艦隊発見
リンダと鍋島長官の面談があった二日後、フソウ連合が対サネホーン対策で準備が進められる中、遂に先行して警戒していた第七潜水隊の伊-21の搭載している零式小型水上機がアルンカス王国方面に向かう大艦隊を発見。
その艦数百以上との報告がなされる。
そしてその半分以上が戦闘艦となれば、強国の基準で言えば二個艦隊に相当する。
その報を受けたアルカス王国のアンパカドル・ベースでは、本国に報告するとともに駐屯していた第二外洋艦隊を動かすことを決定した。
その戦力は、巡洋戦艦フット、レパルスの二隻を中心に、重巡洋艦コーンウォール、E型駆逐艦四隻、O型駆逐艦四隻の十一隻で構成されている。
命令を受けた外洋艦隊は、アルンカス王国の第一防衛ラインのハントーノンナ島を拠点として艦隊を展開し、アンパカドル・ベースの二式大艇と共に警戒に入る。
そして、その報告を受けたフソウ連合本国では、緊急の会議が招集された。
「ついに来たか……」
その報告を聞き、鍋島長官が強張った表情で呟く。
思った以上に相手の展開が速いと思ったのだろう。
会議に集まった全員が似たような表情を浮かべている。
それは仕方ない事なのかもしれない。
ほぼ隣同士と言えるほどの近い距離での全面戦争などこれが初めてとなるからだ。
なぜなら、王国や共和国との戦いは、大きく距離が開き、その上敵の最前線基地は植民地であり増援が来るのにも時間がかかったし、帝国との戦いでは、帝国は王国とも火蓋を切っており、二方向作戦を展開させなければならない関係上、戦力が極端にこちらに集中する事はなかった。
だが、今回の場合、敵の数は多く、別方面に戦力を割く必要性もない上に増援も時間をかけずにされることが予想されるため、ただ勝てばいいというだけでは勝利とは呼べなくなってしまった。
つまり、いかに被害を少なくして勝つかという事が求められるのだ。
艦艇数が圧倒的に少なく、その上、艦艇の乗組員の数も差が付けられている以上、やられたからすぐに補充できるといったことはない。
確かに艦船の補充は何とかなるかもしれない。
だが、それを動かす乗組員は別だ。
育成にも力を入れているとはいえ、予備役以上の人数が必要となった時、そんなに簡単にすぐに補充は中々難しい事を考えれば消耗戦になれば不利なのはフソウ連合側だという事だ。
それが判っている為に、この戦いの重要性は大きく、失敗を許されない。
しかし、問題がある。
それは準備が完全に終わっていないという事であった。
「派遣していた第一艦隊と第二艦隊はどうか?」
鍋島長官の言葉に、新見中将がすかさず答える。
「はっ。第一艦隊は本日、アンパカドル・ベースに到着し、補給を行う予定であります。また、第二艦隊はキナリア列島の基地にて補給を終了し、展開を始めております」
「第二外洋艦隊はどうか?」
「第二外洋艦隊はすでに先行して動いており、第一防衛ラインのハントーノンナ島にて展開中とのことです。また警戒の二式大艇が現場に向かっております。それにより敵艦隊のより確実な戦力の情報が得られると思います」
「それと派遣している飛行隊は?」
「現在、アンパカドル・ベースに陸揚げされている途中で、飛行隊としての展開は今しばらくかかると思われます。その代わり、キナリア列島に展開していた二式水戦の部隊を一部アンパカドル・ベースに移動させ、待機させております」
その報告を聞き、鍋島長官は眉の間に皺を寄せる。
「そうか。皆大変だとは思うが、出来る限り早く準備を終わらせるように進めてくれ。頼む。それと各基地に伝達を頼む。以前の戦いのようにフソウ連合本国の奇襲を狙ってくるかもしれない。だから、各基地は警戒を密にして注意をするように伝えておいてくれ」
「はっ。了解しました」
新見中将は命令を受け、部下に指示を次々と出していく。
その様子に目を向けつつ、鍋島長官は息を大きく吐き出した。
またこの戦いで多くの者達が死に、或いは傷つく。
