共和国と合衆国の対応
アルンカス王国での秘密裏での三頭会談から戻ってきたアリシアは、すぐに行動に移る。
アッシュとの会談で渡された資料は、すぐに執事に渡され探りを入れ始めている。
また、災害の対策に対しての報告や国内のゴタゴタなどやることは山のようにあった。
だから、帰国後のんびりする暇もなく、アリシアは業務に復帰した。
ある意味、三頭会談に行っている間が一番ゆったり出来ていたと言っていいだろう。
それほど共和国内は問題が山積みとなっていたのである。
そんな中、執事が緊急の報告を持ってきた。
フソウ連合とサネホーンとの間で大きな戦いがついに始まったという報である。
だが、その報を聞いてもアリシアの反応は薄かった。
ただ「そう、始まったのね」と目を通している書類から目を離さずにただそう言っただけである。
その予想は執事が思っていたものと大きく違ったのだろう。
執事は少し驚いた表情になって聞き返す。
「気にならないので?」
そう聞かれて初めてアリシアは顔を書類から上げた。
その顔には『なんでそんな事を聞くの?』という感情が読み取れる。
「いえ。余りにも淡白な反応でしたので……つい……」
普段は落ち着いて淡々としている執事だが、この時は驚きの方が強かったのだろう。
思わず執事がそう言い訳をする。
そんな普段にはなかなか見れない執事の様子に、アリシアは少し驚いた表情になったがすぐに微笑んで口を開いた。
「別に今のところは気にならないわ。だって、あの用心深いナベシマ様の事だもの。直ぐに対応に動かれたでしょうからね。だから、初戦は負けないでしょうね」
アリシアの意味深な物言いに、執事が聞き返す。
「初戦は、ですか?」
「ええ。準備不足の感はあると思うけど、あのフソウ連合の力を知っていれば、余程の下手をうたない限りは負けないでしょう。それに、あのナベシマ様の事だから、二手、三手先の事まで考えて動くでしょうし……。だから、問題はその後だと私は思っているの」
「その後といいますと?」
「初戦は勝つとしても、被害が出るのは間違いない。それは次の戦いに対してのマイナスとしかならない。壊れたものは修理すればいいし、兵員も補充すればいい。だけど、修理するのも、補充する兵の訓練も時間がかかるわ。それに何より、今回の戦いは国同士ではない。だから、下手したら終わりのない戦いになりかねない。そうなるといくらフソウ連合といえど、限度がある。だから、私はそこを危惧しているのよ」
アリシアの言葉を執事は聞いていたが、気になったことがあったのだろう。
つい口を開く。
「しかし、終わりなき戦いとは……。戦いは終わるものではないのですか?」
彼にしてみれば、戦いは終わりがあるという認識だった。
今までがそうであり、これからもである。
彼はアリシアの母親から彼女らの影として暗躍してきた。
そして必ず戦いを終わらせ勝利して、彼らは共和国で最大の諜報機関となったのである。
だからこそ、ついつい聞き返してしまうのだ。
「確かに戦いに終わりはある。戦争でもそう。でも、それはルールがあり、それに従って戦っているから。でもサネホーンは国ではない。今までの戦争のルールは該当しない。その上、各国の経済に秘密裏に浸透し、その勢力の正確な情報は把握できていない。恐らく、世界最大の規模を誇る勢力とみていいと思うわ。そんな相手に対して、ルールなしの戦争なんかしてみなさい。戦争を終わらせる為の条件は限りなく難しいとみるべきね。その上、勝利しての終戦なんて難易度高すぎよ」
その言葉を聞きつつ執事は頷く。
確かに国同士の戦いは、国際的なルールがあり、戦いの条件もはっきりしている。
首都を攻め落とすといった選択肢を始め、色々な方法で降伏させることが出来る。
だが、圧倒的に情報が少なく、ましてや国でもない相手にルールなしで戦う場合、何が有効だろうか。
下手すると攻め滅ぼすと言ったこと以外選択肢がないのではないかとさえ思えてしまう。
確かにそう言った一族郎党全員を殺すという手は昔はよく使われていた。
だが、サネホーンの場合、その手は使えない。
なんせ規模がデカすぎる。
