ハントーノンナ島沖海戦 その1
フソウ連合の索敵機に捕捉され、その先行している母艦或いは艦隊を血祭りにあげようと意気揚々と索敵機を飛ばしたものの、発見することが出来ず、肩透かしを食らい無駄な動きをしたサネホーンの侵攻艦隊。
だが、その後は航路を戻し、北上を続け、間もなくアルンカス王国の第一防衛ラインであるハントーノンナ島に近づきつつあった。
ハントーノンナ島。
島はある程度の大きさがあるものの、そのほとんどは密林に覆われ、海岸のあたりに小さな漁村があるのみの島である。
軍の駐在する施設などはなく、軍事的価値もそれほど高くないが、フソウ連合がアルンカス王国を独立させてからは灯台と監視所が設置されたという情報がフラッセ提督はーの耳に入っていたおり、彼は恐らくここがアルンカス王国の第一の防衛ラインと予測していた。
広い海で戦うよりも、島影からの砲撃で少しでも地の利を生かして戦うだろうと考えた為だ。
また、昨日から張り付くように何度も現れるフソウ連合の偵察機にうんざりしていたこともあり、フラッセ提督は命令を下す。
ハントーノンナ島周辺の索敵とフソウ連合の索敵機の迎撃を。
その命令を受け、艦隊に所属する水上機母艦四隻に搭載される二十一機のアラド Ar 196が次々とカタパルトによって射出されていく。
予備機と修理中の二機を除く全機が作戦に参加。
その二十一機のうち、三機が高度を上げフソウ連合の偵察機に向かい、残りの十八機はある程度の距離をあけて九方向に扇状に索敵に向かう。
もちろん、射出の時間差がある為、それを使って一方向に二機の索敵機を時間差を開けて飛ばして見逃しがないようにしている。
彼らにしてみれば、昨日のような失態を演じる訳にはいかない。
そう思ったのだろう。
その動きからも必死さがうかがえる。
「さて……。いい報告が来るといいのだがな……」
そう呟くように言葉を漏らしながらも、フラッセ提督は自分の予測に自信があるのだろう。
ニタリと笑って機嫌よく報告を待つことにしたのであった。
だが、三十分もしないうちに不快な報告が入る。
フソウ連合の偵察機迎撃に向かった三機が返り討ちにあったという報告であった。
その信じられない報告に、上機嫌だったフラッセ提督の額に青筋が浮かび上がり怒りが爆発した。
「何をやっているのだっ。相手はたかが偵察用の水上機ではないかっ。それも三対一で返り討ちだと?!信じられん。どうしたら負けるというのだ?!」
怒鳴り散らかすフラッセ提督だったが、誰も説明できるものがいない以上、とばっちりを喰らいたくない部下達は黙っているだけという有様である。
だが、彼らは思い違いをしていた。
確かに最初は零式小型水上機であった。
だが、夕方近くになって二式大艇と任務の引継ぎを行い、その後は二式大艇によって継続して監視されていた事を……。
二式大艇。
正式名称は、『川西 H8K 二式大型飛行艇』
全幅38.00m、全長28.13mの大型飛行艇である。
フソウ連合の技術力向上によって、エンジンの性能が向上し、最高速度は470km以上。
また、出力向上により余裕が出来た為、胴体と主翼の燃料タンクのみであった防弾も、かなり広範囲に追加されている。
その上、武装は20mm旋回銃5門、7.7mm旋回銃4門という重武装。
まさに『空の戦艦』と呼ぶにふさわしい機体であった。
それに対してサネホーンが主力として使用しているアラド Ar 196は、武装こそ20mm機関砲×2 、7.92mm機銃×1、7.92mm機銃(後方旋回)×1の重武装だが、最高速度は300Km弱と大きく劣っている。
また、パイロットの技量の差も大きい。
それは、四発の大型機から水上機まで幅広く扱うフソウ連合に対して、水上機メインであり、やっと艦上機の戦力が整いだしたサネホーンとの航空戦力の充実の差と言ってもいいだろう。
そんな有様であったから、迎撃に上がったものの、追いつくのも必死な有様で撃墜できるはずもなく、いいようにあしらわれて撃墜されてしまったのだ。
だが、そんな戦力の差が判るはずもなく、また昨日の事もあり、嫌な予感がして誰もが黙り込んでいる中、ただ一人だけフラッセ提督の怒りの声が響いている。
そんな険悪な雰囲気が艦橋を満たしている中、およそ一時間後の午前十時二十三分、索敵から報告が入る。
『敵艦隊、ハントーノンナ島周辺で発見。大型艦二隻を確認……』
だがそこで無線は途切れた。
恐らく迎撃されたのであろう。
だが、それでもフラッセ提督はさっきまでの怒りをどこかに置き忘れたかのようにニタリと笑った。
「やはりか!!」
フラッセ提督は自分の予想が当たり、してやったりといった感じの声を上げる。
彼自身もこのままでは何か不味い。
そんな事を考えていたのだろう。
声を張り上げて叫ぶように言う。
「いいかっ。これより我々は敵艦隊に攻撃を仕掛ける。命がけで我々に情報をもたらしてくれたパイロット達に勝利を捧げようではないか!!」
部下達を鼓舞するためにそう言ったのだろうが、昨日からパイロット達に対して悪態をついている事を知っている艦橋の乗組員たちは、今更といった感じでしらけ切っている。
だが、それに気が付かないフラッセ提督はさらに言葉を続ける。
