王城の秘密の部屋にて…
王国首都ローデンの中心にある巨大な城ロードラキス城。
その中にある秘密の小部屋。
そこにはいつもの面子が揃っていた。
『鷹の目エド』こと宰相のエドワード・ルンデル・オスカー公爵、『海賊メイソン』こと海軍軍務大臣サミエル・ジョン・メイソン卿、ウェセックス王国国王ディラン・サウス・ゴバークの三人である。
最近この部屋に出入りするようになったアッシュことアーリッシュ・サウス・ゴバークの姿はない。
彼は今、フソウ連合とサネホーンとの戦いによって生じるトラブルの対応やフソウ連合へのサポートで動き回っており、首都に戻れないでいた。
それ程多忙ではあったが、報告はきちんと届いており、今夜の酒の肴は、その報告である。
「しかし、うまくやってるじゃねぇか、坊やは……」
報告書に目を通した後、感心したように呟くとメイソン卿は一気にグラスに入った酒を煽るように飲む。
「もう少し、味わって飲め、せっかくの高い酒がもったいないではないか」
その飲みっぷりにオスカー公爵は呆れ顔でそう言った後、報告書を受け取ると香りを楽しむようにちびりちびりと飲みつつ目を通していく。
「ふんっ。どう飲もうと俺の勝手だ。いろいろ言われる筋合いはねぇ」
そう言いつつも、メイスン卿はニタリと笑う。
王はそんな二人を楽しげに見つつ飲んでいた。
まぁ、いつものお約束のやり取りであるから止めはしない。
そして、オスカー公爵が報告書に目を通したのを確認しつつ、王は口を開く。
「今回の件、どう思う?」
その問いに真っ先に声を上げたのは、メイスン卿だった。
「どう思うも何も、唯一といってもいい中立の立場であったフソウ連合にサネホーンが喧嘩を吹っ掛けた。それ以上でも、それ以下でもない。愚かすぎる事をしでかしてた。それだけってことじゃねぇか」
その言葉に王は苦笑する。
確かにその通りだ。
実際、アルンカス王国の『IMSA』に参加している王国関係者の速報では、フソウ連合とサネホーンはかなり大規模な艦隊戦を行っているという報告も来ている。
だが、それは事実でしかない。
だからこそ、オスカー公爵が呆れ顔になって口を開いた。。
「相変わらずだな。お前さんは……」
「なんだ?!間違ってねぇだろうが……」
「確かに間違っていないが、報告書を読んでおかしいと思わなかったのか?」
そう言われてメイスン卿は少し考えた後、口を開く。
「確かにおかしいとは思うが、余りにも情報が少なすぎるからな。一概にいろいろ言えないんじゃねぇのか?」
「だが、それでもわかることがいくつかあるぞ」
「ほほう……」
メイスン卿が楽し気に空になった自分のグラスに酒を注ぎ、琥珀色の液体がたっぷりと注がれるとそれを掲げて言葉を発した。
「言ってみろよ」
そう言われ、オスカー公爵はニタリと笑った。
「つまりだ。まだ、公開されていないが、サネホーン側の方から交渉を破棄した事だ」
「そりゃ、この報告書を見りゃわかるじゃねぇか」
「それは事実だけだ。よく考えてみろ。この交渉を持ち込んだのは、サネホーン側だ。それなのに向こうから破棄した。それも戦いを起こしてだ。交渉が難航し、さらに屈辱的な内容のものなら我慢できずにとも考えられる。だが、フソウ連合のサダミチ・ナベシマという人物は、そんな強引な交渉は行わない人物だ」
そこまで言った後、苦笑を漏らしつつオスカー公爵は言葉を続けた。
「もっとも、相手の度肝を抜くような事はしでかす人物だがね」
「そりゃ、俺も知ってる。だからこそ、機会があったら会いたいって思ってるさ」
「まぁ、私も会ってみたい人物ではあるが、今はそれは置いておこう。また、交渉はかなり時間をかけて行われた。それはフソウ連合側もサネホーン側も真剣に交渉を行っていたという事だろう。サネホーン側は間違いなく本気だったし、フソウ連合側も同じだと推測される。なのにだ。最後の最後になってサネホーン側から一方的にご破算とした」
