フソウ連合 第一艦隊にて……
甲板上では多くの水兵達が忙しそうに動き回っており、港の大型クレーンからは物資が甲板上に下ろされている。
そこには緊張感があったが、決意みたいなものも感じられた。
士気は上々といったところか……。
その光景を第一艦隊の指揮を任された南雲石雄大佐は腕を組み艦橋の窓際から見下ろして艦の雰囲気を感じていた。
久々の実戦に彼自身も少し落ち着かないといった感じがあるのだろう。
彼はほんの数日前までは南方基地の基地司令官として赴任していたが、四月の人事で昇進と共に艦隊司令として本部に戻ってくることが内定していた。
だが、今回のサネホーンとの交渉決裂によって、有事という事で一部人事が前倒しで行われたのだ。
その結果、急遽、第一艦隊を任されたのである。
急な話ではあったが、何かあったときの為にと引継ぎの用意はある程度準備が終わっていた事と補佐の方とも打ち合わせは済んでおり、大きな問題は起こらずスムーズに終わらせることが出来た。
親友の『何が起こるかわからないから、時間がある時になるべくめんどいことは済ませた方がいい』というアドバイスを実践した結果だった。
本当に助かったよ。今度、一緒に飲みに行くときにでも一杯おごるか……。
そんな事を思いつつ、南雲大佐は後ろに控える副官にちらりと視線を向ける。
「補給の状況は?」
その問いに、副官がボードを見つつ答える。
「艦種によってばらつきがありますが、あと二時間程度で全艦出港できると思います」
「そうか。それで相手の侵攻状況は?」
「サネホーン侵攻艦隊は、現在はハントーノンナ島沖にて動きを止めています。味方の救助と体制を整えているのでしょう」
「それで、ハントーノンナ島の方は?」
「住民は全て避難済みで物資も出来る限り回収していますから、被害はそれほどでもないかと……」
その言葉に、南雲大佐は苦笑した。
確かに国としては大したことはないだろうが、住んでいる者にしてみたらとんでもない事だろうな。
ふと、そんな事を思ってしまったのだ。
だからぼそりと言葉が漏れる。
「彼らにしてみれば、たまったものではないだろうがな」
「確かにその通りです」
副官も苦笑する。
「もう被害を出さないようにしなくてはな……」
南雲大佐が口にしたのはただそれだけの言葉だったが、重みがあった。
「ええ。その為にも奮起しなくてはなりません」
副官も頷き、そう答える。
その言葉を聞きながら、南雲大佐は窓際から中央の海図が載っているテーブルに移動し、海図を見ながら口を開いた。
「ああ。我々はその為にいるのだからな。しかし、そうなると第二防衛ラインとなるフルカクール海での戦いは夜戦になる可能性が高いな」
「ええ。第二外洋艦隊がうまく時間を稼いでくれました。おかげできちんと補給できますし、兵達も少し休ませることが出来ます」
そう言った後、副官は感心したように言葉を続ける。
「しかし、第二外洋艦隊の奮戦には驚かされましたよ。確かに戦艦二隻があったとはいえ、まさか十倍の敵に突撃するとは……。それでいて、敵艦十隻以上を撃沈し、こちらは巡洋戦艦二隻が小破程度で済んでいるというのは驚きです」
「大戦果だな。それで第二外洋艦隊はどう動いている?」
「予定としては、アンパカドル・ベースに戻って補給と応急修理などを行い、最終防衛ラインの方で敵を迎え撃つという事でした」
「まぁ、そうなるか。まさに最後の守りという事になるな」
「ええ。ですが、後ろに彼らが控えていると思うと心強いですな」
副官は心底そう思っているのか、少しほっとした表情になっている。
その様子に、彼も緊張していたとわかり、南雲大佐は心の中で苦笑した。
「ああ。まぁ、とんでもない人だからな、西尾中佐は……」
苦笑してそう言う南雲大佐の言葉には妙な説得力があった。
まるで昔を思い出しているかのような南雲大佐の表情を見つつ、副官も口を開く。