「それにだ。敵はまだ準備不足であり、向かってくる外洋艦隊を退ければ、アルンカス王国まで阻むものはない。一気に攻め込み、フソウ連合恐るるに足らずと知らしめ、我らサネホーンが世界最強の国家であると再認識させようではないか」
その言葉は実に勇ましいものの、虚しさを誰もが感じていた。
だが、サネホーンの実力を世界に知らしめるというのは悪い気はしない。
また、上司に睨まれるのもごめんだ。
こんなネチネチした上司に睨まれたら、好きなようにこきつかわれ、罵倒されて利用されるだけだとわかってしまったからだ。
だから、艦橋にいた乗組員たちは、フラッセ提督の演説に歓声を上げる。
もっとも、誰の目も冷ややかで冷めきってはいたが……。
十二時二十三分。
サネホーンの侵攻艦隊は、ハントーノンナ島の周辺に接近する。
艦隊の陣形は、横陣を何層も重ねたような陣形である。
サネホーンでは多横陣と呼ばれる陣形で、数で押す場合、最も多用される陣形でもあった。
この陣形の利点は、圧倒的な火力を進行方向に集中させることが出来るという事と、後方の横陣をスライドさせ、敵を包み込むようにして逃がさないように出来る事がある。
要は、囲んでボコり、降伏したものを鹵獲するといった海賊戦法から発展した陣であり、数の差もあって今まで負けなしであった。
だからこそ、サネホーンでは必勝の陣形と呼ばれ、多用されていたのである。
それに対して、第二外洋艦隊は、島影からの砲撃ではなく、果敢に攻めることを選択した。
第二外洋艦隊の司令官は、フソウ連合海軍外洋艦隊司令真田平八郎少将の弟子のひとりである西尾正孝中佐。
年は四十後半になろうかという感じだが、精悍な顔つきときびきびした動きで三十代に見えるものの、髪の毛は白いものが混じり、まさに胡麻塩頭と呼ぶのがぴったりな感じだ。
そのギャップと紳士的な対応から女性の人気は高いものの、愛妻家で丁寧に誘いをお断りしている。
そんな紳士的な人物であるが、真田少将は彼を勇猛果敢な猛将と評価していた。
普段からは想像が出来ないほど苛烈で勇猛果敢な戦いを好むからである。
その為、ダラダラと時間を稼ぐだけなら、島影からの砲撃で十分であったが、彼は艦隊を二つの縦陣に振り分け、先頭に戦艦を配置すると島影から出て敵艦隊に突撃を開始したのだ。
右側の先頭は巡洋戦艦レパルスで、その後ろにE型駆逐艦二隻、O型駆逐艦三隻が続き、左側の先頭は巡洋戦艦フッド、その後に旗艦である重巡洋艦コーンウォール、そしてE型駆逐艦二隻、O型駆逐艦一隻が続く。
つまり、装甲の厚い戦艦を盾に使い、機動力を武器に戦おうというのだ。
実際、艦隊は蛇のように動きつつ攻撃を仕掛けていく。
サネホーン側もフソウ連合側の考えをわかってはいたが、それを挑戦ととったフラッセ提督は、戦闘の二隻の戦艦に攻撃を集中させるように命令した。
形としてはある意味、Tの字に近いと言ってもいいだろう。
そして、その際、縦陣をとるフソウ連合側が圧倒的に不利であった。
だが、西尾中佐は、それを承知でこの戦法を取る事を選択した。
フットとレパルスの装甲なら十分耐えられると考えたのである。
また、キング・ジョージV世型の防御的な欠陥が指摘され改修された際、フット、レパルスの装甲に関しても改修が行われていたのも大きかった。
それ故に、十分いけると踏んだのだ。
そして、彼はその賭けに勝った。
確かにサネホーンの重戦艦、戦艦は新型の砲に換装されている。
だが、隊列では、射程距離を考えてか、前方に装甲巡洋艦を展開し、その後ろに戦艦、重戦艦を配備していた。
その為、距離が開いた上に、敵の動きに翻弄されて後方の重戦艦、戦艦の命中率は大きく低下。
前方に配備された装甲巡洋艦の主砲は以前のままであり、レパルス、フットに命中したとしてもその装甲に防がれ、僅かにダメージを与えることで精一杯であった。
「くそっ。射程距離を考慮して陣を組んだのが裏目に出たかっ」
フラッセ提督はそう呟くと声を張り上げる。
「装甲巡洋艦は、敵の動きをけん制する砲撃をして少しでも敵の動きを抑え込め。重戦艦、戦艦は敵の動きを読んで絶対当てろ。ともかく先頭の艦を潰せ!!」
その命を受け、サネホーン側の攻撃が激しさを増す。
だが、それは命中率が上がるという事ではない。
かえって焦りが生まれ、命中率を下げかねない。
だが、それでもそう命じてしまった。
フラッセ提督は焦っていたのだ。
今の所はサネホーン側が、数と火力で押しているが、言い換えればそれだけであり、あまりにも戦いの勝利を手にする決定打に欠けている現状に……。
彼にとって、先頭の二隻の戦艦が邪魔であった。
彼は先頭の戦艦さえ何とかすれば、残りの小型艦は取り囲んで一気に殲滅すればいいと考えていたのだ。
だが、戦艦が生きていれば、包囲したとしても簡単に突破され逃げられてしまう。
だからこそ、艦隊の一部をフライドさせて包囲するのを躊躇し、戦艦を沈める、或いは無力化に固執してしまったのだ。
そんな思考がサネホーンの艦隊の動きからわかったのだろう。
西尾中佐はニヤリと笑った。
「皆、よく我慢した。では、そろそろ反撃といこうか!!」
その言葉は各艦に伝えられ、第二外洋艦隊の士気が一気に跳ね上がる。
こうして、戦いは、サネホーンからフソウ連合へと流れを変えつつあった。