それに各国に浸透している以上、攻め滅ぼすという選択肢はまず不可能であった。
「確かにお嬢様の言う通りですね。始めるより終わらせる方がどれだけ大変か、失念しておりました」
「そういう事。それに今はこっちも自分の事で手一杯の有様です。相手の心配より、自分の足元をしっかりと固めてからといきましょう」
そう言うとアリシアは目を通していた書類を執事に渡す。
「この報告だけれど、少し気になるわ。再度よく調べてくれない?」
渡された書類。
それは連盟のとある商人の動きに関してのものだった。
今や、連盟の商人は、正体不明の商人や会社と同じ監視の対象となっている。
そして、この商人は、各国の商人の海運関係の調査を念入りに行っているという事らしい。
だが、それはどこの商人も、特に海運の部門を持つ商人なら行っている事だ。
いかにして、素早く輸送し、高く売り、利益を手にするか。
その鍵を海運は握っているのだから、相手の海運能力や航路をチェックするのは当たり前だと言える。
だから別におかしいことはないはずなのだが……。
そんな事を思いつつ、執事は書類に目を通していく。
そして、確かに違和感を感じた。
調査している商人の規模はあまりにも小さいのに、調査として動いている規模があまりにも大きいのである。
その上、調査対象が、連盟以外の商人や会社の海運と限定されている。
それは不自然すぎると感じるのに十分であった。
世界の実に六割近い海運を連盟は握っている。
なら、自国の商人が持つ海運能力の方が、他国の商人の海運能力よりも自分達の商売に対しての問題になるのではないだろうか。
なのに、そのような動きは全くない。
つまり、商売とは違う目的の為に、秘密裏に調査しているのではないか、アリシアはそう判断したのである。
その意味が判り、執事は口を開く。
「わかりました。より深く調べさせましょう」
「ええ。お願いね。それと、正体不明の商会と会社の調査は進んでいる?」
「はい。かなり進んでおります。近々、中間報告を上げさせていただきます」
「ええ。お願いね。少しでもサネホーンの経済を疲弊させておきたいし、何より、祖国に海賊連中の息がかかった連中がいるだけでも気分悪いからね」
そう言い切るアリシアに、執事は深々と頭を下げると背筋を正して退室していく。
それをちらりと見た後、アリシアはデスクに積み上げられた書類から新しい書類を手に取ると目を通し始めたのであった。
「そうか。サネホーンと戦闘に入ったか……」
秘書官の報告に、アカンスト合衆国大統領アルフォード・フォックスは深くため息を吐き出した。
現在、合衆国内ではクーデーターの後始末にてんやわんやの有様で、外に向ける余力はない状態だ。
実際、クーデーター派の力の強い地域は内乱一歩手前までいったところさえある。
合衆国の新聞は、『内乱勃発か?大統領の決断と技量が試される』といった見出しが一時期毎日のように一面を飾っていた。
その為、本来ならばフソウ連合の駐在大使であるアーサー・E・アンブレラも祖国に残り、大統領の為に動き回っている。
そのおかげか、やっと今は少し落ち着いてきたものの、それでも油断はできないのは変わらない。
そう言った有様だからこそ、外に干渉する余裕もないし外から干渉を受けたくないと大統領は考えていた。
だが、そうも言ってられない。
フソウ連合とは通商条約を結んでいる上に、クーデーター派の後始末の為に、サネホーンに働きかけてもらったという恩がある。
そう言った理由で決断をしなければならないのだ。
「やはり、ここは我々も……」
そう口にしかけたものの、その後の言葉が続かない。
それが彼の迷いを現していた。
そんな大統領を見かねたのだろう。
アーサーが口を挟む。
「大統領、今は中立を宣言するだけでいいのではないかと私は思っています」
その言葉に、大統領は少しほっとした表情になる。
「だが、それでいいのかね?恐らく、王国や共和国は間違いなくフソウ連合側に付く。我々とて彼の国と条約を結ぶ以上、うやむやには出来んぞ。それに今やフソウ連合が作り出すモノは無視できん。それは物だけでなく、組織なども含めてだ。その流れに乗り遅れるのは不味いのではないかな」
