王城の秘密の部屋にて……(三人の酒の席での会話)
王城の秘密の部屋にはいつもの面子が集まっていた。
もっとも、ここ最近の激務を物語るかのようにアッシュだけは来れていなかったが……。
三人はそれぞれ好みの酒をグラスに注ぎ軽く掲げてカチンとグラスを当て合うと飲み始める。
勿論、つまみはその時々の話題である。
その酒のつまみである話題は実に多彩だ。
何気ない日常の話だけでなく、仕事の話、それに外交や政治の深い話までもある。
まさか、他の王国重鎮は、こんな酒の席で国を揺るがすような話がされ決められているとは思いもしないだろうが、現実はこんなものである。
そして話題は自然とこの場にいない王位継承権一位であるアッシュと王国近海で動きを見せる幽霊の話題になっていた。
まずは、王国の最高責任者であり、支配者でもあるウェセックス王国国王ディラン・サウス・ゴバークはゆっくりと口を開く。
「二人共もう耳にしているだろうが、アーリッシュがフソウ連合との会談を希望してきおった。恐らく例の『幽霊』の件絡みだろう」
その言葉に、『鷹の目エド』こと宰相のエドワード・ルンデル・オスカー公爵は少し考えこむような顔をし、『海賊メイソン』こと海軍軍務大臣サミエル・ジョン・メイソン卿はニタリと笑った。
まず口を開いたのは、メイソン卿だった。
「いいじゃねぇか。フソウ連合とは同盟を結んでいる仲だ。いいんじゃねぇのか?」
気軽な感じでそう言うメイソン卿に対してオスカー公爵は渋い顔で言い返す。
「前回の災害時での援助に続き今回の件も頼れば、王国はフソウ連合に頼りっきりだと言われかねんぞ」
「そうか?俺としては互いに協力し合っているという印象が強いかな。より同盟の強さを周りに見せつけるチャンスとも取れるしな」
二人の意見を聞き、王はそれぞれの意見に頷いている。
どちらも間違ってはいない。
それぞれの人の感じ方の違いなのだ。
「それにだ。今の殿下は、王国の災害の立て直しの責任を始め、いつくかの事を兼任されている。本国から頻繁に離れられては現場が混乱するのではないか?」
要は、つい最近、共和国のアリシアとの秘密会談の事を言っているのだろう。
いくら近海とはいえ、他国との会談は慎重にすべきだという考えを持っているのと、アッシュの身の安全を考慮しての発言なのだという事は王はわかっていた。
だから、王はオスカー公爵をなだめる様に言う。
「そう言ってやるな。あいつはあいつなりに必死なのだよ」
「そうだぜ。指揮官が自ら動くという事は悪いことじゃねぇ。それによ……」
そう言った後、メイソン卿はニタリと笑みを漏らして言葉を続けた。
「どこかの誰かさんも、若いころは似たようなものだと思ったがな」
その含みのある言葉に、オスカー公爵が慌てて咳払いをして言い返す。
「立場が違うだろうがっ。片や王位継承権一位、それに対して高位とは言えたかが貴族の息子だぞ」
その物言いに王は苦笑し、メイスン卿は笑い飛ばす。
「へっ。立場が大事なのはわかるがよ、そりゃ後からついて回るもんだ。本人の意思を尊重しようぜ。あの時お前さんは言ったよな。『何事にも縛られず自らの意思でやったんだ。もちろん、心配してくれるのはありがたいが……』とよ」
そう言われてオスカー公爵は困ったような顔になった。
「言うな……」
ただ短くそう言うと誤魔化すかのようにグラスの琥珀色の液体を口に運ぶ。
その様子をメイスン卿はニタニタ笑いつつ見ている。
「殿下を大事にするのはわかる。だが、俺らがすることは束縛する事じゃねぇ。バックアップする事だ。それでいいじゃねぇか」
そう言ったものの、メイスン卿は思考するような表情になると言葉を続けた。
「だが、お前さんのいう事も一理ある。一時的とはいえ、今の状況で現場と連絡が付きにくくなるのはあまりいい事だとは言えねぇな。となると……」
「大使館経由という形になるか……」
王の言葉に、二人は同意を示す。
現状、それが一番妥協できる方法だ。
二人の同意を受け、王は楽しげに笑った。
「実はな、アイリッシュのやつも一番無難なのは大使館経由での形だと言っていた。『出来れば、直接会えれば時間も早く済むし、それ以外の件でもいろいろ得られるものがあるでしょうが……』と言いつつな」
その言葉に、二人は王が何か企んでいると感じたのだろう。
互いに顔をちらりと見た後、オスカー公爵が聞く。
「その情報、わざと流しませんでしたな」
その問いに、王はニタリと笑う。
「ああ。最近、ネズミがうるさくてな」
要は、どのレベルで情報が洩れるか王の直属の諜報機関を使っていろいろやっているのだろう。
「なるほど。そう言う事ですか……」
「ああ。表向きはフソウ連合との会談は出来ないという形で公にしょうと思っている」
