フソウ連合海軍第十一建造計画書
マシナガ本島、フソウ連合海軍本部の長官室。
そこには二人の男が向かい越しに座っていた。
一人はこの部屋の主と言ってもいいだろう鍋島長官である。
そしてもう一人は、フソウ連合海軍のドッグ区画の責任者であり、イタオウ地区も含めた造船部門の責任者でもある藤堂少佐だ。
二人の前には、結構厚めの計画書が置かれている。
計画書には、『フソウ連合海軍第十一建造計画書【改訂版】』というタイトルが付けられている。
要は、三~六ヶ月ごとに計画される艦船の建造計画書だ。
実際、フソウ連合の造船関係は、マシナガ本島の海軍直轄か、イタオウ地区の海軍管理の半民の造船会社数社しかない為、限られた設備をうまく活用していくためにこういった計画書によって工程が決められている。
そして、今は、以前提出されていた計画書が変更されたために、再度変更に関しての打ち合わせを行っている最中であった。
渡された計画書を一通り目を通した後、藤堂少佐は深くため息を吐き出すと恨めしそうな視線をテーブルの向こう側に座っている鍋島長官に向けた。
その視線を受けて、鍋島長官が申し訳なさそうに口を開く。
「本当に申し訳ないとは思っているんだ」
その言葉に、藤堂少佐は呆れた表情になってすぐに言い返す。
「そう思っているなら、もう少し何とかしてくださいよ」
そう言われても鍋島長官は困ったような表情になるだけだ。
「本当なら、もう少し余裕があったはずなんだけど……」
「これが余裕ですか?どう考えてもパンクしちまいますよ」
そう言われて、頭を抱える鍋島長官。
その様子を見て藤堂少佐は「ああー」なんて言いながら頭を掻く。
「例の交渉決裂が原因って訳ですか……」
その藤堂少佐の言葉に、鍋島長官は頷く。
「ああ、あれは計算外だった。あれで予定が大きく狂ったのは間違いない」
実際、サネホーンとの交渉決裂と先ほど発生したアルンカス王国攻防戦により本来ならしなくてもいい作業や修理が増え、その上、徐々に増やす予定であった『IMSA』や船団護衛の海防艦や護衛駆逐艦が一気に必要になってしまったのだ。
それに、事前に進めていた『IMSA』の輸送部門向けの輸送艦や貨物船にも、事前の計画とは別に輸送船が追加されている。
また、本来ならめでたい事なのだが、残念なことにタイミングが悪くフソウ連合製の艦船の性能の高さから王国や共和国、合衆国から追加の注文がどっときてしまい、それらが重なってやっと落ち着きつつあった造船関係がまた一気に忙しくなってしまったのである。
だが、それでも以前よりもまたマシと思えるのは、イタオウ地区の造船施設がほぼ完成し、また職人の育成も順調でフル稼働できるようになったことであろう。
それに付喪神なしではあるが、輸出型の明石型工作艦二隻が竣工して北部基地と南部基地に配属になっており、各地区に配属されている艦艇のメンテナンスや簡単な修理はそちらに回すことが可能となっていて、マシナガ本島への負担はかなり軽減されている。
しかし、それでも模型からの実体化はマシナガ本島のドックでしかできない事であり、今回の計画ではその数は多い。
確かに、模型から実体化自体はそれほど問題ではない。
完成した模型を鍋島長官の自宅のジオラマに置けば、半日程度で実体化するのである。
その工程では、人の手はいらない。
しかし、その後が問題なのだ。
フソウ連合の規格に合わせた修正や最終調整は人の手で行うしかない。
これが時間と人手がかかるのである。
特に大型の戦闘艦はかなりの手間も暇もかかる。
それに対して、今回は秋月型、改秋月型防空駆逐艦もあるものの、計画の多くは貨物船や輸送船だ。
遥かに手間も暇もかからない。
だが、問題はその数にある。
最初の計画で提出された神川丸型ベースとは別にアメリカ海軍が第二次世界大戦で活用したリバティシップことEC2型貨物輸送船を二十隻追加したのである。
恐らくだが、サネホーンとの戦争に巻き込まれての被害が出た場合の穴埋めの艦船はすぐに必要になるだろうし、大量生産向けのリバティシップ建造のノウハウがあればすぐに対応は無理でも、また必要になった場合は模型ではなくフソウ連合での生産の切り替えで対応できると考えての事であった。
