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異世界艦隊日誌  作者: アシッド・レイン(酸性雨)
第三十章 見えない敵との攻防

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王国のある船乗りの話

その日もコネチット海は穏やかであった。

もっともこの海が荒れるという事はそうそうない。

おまけにこの辺りは海賊が出ない。

理由としては、周りに隠れるような小島がないのと、王国海軍の勢力下である事、この二つが大きいだろう。

だからこそ、この海は『眠れる(スリーピングシー)』と呼ばれる。

安全という意味もあろうが、穏やかすぎて、安全すぎて、眠ったままでも航行できるという皮肉めいた意味が勿論含まれている。

だから、ここの航路の船舶の乗組員の競争率はとても高い。

その最大の理由は仕事量が大幅に少ないからだ。

他の海のように天候の変化や海賊にビクビクしたり、急いで対応したりしなくてもいい。

のんびりと航海すればいいのだから……。

もちろん、給料は変わらない。

まぁ、危険手当みたいなものはないが、安定した収入と安全な仕事、それらを求める者は多いという事だ。

そして、そんな男の中で、一握りの運がいい者達だけが、この航路の船舶で働ける。

そんな一握りの幸運な男の一人が俺だ。

ここの航路の船舶に配属され、実に三年目だ。

不満はないという訳ではないが、他の航路に比べれば言うほどではない。

最も大きな不満だった食事は、最近王国海軍で流行っているフソウ式という料理が出始めて、その影響をこの船のコックも受けたのか、料理のバリエーションが増え、何より格段にうまくなった。

大切な事だから、もう一度言っておく。

料理が格段にうまくなったのだ。

食事は、娯楽の少ない船乗りにとって、楽しみなものの一つだから、それが大きく改善された今、声を上げて文句を言う不満はないという事だ。

世の中は、サネホーンとフソウ連合の戦争やら、教国のくだらない公布だの連盟の発表なんかがあったが、王国はそんな影響はあまり受けていない。

そう感じるのは、俺の周りはいつもの日常が流れているからだ。

まぁ、うちのカミさんが野菜が高くなったとか、子供がやんちゃで困るとか愚痴をこぼすが、それは今に始まったことじゃないからな。

だから、はっきりと言うと別世界の出来事だと認識していた。

これが少しでも影響が出ていたら真剣に考えたかもしれないが、全くと言っていいほど出ていないのだ。

だからこんな少しの不満はあるが安全で穏やかな生活がこのまま続くと思っていた。

あの瞬間までは……。

そして、日常をぶっ壊す絶望はやってきた。

その日も俺はいつもの通り時間になると起きて飯を食い、『今日もいい天気だ。海も穏やかで、今日も睡魔との戦いになるな』なんて思いつつ相棒との仕事の交代の為に甲板に出た時であった。

メインマストの見張り台にする船員(なかま)の叫び声が響く。

そして掻き鳴らすように響く非常事態をづけるベルの音。

「ぎ、魚雷だっ!」

その叫びに反応し、仲間が指さす先に視線を向けるとそこには派手な白い航跡を残しつつ迫ってくる八本の魚雷らしきものが見える。

そんな馬鹿な。

おれは慌てて周りを見回す。

海軍で働いている飲み仲間に聞いた話では、魚雷というのは極端に射程距離の短い兵器で、接近しての攻撃に使われるものだという。

ならば、発射した艦艇がいるはずだ。

しかし、そんなものは存在しない。

穏やかな海が広がるばかりだ。

なら、この魚雷はどこから沸いた?

夢じゃないのか?!

思わずそんな事を考えてしまうが、間違いなく魚雷は航跡を残しつつ迫ってくる。

幻なんかではない。

そして、船が大きく回避運動に移る。

もっとも、この海で使われている船舶は旧式なものが多い。

別に海賊から逃げる為の速力が必要なわけではないし、岩礁なんかがそうそうある訳ではないから機敏な動きも必要ない。

そうなってくるとどうしても鈍重な旧式な船が回されることとなる。

だから、回避を始めていたがどう見ても間に合わないとわかってしまった。

そして、ついに魚雷は姿を消した。

船に当たったのである。

ドーンっ。

激しい揺れと爆発音が当たりに響く。

どうやら三発当たったものの、二発は不発だったようで爆発したのは一発のみだ。

しかし、それでもこの船には十分すぎる被害を齎した。

後方部に当たった魚雷の爆発で、前から三分の二辺りで船体が裂けたのである。

ブルブルと痙攣するように震える船体。

そして一気に傾く。

甲板にあったものが全て海に放り出されていく。

もちろん、俺もだ。

何かに捕まればよかったのかもしれんが、運がいいのか悪いのか、ともかく海に放り出されたのだ。

勿論、ボートやカッターを用意する暇などない。

慌てておれは泳ぎ、船から離れる。

間違いなく船は沈む。

それが判ったからだ。

沈む船の巻き添えはごめんだ。

必死になって泳ぐ。

カミさんと子供の顔が脳裏に浮かぶ。

生きなきゃ……。

生きて会うんだ。

その思いだけが俺を動かしていた。

その思いのおかけだろうか……。

それとも偶々幸運だけだったのか……。

動かしていた手が海に浮かぶあるものに当たった。

救命具だ。

俺は必死になってそれにしがみつく。

そしてその時になって俺はやっと自分の後ろ側に目を向けた。

そこにはさっきまで乗っていた自分の船が傾き、沈んでいく光景が広がっている。

確か護衛の装甲巡洋艦が一隻と他にも貨物船が二隻いたはずだ。

それらはどうなった?!

救助を始めているのか?

僅かな希望を抱いて見回す。

だが、現実はそんな希望を叩き潰した。

同じ船団の船がことごとく沈められていく光景が広がっていたからだ。

そして、同じように運がいいのか悪いのかわからない連中が幾人も海で唖然として漂っている。

どうやら一気に沈まなかったせいで巻き添えは少なかったようだ。

だが、そんな事はどうでもいい。

つまり、救助出来る船はないという事が確定した。

「なんてこった……」

思わずそんな言葉が漏れる。

唖然とし、脱力しかけるがすぐに気を引き締め直す。

恐らく救難信号は出されたはずだ。

ならば近くの船団が救助に向かってくるはず。

それまで絶対に生きねば。

死んでたまるか。

カミさんと子供に会うまでは……。

俺はそう決心すると、掴んでいる救命具に必死にしがみついたのであった。



王国の船乗りでは『コネチット海で海賊に襲われた』という言葉がある。

勿論、そんな事はほとんどありえないから、大ウソつきの例えでよく使われる言葉だ。

しかし、今からその言葉は過去のものとなるだろう。

今まで穏やかで安全だったこの航路も他の航路と同じように危険なものになったというだけだ。

ただそれが、他国の軍隊なのか、海賊なのか、或いは幽霊や呪いの類なのかはわからない。

なんせ、姿が見えないのだ。

なのに雷撃攻撃されてしまい、船は沈められてしまった。

その現実だけでもその言葉を過去のものにする力は十分すぎるものだ。

こうして、装甲巡洋艦一隻、貨物船三隻からなる第52船団は壊滅した。

その三時間後、近くを警戒していた王国海軍の装甲巡洋艦が急いで駆け付けるも救助されたのはわずか二十二名。

そのほとんどが偶々甲板にいて運よく浮く物にしがみつけた者達だけであり、ほとんどの船員は逃げる暇もなく船に巻き込まれてしまった。

こうして、王国ではこの事件以降、姿なき相手に船団が襲撃される事件が多発するようになったのである。

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