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異世界艦隊日誌  作者: アシッド・レイン(酸性雨)
第三十章 見えない敵との攻防

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初戦果

フソウ連合からもたらされた情報。

それは幽霊(ゴースト)の正体が恐らく潜水艦の仕業だという事と潜水艦についての簡単な説明とそれに対しての対策法であった。

もちろん、潜水艦についての詳しいスペックは暈してあり、あくまで基礎的な知識と能力であったし、対策方法もそのほとんどは現在の王国海軍では実行不可能のものばかりであった。

だから、本格的な戦いは、フソウ連合に発注している駆逐艦が到着して訓練が完了してからになるだろう。

だが、それでも現状ではかなり有効な情報であり、極秘扱いされていた事に納得しつつ、話し合いは進められた。

その結果、この情報はかなりのヒントとはなったのだろう。

記載されている現時点での対策方法。

潜望鏡の早期発見と潜望鏡付近への砲撃、危険海域ではジグザグに動く事での魚雷に対しする回避運動、攻撃を受けたら高速離脱といった事とは別に、先行した艦船で待ち伏せに対して警戒を行う、密集して行っていた船団方法の見直しといった意見も盛り込まれ、その日の内に秘密裏に国王へと報告された。

もちろん、すぐに国王は、海軍軍務大臣であるメイソン卿と宰相のオスカー公爵をいつもの部屋に招集。

すぐに検討され、提案された方法は被害の出ている航路の護衛艦艇に伝えられた。



「これが幽霊(ゴースト)に対しての対策方法……ねぇ」

第72船団の護衛隊の旗艦である装甲巡洋艦ランカトスの艦橋でスティーグ・ラングランツ中尉はため息を吐き出してそう呟くと、読み終えた薄っぺらいマニュアルを上下に軽く振った。

その呟きと仕草から、後ろに控えていた副官が怪訝そうな顔で聞き返す。

「そんな突拍子もない事が書かれていたんですか?」

「ああ、相手は海の中に潜れる船だそうだ」

その言葉に、副官が聞き返す。

「海の中に潜れる……ですか……」

「応よ。自由に潜ったり浮上したりできるらしい」

「そりゃすごいですね」

驚きと信じられないといった感じの感情が入り混じった表情を浮かべると副官はそう答えるだけに止まった。

要は何を言っていいのか言葉に迷ったのだろう。

確かに自由に海中に潜ったり海面に浮上したりする艦船の研究という動きは、一時期、各国の海軍にあった。

だが、唯一の武器である魚雷の不発の多さと浮上潜水を行うための装置の開発が進まず、その上、大艦巨砲主義が王道であるこの世界では、結局、潜水艦となるべきひな形は完成せずにお蔵入りとなり、研究は中止されたのである。

だから、海に潜ったり浮上したりできる船の研究が行われていたという事を知っている現場のものとしては、半信半疑といったところだろうか。

「で、それが実際にあるとして、どうやって発見するんです?」

副官の問いに、ラングランツ中尉は投げやりに答える。

「今の所は、海面に潜った潜水艦に対しては、海面に出している潜望鏡と呼ばれる棒状のものを発見するしか発見方法がないらしい」

海面に出ている細い棒状のものを探せ。

確かに魚雷の射程距離を考えれば、あまり遠くになることはないだろうし、この辺りの海域は穏やかなのでできない事ではないだろう。

だが、海面に出ているわずかに出ている棒を探すなど、かなり気を付けて見なければならない。

最近でこそ幽霊(ゴースト)の襲撃で少しは緊張感はあるものの、それでも王国近海の船団護衛に回された人材は外洋航路や植民地の派遣艦艇よりもどちらかというとのんびりした緊張感のない雰囲気が根強い。

だから、大丈夫だろうか。

そんな事を思いつつ、副官が口を開いた。

「それで、どうされるのですか?」

「指示されたとおりの事をするだけだ。すぐにシュトランセを先行させて進路先の警戒をさせろ。それと各艦の見張りは通常の倍だ。海面に出ている棒状のもの、或いは異常を発見したらすぐに報告しろと伝えてな。もちろん、護衛だけでなく輸送船にもだ」

