ルイジアナ 対 第二艦隊第一分隊 その2
夕暮れの前から始まった戦いではあったが、互いに決定的なダメージを与える事は出来ずに再度反転し砲火を交えようとしている頃には、すでに太陽は完全に地平線の下に沈もうとしていた。
血のように赤い光が一際強く周りを朱に染めてゆっくりと消えていき、その後を闇で染め上げていく。
それでも戦いは終わることはない。
先頭の金剛とルイジアナは相手に向かって探照灯という人工の光を向け戦いを継続している。
それは夜戦の始まりを意味していた。
互いに距離を近づけつつすれ違いの砲撃戦。
それが何回か繰り返される。
互いに何かを仕掛けようと考えているものの、互いに警戒してか仕掛ける事が難しい状況であった。
達人たちによる真剣勝負といった感が強く、第三者からは、互いにけん制して隙を伺うように見えただろう。
そしてその戦いを一言で言い表すならば、『速力と練度』対『装甲と火力』といったところだろうか。
『速力と練度』がフソウ連合側であり、『装甲と火力』がサネホーン側である。
すでにルイジアナには数発の砲撃が当たってはいたものの、ダメージは与えているが決定的なものではなく、またサネホーン側もルイジアナの装甲によってダメージは抑えつつも肝心の砲撃は当たらない。
そんな状態であった。
互いにジリジリと焦りと苛立ちが生まれてはいたが、それでも互いに慎重だった。
すでに戦いが始まって四時間が経過していた。
流石に上空での砲撃観測は不可能で、互いに動き回っての砲撃戦に、フソウ連合の水上観測機は近くの海に着水して燃料を温存しつつ戦いを終わるのを待つしかない有様であった。
もっとも、命令があればすぐにでも飛翔して照明弾を落とす準備はしていたが、これだけ激しく互いの位置を変えつつ動き回る為、その機会はなさそうである。
何度もすれ違って戦う度に互いの距離がジリジリと近づいていく様は、まるで真正面から対峙して速力を上げ、相手がひるむまで突っ込むというチキンレースのようだ。
たが、その互いに譲らない戦いにも終わりはある。
遂に五度目のすれ違いによる砲撃でそれは起こった。
今までかすめる事はあったルイジアナの主砲であったが、遂に当たったのである。
探照灯を照らし、先頭を進む金剛の艦体が一瞬ぐらりと揺れ、そして震えた。
それはまるで痙攣のようであった。
そして起こる激しい振動と爆発。
夜であるため目立たないものの、間違いなく立ち上る爆発による火災と煙。
その振動によって、金剛の乗り込んでいた者達は何かにしがみつき、しがみつきそこなった者達は、床に倒れ込む。
野辺少佐もとっさに何かにしがみつこうとしたものの、失敗し床に叩きつけられていた。
身体に痛みが走ったがそれに耐えつつ立ち上がる彼が見たのは、片膝をついて腹を抑え込んでうめき声を上げる金剛の付喪神の姿であった。
「どうしたっ。どこをやられたっ」
野辺少佐の声に、金剛は脂汗を流しつつ歯を食いしばって答える。
「不味った。装甲を突き破られてボイラーに喰らった。今、消火してくれているようだが、半分は駄目だろう……」
その言葉を証明するかのように金剛の速力が大きく落ちていく。
可燃物に引火したのか、爆発が何回か起こる。
その度に艦体が揺れ、金剛の表情に深い皺が増える。
「他の部屋への引火を押さえてダメージコントロールを徹底させろ。それと主砲。ともかく打ち続けろ」
野辺少佐が命令を下し、艦橋にいた者達が慌てて対応に動いている。
そんな中、それでも金剛は視線を外に、正確に言うと向かってくるルイジアナに向けていた。
そして、そんな金剛をかばうかのように後ろに並んでいた比叡が前に出る。
しかし、それを待っていたかのようにルイジアナの砲撃が襲う。
次々と打ち込まれる砲撃によって比叡のすぐ側に次々と水柱が立ち、そしてそのうちの一発が命中した。
中部の第一煙突と第二煙突の間辺りに命中し、第一煙突を半壊させ、カッターやボートを吹き飛ばす。
もちろん、その場にいた兵士は吹き飛ばされ、肉片と化していた。
「くそっ。しくじったっ」
比叡の付喪神が痛みに耐えつつ相手を睨みつけながら愚痴る。
しかし、それでも彼はあきらめてはいない。
金剛に比べれば、まだまだだという思いがあったのだろう。
だから叫ぶ。
「各自、被害報告。それと引火を防ぎつつ、救助に当たれ。一人でも多くの者を助けるぞ。それと主砲、うち続けろ」
その命令を受け、比叡の乗組員達がそれぞれの役割を果たそうと走り出す。
だが、それをわざわざ比叡が確認する事はない。
彼は信じているのだ。
自分と共に戦う兵士達を。
付喪神と人という違いはあれど、そこには大きな信頼があった。
完全に戦いの流れはサネホーン側になりつつあった。