「私もいくつか逸話は聞いております。しかし、そんな方がなぜ、軍務を離れられておられたのでしょうか?」
実際、西尾中佐は、外洋艦隊が編成される際、真田平八郎少将と共に予備役から復帰したのである。
だからこそ、そんな疑問が浮かんだのだろう。
その副官の問いに、南雲大佐は苦笑しつつ答える。
「君は、西尾中佐がとてつもなく奥方を愛しておられる話は聞いたことがあるだろう?」
「はい。聞いております。度を超すほどの愛妻家だと……」
それが何か関係しているのかわからなかったのだろう。
だから、副官は怪訝そうな顔でそう答える。
「実はな、西尾中佐の奥方はな、大病を患ってな。それで看病の為に退役したんだ。だが、その才能を惜しんでな。真田少将が予備役に留まる様に説得したらしい。そして、奥方の病気も療養し、真田少将の復帰に合わせて、一緒に戻ってきたという事だ」
「なるほど……」
「だから、本当なら、この第一艦隊は、彼が指揮していたはずなんだよ」
その南雲大佐の言葉に、副官は微笑む。
「しかし、今の第一艦隊の指揮官は貴方です。だからこそ無様な格好は晒せませんな」
「その通りだよ。だから、頼むぞ」
「はっ。勿論であります」
その返事に満足したのだろう。
南雲大佐は頷くと海図を見ながら聞き返した。
「そう言えば、第二艦隊の状況はどうなっている?索敵機が別の艦隊を発見し、そちらに向かっていると聞いたが……」
「はい。的場准将の率いる第二艦隊は現在キナリア列島の東の海で敵艦隊を捕捉し、戦闘に入ると報告がありました」
「あいつも張り切っているな」
南雲大佐はそう呟くように言うと自然と笑みが漏れた。
親友の活躍を期待していると同時に、負けてなるものかという思いが強くなる。
今や彼に先に行かれている現状は悔しくもあったが、それでも彼の邪魔をしたいとも思わない。
俺の親友はここまですごいんだ。
そんな気持ちになる。
そして、そんな友を支えたいとさえ思ってしまう。
それも悪くない。
だが、せめて肩を並べるくらいにはなりたいものだ。
そんな事を考えてしまい、南雲大佐は苦笑した。
それに気が付いたのか、副官が怪訝そうな顔で聞き返す。
「えっと……何か問題でもありましたでしょうか?」
「いいや、何でもない」
そう返事をした後、誤魔化すように言葉を続けた。
「それはそうと、他に敵の動きはあるか?」
そう聞かれ、副官はボードに視線を落とし確認する。
「そうですね。今の所は……」
そう言いかけて、慌てて修正する。
「すみません。修正します。敵の索敵機らしき機影がいくつかアルンカス王国に近づいているとのことで、恐らく敵の索敵機だと思われます」
「対応はどうしている?」
「キナリア列島から派遣されている二式水戦の部隊が狩っているようです。それと敵母艦の捜索を、二式大艇の部隊が行っており、発見次第、アルンカス王国に到着した飛行部隊が潰しにかかるそうです」
その報告を聞き、南雲大佐は目を細める。
「そうか。各自自分の職務を全うしているのだな。ならば、他の連中に負けないように我々は我々の仕事をきちんと果たそうじゃないか」
「はい。勿論ですとも」
その返事に、南雲大佐は笑いつつ大きく頷く。
そして、二時間後、第一艦隊はゆっくりとアンパカドル・ベースから出港していく。
第二次防衛ラインのフルカクール海に向けて。
その戦力は、以下の通り。
●フソウ連合 第一艦隊 総隻数 十五隻
第五戦隊 戦艦 長門
第六戦隊 戦艦 大和、武蔵
第七戦隊 戦艦 大和改 (旗艦)
第十戦隊 重巡洋艦 妙高、羽黒
第四水雷隊 軽巡洋艦 川内、那珂
第十四駆逐隊 駆逐艦 陽炎、不知火、萩風
第十五駆逐隊 駆逐艦 雪風、天津風、浦風
第十六駆逐隊 駆逐艦 磯風、浜風、野分
そして、戦いは、南雲大佐の予想通りとなる。
フソウ連合十五隻とサネホーン六十二隻、合計七十七隻による今までに類を見ない大規模な夜戦の始まりでもあった。
すみません。
今回は区切りがいいので、少し短めです。




