議員達の思惑
昼食会の後、議会から派遣されていた議員たちは、鍋島長官の手配した二式大艇によってシュウホン本島のフソウ連合海軍基地に送迎された。
昼食会でも食事の間に出る話や食事に圧倒されていた感のあった議員達であったが、恐らく一番驚いたのは飛行機のスピードと利便性だろうか。
勿論、絶景的な空から見る景色も含まれてはいたが……。
そんな感じで、シュウホン本島についた時間は、十五時過ぎという感じだったが、これが船ならば緊急会議の後の定期便に乗ったとしても十七時は過ぎていただろう。
つまり、ゆっくりと食事をとり、談話しても二時間以上早く到着したことになる。
そして、フソウ連合の基地からは車で議会会場まで送迎され、本来ならば解散は十九時過ぎとなるはずであったが十七時には解散となった。
予想外に早く帰りすぎ、議員たちは互いに顔を見合わせ、どうしたもんかと考えている者がほとんどであったが数名はそんな連中を無視して動き出す。
特に極端だったのは、議員の代表者だろうか。
焦り、慌てふためいて速足で歩いていく様子はかなり滑稽で、熊本陽介は気づかない振りをしながら心の中で笑う。
もっとも、彼もただそれを眺めていたわけではない。
彼とて報告しなければならないのだ。
だから、議員たちの様子を眺めていたかったが、仕方ないと諦めて議会のとある一室に向かった。
そして到着するとドアをノックする。
トントン……。
その音に中の人物から声が発せられた。
「どなたかな?」
「熊本です。只今戻りました」
「おお、君か。入ってきたまえ」
その言葉を受けて、熊本はドアを開けると入室した。
その部屋は簡素なつくりで、壁にはいくつかの棚、中央にはテーブルと四脚のソファがあるだけで、ソファには二人の男性が座り込んでテーブルに隙間なく広げられた書類を見ながら何やら話し合っている様子だ。
そして、ドアに向かって正面に当たるソファに座っている男性、議長でありガサ地区代表でもある角間真澄が顔を上げると微笑みつつ声をかけてくる。
「早かったな、熊本君。予定より二時間以上早いのではないかな?」
その問いに熊本陽介は笑った。
「いや、鍋島長官の粋な計らいで昼食会だけでなく、飛行艇での送迎を受けまして」
その言葉を聞き、角間真澄だけでなく、反対側に座っていた男性、カオフク地区の新田慶介も書類から顔を上げると熊本陽介の方を見て笑って口を開いた。
「そりゃ、よかったな。他の連中もいい経験になっただろう。皆、驚いていたかね?」
その言葉に、熊本陽介は笑って頷く。
「ええ。昼食会の料理のうまさに驚き、次に出てくる話題や話に驚き、そして最後は飛行艇での快適な空の旅ですからね。まるで会議にかこつけていちゃもんつけようと思っていたはずが、それも出来ずにただ快適な旅をしてきたといった感じでほとんどの者は戸惑っていましたよ」
「ほほう。そりゃ見ものだな」
角間真澄がそう言って笑うと、新田慶介もカラカラと笑った。
そして、ひとしきり笑った後、熊本陽介もソファに座り報告が始まった。
それぞれが真剣な表情で、まず口を開いたのは角間真澄だった。
「それでどうだった?」
その言葉に、熊本陽介は肩をすくめる。
「役者が違いましたね。突っ込むどころか、只々圧倒されて話が進んだという感じでしょうか。鍋島長官が先手先手を打っているのがよくわかりました。おかげで突っ込む気満々だった代表がただポカーンとアホ面晒して茫然と見ているだけでしたからね」
代表は、彼にとってどうやら気に入らない相手なのだろう。
熊本陽介の顔に意地悪そうな笑みが浮かび、それを二人は苦笑を浮かべて見ている。
「それに、事前にこっちの動きが判っていたようでしたね。諜報部の代表者に牽制を受けました」
「やっぱりな。海軍の諜報機関はかなり優秀らしいからな」
新田慶介が納得したように相槌を打つ。
「それに最後、鍋島長官からも圧を受けましたよ。本人は淡々と喋っていましたが、受ける感じ、あれはかなり怒っている感じでしたね」
