日誌 第二十一日目
「んーっ…」
同じ格好でいたため硬くなった身体をほぐす。
そして読み終えた報告書をデスクにのせた。
その報告は、シマト諸島奪回戦で捕虜にしたシルーア帝国の兵士達の調書だ。
下級の兵ばかりであり、まさに捨て駒と言っていい扱いをされていたらしく、帝国に対してはたいした情報は入手できなかったとある。
しかし、それでも外の状況を把握する大切な情報である事も確かだった。
王国の情報…アッシュの提供してくれた情報のほとんどが正しい事が証明されたし、世界の動きも大体だが把握できた。
今の時代は弱肉強食と言っていい状態であり、植民地を手に入れるために力のある国々が血で血を洗う小競り合いを繰り返している。
もっとも、小競り合いはあるものの、同盟や連合を組む事で大きな大戦へと流れる事がないように互いに牽制しあっているといった感じだ。
実際、この世界では複数の国同士が戦う世界大戦なんかは起こっていない。
あくまでも小競り合い程度であり、その為、戦車はまだ作られていないうえに、飛行機の発展も遅い。
それは力を持つ国同士の陸の戦いではなく、植民地を取り合う海戦が中心となっていたからだ。
実際、アッシュが記憶で書いた世界地図は、僕の世界のように巨大な大陸が繋がったものではなく、細かに分かれた大陸といろんな大きさの島で構成されていた。
確かに細かく分かれた大陸にもいくつかの国に別れているが、一つの大陸にある国同士の国力に大きな差はなく、陸戦で血で血を洗う戦いをするよりも、海上を支配して力の弱い島や国を占領し、植民地にした方がいいと考えるためだという。
その為、海を渡って植民地を支配する為の飛行船や軍艦の進歩が進んでいる。
もっとも、それでも軍艦に使われている技術は、僕の世界で言うと1890年から1900年前後にやっと到着するかしないかというレベルでしかないが、それでも海戦主体のこの世界では、僕の世界では考えられないほどの数の軍艦を各国が保有して牽制しあっているらしい。
そして、今や世界の八割以上が六強と言われる国の支配に屈している状況だ。
その六強のうちの二つが、フソウ連合に服従を求めてきたアッシュの母国ウェセックス王国であり、シマト諸島を秘密裏に占拠していたシルーア帝国である。
もちろん、他の四国が黙って見ているわけがない。
王国と帝国が失敗した事を喜び、我こそはと色々と手段を講じてやってくるに違いない。
そして、それに対抗していく為には、強力な軍事力と統一された政府組織が必要となっていくわけだ。
だが、そういった事は、普通なら短時間で対応する事は不可能に近い。
だからこそ、いかにして時間を稼ぎ、他国に干渉されないようにしていくかと事が必要となるが、わずかなミスでさえも致命傷となり、簡単に国は支配されて植民地になってしまうだろう。
まさに超難易度のクリア出来ない無理ゲーみたいなものだ。
しかし、フソウ連合の場合は、とても恵まれている。
一部地域のみとは言え、相手よりも進んだ技術と模型を実物化できる魔法があったおかげだ。
そのおかげで軍事力は間違いなく増強され続けている。
そして、その増強された軍事力で、政府組織の改変やフソウ連合としての国の統一化を推し進める時間を稼ぐ事が可能だ。
しかし、そこでふと考え込む…。
今、普通に魔法があると思ったが、果たして魔法はフソウ連合だけに実在するものだろうか。
唯一無二なんてのは、意外と存在しない。
まったく同じものはないかもしれないが、似たようなものがどこか世界にあってもおかしくないんじゃないだろうか。
それをただ、我々は知らないだけで、本当は、今のこの状態に近い、或いはこちらよりもより高い状態の人々がいるのではないだろうかと…。