その説明に、王はニタリと笑いつつ会話に参加する。
「つまり……」
「報告書では、フソウ連合の反応が今までになく慌てていたという事からも、フソウ連合側も交渉は成功すると思っていたのは間違いなと思われますな。つまり、それがああいう結果になった。余りにも予想外の結果。それから考えられることは、サネホーン側の内部で何かあったという事ですよ」
その話に、メイスン卿はグラスの琥珀色の液体を半分ほど流し込んだ後、口を開く。
「要は内輪もめってことじゃねぇか。珍しくもねぇ。どこにだってあるだろうが、そういった事は」
「ああ。確かにその通りだ。だが、今までサネホーンの内部の情報はほとんど流れてこなかった。だが、今回の事で連中の内部基盤が一枚岩ではないってことが分かった。これは大きな収穫だ」
「つまり、うまくやれば干渉が出来るという事か」
王の言葉に、オスカー公爵は頷く。
「恐らく、フソウ連合もそう判断して動くでしょう。戦力的にも国力的にも、サネホーンの底が読めません。そうなってくると、質では勝ってはいても量に圧される可能性は高いですからな」
「だが、絶対ではあるまい?この前の海戦のように……」
メイスン卿が不機嫌そうにそう言う。
要は、ビスマルクを始めとする帝国海軍に、三倍以上の戦力でありながら王国海軍の艦隊が大敗した海戦の事を引き合いに出したのだ。
それは丁度不在だったとはいえ、海軍軍務大臣のメイスン卿としては面白くもない話ではあったが、それでも無視する事は出来ない出来事であった。
「ああ。絶対ではない。しかし、長期戦になれば別だ。フソウ連合の造船スピードの速さは驚愕するものがあるが、それでも対応できない部分がある」
その言葉に対して思いついたものの面白くなさそうにメイスン卿は言葉を口にした。
「つまり、人か……」
「そう言う事だ。確かにフソウ連合の乗組員や兵の練度は世界一と言ってもいいだろう。だが、そんな乗組員や兵が果たしてどれだけいるというのだ?王国のように長年多くの植民地を従えて航路を行き来していたならともかく、あの国は今やっと外洋に進出してきたのだぞ。それもアルンカス王国だけならともかく、距離の離れたルル・イファン共和国といった国を守らねばならないのにだ」
「ふむ。確かに。報告書にも新設の海運部門の船は用意できるが、乗組員は用意できないという有様からもエドの言う話も納得できる」
王のその言葉にオスカー公爵が頷く。
だが、メイスン卿は残った酒を飲み干すと口を開いた。
「しかしだ。それは長期戦になったらという事だろう?」
「ああ。その通りだ」
「なら、その可能性は低くねぇか?王国に共和国もフソウ連合には恩がある。それに今や三ヵ国は国際機関の中心国として歩調を合わせている間柄だ。間違いなく手を貸す。それに対してサネホーンにはどこが手を貸す?今や世界中が敵だぞ。その上、宣戦布告もない。つまり、フソウ連合はサネホーンを国として認めていないという表れだし、サネホーンも布告はしていない。つまり、国同士ではなく、国と海賊との戦いという形になってしまっている」
そう言い切った後、メイスン卿はニヤリと笑った。
「それに、お前さんが用意した資料が活用されてるじゃねぇか。だから、尚更だ」
オスカー公爵が用意した資料。
それは彼がツテを使って秘密裏に集めた正体不明の不正な商会や企業のリストである。
そこには、資金源から始まり、まとめている人物やその交友関係や取引先など商会や企業の情報がリストアップされており、その中には間違いなくサネホーンのダミー会社や商会が含まれている為、アルンカス王国から戻ってすぐにその取り締まりにアッシュは日夜暇なく動き回っているのである。
「ありゃ、ミスティの仕事だろう?」