それにジレンマを感じないわけではなかったが、それでもやらなければならない。
情報をきちんと整理し、的確に指示を出して。
だからこそ、まずは自分が落ち着かねば……。
そう思った鍋島長官が無意識のうちに行った行動であった。
こうしてサネホーンとフソウ連合は全面的な戦いに突入する。
本来なら、国同士の戦いなら必ず行われる戦闘宣言や宣戦布告もなしに……。
それはある意味、フソウ連合がサネホーンを国として対応する事を止めるという事を示したことでもあり、サネホーンも自分らが国ではないと示したことでもあった。
「前衛のレーダー艦より報告です。我が艦隊に接近する機影あり。数は一だそうです。恐らくフソウ連合の索敵機かと……」
レーダー艦。
余りにも数が多い艦船を保有している上に、古い艦船にはレーダー装置を追加で取り付けるのは難しいため、サネホーンでは一部の艦艇にレーダー警戒網に特化したものが作られた。
その為、装甲も薄く火力も低い艦となってしまったが、その速力とレーダー警戒網はかなり高い。
またそれと同時に水上機を載せるのに特化した艦艇も作られ、こちらは特務機母艦或いは水上機母艦と呼ばれ、四~六機のアラド Ar 196のコピーを搭載しており、火力はほとんどない。
キナリア列島攻防戦の際に情報収集で動いていた情報収集艦ムンスタードンカもこれに属する。
これらの艦艇を艦隊に何隻か組み込むことで艦隊の目として警戒網を構成し今やサネホーンの艦隊には欠かせない存在になっていた。
その副官の報告を聞き、相手を見下すかのようにフラッセ・リペニドゥ提督は鼻で笑った。
「ふんっ。思った以上に警戒網を広げていたな」
「それでどう対応いたしましょうか?こちらも水上機を上げて迎撃いたしますか?」
一応、アラド Ar 196にも武装は装備されており、艦上機や陸上機相手では手に余るものの、同じ水上機相手なら十分戦えると思われていたためである。
たが、副官のその提案をどうでもいいといった感じでフラッセ提督は受け取める。
彼にとって、フソウ連合など、取るに足らない相手だと思っているのだろう。
態度と言葉にそれが表れていた。
そしてつまらなさそうに口を開く。
「構うな。たかが水上機一機など気にするな」
そう言った後、ニタリと笑った。
「それよりもだ。こんなところまで索敵の水上機が飛んでいるという事は、近くにそれを発艦させた母艦がいるという事だ。まずはそっちを見つけるぞ。景気づけに撃沈してやろうじゃないか」
その言葉に、副官もニタリと笑う。
上官が上官なら、副官も副官だった。
彼らは、反交渉派であり、自分達に絶対の自信を持っている。
それ故に、言葉や態度にこうして現れるのだ。
「了解しました。直ぐにでも索敵に飛ばします」
そう言うと副官は敬礼し、命令を実行するために動く。
それをちらりと見た後、フラッセ提督は窓の外に視線を移す。
「まだ連中は、まだ準備も出来ていない有様のはずだ。そうなってくると、出てくるのは外洋艦隊とやらだが、その主力はルル・イファンに出ている為、半減以下だ。確かに大型戦艦二隻はきついものの、こちらの重戦艦、戦艦の主砲は新型のものに取り換えられて火力は増大している。
それで十分以上に対抗できる。それに連中の艦隊の艦数は二十にも満たないと聞く。まずはそいつらを潰して一気にアルンカス王国を火の海にしてやろう。そして、フソウ連合がいかに頼りにならない張りぼてか世界に知らしめんとな」
ブツブツとそう呟くとフラッセ提督は極上の笑みを浮かべた。
その笑みは、勝利しか疑わない者の笑みであり、残忍なものであった。
そしてその提督の強気を現すかのようにサネホーンの侵攻艦隊は突き進む。
目標は、アルンカス王国。
後に、この戦いを人々はこう呼ぶ。
『第一次アルンカス王国攻防戦』と……。
そして、その前哨戦であるハントーノンナ海戦が始まる。
サネホーン侵攻艦隊と第二外洋艦隊との間で……。




