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異世界艦隊日誌  作者: アシッド・レイン(酸性雨)
第二十九章 第一次アルンカス王国攻防戦

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海上での密会

パーナミュンデ海。

そこは王国と共和国の間にある広い海域で、両国が何度も戦い、血を流し、勝利と敗北を味わった因縁深き場所である。

また、相手を威嚇するためにそれぞれの海軍が演習を行う上に、今だに幽霊船の噂さえある曰くつきの場所でもあった。

だから、海の端こそ航路設定されているものの、演習がここ最近まで頻繁に行われていたという事もあり、沖合の方に漁に向かうものも少ない。

つまり、海のど真ん中を行き来するものはほとんどいないという事である。

そんな海のど真ん中で王国と共和国の艦艇がそれぞれ接近していた。

王国側は、王国最強と言われる超大型戦艦ネルソン級一番艦ネルソンが先頭を進み、その後を王国の主力戦艦となりつつあるドレッドノート型戦艦三番艦パンドラが続き、殿を高速巡洋艦アクシュールツが務めている。

そして共和国側は、共和国主力戦艦であるリッキーハンパーラ級戦艦が三隻だ。

数こそ同数の三隻だが、見ただけで戦力の差がはっきりとわかる。

このまま戦えば間違いなく王国側の圧勝だろう。

だが、戦いが起こる気配は微塵もなく、二つの艦隊は互いに発行信号でやり取りをした後、問題なく集結を始める。

「いやはや、王国のネルソン級は始めて見ましたが、ここまでとは……」

その独特の砲塔の配置と大きさに驚嘆の声を上げたのは同行していたランパラ・リストンペ提督だ。

今や、共和国海軍の中立派の筆頭というだけでなく、共和国海軍内でも大きな発言力と権力を手にする人物である。

そんな人物が驚嘆の声を上げている。

その様子をアリシアは楽しげに見ながら聞く。

「勝てそうですか?」

それは誰の目にも明らかな事であり、意地悪な質問と言えなくない。

だが、ランパラ提督はそう聞かれ、素直に首を横に振った。

「とんでもない。恐らく共和国の戦艦、重戦艦ではあの艦には対抗できますまい。それどころか、後続の戦艦にも勝てるか怪しいところですな」

その言葉に、アリシアは心の中でニタリと笑う。

これで目的の一つは達成できたと。

今回、敢えてアリシア派ではなく、中立派のランパラ提督を付き添いに選んだのかと言えば、王国との協調路線に反対する軍関係者が今だにいろいろと動いている為、その牽制を兼ねてという部分があったからである。