たった二発の命中弾。
しかし、それは大きな二発だった。
それにより敵の二隻の戦艦は大きなダメージを受け速力を落とし、敵の艦隊の動きが散漫になりつつある。
それはやっと訪れた隙であった。
ルイジアナはニタリと笑う。
もちろん、すでに数発の命中弾を喰らっており無傷ではない。
痛みがあるが我慢できないほどでもないし、この絶好の機会を逃すつもりはない。
だから彼は命令を下す。
それは、まさに勝利を確実にするための命令であった。
「皆、今までよく耐えた。その皆の忍耐に勝利の女神が答えてくれた。さぁ一気に攻撃を仕掛ける。各艦、我に続け。一気に畳みかけるぞ」
その命令に艦橋内で歓声が沸き起こる。
誰も勝利を疑う素振りは微塵もない。
それはもちろん、ルイジアナもだ。
彼は興奮していた。
自分と互角に戦える相手、そんな強者を叩きのめせるという状況に、興奮が収まらないと言ったらいいだろうか。
今までの戦いは、格下の実力不足の相手ばかりであった。
装甲も、火力も、速力も、練度も、全てにおいて大きく劣る相手ばかりであり、それ故に今回の互角に戦う相手から勝利を得られるというこの興奮は、今まで感じた中でも最高に大きいと言えた。
だからこそ、油断が生じる。
勝利の女神は、浮気性で気分屋なのだ。
だからこそ、誰もが、自分の方に気を向かせるために、必死に努力し、色々な手を使ってくるのだから。
「比叡も被弾。速力落ちます」
その報告に、野辺少佐は素早く命令を下す。
「天城を前に出せ。それと敵はこれを機に攻勢をかけてくるはずだ。それに合わせて駆逐艦に雷撃を仕掛ける様に伝えろ。敵に徹底的にフソウ連合の雷撃戦の恐ろしさを教えてやれ!!」
「了解しました。すぐに伝えます」
その返答を聞きながら野辺少佐は前方を睨みつける。
そこには微塵も諦めや恐れはない。
その様子を痛みに耐えつつ金剛は見る。
これは……化けたな。
この危機的状況でありながら、野辺少佐は撤退ではなく、反対に好機とみて攻勢を仕掛ける様子に満足感を覚える。
これは木曽がいろいろ言ってくるわけだ。
彼もこの男の中に眠る素質に気が付いたのだろう。
いい指揮官になる。
そう実感する。
もし生きて返れたら、絶対に木曽に話さなければな……。
大きく隊列が乱れ、速力の落ちたフソウ連合第二艦隊第一分隊に止めを刺そうとサネホーンの艦隊が接近していく。
もちろん、フソウ連合側とてただでやられるつもりはない。
砲撃を繰り返し牽制しているものの、大きく速力が落ちて打ち合いになった場合、装甲と火力の差でフソウ連合に勝つ要素は限りなく薄くなる。
それを実感しているのか、サネホーン艦隊の動きは油断し散漫なものになりつつあった。
しかし、それでもこのままではフソウ連合の敗北は免れない。
だが、戦艦の影に隠れる様に進んでいた二隻の駆逐艦、朝潮と荒潮が一気に速力を上げて前に出た。
その動きに反応するかのように、ルイジアナの後ろから装甲巡洋艦や戦艦が前に出る。
ルイジアナが戦艦相手に砲撃を行うのを邪魔はさせない。
そういうつもりなのだろう。
或いは、手柄を立ててやろうという腹積もりなのかもしれなかったが、ルイジアナにとってはありがたい動きだった。
すでに彼の意思は、迫りくる駆逐艦より金剛や比叡、天城といった戦艦の方に向いていたのだ。
それ故に、気にも留めていなかった。
ただ、さっさと敵の戦艦に止めを刺し、勝利を確実にする。
そればかりを考えていた。
ある意味、勝利を焦っていると言えばいいのかもしれない。
互角に戦える相手から得られる勝利はそれほどまでに甘美なものであった。
それに、流れは完全にサネホーン側であった。
しかし、それは一気に覆される。
肉薄するかのように接近した二隻の駆逐艦、朝潮と荒潮が砲撃を行いつつ敵の戦艦や装甲巡洋艦の砲撃をかいくぐり、雷撃戦に持ち込んだのである。
二隻から撃たれた魚雷は全部で十六本。
少しずつずらされて放たれた魚雷。
砲撃戦の最中であり、また航跡の出にくい酸素魚雷という事もあってサネホーン側は魚雷発見が遅れた。
また、接近して距離が近い事も大きかった。
気が付いた時にはもうすぐ側まで魚雷が迫り、ルイジアナの前に出ていた戦艦や装甲巡洋艦に回避する暇はなかった。
次々と魚雷が命中し、派手な爆発が続けて起きるとあっけないほどに命中した艦艇が沈んでいく。
まさに轟沈と言っていいだろう。
その光景は、勝利を確信したルイジアナの興奮を一気に冷めさせるのに十分すぎる効果をもたらした。
さーっとルイジアナの興奮した顔から血の気が引く。
確か、今回参加した自軍の艦は通常の艦よりも装甲を強化し、打たれ強くなっているはずだ。
なのに、たった魚雷の一発で轟沈だと?!
