っても仕方ないさ。もう戦闘に入ってしまったしな。どうせなら、過去じゃなく、先の事を考えよう」
その通りだった。
今更悔やむよりも、今やれることをやるだけだ。
過去を変えるなんてのは不可能だ。
なら、先を考えていろいろやった方が建設的というものだ。
「そうだな。最上の言う通りだ」
そう言った後、的場少将は後ろに控える副官に視線を向ける。
「我々が戦闘に参加できる距離まであとどれくらいかかる?」
そう言われてざっと計算したのだろう。
少し間があって返事が返ってきた。
「現時点の速力で、六~八時間程度かと……」
まぁ、そうなると作戦開始は早朝となる。
それはそれて予定通りなのだが、まさか一晩中戦い続けるなんてことはまずありえないだろう。
恐らくだが、戦闘参加できる距離に着いた頃には戦いは終わっている可能性が高い。
ならばどうするか……。
「恐らく我らが到着する頃には戦いは終わっているだろう。だが、どうなったとしても対応できるように準備を忘れずにな。それとサネホーンは潜水艦を保有はしていないと思うが、周囲の警戒を怠るなよ」
そう指示を与えた後、的場少将は確認するかのように副官に聞く。
「確か、敵の艦隊の監視には潜水艦も入っているんだよな?」
「はい。伊-21が監視任務に就いているはずです」
基本、艦隊発見の報が入ると、フソウ連合では、空と海の両方から監視が入る。
それは、天候の悪さや夜間に入って侵入してきた艦隊を見失わないようにするためだ。
「そうか。わかった」
短くそう返事を返すと、的場少将は海図に視線を落とす。
そして確認が終わったのだろう。
しばらく間があって口を開いた。
「確か、監視の潜水艦とは連絡が取れたよな?」
「はい。定期的に通信ブイを上げますから連絡は取れるかと……」
「そうか。なら、伊-21の補給状況を聞いてくれ。それと本国の鍋島長官に『甲三十二作戦』の実施の許可を求めてくれ」
「『甲三十二作戦』……ですか?」
気になったのか、副官が伺うように聞き返す。
それは副官も知らないという事になる。
だが、それでも構わずに的場少将は言う。
「ああ。そう伝えてくれればいい」
「了解しました。本国からの返信はどうされますか?」
「それはすぐに知らせてくれ」
そう的場少将は返事を返すと、もう一つの自分に向けられている視線の方に顔を向けた。
視線の主は最上である。
初めて聞く作戦名に興味深々といったところだろうか。
元々いろんなことに興味を持つ性分なのだろう。
じーっと的場少将に目を向けており、期待するかのような感情が見え隠れしている。
「ふーんっ。『甲三十二作戦』……ねぇ……」
その呟きに的場少将は苦笑を浮かべる。
「そんな視線を向けても話せないからな」
「別に……そういう訳では……」
「嘘こけ。そんな目をして思わせぶりに呟きやがって……」
そう言い切られ、ものの見事に当たっている為だろう。
最上は「ちぇっ」と舌打ちをした後、不貞腐れた表情になった。
それを見て、的場少将は苦笑を浮かべつつ口を開く。
「わかったよ。うまくいったら教えてやる。それで我慢しろ」
その言葉に、最上の顔がニタリと笑った。
「まぁ、それでいいか」
その対応に、的場少将はますます苦笑するのであった。
同日、午後十時過ぎ……。
第一分隊が敵艦隊と会敵し、戦闘に入ったという報告は鍋島長官の元に届いた。
「そうか。戦闘に入ったか……」
自宅に戻り、食事と入浴を済ませた後、作業室で『フソウ連合海軍第十一建造計画書』用のリバティシップことEC2型貨物輸送船を一気に四隻同時に制作し始めていた鍋島長官は東郷大尉の報告を聞き、そう呟いた。
戦力的には、かなり厳しいと言わざる得ない状況で、出来ればもう少し何とかしたいという気持ちはある。
だが、先の戦いで、第一艦隊は今だに修理中であり、第三艦隊はフソウ連合本国の防衛に残しておく必要性がある。
艦隊編成を進めてはいるが、早々すぐに出来るものではない。
作業の手を止めて、鍋島長官が考え込む。
そして口を開いた。
「それで、山本大将や新見中将はなんと?」
「お二方は、的場も、それに第二外洋艦隊もいるのですから、第一分隊の結果を聞いてからでも遅くはないのではないかと……」
「そうか……。そうだな」
そう言った後、顔を上げて東郷大尉の方に視線を向けた。
「それで済まないけど、結果が判ったら知らせてくれないか?」
「はい。すぐに報告できるように手配しておきます」
「ああ。頼むよ」
「それと……」
言いにくそうに東郷大尉が聞いてくる。
「的場少将から、『甲三十二作戦』の許可を求める報が入っておりますが……」
そう言われて、鍋島長官は頭の中の記憶を探る。
確か……『甲三十二作戦』は……。
腕を組むと暫く思考したのち、鍋島長官は口を開く。
「的場少将がそういってくるというのなら条件は整っているという事か……」
そう呟くように言った後、命令を下す。
「わかった。作戦を許可すると伝えてくれ。ただし、無理はさせないようにともね。当面は、連中に我々が潜水艦を保有運用しているのを知られたくないしね」
「了解しました。すぐに伝えておきます」
東郷大尉は敬礼すると退室しようとした。
それを鍋島長官は呼び止める。
「それと……」
「はい。何でしょう?」
そう聞かれて、鍋島長官は微笑んだ。
「夏美さんも時間見て無理しないで休んでね」
その言葉に、ピシッと引き締まっていた東郷大尉の表情が崩れ、柔らかな微笑みになる。
「貞道さんも無理は禁物ですよ。この前みたいなのは駄目ですからね」
そう言われて、鍋島長官は苦笑を浮かべる。
「ああ。勿論だよ。ああいう事にならないように気を付けるよ」
「ならいいです」
そう言って満足げな表情を浮かべると、東郷大尉は言葉を続けた。
「じゃあ、後で夜食お持ちしますね」
「ああ。楽しみに待っているよ」
その返事を聞き、嬉しそうに退室する東郷大尉。
それを笑顔で見送った後、鍋島長官は模型の制作に戻ろうと視線を落とす。
だが、その表情はさっとは違い、どちらかと言うと落ち着かない感じだ。
そしてため息を吐き出した。
「やっぱり艦隊の増強は考えなきゃダメか……」
しかし、現状の艦艇数でも人員が結構ギリギリなのである。
人員育成の施設や制度を作って対応しているものの、そうそうすぐに結果が出る訳もない。
「やっぱり、人がネックになるか……」
何か打開策はないだろうか。
確かに付喪神がいれば必要な人数は減るが、それはもう使えない。
なんせ、付喪神付きの艦船は限りがあるからだ。
だからこそ、それに代わって運用できるシステムが必要になる。
だがいろいろ考えてみてもいい案は浮かばない。
それに安易に艦船の増産をしたとしても、ただでさえ輸送船関係や護衛の艦艇で忙しくなっているのに、さらなる急な増産はドックや造船部門の関係者に負担を増やすことになるだけだ。
結局は、今ある戦力をやりくりするしかないという形になる。
ともかく、今は何とかやり過ごし、少しでも先に繋げる布石を打っておかないと……。
「ふー」
大きくため息を漏らすと、鍋島長官はガシガシと頭を掻いた後、気分を切り替えるかのように制作を開始したのであった。