王がそう言い切ると、二人は頷く。
もっとも、二人共目を細めその眼には残忍な色が宿っている。
どうやら自分の管轄でも便乗してやっておくかという考えなのだろう。
そんな二人の様子に苦笑しつつ、この件はこれでいいかと考えをまとめる。
「では、秘密裏に大使館経由での形で行う事を許可しておこう。その情報をどう管理し活用するかは二人で話し合ってくれ」
「はい。了解しました」
オスカー公爵がそう言うとメイスン卿も頷く。
それを確認し、王は自分のグラスを口に運んで喉を潤した後、フーと息を吐き出した。
そして、意を決したような表情で口を開く。
「それでだ。二人はアイリッシュの器をどう見る?」
何気ない感じでそう言ったものの、その発言に二人の表情は引き締まった。
要は、今や王位継承権一位となったアッシュの採点を聞かせろという事だ。
さすがに本人がいる前ではできないが、今、本人はいない。
だからこそ、聞きたいと思ったのだろう。
王とて一人の父親であり、気にはなっているといったところか。
或いは王国の国や国民の為だろうか。
どっちにしても、気軽に評価できる内容ではないと思ったのだろう。
二人はしばし思考する。
沈黙が暫く包み込み、ただ酒を飲む音だけが響く。
だが、そんな静けさもメイスン卿の咳払いで破られた。
「んんっ。そうだな……」
そう前置きした後、メイスン卿は言葉を続けた。
「行動力もあるし、決断力もある。何より、何とかしようという意志の強さを感じたな。ただ、それは躓いた時の脆さにもなりかねないとも思ってはいるがな。俺としては、そう言った部分は、支える者がいれば何とかなる部分だし、それに挫折を一度味わっているからな。ある程度打たれ強いのではないかとも思っているから、それほど心配はしていないがな。まぁ、王としてはいい王様になると思うぜ」
メイスン卿の言葉に、王は嬉しそうに目を細める。
爵位の低い二人目の妻との間に生まれた子という事で他の息子や娘に比べ一段階低く思われがちではあったが、王としては精いっぱいの愛情を注いでいたつもりであった。
だが、立場が、地位が彼を束縛してしまい、周りからはそうは見えなかったという事もあったからだろう。
どうしても、自分で評価しにくくなってしまう。
だからこそ、親友ともいえる盟友に評価を託したのだ。
メイスン卿の後、今度はオスカー公爵が口を開く。
「確かに、こいつの言う通り、いい王となるでしょうな」
そうは言ったものの、オスカー公爵はそこで言葉を止めなかった。
「ただ、少し問題点があり、それに注意が必要かと……」
「ふむ。問題点とは?」
「情が厚過ぎるという事でしょうか」
「なんでぇ、情が厚いのはいいことじゃねぇか」
思わずメイスン卿がそう言い返すが、オスカー公爵は淡々と言葉を続ける。
「確かに情は必要です。ですが、度を過ぎれば毒ともなりかねません。信じていたものに裏切られる場合もありますし、国を優先するためには、その情を切らねばなりません。そう言った選択が出来るかという事です」
「ふむ。確かにな……」
王が息を吐き出してそう言う。
それは彼が今まで経験してきたことを振り返っての言葉と言っていいほどの重みがあった。
「それともう一つ。殿下の派閥は民間人や軍人が多く、貴族の支持者が少ないという傾向にあります。以前に比べて貴族の力は大きく落ちています。しかし、それでも国内の政治に関しては、彼らの力が必要な時が出来るでしょう。ですから、少しでも貴族の支援者を増やすべきです」
オスカー公爵の言葉に、メイスン卿が納得した表情になる。
「なるほどな。だからお前さんは婚約者として自分の親戚であるあのお嬢ちゃんを押し付けたのか」
「押し付けたとは失礼な。彼女は王室に忠誠厚いリンカーホーク伯爵の娘であり、非のない娘だぞ」
「まぁ、確かに非はねぇけど、華がねぇって感じはするな」
そう言われ、メイスン卿も言いにくそうに黙る。
王妃ともなれば、それこそ人格や能力もだが、華も求められることが多い。
しかし、エリザベート・バトリア・リンカーホーク伯爵令嬢は、確かに他の貴族のお嬢様に比べれば化粧もナチュラルメイクに近い感じで薄く、シンプルな服装を好み、地味な印象が強い。
だからこそ、伯爵家の娘でありながら、中々いい話がなかったのである。
もちろん、地位目当てという縁談は結構あったのだが、娘の幸せを第一に考えていたリンカーボーク伯爵は断固としてそう言った連中の縁談は認めなかったので、そう言った輩はほとんど相手にされていなかった。
その上、その厳しい難問を突破した少ない縁談相手でさえも、娘はことごとく断ったのである。
「私、旦那様の後ろについて回る皆さんが求めているような控えめな女性ではありませんから」と言い切って。
