日誌 第五百五十八日目
「以上が第一艦隊、第二艦隊、及び第二外洋艦隊の損害報告です」
東郷大尉が持っていたボードを会議室に集まっている全員に聞こえる様に読み上げると、僕に手渡す。
それに目を通しつつ、僕は無意識のうちに安堵のため息を漏らしていた。
ここはフソウ連合海軍本部の第三会議室である。
僕や東郷大尉を含め、各部門の代表者や代理が参加している。
「しかし、よくやってくれた。被害も最小限に抑えられたようだし……」
僕の言葉に、近くに座っている山本大将は満足そうに頷く。
彼にしてみたら自分の愛弟子の活躍はうれしいものなのだろう。
そんな山本大将をちらりと見て口角を少し上げたものの、すぐに真剣な表情なった新見中将は、視線を僕に向けて口を開いた。
「今回はうまくいきましたが、いつもこのようになるとは限りません。今後の事を考えて何か考えがございますか?」
参謀本部としては今後の方針を早めに知ってすぐにでも動く準備に入りたいのだろう。
その言葉に、山本大将や報告を受けほっとした表情を見せていた他の面子の表情も引き締まる。
もちろん、僕もだ。
さすがだなと思う。
常に冷静に、状況を確認し、常に先の事を考えておく。
また、皆が浮かれている時でさえも、一歩引いた目線で進言する。
それは水を差す行為ともとれるし、冷たいという印象を受けるだろう。
だが、組織というものは、役割があり、一部分が暴走しないようにするためには、彼のような人材は必要だと思っている。
彼がいるからこそ、今のフソウ連合海軍はうまく回っている部分があると言ってもいいだろう。
「そうだな。まずは第二艦隊はそのままアルンカス王国に入って駐屯という形になるな。その間に第二外洋艦隊は修理を。第一艦隊はフソウ連合に戻り、修理という形かな。あとは、今後の事を考えた艦隊の再編成だな」
今の艦隊編成は、あくまでもサネホーン侵攻に対して急遽編成されたものだ。
だから、動ける艦や準備の整った艦艇を優先的に編成した結果、ばらつきが多い。
それに、フソウ連合の各基地や軍港に駐屯する艦隊の編成もやり直さなければならない。
戦いが長引く予想しかできない以上、余裕のない編成ではどうしょうもないし、すぐにしわ寄せがきてもどうしょうもないからだ。
「まずは、艦隊を大きく五つに分ける」
「五つですか?」
艦隊編成を実際行う新見中将が興味津々で聞いてくる。
彼にしてみれば、今回の艦隊編成は時間がなくて不満な部分があったという話だったから、チャンスだと思っているのだろう。
「ああ。一つは小型艦艇を中心とした艦隊で、いくつかの水雷戦隊で編成し各地区の防衛の為に各港に配属させる。またそれとは別に航路の警戒や輸送船団の護衛などを行う護衛駆逐艦、海防艦もこちらに所属だ。あくまでもこの艦隊はフソウ連合の防衛が主任務となる」
「なるほど。それで残りの四つは、どのような編成に?」
「一つは、支援艦艇を中心とした艦隊だ。工作艦や病院船といった艦艇は、バラバラに艦隊に振り分けるより、集中運用した方がいいと思うからね、もっとも必要に応じで臨機応変で動くつもりだけど。で、残りの三つが主力艦隊だ。今回のように大きな海戦や作戦に参加するための艦隊と思ってもらってもいいだろう。これらは、ローテーションを組み、常にニつの艦隊が動ける形に出来る体制を作りたいと思っている。勿論、何かあれば臨機応変に対応しなければならないとは思っているがね」
「なるほど。確かにそれだと常に何かあった時に動けますな。今回のように大慌てで艦隊編成をしなくて済む」
「それに、三つの艦隊の内、一個艦隊はアルンカス王国に駐屯し、四か月ごとに他の艦隊と交代する形を取りたいんだがどうだろう?」
その僕の問いに、新見中将が少し考え込み聞いてくる。
「外洋艦隊は、どうされるのですか?」
「外洋艦隊の方も、戦力を増加し、三個艦隊編成にして動いてもらう。今の所は、ルル・イファン共和国、アルンカス王国にそれぞれ一個艦隊、残りの一個艦隊は休暇や補給、修理などとし、こちらも四か月ごとのローテーションだ」
僕はそう言った後、苦笑した顔で言葉を続ける。
「本当なら、連合艦隊も外洋艦隊も四個艦隊でローテーションを組みたいんだが、そうなると一個艦隊の艦艇や兵が足りないからね。しばらく戦力が整うまでは三個艦隊で回していこうと思っている」
「なるほど。将来的には、四個艦隊でのローテーションをという事でよろしいですかな?」
「ああ。そうすれば、ローテーションを変更して一年の内、半分以上は自国にいられるからね。やはり、長い間家族に会えないのはつらいんじゃないかなと思ってしまうんだ」
やはり家庭や家族を大事に思うからこそいざという時に踏ん張れるんじゃないかと僕は思っているので、出来ればそういったことを考慮していきたいと思っている。
「そういった配慮はありがたいのですが、そうそう入れ替わってしまっては、引継ぎ等が大変ではありませんか?」
山本大将が少し思考をめぐらしながらといった感じで聞いてくる。