副官はその言葉を聞き、なるほどと感心する。

人の目が増えれば、それだけ発見しやすくなるという事か。

「わかりました。すぐに伝えます」

そう答えた後、思い出したのだろう。

副官は聞き返す。

「それで発見した時の対処方法は?」

「輸送艦はそのまま速力を上げて離脱。その際は、ジグザグの回避運動を取りつつな」

「で、我々は?」

「潜望鏡の出ていたあたりに砲弾をぶち込んでの離脱だ」

思わず副官が聞き返す。

「それで効果があるのですか?」

「知るか。だが、他に方法がないからな。言われた通りのことをするだけだ」

苦笑を浮かべて副官の言葉にぶっきらぼうに答えるラングランツ中尉。

どうやら、正々堂々とした戦いではない上に、戦果の確認も出来ず尻尾を巻いて逃げている印象が強いのだろう。

実に面白くなさそうな顔をしている。

副官は、自分の上司が本当は主力艦隊希望であったが、経験を積むためという事で護衛部隊の指揮官として一ヶ月ほど前に配属されててきたことを思い出す。

だから、彼としてはさっさと功績を上げて、希望の主力艦隊勤務になりたいという願望が強いのだろう。

まぁ、仕方ないか……。

現在、王国海軍は手ひどい敗北からの復旧を急ピッチで進めている。

それは裏を返せば、いなくなった多くの上の人材を補充していくという事であり、絶好の出世のチャンスでもあった。

だから、自分のように出世欲もあまりない者にとってはここは最高の配属先であるが、上司にしてみればつまらなくて退屈な配属先なのだろう。

どう考えようとそれは別に構わないと思う。

思考は人それぞれだ。

だが、配属された以上、やることはやってもらわねばならない。

だから、副官は表情を引き締めると口を開いた。

「中尉、一つよろしいでしょうか?」

真剣な口調と表情に、やる気のなさそうな表情をしていたラングランツ中尉は驚いた表情で聞き返す。

「えっとなんだ?」

「確かにここでの任務は幽霊(ゴースト)が出現しなければ、単調でつまらないものかもしれません。しかし、我々の任務は、王国の人々の生活の一部を支えているという事をお忘れなきように……。」

それは、副官だけではない。

この航路で長年護衛を行ってきた乗組員たちの多くが持つ誇りであった。

その言葉に含まれる強い誇りを感じたのだろう。

ラングランツ中尉は参ったなといった感じの表情を浮かべると頭を掻いた。

そして、すぐに表情を引き締めると副官を見て口を開く。

「確かに、君の言う通りだ。私は少し調子に乗っていたようだ。ありがとう」

その言葉に、副官はニコリと笑う。

「いえ。出過ぎた真似をしました」

「構わんよ。今みたいな忠告は実にありがたいよ。えっと……」

ラングランツ中尉は副官の名前を言おうとして迷う。

どうせすぐに配属が変わるからと思って紹介の際にろくに名前も覚えようとしていなかったし、それにいざとなったら階級で呼べばいいか……。

その程度にしか考えていなかったのである。

その事実に恥ずかしくなる。

だが、副官はそれを察して笑いつつ助け舟を出す。

「自分は、オーブランであります。ダヴィート・オーブランです」

その心遣いにラングランツ中尉は苦笑する。

自分の不甲斐なさと、相手の心の広さに感謝しつつ……。

「そうか。これからもよろしく頼む、オーブラン一等兵曹」

「はっ」

オーブラン一等兵曹はうれしげに微笑むと敬礼をしたのてあった。




装甲巡洋艦ランカトスを旗艦とした第72船団は、警戒しつつ進んでいく。

先行している装甲巡洋艦シュトランセからの報告はない。

だが、三分の二を過ぎたあたりで先行していたシュトランセから報告が入る。

『潜望鏡らしきものを発見』と……。

その報告を受け、ラングランツ中尉は船団に回避運動を行いつつ迂回して進むように指示を出す。

そして、船団の指揮を護衛の装甲巡洋艦コンドリアナに任せると、ランカトス単艦で先行しているシュトランセと合流するために最大戦速で進ませる。

すぐに先行するシュトランセが視界に入る。

敵は、見つかっていないと思っているのだろう。

シュトランセが一気に速力を落として進んでいるのも何かトラブルがあっとでも思ったようで、動きもなく待ち伏せを継続しているらしい。

「よし。シュトランセと協力して、敵が潜伏していると思われる場所に艦砲射撃を打ち込む。いいな」

「はっ。了解です。各砲門、砲撃戦準備ーっ。指定された場所に集中的に砲撃を開始だ」

その号令を受け、各部に備え付けられている砲塔や砲が動き始める。

「シュトランセから場所の指定来ましたっ」

「どうだ?確認できそうか?」

ラングランツ中尉の声に、見張りから報告が入る。

「確かに海面に棒状のものが見えます。その数は……2~3本」

「よしっ。シュトランセにも命令を出せ。この距離なら、魚雷は届かないだろう。砲撃開始だ。そして、ゆっくりと離脱するぞ」

その命令を受け、ランカトスが砲撃を開始。

それに続くようにシュトランセも砲撃を始める。

傍から見たら、ただ何もない海面を砲撃している様にしか見えない。

幾つもの水柱が上がり、それ以外の反応はない。

そう思えた時だった。

水柱の後に、ひときわ大きな爆発が起こったのである。

それは、その場に潜んでいた潜水艦に砲撃が命中した証であった。

まさか、砲撃されるとは思ってもいなかったのだろう。

魚雷発射の為に浅くしか潜っていなかったことが災いし、運が悪いことに被弾したのである。

その爆発を見て、ランカトスとシュトランセから歓声が上がった。

普通なら、そのままの勢いで続けて砲撃していくだろう。

だが、ラングランツ中尉は深追いを避けマニュアルに従う。

砲撃しつつ、そのまま海域を離脱していったのである。

その為、その後の戦果は確認できなかったが、それでもはっきりとわかることがある。

この日、王国海軍は幽霊(ゴースト)に対して初めて一矢報いることに成功したという事であった。

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