アルンカス王国、王宮にて……
「先ほど、フソウ連合海軍基地アンパカドル・ベースより侵攻する全てのサネホーンの大艦隊を撃破したという報が入りました。大勝利であったとのことです。また、別動隊として動いていた我が海軍の艦隊は、フソウ連合の航空機隊の協力を得て接近しようとしていたサネホーンの艦隊と戦闘に入り、撃退し勝利したという事です」
その報を聞き、会議室に集まっていた面子から歓声が漏れる。
それはそうだろう。
アルンカス王国海軍の初めての外洋での戦いである。
ましてや、今の編成の前の旧海軍は共和国の艦隊に徹底的に敗北してその無力さを晒してしまっており、汚名返上のチャンスでもあったからだ。
そんな訳で、皆がほっとし、歓声を上げる中、会議に参加していたチャッマニー姫も緊張していた表情を崩して微笑む。
だが、それでもすぐに難しそうな表情になると口を開いた。
「それで、損害の方はどれほど出たのでしょう?」
その問いに、伝令の兵はちらりとバチャラの方を見る。
要は伝えていいかという確認の為だ。
それを受けてバチャラは迷う。
アルンカス王国の唯一の王族であり、しっかりされているとはいえチャッマニー姫はまだ十二歳なのだ。
そんな彼女に話してしまっていいのか。
だが、そんな彼女を政略結婚の駒として話を進めていた時を思い出す。
都合がいい時に子ども扱いしたり大人として対応したりでは駄目だろう。
今の彼女は、アルンカス王国のシンボルであり、主なのだ。
そう意を決したのだろう。
表情を引き締めて伝令の兵を見るとバチャラは頷く。
それを受けて伝令の兵は口を開いた。
「艦艇の損害は、アンカラー・リッチン級駆逐艦一隻小破、三隻損傷軽でございます。ただ、現在、アンパカドル・ベースにはフソウ連合の工作艦が到着していますので、そちらに修理を任せる形になるでしょう」
「そう。それで……」
「はい。人的損害は、戦死者・行方不明者八名、重軽傷者三十二名となっております」
その報告にチャッマニー姫の表情が曇る。
だがすぐに表情を引き締め直すと顔を上げてバチャラの方を向き口を開いた。
「彼らは祖国を守るべくして戦った者達です。戦死者とその家族には名誉と十分な補償を。それに重軽傷者には十分な治療をお願いします」
その言葉に、バチャラは内心うれしく思いつつも表情を引き締めて頭を下げる。
「はっ。勿論でございます。姫殿下のおっしゃる通りにいたしましょう」
その言葉にチャッマニー姫は満足そうに頷くものの、それでも物足りない気がしたのだろうか。
同席しているアルンカス王国特別軍事顧問の木下喜一に視線を向ける。
その視線は、普段の時とは違い厳しいものであった。
それを受け、木下喜一も心を引き締める。
「そう言えば、フソウ連合海軍ではそれ以外にもどんなことをされているのでしょう?」
その問いに、木下喜一は少し考えこむ。
保障などの制度は国によって違うし、今ここで言うべきではない。
ならば何を言うか……。
そして思いつく。
何も難しく考えなくてもいい。チャッマニー姫として出来る事を言えばいいのだと。
そう考えをまとめると木下喜一は問いに対する答えを口にした。
「フソウ連合海軍も似たような感じたと思います。あとは、そうですね。これは特殊かもしれませんが、鍋島長官は作戦が終わると負傷兵の見舞いや戦死者の家族に会ったりされていますね。もっとも、業務の合間にという形ですから、全員というわけではありませんが……」
その予想外の内容に、チャッマニー姫だけでなく、その場にいたアルンカス王国の関係者は驚く。
彼らにとって、鍋島長官はフソウ連合では上から数えた方が早いほどの上位者であり、海軍の最高司令官なのだ。
そんな彼が、作戦で傷ついたとはいえ、兵士達の見舞いに行ったり、戦死した兵の家族と面会したりというのは信じられなかったに違いない。
「見舞い……ですか?」
思わず声が出た。
そんな感じのチャッマニー姫の言葉に、木下喜一はニコリと微笑んで頷く。
「ええ。出来る限りではありますが、積極的に会われているそうです」
「信じられん……」
「それは本当なのか?」
