日誌 第三十日目
「さてと…」
そう一人呟くとデスクにまとめてあった書類を持ち立ち上がる。
するとタイミングを見計らったのように長官室のドアが開いて東郷大尉が頭を下げる。
「長官、お時間です」
「うん。ありがとうね」
僕はそう答えて歩き出す。
その少し後ろを歩きながら、東郷大尉がこの後の予定を伝えてくる。
それに返事をして頭の中で確認しながら先を進む。
目的地は、本部施設の中にある講堂だ。
ざっと三百人は入れる大きさの建物で、そこには海軍の主な責任者や艦の付喪神が集まっている。
もちろん、出張や任務で動いているものは別だが、それでもこれだけの幹部や上級将校たちを集めるのは初めてだ。
なぜ集めたのか。
それは、海軍の人事編成と部隊編成の話をするためであり、今回はガサ沖海戦やシマト諸島奪回戦での軍功や軍編成による昇進などのこともある為に規模が大きくなってしまった。
まぁ、いつの間にか式典という事になってしまっている。
そんなつもりはなかったんだけどなぁ。
どんどん規模が大きくなってしまい、箔をつけるためにそんな感じになってしまったようだ。
こんな式典になるとは思ってなかったためかなり緊張しているが、原稿もあるし、なんとかなるかなという気持ちもあってか以前のガサ沖海戦に皆を送り出すときに行った演説よりも少しは気楽だ。
だが、結構心臓がバクバクしているのが自分でわかる。
「長官、顔が強張ってますよ」
ちらりとこちらを覗き込んだ東郷大尉が言う。
「やっぱりかな…」
なんとかそう言う。
自覚はしてるんだけど、なんかもうね、自分の顔が自分の思う通りに動かないのよ…。
僕の返事を聞き、東郷大尉は「ふう…」とため息を吐き出すと「失礼します」といっていきなりわき腹をがしっと掴む。
いきなりの行動と刺激で僕の体がびくんと反応し、背筋が反る様にぴんとなる。
「背中が曲がっています。ぴんとしてください…」
「あ、あのさ、やる前に言ってくれない?」
「あら、言ってしまってやるのと、言わないでやるのでは効果が違いますから。それに、失礼しますって言いましたけど…」
すました顔でそう言う東郷大尉。
「あのねぇ…」
僕が言いかけると東郷大尉がくすりと笑って言う。
「ふふっ。やっといつもの表情になりましたね」
つまり、今の事は僕の緊張を取る為ってことだろう。
こうなると文句も言えない。
僕は小さく両手を挙げて言う。
「やっぱり東郷大尉には敵わないや」
すると少し膨れ顔で東郷大尉はぼそりと言う。
「どうせなら、もう少し気の聞いた事をいってください」
「気の聞いた事?」
そう聞き返すと、今度は呆れ返った顔になってため息を吐き出す。
そして何か興味があって覗き込む悪戯っ子のような表情になって言う。
「そうですね…感謝の言葉とかがお勧めですよ」
「そうだね…」
僕はそういいかけて、苦笑して言葉を続けた。
「残念…。もう会場だ。感謝の言葉はまた今度だ」
僕がそう言うと、東郷大尉は少し悔しそうな顔をしたものの、すぐに何事もなかったかのような顔をした。
さすがというべきだろうか。
僕も見習わないとな…。
そして、一時間が経ってなんとか僕の話も終わって式典は閉幕となった。
今回は原稿もあり、なんとかうまくやったと思うが、後の山本中将の評価を聞くのが大変怖いところだ。
なお、ガサ沖海戦やシマト諸島奪回戦で功績のあった山本平八准将は中将に、南雲石雄大尉、的場良治大尉の二人は少佐に昇進となった。
また、それ以外も陸戦隊や軍関係者など実に五十人ほどが昇進となった。
その五十人の中には、僕の幕僚として働いている者も三人含まれている。
新見正人大佐は准将に、川見悟少佐は中佐、杵島マリ大尉は少佐にそれぞれ昇進した。
新見准将の場合は、ガサ沖作戦の作戦立案などの功績のこともあるが、山本中将との兼ね合いもある。
作戦立案といった任務を円滑にする為といえばいいだろうか。
あまりにも、階級が開きすぎると、実際の作戦などに問題が起こる場合があるためだ。
もっとも、あの二人に関してはその心配はしていないけどね。
次に川見中佐の場合は、これから情報という一番大切な事を扱う最高責任者があまりにも階級が低いのではと言う意見があった事が大きい。
それに国内の諜報でもかなり色々活躍してくれており、ますますの奮起を規定してという部分もある。
まぁ、無理しない程度でいいんだけどね、がんばるのは…。
でも、そんな事を言ったら、皆から間違いなく怒られるだろうなぁ…。
そして、最後の杵島マリ少佐だが、他の部門に比べて階級が低かったのと広報としての手腕を期待してといったところだろうか。
なお、前回試写したフィルムは、各地区の公民館や施設を何箇所も借りて映写会が実施されているがすごい賑わいのようだ。
なんでも一日に四回ほど映写するのだが、毎回満員、立ち見が出るほどだという。