実際、この海でランパラ提督は王国と三度刃を交え、特に十年前の戦いの際は、親友と呼べる人物を失っていた。

そんな恨みがあれど、彼はあくまでも軍人であり続け、一応建前は中立という形をとっている。

だが、それは王国に対する恨みと軍人としての誇りの危ういバランスによって保たれているという事でもあった。

つまり、何かをきっかけに反協調派になってもらっては困る。

そう判断したアリシアが引っ張り出したのだ。

その考えが判っていたのだろう。

そう言った後、ランパラ提督は苦笑を漏らす。

「これで少しは私を信用してくださいましたか?」

要は、茶番に付き合ったから少しは信用していただきたいと言いたいのだ。

「ええ。信用出来ました。次は信頼できるようになりたいですね、お互いに……」

アリシアのその言葉に、ランパラ提督は益々苦笑する。

食えないお嬢さんだと思いつつ……。

だが、今回付き従って正解だったと思う。

情報だけではなく、実際に目で見て分かった。

これはまともにぶつかっては勝てないと。

まんまと策に載せられた形だが、今回は良しとしておくか。

そんな事を思いつつ、ランパラ提督は口を開く。

「それで、今回、どういった御用で秘密裏に会うのですか?」

恐らく、自分を付き従えてというのは、ついでのはず。

それよりも大事なことがあると読んだのである。

その言葉に、アリシアは実に楽しげに笑う。

「いえ、面白い情報が手に入ったのでね。殿下に貸しを返しておくのもいいかなと思ってね」

「しかし、それならこんな形にしなくても……」

「ええ。直接会わなくても出来たわね」

澄ました顔をしてそう言い切るアリシア。

「なら、なぜ?」

その問いを待っていたのだろう。

アリシアは実に楽しげに言い切った。

「友人に会いたかったという事もありますけど、それ以上に直接会って伝えた方が恩を着せやすいからですわ」

その物言いにランパラ提督は一瞬固まったものの、すぐに楽しげに笑い始める。

「なるほど、なるほど……」

そう言いつつ……。

つまり、アリシアは、今回の事で情報を伝えるだけでなく、その情報をいかに恩着せがましく相手に知らせるか、その上中立派の筆頭である自分に釘を刺し、さらに友人に会うという事まで考えて動いたという事になる。