そう言ったのは、デービット・ハートマン副大統領だ。
だが、その意見を聞いてもアーサーは平然としたまま口を開く。
「確かにその通りです。ですが今の合衆国の現状では、せっかく落ち着きかけた国内が再び混乱する恐れがある。忘れたのか?クーデーターの元々の原因はフソウ連合脅威論からだという事を……」
その言葉に、デービットは黙り込む。
「だが、我々が中立を発表してフソウ連合はどう動くだろうか……」
大統領の言葉に、その場にいた者達は黙り込む。
護衛駆逐艦の移譲から始まった合衆国とフソウ連合の軍事に関する関係は、クーデーターによって喪失した艦艇の補充に高性能のフソウ連合製の艦船を希望する合衆国海軍の嘆願によってより大規模なものになりつつあった。
合衆国海軍の提案では、フソウ連合規格で言う護衛駆逐艦及び駆逐艦十八隻、軽巡洋艦三隻、重巡洋艦一隻の二十二隻となる。
また、それ以外にも王国が購入した工作艦と同型艦を購入したいという話も出ており、規模は大きくなるばかりであった。
もちろん、その提案に反対するものも多い。
特に国内の造船関係者の息がかかった議員たちは、フソウ連合脅威論を口々に叫んでおり、クーデーターが収まって落ち着きかけた議会を再び混乱の嵐へと引き戻したほどであった。
だが、王国や共和国でもフソウ連合からの艦艇の購入の流れは大きくなりつつある。
王国は、最初に行ったドレッドノート級戦艦と工作艦、補給艦の引き渡しが終わる前に、追加で改峯風型駆逐艦十二隻、ドレッドノート級戦艦二隻、ネルソン級やドレッドノート級専門輸送艦二隻の発注を行っており、フソウ連合製の軍船の数は、譲渡されたネルソン級戦艦二隻、ドレッドノート級戦艦八隻、駆逐艦十二隻、補助艦六隻の計二十二隻となる。
また同じように、今まで自国製の軍艦を使っていた共和国でも、O型護衛駆逐艦十隻、E型駆逐艦二隻の発注がほぼ本決まりの流れらしい。
それ以外にも、民間の商社や海運業者もフソウ連合製の貨物船の性能の良さに目を付けて動いているという話もある。
つまり、今やフソウ連合には世界各国から艦船の発注が集まりつつあるのだ。
そんな中、フソウ連合との関係の悪化は決していい事ではない。
それを大統領は心配していたのである。
だが、それが判っていてもアーサーは余裕の表情を崩さない。
「心配はないと思います。フソウ連合のナベシマ長官は、我々の事情をよく分かっていただける方です。恐れていることにはならないと思います。それよりも、まずは議会の方を何とかしなくてはならないのではないですか?」
そう言われ、デービットは苦笑した。
「まぁ、そっちの方は少しずつだが進展はある。自分達の仕事を取り上げられると思って造船業界が躍起になっているのが原因だ。だからこそ、その部分を緩和していく形に進めている」
その話に、アーサーは興味深そうな表情をして聞き返す。
「どういった形にする予定ですか?」
「さすがに全部が全部フソウ連合製には無理だから、どうしても外せない艦船のみフソウ連合に発注する形になりそうだ。今の所は護衛駆逐艦十隻、工作艦一隻といったところか……」
「なら、海軍希望の残りの駆逐艦十、軽巡洋艦三、重巡洋艦一を国内の造船業に回すのですね」
「ああ、恐らく、彼らの基準で言うと装甲巡洋艦十、戦艦三、重戦艦一という形になるだろう。これで恐らく収まると思っている」
そう言うとふうとデービットは息を吐き出した。
恐らく、かなりいろいろ苦労したのだろう。
その様子から、それはうかがえる。
「なら、そっちは問題なくいけそうですね」
そう言った後、アーサーは大統領に視線を向けた。
「それなら安心して動けますよ」
要は、本来の仕事に戻るという事だ。
その言葉に大統領は苦笑を浮かべる。
「うまく対応をお願いするぞ」
「勿論です。それにサネホーンとの戦いの記録も早く知りたいですからね。実に楽しみです」
アーサーはニコリと笑って頷く。
その様子に、デービットと大統領は互いの顔を見合わせて苦笑を浮かべる。
相変わらずだと……。
こうして、アーサー・E・アンブレラは再び駐在大使としてフソウ連合に戻る形となったのであった。