まぁ、娯楽というのが少ないうえに、映写というのもなかなかお目にかかれないし、何より無料と言うのは最大の魅力らしい。
ただ、聞いた話では、デートスポットになっているところもあるとか…。
あれはデートには向かない内容なんだがなぁ…。
今度デートに向く題材でやってみようかと思ってしまった。
こんな感じで、功績があるからと言うこともあるのだが、フソウ海軍と言う組織が地区の組織から国の組織に換わったことが五十人近くの一気な昇進に大きく関与している。
まぁ、組織が大きくなれば、その分、関係してくる人も増える。
その為、以前よりきちんと組織で働いていた人材はより高い地位と報酬を約束し、新規に入ってきた者との差をつけなければならないということだ。
今のところはこれくらいでいいと思うが、より人員が増え、他の地区からの人員が入隊してくるようになればまた考えなければならない。
その辺は、少しずつではあるが、新見准将や山本中将の意見を聞きながらやっていこうと思う。
そして、今回は北部基地と南部基地の仮ではあるが完成によって各基地に派遣する艦隊と部隊が必要となったため、方面艦隊の編成も発表となった。
内容としては…
●南方方面艦隊
艦隊司令 南雲石雄少佐
司令補佐 石崎尊大尉
司令補佐 間宮永樹大尉
同行陸戦部隊 第二特別強襲大隊
派遣航空隊 第101、102哨戒中隊(二式飛行艇、九十七式飛行艇それぞれ6機)
第203偵察中隊(零式水上偵察機6機)
艦隊旗艦 第二警戒隊 水上機母艦 千代田 (零式水上偵察機12機 偵察2中隊分)
第二水雷戦隊 第二水雷隊 軽巡洋艦 北上 龍田
第四駆逐隊 駆逐艦 吹雪 綾波 暁
第五駆逐隊 駆逐艦 不知火 雪風 天津風
第二護衛戦隊 第十七駆逐隊 駆逐艦 若竹 樅
第三護衛隊 海防艦 御蔵 三宅
第二哨戒隊 第二警備隊 駆潜艇 15号艦 16号艦
第七警備隊 掃海艇 21号艦 22号艦
第十二警備隊 敷設艦 石崎 鷹島
*部隊直属として一号型哨戒特務艇 6隻
第二特務隊 第四支援隊 工作艦 三原
第七補給隊 特設補給艦 極東丸 東亜丸
第十三輸送隊 一等輸送艦 3号艦 4号艦
第十四輸送隊 二等輸送艦 103 104
コンクリート製被曳航油槽船×12
●北方方面艦隊
艦隊司令 的場良治少佐
司令補佐 野辺時雄大尉
司令補佐 上野芳樹大尉
陸戦部隊 第三特別強襲大隊
派遣航空隊 第105、106哨戒中隊(二式飛行艇、九十七式飛行艇それぞれ6機)
第208偵察中隊(零式水上偵察機6機)
艦隊旗艦 第四水雷隊 軽巡洋艦 最上 (零式水上偵察機3機 偵察3分隊分)
第一警戒隊 水上機母艦 千歳 (零式水上偵察機12機 偵察2中隊分)
第一水雷戦隊 第一水雷隊 軽巡洋艦 大井 木曽
第一駆逐隊 駆逐艦 白露 時雨 村雨
第二駆逐隊 駆逐艦 夕立 春雨 五月雨
第一護衛戦隊 第十六駆逐隊 駆逐艦 松 桜
第一護衛隊 海防艦 占守 国後
第一哨戒隊 第一警備隊 駆潜艇 13号 14号
第六警備隊 掃海艇 19号 20号
第十一警備隊 敷設艦 平島 澎湖
*部隊直属として一号型哨戒特務艇 6隻
第一特務隊 第三支援隊 工作艦 明石
第六補給隊 特設給油艦 日本丸 東邦丸
第十一輸送隊 一等輸送艦 1号艦 2号艦
第十二輸送隊 二等輸送艦 101 102
コンクリート製被曳航油槽船×12
一部まだ完成していない艦、実務に至るまで至っていない艦もあるが、艦隊や部隊を派遣せずにそのまま基地建設の人員のみを置いておくわけにはいかず、また警戒網の完成を急がねばならない事もあって、今動ける艦を先に派遣し、その後実働できるものから随時派遣する事となった。
なお、二つの方面艦隊に艦を優先したため、マシナガ本部基地の主力艦隊の艦数や戦力がかなり低下したものの、基地航空隊もあるし、後は僕ががんばって作っていけばいいかと半分開き直りみたいな感じで編成した。
ともかく、これでなんとかある程度の形にはなったと思う…。
しかし、まだやらなければならない事は山積みだ。
そして、僕は明日はシュウホン島に向わなければならない。
明日、フソウ連合の行政組織変革が行われるためだ。
そして、仮であった十二部が本格的に動き出す。
僕としては、今の状態で、二部の責任者を押し付けられているから、これ以上いろいろと押し付けられないようにしなければならないと思っている。
今でさえ書類漬けなのだ。
これ以上、やりたくないというのが本音である。
だから、明日は気合を入れなければ…。
そう思っていたら、隣にいた東郷大尉に言われた。
「長官、明日の事を考えられているのでしょう?」
「な、なんでわかった?」
「顔が強張ってますから…」
どうやら、うちの秘書官は、僕の心の動きを読めるようだ。
今のこの光景を見られたら「ますます尻に敷かれているわね」とか三島さんに言われそうだなと思い、僕は深いため息を吐き出したのだった。