そう聞き返すメイスン卿に、オスカー公爵は残っていた酒を飲み干すと口を開く。
「ああ。その通りだ」
「なら、間違いねぇな。それにあの坊やは共和国の嬢ちゃんにも情報を手渡したみてぇだな。共和国も国内の不穏な商会や企業の取り締まりを始めたと聞くからな。この流れなら、恐らく合衆国も似たような動きを始めるだろう。下手したら世界中が動く可能性だってある。そうなりゃ、長期戦はねぇ。サネホーンが先に力尽きるぜ」
そう言い切るメイスン卿。
確かに、今回、データを集めてみてサネホーンのダミー商会や企業が実に巧妙に王国の経済に入り込んでいるのかがよく分かった。
それは王国だけでなく、他の国も同じだろう。
そして、それらを100%は無理でもかなり潰せば一気にサネホーンの国力は大きく下がる。
広大な地域を支配するサネホーンだが、その支配するのはほとんどは海なのだ。
その上、植民地はない……。
これだけ各国の経済に入り込んでいるという事は、ある意味、自国だけではすべてを完結出来ないことを意味している。
つまり、自国だけでは経済がうまく回らない形になってしまっているという事であり、皮肉なことに、世界中からサネホーンは必要とされていないのにサネホーンには世界が必要なのだ。
そして、それを打破するためのフソウ連合との交渉……。
それを打ち捨てたときに、サネホーンの未来は決まったようなものだとメイスン卿は言いたいのだろう。
「確かにな……。だが、もしそうならなかった時どうする?」
ニヤリと笑いつつ発せられるオスカー公爵の問いに、メイスン卿はしれーっとした表情で言い返した。
「そうなってもやることは変わらねぇ。フソウ連合と肩を並べて進む道を選んだんだ。それに坊やはブレないだろうしな。後はただ突き進むだけよ」
そう言った後、ニタリと笑って言葉を続ける。
「それにな、途中で尻尾を巻いて逃げ出したとありゃ、歴代の王国を支えてきた野郎どもに弁解も出来ねぇしな」
そこにはメイスン卿の武人としての顔があった。
それを頼もし気に見つつも、王は少し言いにくそうに口を開く。
「確かにメイスンの言う通りだ。だが、それでも、もし国が傾くかもしれん時は我慢してもらうかもしれんぞ」
そこには、友情よりも国を、国民を優先させなければならない立場というものがあった。
「はっ。その時は、甘んじて屈辱を受け入れましょう。我が主よ」
メイスン卿はそう言うと頭を下げる。
彼にも王の苦しい胸の内は理解していた。
彼は王であり、自分は臣下なのだという立場を……。
だからこそ、そう言うしかない。
しばしの沈黙が辺りを包み込む。
だが、それはほんの数秒だった。
そのやり取りを黙って見ていたオスカー公爵が、ため息を吐き出すと仕方がないといった感じで口を開いたのだ。
「仕方ないな。そうならないようにこっちもしっかりやるから、お前さんもしっかり頼むぞ」
その言葉はぶっきらぼうではあったが、相手を思いやる気持ちに満ちていた。
「ああ。すまねぇな」
メイスン卿が視線を王からオスカー公爵に向けて苦笑を漏らす。
結局、三人それぞれが相手を思い、国を思い、国民を思い、今までやってきたのだ。
それは三人で共に進もうと誓った若い時から変わらない。
そして、これからも……。
それを確認するかのように王が空になった二人のグラスに酒を注ぎ、自分のグラスを掲げる。
「国に、国民に、そして共に歩む仲間に……」
その言葉に、目を細めつつオスカー公爵が口を開く。
「この国の未来と繁栄に……」
最後は楽し気にメイスン卿がグラスを掲げて言う。
「我々の途切れぬ友情に……」
そして三人は互いにニヤリと笑うと一斉に口を開いた。
「祝福あれ!!」という言葉と共にグラス同士が当てられた音が響く。
そこには、これから先も共に進むという意思と互いの友情を確認した親友たちの姿があった。