そこまで考えて、僕はその考えを頭の隅に追いやった。
そんなことよりも、今はこれからありえる帝国や王国、その他の外の国々の対応に気をつけていく事を考えるべきだ。
そして、デスクの左上に置かれているファイルに手を伸ばす。
それは、今朝早く提出された指揮官候補のリスト。
ぱらぱらと中身に目を通す。
南雲大尉や的場大尉ほどではないが、なかなか面白そうな連中のようだ。
南部基地、北部基地の仮完成も近い。
艦隊編成と人事も急がないとなぁ…。
そう思っていたら、デスクのインターホンから東郷大尉の声が響いた。
「長官…あのう…実は…」
なんかいつもの東郷大尉らしくない歯切れの悪い口調。
不思議に思いつつ、聞き返す。
「どうした?なにがあった?」
「いえ…。実は最上が長官に直訴したいと…駄目ですよね?」
東郷大尉の珍しい弱気の発言に、僕は苦笑した。
「いいよ。話を聞こうじゃないか」
「えっ…いいんですか?」
「ああ。通してくれ」
僕はそう言うと立ち上がってソファの方に向う。
すぐにドアが開き、最上が中に入ってきた。
「長官、ありがとうございますっ」
そう言って敬礼する最上。
僕は敬礼を返しつつ、ソファを薦める。
「はいっ。ありがとうございます」
最上は、そう言ってソファに座るとぐっと緊張した表情になる。
「今日は、長官に直訴に参りました」
「ふむふむ。何を直訴したいんだい?」
そう言いつつ少しうれしい感覚になる。
僕にとっては、模型から生まれた彼らは息子みたいなものなのだから余計にそう感じるのだろう。
「実は、近々実施される艦隊編成と人事の件であります」
付喪神からまさかこんな直訴とは想像つかなかったから、僕は素直に驚く。
てっきり別の事だろうと思っていたからだ。
そして、その表情を見て、最上が言いにくそうな表情になった。
おっといかんいかん。
「いやいや。予想外の事だったから、驚いただけだよ。さぁ、話を続けて…」
そう言われて、最上は口を開く。
「実は、的場大尉の部隊に配属をお願いしたいのです」
「だが、もし的場大尉が現場ではなく、後方支援の配属になったらどうするんだ?」
「その可能性はあるんですか?」
驚いた表情で聞き返してきたので、「ああ、彼は十分優秀だからな。多分、後方支援を任せても十分こなすだろう」と答えると、なぜか最上は満足そうな表情を浮かべた。
「確かに、彼は優秀ですから…。ですが、もし前線で、現場配属なら…私は彼の傍にいたいのです」
熱のこもった言葉に、僕は驚くと同時に興味を持った。
「なぜそこまで彼に入れ込む?」
そう聞くと最上の表情がパーッと明るくなった。
「彼はすごく面白い人物だから…。それに彼は友だから、だから力を貸したい…。それだけです」
迷わず即答する最上。
その顔に嘘偽りは感じられない。
「なるほど、なるほど…。わかった。検討してみよう。だが…絶対ではないからな」
念のためにそう言うと、「わかりました。ありがとうございます」と返事を返して最上は満足した表情で帰って行った。
最上が長官室を出ていく後ろ姿を見送っていたら、東郷大尉が長官室に入ってきて僕に聞いてくる。
「直訴って…なんなんだったんですか?」
困ったような表情から、かなりしつこく粘られたのだろう。
そうでなければ、多分彼女は困ったような声なんて上げなかっただろうし、長官室に通す事もなかった。
まさに、最上の粘り勝ちってところだ。
「大変だったみたいだね」
「はい、まぁ…」
「なあに、友人と一緒にいたい。友人の力になりたいって話だったよ」
それだけではわけがわからなかったのだろう。
「はぁ…」
と東郷大尉の曖昧な返事が返ってきた。
「まぁ、付喪神にもいろいろあるのさ」
僕はそう言いつつ、頭の中で考えていた艦隊編成の修正を行っていた。