それに第三者が途中介入する事で情報漏洩や情報を変化させられることを防ぐ狙いもあるだろう。

さすがだ。

噂通りの才女と言ったとこか。

この人なら付き従ってもいいかもしれん。

そう思わせる何かをランパラ提督は感じていた。

だから、口を開く。

「貴方は噂に違わぬ人のようだ。私はこれから貴方の支持に回りましょう」

そう言った後、ニタリと笑って言葉を続ける。

「勿論、表面上は中立派という形を取りつつもね」

それを彼女が望んでいると思って口にした言葉だった。

アリシアは、ランパラ提督の言葉に、実に満足そうに頷く。

「こちらこそ、よろしくお願いしますわ、提督」

そう言って右手を差し出す。

それを握手で返しつつ、ランパラ提督は満足そうに頷く。

そのやり取りの間に艦艇は集結を終わらせると、ボートの準備を進めていく。

それをちらりと見た後、アリシアは微笑みつつ言う。

「さて、そろそろ時間ですわね。エスコートをお願いできるかしら」

「勿論ですとも」

二人は笑いつつ艦橋を後にする。

王国の大型戦艦ネルソンに向かうために……。



「こちらでございます」

そう言って案内役の兵に案内された一室でアリシアとランパラ提督を待っていたのは二人の人物であった。

このネルソンが所属する第203特別編成艦隊の指揮官であるミッキー・ハイハーン大佐とアッシュことアーリッシュ・サウス・ゴバークだ。

「いらっしゃい」

そう言ってアッシュが一歩前に出ると右手を差し出す。

その手を握り返しつつアリシアは微笑む。

「こちらこそ、急なお呼び出しに対応していただきありがとうございます」

「いえいえ。何やら秘密裏に会いたいという話だったからね。これは何かあるぞと思うだろう?」

そう言って笑った後、アッシュは視線を後ろのランパラ提督に向けた。

その視線を受け、ランパラ提督は軍人らしく敬礼する。

「共和国海軍大将ランパラ・リストンペであります、殿下」

「君がか……。いろいろと噂は聞いているよ。『共和国の守護神』とかね」

ランパラ提督が得意とするのは防衛戦であり、十年前の戦いでも王国の猛攻を防ぎきり、殿を務めて後退する味方主力を守ったことは知られていた。

そして、付けられたのが『共和国の守護神』という二つ名だった。

もっとも、その後、軍師アラン・スィーラ・エッセルブルドが台頭し、彼の活躍する場面はなくなってしまったが……。

「いやいや。お恥ずかしい限りです。以前のように出来るか怪しいものです」

笑いつつそう言うランパラ提督だが、その眼は笑ってはいない。

それにアッシュもミッキーも気が付いている。

さすがだ。こりゃ、敵に回すと手強い相手だと……。

そして、それはランパラ提督も同じであった。

初めて会う王国王位継承者一位、次期国王筆頭であるアッシュ、それにその懐刀と言われているミッキーに只ならぬ雰囲気を感じ取っていた。

王国は、これから伸びるな……。

そうなると、やはり……。

ランパラ提督はちらりとアリシアの方を見る。

協調路線を推し進めるのは理にかなっているという事か……。

そんな互いに腹の探り合いに近いものがあったが、それでも挨拶が滞りなく済むと用意されたテーブルに四人は座った。

そしてお茶が用意された後、始まった会談は秘密の会合というよりは、親しき友人のお茶会といった感じであった。

和気あいあいという雰囲気であり、とても長年戦い続け憎しみあってきた仇敵との会談とは思えない。

だが、そんな雰囲気の中での話題は、かなり高度な政治の話であったり、情報のやり取りであった。

今はアリシアが航路について余りにも詳しく調べている連盟企業が存在し、その動きが余りにもうさんすぎるという今回知らせたかった情報をアッシュに提供していた。

「確かにおかしいですね」

資料を受け取り目を通した後、アッシュはそう口から言葉を漏らす。

その調査を行っている商会は、王国に進出していない為、目が届かなかったのだ。

「すぐに情報部の調査対象にしておきましょう」

ミッキーがメモを取りつつそう言うと、アッシュは「頼む」と言って頷く。

そして、視線をアリシアに向けた。

「助かりました。さすがに本国に拠点を置かない商会まで手が回っていませんから」

「いえ。私達も前回の情報提供は助かりました。おかげで予想以上に対応が進みそうです」

「それは良かった。我々としてもこれからもこういった感じで良好な関係と情報の共有化を図っていただければ幸いですよ」

「勿論です。私としてもこの関係を続けていきたいと思っています」

二人は笑ってお互いの関係の継続をそれとなく確認する。

今までのようにそれを示す文章も、契約もない。

だが、横で見ていたランパラ提督はそう言った形になるものは必要ないと感じていた。

この二人ならば……。

そして、考え込む。

やはり、そろそろ中立で様子を見ているだけではいかんか、と。

そう思いつつ話し込んでいるアッシュとアリシアを見る。

彼の眼には、その二人の楽しげにも内容の深い情報交換という密談が、将来の国の首脳会談としか見えなくなっていた。



時間として一時間ちょっとといったところだろうか。

アッシュとアリシアの密談は問題なく終了した。

アリシアとランパラ提督の二人は、今はすでに自国の艦艇に戻り、帰国の途についている途中だ。

そんな艦内は、安堵というより少し緊張気味な引き締まった雰囲気に包まれている。

それはそうだ。

王国の要となりつつある戦力を見せつけられ、力の差を感じさせられたのだ。

何某ら考えさせられたのだろう。

そんな中、黙って進行方向を向いているランパラ提督の横にいたアリシアは視線をランパラ提督に向けた。

「どうでしたか?」

何気ない風を装ってはいたものの、今回の事に同席すればランパラ提督がどういう対応をするか計算して話しかけているのが感じられる物言いだった。

それに対しては確かに悔しいという気持ちがあるが、ランパラ提督としてはそれ以上に納得させられていた。

時代は変わりつつあり、そして彼女こそ共和国を導く者だと。

「かないませんな。貴方には……」

ランパラ提督はそう言ってアリシアの方に視線を向けると苦笑する。

そして言葉を続けた。

「世界が大きく変化しているのが感じられましたよ。そして、共和国もその変化に対応していかなければならないと……」

その言葉にアリシアは満足げに頷く。

「軍の方、任せてもいいかしら?」

「はっ。お任せください」

真剣な表情で敬礼しランパラ提督はそう答える。

これで、アリシアは以前から支持のリープラン提督と中立派のランパラ提督の二人を協力を取り付けた事になる。

残りは軍師アラン・スィーラ・エッセルブルドの支持者だった者達やアリシア以外の政治家と繋がりのある軍人達がいるが、その派閥の数は多いものの勢力的には弱小と言っていいだろう。