「ほほう。珍しいな……」
そう言ったのは、角間真澄だ。
そしてその言葉に、新田慶介も同意を示すかのように首を縦に振る。
二人は、鍋島長官が議会に顔を出すようになってからかなり懇意な関係であったが、そんな態度を取られたことは一度もなかった。
つまり、今回の急な議員の会議参加の本当の意味を読んでいたのだろう。
日に日に強くなっていく鍋島長官の力をそぎ落とし、利権を少しでも奪い取って自分らに回す。
それが連中の狙いのはずであった。
なんせ、鍋島長官の管理しているマシナガ地区とイタオウ地区の発展と経済力はフソウ連合の中でも抜きん出て一際高いのだ。
それを羨み、妬む気持ちになってもおかしくはない。
もっとも、私達もそんな気持ちがないわけではない。
羨ましいとは思うが、今、鍋島長官は必死になってフソウ連合の舵取りをやっている。
それを邪魔しては意味がないと思っているからだ。
それに、鍋島長官の人柄にもほれ込んでいる。
特に常に兵や民の事を考え、彼ら目線で動く姿に感動したと言っていいだろう。
今までの政治家としての仕事に足りなかったモノを教えられたと思っている。
そんな彼だから、恐らく、順にではあるが鍋島長官は各地区の開発も進めていく事をしてくれるだろう。
その地区、地区に合った方法で……。
現に、まだ正式ではないが、ガサ地区やカオフク地区には食品加工工場の建設の話が来ている。
缶詰工場を中心とした保存のきく食糧の加工技術の提供で、農業や畜産業が盛んなガサ地区やカオフク地区向きの話である。
まぁ、もっとも、それは協力的な対応をしている我々に対しての恩返しのつもりだろうが、それでも時間が経てば反対派の地区でも技術提供はされるだろう。
その地区、その地区にあったものが……。
彼はそんな男だ。
角間真澄と新田慶介は、それが判っているからこそ協力しているのである。
「それに、圧だけでなく、利権をちらつかせたりもされていましたからね。ああなってくると連中の結束も緩む可能性はありますね」
「離反する連中が出てくると?」
「ええ。考え込んでいる者もいましたからね。話を聞いていたのと実際の違いに戸惑うだけでなく、脅され、餌をちらつかされれば、彼らの鋼鉄の決心も鈍りましょう」
熊本陽介の皮肉たっぷりの言葉に、二人は苦笑を漏らす。
「これでしばらくは連中は結束を固め直す必要性が出てきたという事か」
「ああ。それに今はいろいろ突っかかって足を引っ張る時期ではないという事もわかっただろう」
その二人の発言に、熊本陽介が聞き返す。
「当面は静かになると?」
「ああ。当面はな……」
角間真澄はため息を吐き出すと困ったような顔をした。
「やはり、引退でもしてもらわねばならないかもな」
新田慶介の言葉に、角間真澄は苦笑する。
前議長であり、シマゴカ地区責任者である西郷敏明の影響力が今だに根強く議会に影を差しているのだ。
鍋島長官の活躍と角間真澄と新田慶介の二人の活動によってかなり削ったとはいえ、まだまだ油断はできないといった状況が続いている。
「まぁ、今は自分達のできる事を全力でやっていくしかないな」
角間真澄はそう言うと二人を見回して言葉を続ける。
「鍋島長官は、今のフソウ連合の舵取りに最も必要な人物だ。彼がいなければフソウ連合はどうなったかわかったものじゃないからな。だから、我々としては、彼を全力でバックアップしていく。彼が後ろを気にしなくていいようにな」
「ああ。三島殿と再度打ち合わせて、今後の意見の取りまとめをやっておく必要があるな」
新田慶介はそう言うと、視線を熊本陽介に向ける。
「いいか、これからはますますいろいろやってもらわねばならない。君にも負担は増えるだろう。だが、やってくれるか?」
その問いに、熊本陽介は何を今更といった感じの表情になる。
「わかっていますよ。もちろんです。十二分に自分をお使いください」