その考えが藤堂少佐もわかったのだろう。
もし突っ込むのであれば真っ先にやり玉にあがるその貨物輸送船の追加には何も言わずに眉をしかめて計画書を睨んでうなっているだけだ。
「本当に申し訳ない……」
鍋島長官はそう言って頭を下げる。
もっとも、それで解決するはずもない。
だが、その様子を見て、藤堂少佐はまた深いため息を吐き出す。
「わかった、大将。顔を上げてくれ」
そう言うと、計画書の全体的な工程を大まかに示した表の所を開き、持っていた赤鉛筆を握った。
「コレとコレは後回しでこっちとまとめてでいいですかね?」
計画書に何やら書き込みながら藤堂少佐は確認するためにちらりと視線を計画書から鍋島長官に向ける。
その視線を受けつつ、鍋島長官も計画書に視線を落とす。
「ああ。問題ない。期間内に無事完成してくれれば、問題ないからな」
「なら、こいつとこれは先に行けますか?」
「いや、その艦はちょっと無理だ。こっちのは問題ないんだが……」
「いや、それは規格が違うんで、まとめても意味がないんですよ」
「そうか……。なら、これはどうだ?」
そう言いつつ、工程表に変更を加えていく。
同じ規格や同型艦なら検査も規格変更も同じであり、その度にかかる準備や機材の変更などを減らして少しでもロスを減らそうという事だろう。
そして一時間後……。
びっしりと赤鉛筆で修正が入った工程表が完成する。
それはいかに現場が効率よくできるかに特化した工程表であった。
その為、その原型である模型製作の方に負担がかかるのは明らかだ。
だからだろうか、藤堂少佐は少し伺うようなニュアンスで聞く。
「結構、そっち側に負担がかかりますけど、大丈夫ですか?」
その言葉に、鍋島長官は苦笑を浮かべる。
ここまでやっといて今更だな。
そんな考えが顔に出ていた。
だが、それでも言葉にする。
「こっちも無理を言っているんだ。これぐらいならこっちも融通をつけるさ」
実際、最初に計画してあった分の秋月型、改秋月型防空駆逐艦や神川丸ベースの輸送貨物船の方の制作はかなり進んでいるし、委託してある分も徐々に集まり始めているからどうとでもなる。
だから問題になるのはいきなり追加の決まったリバティシップの方だが、こっちは委託分は後回しにして自分で作る分を先に回せば作った工程通りにいけるだろう。
まぁ、暫くはリバティシップを何隻も作らなきゃならなくなってしまうがそれぐらいは仕方ない。
そんな事を思いつつ、鍋島長官はほっとした表情になった。
「なら、これでなんとか三か月で計画通りにってことでいいですかね?」
「ああ。お願いするよ」
「では、一応、一週間ごとに経過報告をいれますんで。それと、今後は急な分を除いて海外の輸出分は、イタオウ地区の方に回すようにしておきましょう」
「確かにイタオウ地区でも回せるけど、どうしてだい?」
そう聞き返す鍋島長官に、藤堂少佐は苦笑して口を開いた。
「だって、サネホーンとの戦い、長引く恐れが強いんでしょう?なら何が起こるかわからない以上、マシナガ本島の方は余裕がある体制を維持しておきたいんで……」
「そうだな。そこまで考えてくれているとは実に頼もしいよ」
「でも、こんなのはもうさすがに三度目はごめんですからね、大将。本当に、頼みましたよ」
少し威圧するように藤堂少佐は言うものの、鍋島長官はそんな威圧もどこ吹く風だ。
藤堂少佐は知らないが、鍋島長官は元々ブラック企業に勤めていたという事もあり、こういった事に免疫がある。
だから、その表情からは無理をさせてすまないという感じはするものの、どことなくほっとしたような印象だ。
「ああ勿論だとも……」
「だといいんですけどね……」
どちらかというと諦めきった表情の藤堂少佐はまたため息を漏らす。
彼としては、またあるんじゃないかと思ってしまうのだ。
そして、その藤堂少佐の嫌な予感は、一年もしない内に当たってしまうのであった。