彼としては、現場がドタバタになって疎かになっても困ると思っているのだろう。
「確かにね。だから、その辺をうまくできるようになるべくいろいろ考えて欲しいんだ」
「わかりました。まずはやってみてその都度問題点を洗い出して修正していきたいと思います」
「ああ。頼むよ」
僕はそう言った後、視線を山本大将や新見中将から川見大佐に向ける。
その視線を受けて、川見大佐がニタリと笑った。
自分の出番ですね。
それを待っていましたと言わんばかりに……。
結構目つきが悪いという感じなので、格好はつくものの、なんか怖い感じだ。
敢えて言うなら、映画なんかに出てくる極道系ヤクザのような凄みがあると言ったらいいだろうか。
まぁ、すごく似合っているんだけど。
でも、笑うとこう、かわいい感じになるんだよね。
そのギャップが、意外といいらしく、その上独身で仕事もバリバリ出来る男という事もあり、結構女性に密かに人気があるらしい。
(なお、この情報は東郷大尉からの提供です)
だから、思わずそんな事を思ってしまい苦笑が漏れそうになったが、何とか表情を引き締め直す。
「んんっ。川見大佐、それで、例の件だがどうなっている?」
僕の問いに、川見大佐は楽し気に口を開く。
「頂いた情報から目星は付いております。許可さえいただければ、すぐにでも接触したいと思います」
「ああ。わかった。直ぐにでも接触してうまくやってくれ。ただし、無理強いはするな。それにリンダ嬢の事は簡単に出すなよ」
「勿論です。彼女が生きているとわかれば、サネホーンは先に手を打って対応してくるでしょうからね。そうなってくると我々は手札を一枚失ってしまいます。そうならないように十分に注意していきたいと思います」
「ああ。頼むよ。それと出来る限り、早めにサネホーンの情報も引き出して協力体制に持ち込んでくれよ。無理な注文をしているとは思うが……」
僕がそう言うと、川見大佐は益々楽し気な表情になる。
「確かに難しい注文でしょうが、その分、やりがいがありますからな。ご希望に添える様に動きたいと思います」
その様子と言動から、後は任せてもいいと判断して僕は視線を外交部の方に向ける。
「すぐに各大使館に連絡を入れ、情報収集に努める様に指示をしておいてくれ。それとおかしな動きなどがあればすぐに報告だ。サネホーンは各国の中に入り込んでいるらしいからな。その変化で何かわかる事があるかもしれないからな」
「はっ。了解しました」
「あとは何かあるかな?」
僕の問いに、誰も異論は上げないで首を横に振る。
「なら、すぐに各部動いてくれ。以上だ」
僕がそう言って立ち上がると全員が立ち上がり敬礼をする。
それに僕も返礼をすると東郷大尉の声が響く。
「各自解散っ」
その声を受け、それぞれが持ち場に戻っていく。
その様子を見ながら、僕は座りこけむと息を吐き出した。
「ふーっ」
そんな僕を見て東郷大尉は少し微笑むと口を開いた。
「ご苦労様でした」
「ああ、大尉もね」
時間を見るとすでに二十一時を過ぎていた。
戦い自体は、今朝の第二艦隊第一分隊の攻撃で終わってはいる。
だが、その報告を受け、取りまとめて緊急会議を招集したのは、十六時過ぎであった。
途中、休憩をいれつつも結局五時間近く会議していた事になる。
疲れるはずだな。
そんな事を思っていると、ぐーっと腹の虫が鳴いた。
よく考えれば、昨日の夕方から戦いが気になって食事をあまり食べていなかった事を思い出す。
勿論、全然というわけではないが、どうしても少食になってしまうのだ。
だから、その反動が来たらしい。
東郷大尉はクスクスと笑いつつ聞き返してくる。
「今日はどうします?」
「そうだな。せっかくだし、外で食べていくか」
そう言えば、最近は二人で買い出しで出かける事はあるが、外で夕食を食べることはなかった。
だから、偶にはいいんじゃないと思う。
「わかりました。どこに行きます?」
時間帯からして、居酒屋みたいな感じの店かな。
それなら、ガッツリ食べられて、飲める店がいい。
「いつものところでいいかな?あそこだとガッツリ食べられるし」
その言葉に、東郷大尉は苦笑を浮かべる。
何か変なこと言ったかな。
そんな事を僕が思っていると、仕方ないと言った感じで東郷大尉は頷く。
「そうですね。それが無難という感じですね……」
その言葉に返事するかのように、僕の腹の虫が鳴いた。
東郷大尉は困ったなというような表情で笑いつつ言葉を続ける。
「では、すぐに用意して行きましょう。長官のお腹の虫が催促していますしね」
僕はその言葉に苦笑を浮かべる事しかできない。
だって事実だから……。
そして、一時間後、腹が満たされてから思いつく。
折角二人っきりでの食事だからもっとおしゃれなムードのある店にしておけばよかったと……。
うーん……。
ごめん。そこまで気が回っていなかったよ。
僕はなぜ東郷大尉が苦笑していたのかがわかり、心の中で謝ったのであった。