信じられないものを見せつけられたという困惑の表情がルイジアナに浮かぶ。
だが、目の前に広がるのは間違いないものであり、結果がすべてを物語っている。
唖然としながらも、ルイジアナは無意識のうちに後ろに一歩後ずさりをしていた。
それは恐怖したと言っていいだろう。
確かに一発、二発ではこの巨艦は沈められることはないだろう。
だが、間違いなく、大きなダメージは喰らう。
そして、手に入れた情報から、フソウ連合は予備の魚雷を搭載しており、まだ弾は尽きていないという事もわかっている。
不味いぞ。
報告では聞いていたが、ここまでとは思ってもみなかった。
予想をはるかに超える破壊力ではないか。
焦るルイジアナ。
そして、それはサネホーン艦隊全ての艦艇に共通していた。
余りの破壊力に、誰もが唖然としてしまったのだ。
まさに、逃げる暇さえもなく轟沈される。
それは死への恐怖であった。
だからだろうか。
一瞬砲撃が収まったが、すぐにより激しい砲撃が開始された。
しかし、それはさっきに比べて無茶苦茶と言っていい砲撃だった。
恐怖に駆られ、ただ撃っている。
そう言ってもおかしくないほどの精度の低い砲撃だった。
そして、その砲撃の中、一旦雷撃を仕掛けて距離をとった二隻の駆逐艦は、再装填が終わったのか再び速力を上げてサネホーン艦隊に接近し始める。
それは後方に控える煙に包まれて動きが遅くなった三つの大きな影を守るように見えた。
今なら止めを刺せる。
しかし、そうなるとあの駆逐艦の雷撃を受ける可能性は高い。
そうなると被害は益々拡大する。
かなり手ひどいダメージを受けるだろう。
そうなると今後の侵攻作戦に遅れが生じる。
それに、今回の戦いで敵の主力戦艦に手ひどいダメージを与えたのだ。
恐らく、修理の為にはフソウ連合本国に戻らなければならない上に修理にも膨大な時間と人手を必要とする為、あの二艦は半年以上の間は前線には出れまい。
それにフソウ連合でもっとも注意すべきは、戦艦ではなく、駆逐艦による雷撃だという事もわかった。
相手の手の内を知れたという事は大きいし、何より実際にその恐ろしさを体験できたことは今後の作戦にも有益な情報だ。
それらの事を考えれば、作戦成功といえるのではないか。
今はこれで良しとすべきだろう。
ルイジアナはそう判断する。
その判断は、その時の彼にとって最良の選択のように思えた。
しかし、それでも後ろ髪惹かれる思いはある。
まるでフソウ連合の雷撃に怯えて逃げるようじゃないかという思いと、より勝利の美酒を味わいたいという思いに……。
だが、それを心の奥に押し込めると、ルイジアナは命令を下した。
「よし。敵の手の内や練度は十分把握できた。これ以上の深追いは、被害を大きくするだけである。よって作戦を終了し、味方を救助しつつ後退する」
艦橋内にほっとした空気が広がる。
誰もが、目の前で見せつけられたフソウ連合の雷撃戦の恐ろしさに感じるものがあったのだろう。
だが、ルイジアナは敢えて何も言わなかった。
それは自分自身がよくわかっていたからである。
こうして、ルイジアナ率いるサネホーン艦隊とフソウ連合第二艦隊第一分隊の戦いは終了した。
結果だけ見れば、敵を追い払ったフソウ連合の勝ちという形になったものの、被害を見れば、そんな評価は気軽に出来ない事が判る。
フソウ連合側の損害は、戦艦 金剛大破、比叡中破となり、駆逐艦朝潮、荒潮小破、それに天城、利根も軽微ながらも損傷があり、無傷といえる艦は一隻もない。
それに対して、サネホーン側は、戦艦一隻、装甲巡洋艦四隻撃沈となるもまだ戦力にはかなりの余裕がある上に、ルイジアナは小破程度で一ヶ月もかからずに戦線復帰が可能だ。
それに対して、金剛、比叡の二隻は、修理の為にフソウ連合に向かうにしても応急修理をしてからという事になり、半年以上は動けない有様となる。
つまり、今回の戦いは、全体的に見ればフソウ連合の勝利ではあるが、戦いだけで見れば、痛み分けか、サネホーンの勝利として見ることが出来る戦いであった。