そして、その言葉に、跡継ぎも困っておらず、その上、娘を溺愛していたリンカーホーク伯爵は膝を叩いて喜び、好きなようにしなさいと太鼓判を押したのである。
だから、今回のアッシュとの婚約も駄目元でオスカー公爵は話を持っていったのだが、意外なことにエリザベート嬢は乗り気ですいすいと話が進んでしまったのであった。
さすがに驚いたオスカー公爵が本人に理由を求めると、彼女はあっけらかんと「あの方の人柄や今までの経歴から思うに、私のような世間一般からすれば型外れな女でもうまくあしらえる技量をお持ちのようですので」と言い切ったのである。
要は殿下のように才能があり苦労された方ならば自分のような変人さえもうまく対応できると判断したのである。
そこに色恋だの権力だのは微塵も感じさせられない。
さすがにその言葉にオスカー公爵は呆れ返ったものの、確かにと思わせられる言葉ではあった。
彼女は才能のある女性であり、男性に生まれれば間違いなく自分の部下に欲しいとオスカー公爵は常々思っていたのだ。
そして、貴族間でもかなりの発言力を持つリンカーホーク伯爵の血筋、それに王家との繋がりが出来ればリンカーホーク伯爵は間違いなく殿下に忠誠を尽くすだろう。
それらを考えればまさに理想的ではないか。そう判断したのである。
事前に婚約の話を進める際にその説明を聞いた王としては、かばわなければならないかと判断したのだろう。
「まぁ、女は化けるというからな。今はまた蕾かもしれんぞ」
そう助け舟を出す。
「まぁ、確かにその通りではありますが、ですが婚約発表からこっち進展はないようですな。殿下も相手にされていないようですし……」
「確かに今の所はな……」
そのオスカー公爵の意味深な言葉に、メイスン卿が聞き返す。
「今の所?」
「この前、殿下と共和国の女狐との秘密会談があったのは耳にしているな?」
「ああ、一応機密が高いという事でちらりとしか聞けなかったがな。それがどうした?」
その言葉に、オスカー公爵はニタリと笑った。
「どうやら、殿下は彼女に圧される形で同行を許したらしい」
その言葉にメイスン卿もニタリと笑う。
「ほほう。殿下は押しが強い女性に弱いという事か」
そう言いつつメイスン卿の視線は王に向けられる。
勿論、オスカー公爵の視線もだ。
その視線を受けて王は苦笑する。
「まぁ、私の息子だからな」
実際、二人目の王妃は、政略結婚に近い最初の王妃がなくなった後、女性はうんざりだという王に対して親友達から紹介されたのである。
最初こそ、どうでもいいという感じであったが、その活発な性格と押しの強さに圧倒されるも他の貴族の女性にはない魅力に惚れて結婚。
三人の子をなしており、そのうちの一人がアッシュであった。
また、彼女は自分の立場というものが判っているのか、王妃になってからは自分の発言や行動が政治に大きく影響を与えると判断し、出産後は体調がすぐれないという事にして療養の為に地方で生活している。
その為に、出産後は離れ離れの生活が続いているのだが、二週間に二、三日は王城に戻って王と過ごしては地方に戻るという形となっていた。
だが、それは遠距離で会えない時間があるという事も手伝ってか、互いにいい方向に刺激となって二人はかなりいい関係を続けている。
だから、まるで自分の時のような感覚に陥り、王は聞いていたのであった。
多分、うまくいくんじゃないかと思いつつ……。
「まぁ、確かに、殿下は色恋に狂いそうな感じではないしな」
メイスン卿がそう言うと、オスカー公爵は否定した。
「いいや。意外と惚れこむと違うかもしれんぞ」
そう言いつつ、ニタリと笑ったオスカー公爵の視線は王とメイスン卿に向けられる。
その視線を受けて、二人は苦笑する。
なんせ、二人共王国では熱烈な愛妻家として名前が知られている為であった。
そんな話になったためだろうか。
先ほどまで少し緊張した感じの雰囲気が緩和し、自然と笑いが込み上げてくる。
三人は楽しげに笑い、酒を飲む。
こうして、いつもの王城の秘密の部屋での時間が過ぎていく。
それは、決して表に出る事はない。
たった四人だけが知っている話し合いの場。
確かに無駄な話や雑談も多い。
しかし、それでも王国の行く末を決める重要な話し合いでもあった。
〇《お知らせ》
お陰様で、『異世界艦隊日誌』も三年目に突入しました。
折角なので、久々に外伝に書いて欲しいキャラクター(艦艇の付喪神も含む)を募集します。
活動報告に募集の報告を上げますので、そちらに書いて欲しいキャラクターや理由なんかを書いていただければ幸いです。
なお、ツイッターでも可です。
人数によっては頂いた全員を書くことはさすがに難しい事になるかもしれませんが、よかったらご参加ください。
お待ちしております。