誰もがそんな声を上げる。
そんな反応に、木下喜一は苦笑する。
「私も最初はまさかと思いましたよ。だから聞いたんです。そしたら『彼らの協力によって成しえた事なのだから、それで怪我をしたり命を落としてしまったら、それに対して僕は責任がある。だから、見舞いも面会も当たり前だ』と怒られました。上に立つ者にとって作戦を成功させるのとは別に、部下に対しての責任があり、義務と思われているのだと思います」
その言葉は、部下を持つ者にとってそれぞれ考えさせられる事があったのだろう。
誰もが黙り込み、じっと考え込んでいる。
もしかしたら、今までの自分の事を思い出しているのかもしれなかった。
そんな中、最初に顔を上げて口を開いたのはチャッマニー姫だった。
その表情は真剣で決意を感じさせるものだが、まだ十二歳の少女である。
少し大人びているとはいえ、周りの大人から見ると実にかわいらしいという感じが強かったが……。
「決めたっ。決めましたっ」
その決心の言葉に、バチャラが聞き返す。
「何をでしょうか、姫様」
その言葉に、勢いよく言い返すチャッマニー姫。
「私も見舞いに行きます」
「しかし、前例がございません」
バチャラがそう答える。
アルンカス王国において、先陣を切り突き進むものを勇者としてたたえる一方、今までに負傷者を見舞ったという事はなかった。
心のどこかで、負傷者=負けというイメージがあったのかもしれない。
だが、今の木下喜一の話を聞き、一番年が若いチャッマニー姫にとってそんなしがらみはない。
ただ思った事を口にしたのだ。
「だって、彼らだって国のために戦ったのでしょう?ましてや怪我を負ってまで、命を懸けてまで戦ったのです。確かに活躍した人々を称えるのはその通りだと思います。ですが、負傷した者達も好きで負傷したわけではありません。祖国の為、身近な人々を守るために頑張った結果なのです。だから、私としては、そんな陰になってしまう人々にも光を当てるべきではないかと思うのです」
そこまで一気に言い切った後、チャッマニー姫はニコリと微笑む。
「それに良いところは取り入れていくべきです。なぜなら、私はこの国をより良くしていきたいんです」
その熱意と思いを感じさせる言葉と態度に、バチャラは驚くと同時に目を細めて微笑む。
彼の脳裏に浮かぶのは、彼の親友であり、チャッマニー姫の父親であった男の顔だ。
その顔とチャッマニー姫の顔がダブる。
そんな感覚に思わずニヤリとしてしまったのである。
「立派になられましたな」
思わず出た言葉。
だが、その言葉をチャッマニー姫は首を横に振って否定した。
「まだです。お父様は以前言われていました。『この国を、この国の民を豊かにして幸せに生活できる地にするのは、王族の義務であり、使命である』と。私は、その義務と使命を全うしょうとしているだけですから」
その言葉に、バチャラは自然と頭を下げる。
それはバチャラだけではない。
そこにいたアルンカス王国の関係者全員であった。
誰もが神妙な面持ちであり、彼女の言葉を真摯に受け取っていた。
そしてそんな彼らを代表するかのようにバチャラが口を開く。
「さすがは、我らが主にて、この国の代表者である姫殿下です。この国の、この国の民の為、そして姫殿下の義務と使命を全うするために、我らは喜んで忠義を尽くさせていただきます」
そのバチャラの言葉に誰もが頷く。
その言葉と態度に驚いたものの、すぐにチャッマニー姫は嬉しそうに微笑む。
「皆の忠義、とてもうれしいと思う。これからもよろしく頼みます」
「「「ははっ」」」
皆、一斉により頭を下げる。
それは、今までお飾り気味であったチャッマニー姫が、アルンカス王国の政治に強く関係してくることを示す出来事であり、きっかけでもあった。
こうして、アルンカス王国は、より良き国を目指して一歩を踏み出していく。
後に、専門家は言う。
『この国が一気に発展したのは、理解のある国をパートナーとして歴史の大きな変革の波に乗ったことも大きいが、それ以上に賢明な指導者を中心に一つにまとまって常により良き国を目指したことが成功の大きな要因であった』と……。