実際、この二人の提督の派閥だけで軍のほぼ七割近くを押さえたことになる。

ふう……。

これで軍の方は何とかなったわね。

アリシアは少しほっとする。

世界は多く変化し、共和国が巻き込まれるのは間違いない以上、少しでも敏速に動ける体制を構築しておく必要がある。

王国は以前の教国の台頭の特にその体制に近い形になっているが、共和国はそうではない。

だからこそ、今彼女は躍起になって動いているのだ。

災害の対処に追われつつ……。

そして、その形がやっと出来つつあった。



密談が終了し、アリシアとランパラ提督が自分の艦艇に戻るを見送った後、まるでそうしているのかが当たり前のようにアッシュの後ろに一人の女性が立っていた。

年の頃は二十前半といったところだろうか。

美人というより凛々しい感じの芯の強そうな印象の女性で、身動きがしやすそうなドレスを身に着けている。

つまり軍人ではない。

「どうだったかな?」

アッシュはちらりと後ろを向いて苦笑するそう告げた。

つまり隠し部屋でやり取りを見ていたという事である。

その問いに、女性は楽し気にクスクスと笑った。

「中々面白そうな方ですわね、アリシア様は……。殿下がご友人として対応されているのも納得できました。しかし、すごく計算高いという感じがしました」

その言葉に、アッシュは楽し気に口を開く。

「計算高い……か」

「ええ。今回の同行者、あれは支持者ではありませんわね。でも連れてきた。それは取りこみたい相手だからといったところでしょうか」

「なぜ、そう思ったんだい?」

その問いに、女性はニコリと笑った。

「殿下、それはテストですの?」

「いや、そう言うつもりはないさ。ただ、自分の有能さをアピールしていたからね。だから聞いてみたのさ」

「それを普通はテストというんだと思うんですけど……」

そう言ったものの、女性はため息を吐き出すと言葉を続ける。

「ランパラ提督と言えば、軍の中でもかなりの力を持つ方ですわ。ですが、アリシア様支持ではなりません。あくまでも中立を維持し続けている方。そんな方を理由なく連れてこられるとは思えませんし、今のアリシア様にはリープラン提督以外で使える駒は少ない。そう考えれば簡単ですわ」

その言葉に、アッシュは頷く。

自分の考えと同じだという事なのだろう。

その二人のやり取りをミッキーは少し離れたところで苦笑して見ている。

エリザベート・バトリア・リンカーホーク。

それがアッシュと会話をしている彼女の名前だ。

『鷹の目エド』こと宰相のエドワード・ルンデル・オスカー公爵の親類で、アッシュの婚約者候補である。

アッシュとしては政務が忙しいのだが三者会談の時に散々アリシアからからかわれたという事もあり、アルンカス王国から帰国後に一応会うだけというつもりで会ったらしい。

なお、その際に忙しいので構っていられないという事とお互いの事を知らなさすぎるという事を遠回しに言ったそうだ。

ある意味、結婚に関しては興味がないといった言い回しに近かったが、そう言われてもエリザベート嬢はすました顔で「確かに殿下の言う通りです。今は忙しいでしょうし、お互いの事を知らなさすぎます。なら、少しでも一緒にいてお互いの事を知ればいいではありませんか。それに私もいろいろと教育を受けております。殿下のお役に立てると思います」と言い切ったのである。

ただ、さすがにその言葉をそのまま受け入れるわけにはいかなかったのだろう。

アッシュがいくつか仕事を回したりテストを行ったのだが、それを見事に対応したのである。

そうなるとアッシュとしても煙に巻くわけにはいかず、根負けした形でそのまま同行が続いており、まだ短い時間だけではあったが彼の良き相談相手になりつつあった。

最初はどうかと思ったが、意外といい組み合わせかもしれないな。

そんな事を思いつつ、ミッキーは楽し気に会話する二人を少しうらやましげに見ている。

こうして、彼女、エリザベート・バトリア・リンカーホークは、女性嫌いのミッキーがアリシアに続いて認める二人目の女性となったのであった。

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