ある商会関係者の日記…… その2
●□月×□日
今日、何やら胡散臭そうな男と知り合った。
一応、こっちで親しくしてもらっている男性の紹介だったから断りづらくて会ったのだが、余りにも雰囲気が商人という感じではない。
紹介者の話では、フソウ連合で商いをやっているらしく、フソウ連合の特産品や機械製品を結構融通付けてくれるらしい。
まぁ、見た目はそんなに見えないけど……。
笑いつつそう言われたけど、全く商人に見えない。
勿論、軍人や警察といった感じでもない。
敢えて言うなら、マフィアやギャングと言った裏家業の連中といった感じたと言えばいいだろうか。
まぁ、こっちも元々海賊だから裏家業と言えば裏家業だが、今は海賊はやっていないし、まっとうな商売をしている。
それが商会だったり、情報収集したり、偶に非合法な取引をするくらいだが……。
ともかく、そんな元海賊の自分から見ても怪しすぎると感じる相手だ。
出来れば、お近づきになりたくない相手と言える。
だが、それで切るには美味しすぎる。
そう、うまい話には裏がある。
そう思ってしまいそうなほど、オイシイ商談だったりするわけだ。
商売人としての血が騒ぐと言ったらいいのだろうか。
おかげで一度きりのはずだったが、結局定期的に会う約束までしてしまう。
何やってんだ、私は……。
いや、確かに警戒は必要だが、そればかり気にしては商売できない。
要はきちんと注意して対応すればいいだけなのだ。
ともかく、落ち着いて対応していこう。
それに私には目的がある。
その目的の為にも、フソウ連合の商人の知り合いは活用できる。
だから、切らず対応していこうと思う。
私ならできるはずだ。
●□月▽×日
あれから、例の男とは順調に取引が続いている。
見た目や雰囲気はあれだが、実に気のいい男だ。
こっちが不慣れな土地で商売しているという事を理解してくれているのだろう。
手が足りない分、いろいろカバーしてくれているようだ。
それにアドバイスも実に的確だ。
人は見かけによらないものだ。
つくづくそう思ってしまった。
本国の方からは特に指令はない。
恐らく大敗した戦力の立て直しや政治絡みで今の所は動けないようだ。
それに何より前回のあまりにも酷い大敗に躊躇してしまっているのだろう。
こちらの報告は定期的に送ってはいる。
だが、返事らしい返事もない。
本当に上に報告はいっているのだろうか。
フソウ連合とは戦うべきではない。
元上司の路線に戻るべきだ。
何度も何度もそう進言している。
なのに、何も返事も指示も来ないのだから。
自分の無力さを痛感する。
しかし、それでもやると決めたのだ。
やらなければならない。
こんなことで諦めてたまるか……。
●□月×▲日
ここ最近おかしい。
誰かに見張られているような気がしている。
どういうことだ?
まさか見張られているのか?
今の所はそう感じるだけで証拠はない。
だが、何かヤバい気がする。
●□月×◇日
なんかおかしい。
私の勘が危険だと言っている。
だが、おかしなところはない。
商売はうまくいっている。
唯一の不満は、報告がきちんと届いているのかわからない事だけだ。
連絡員に問い合わせしても、きちんと送っているとしか言わない。
だから、さすがに今日はしつこく言ってみた。
するとなにやら本国の方でゴタゴタが起こっているらしい。
どうせ、今回の敗戦の責任の擦りつけあいじゃないのかと連絡員も呆れて言っていた。
ならいいんだが……。
ともかく、報告書はきちんと上司に届いているらしい。
今は信じるしかないか……。
●□月●●日
違和感の原因が分かった。
あの男だ。
やっぱりあの男が原因だった。
あまりにも不自然な動きをしていたので、探りを入れてみたのだ。
どうやら、あの男はフソウ連合の諜報機関の人間のようだ。
私を怪しみ、調査しているのではないかと思われる。
不味いぞ。
本国に知らせるにしても、連絡員は本国との確認の為、三日程度この地を離れている。
商会で働いている者も怪しまれないように私以外は現地採用の無関係な者達ばかり。
つまり、孤立無援という事だ。
さて、どうする……。
どうすればいい……。
●□月●◆日
彼女が生きているとは……。
逃亡を図ろうとしていた私は、運悪く連中の手に落ちた。
そして、最初に言われたのが彼女が生きているという話であった。
どうやら、私は元上司に高く評価されていたらしく、彼女も何かあったら頼ればいいと言われていたらしい。
だから、本当なら自分が生きていることは話しては駄目だが、私には話してもいいと彼女に言われたとのことだ。
元上司は私をきちんと評価されていたと知り、とてもうれしいと思う反面、もっと元上司に仕えたかったとも思う。
だが、それは無理なことはわかっている。
なお、明日にでも彼女と面会させてくれるらしい。
今の所三度の飯も出るし、ホテルとはいかないまでもきちんとした部屋に案内される。
もっとも、さすがに部屋の外には自由に動きは回れないが……。
どうやらどうこうする気はない様子だ。
なら、彼女と会ってから判断してもいいかもしれない。
●□月●■日
ああ、間違いなく彼女だ。
本当に生きておられたとは……。
交渉時に亡くなられたと聞いた時は信じられなかったが、本国の方からの連絡である以上、信じるしかなかった。
だが、どうだ。
彼女は生きておられる。
私の目の前におられるではないか。
では、本国からの連絡は何だったというのだ?!
そんな私に、彼女はあの時に本当は何があったのかを話される。
真実を……。
そして私は信じるしかなかった。
この地に来てから知りえた情報、それになにより彼女は生きてここにおられるではないか。
そして、私は彼女に元上司の死を伝える。
彼女は一瞬ではあるが唖然として固まられていた。
普段の交渉官としての颯爽とした彼女やプライベートの屈託のない自由な、それでいて色んな表情を見せる彼女からは予想できない反応だった。
つまり、それだけ信じられなかったという事だろう。
だが、すぐに眉をしかめると難しそうな表情になった。
「そうか、そう言う事か……。これで破片が揃ったわ」
何がどうだかわからないが、彼女はそう呟くと自分の考えを私に話し始めた。
その話は、私には余りにも想像を超えたものだ。
信じられないという言葉が思わず口から洩れるほどに……。
しかし、今まで得た情報、それに彼女によってもたらされた真実、それに元上司の死……。
全てが繋がる。
恐らく今言われたことが正しいのだ。
ならどうすればいい……。
私は、どうすれば……。
そんな私を見透かすように彼女は言う。
「私に力を貸してほしい」と……。
そして私は頷く。
やはり彼女に従うべきだと心が決断を下したのだ。
我が元上司を死に追いやり、彼女を貶め、本国を戦争へと巻き込んだ連中に鉄槌を下さねばならない。
今の上司には申し訳ないが、これは私のけじめなのだ。
こうして私は、二重スパイとして活動する事になった。
決して後悔がないわけではないが、今更本国の指示に従いたいとも思わない。
それに誓ったではないか。
元上司の遺志を継ぐと……。
だから、出来る限りのことはやっていこうと思う。