そう言い切ると熊本陽介は楽し気に笑った。
そして言葉を続ける。
「それに自分としても鍋島長官が進む先を知りたいですからね。だから、これからも後顧の憂いなく突き進んで欲しいと思っていますから」
そして、その後、口にしないが心の中で言葉を続ける。
『斎賀の野郎を追い詰め、それでいて奴の実力と思いを認めた上にもっともふさわしい仕事を与えた相手。そんな奴がどんな未来を創るのか見たくてしょうがねぇからな』
そう、熊本陽介は斎賀露伴の親友であり、彼が唯一認めた相手でもあった。
彼がいかに苦悩し、悩み、この国の未来を考えていた事を知っている。
だからこそだった。
お前がいない分、しっかりと俺が見ておいてやるからな。
遠く異国の地にいる親友にそう熊本陽介は誓うのであった。
「信じられません。それに話とはだいぶ違います」
そう報告する議員代表に、シマゴカ地区責任者である西郷敏明はただ黙って顎髭を撫でている。
彼にしてみれば、責任を負わせて失敗すればその責を追求してこっちの言いなりにしてやろうという魂胆で外交部の責任者を押し付けたはずが、今や完全に手が出せない状況が続いている。
今回の件も、状況的にはいろいろ横から口を入れるべきではないのはわかっていたが、やっと突っ込む尻尾を掴んだのだ。
その機会を失いたくないのと、派閥の若手議員たちの血気盛んな思いに圧される形で許可したものの、ものの見事にいい様にあしらわれてしまっているという有様であった。
その上、角間真澄や新田慶介を中心とした鍋島長官の擁護派の結束は強く、今や逆転されつつある。
恐らく、近々発表されるであろうガサ地区とカオフク地区の食品加工工場地域の開発計画は、利権にうるさい議員達を迷わせるのには十分なものだ。
それに対して、こっちは今まで手に入れてきた利権や資金をちらつかせるのみだ。
とてもじゃないが、後手後手だ。
当面は、流れを見極め、なんとかしなければならぬか……。
そう判断すると、未だにダラダラと言い訳じみた報告を続ける代表に、西郷敏明は一瞥を向けると冷たい口調で「報告書を上げて明日にでも提出しておいてくれ」とだけ告げて部屋から追い出した。
そして、物思いに耽りながら窓の方に歩いて今や闇に染まってしまった風景を見る。
ほんの少し前、そこには闇がほとんどであり、ぼんやりとろうそくやランタンが生み出す弱い光がいくつも浮かぶだけであった。
しかし、それがどうだろう。
電気が通ったことで街燈が道に設置され、今までとは比べ物にならない強い光が街を照らし出している。
そして行き交う車の明かりと家の窓からあふれるほどの光。
それらが闇の中で強い自己主張を続けている。
その様に、西郷敏明はため息を吐き出した。
変わった。
いや、ただ変わっただけではない。
大きく変化したと言っていいだろう。
電気が通っただけではない。
便利な機械が人々の暮らしの中に浸透し、娯楽も増え、そして何より民の生活は向上した。
そして、間違いなくフソウ連合という国は、以前に比べて見違える程に豊かになっている。
これというのも、全てはあの鍋島貞道という男が現れてからだ。
そして、これからもあの男はこの国を、民を豊かにしていくだろう。
だが、それでもだ。
私には私のやり方がある。
だからこそ、年寄りの悪足掻ぎになるかもしれんが、それが私だからな。
精一杯足掻かせてもらうぞ、鍋島貞道。
そう心に呟くと西郷敏明はニタリと笑った。
先が楽しみという表情をして……。
こうして、フソウ連合の議会は大きく二つに分かれてはいたが、これ以降、表立って鍋島長官の足を引っ張るような事はなくなった。
しかし、それは表向きの事だけで、水面下では二つの派閥は強く対立し、牽制し、激しく削り合っているのは変わってはいない。
ただ、この時点ではっきりしている事は、鍋島長官の手腕に今後もフソウ連合の未来がかかっている事という事だけであった。




