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異世界艦隊日誌  作者: アシッド・レイン(酸性雨)
第三章 二つの世界の間で

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酒の席 参謀本部本部長新見正人大佐の場合  

「なんだ?一人酒か?寂しいやつめ」

そんな声が背中からかけられる。

ここは私がよく来る居酒屋で、カウンターに四人、二つのテーブルにそれぞれ三、四人でも入ればあっという間に満杯になるような小さな店だ。

しかし、こんな店だが、ここの主人の料理の腕は確かだし、気兼ねなく飲めるという事、それに店の主人の人柄に惚れて、今や行きつけの店ナンバーワンと言っていいだろう。

そんな店のカウンターでひとり飲んでいたら、声をかけられたのである。

その聞き覚えのある声の方に顔を向けると、一人の人物が立っていた。

山本平八。

フソウ海軍准将であり、長官不在の際は、海軍全てを任せられるほどの人物だ。

その男が私服で私の後ろに一人で立っている。

「何を言いやがる。てめえだって一人酒じゃねぇか」

そう毒気づくと、山本はニヤリとして「たしかに違いないな」と言って笑う。

そして、何もいわずに私の横に座ると店の主人に注文する。

清酒に塩辛…。

その注文を聞き、思わず言葉が出た。

「相変わらずだな…」

そう言うと、私の前に並んでいるものをみて、「お前さんもな…」と言い返された。

ちなみに私の前には、麦焼酎の水割りとヤキトリが並んでいる。

ここで飲むときにいつも頼む定番のやつだ。

「いいじゃないか…好きなんだよ…」

「それはこっちもだ…」

そして二人して笑う。

すぐに清酒と塩辛が運ばれ、互いのグラスを前に掲げる。

「「乾杯」」

そう言って互いのグラスを軽くぶつけ合うとガラスの澄んだ音が響く。

ぐっと焼酎の水割りをあおるように飲む。

実にうまい…。

一気に半分ほどを飲んでコップを下に置く。

「ふーっ…」

山本の同じように半分ほど飲み、塩辛を口に運ぶ。

実にうまそうに食っている。

なんか無性にこっちも口が寂しくなってヤキトリに手を伸ばす。

今日はいつもとは違って店の店主にお任せしたから、普段なら頼まないものも混じっている。

定番のねぎ間、皮、ナンコツ、手羽、つくね、砂肝あたりはよく頼むが、カシラ、さえずり、そりなんてのはほとんど頼んだ事がない。

まぁ、もっともここのはどれもうまいから問題ないけどな。

その中の一本、タレ皮を食べながらまた焼酎を飲む。

あっという間にコップの中が空になった。

横を見ると山本もコップの中は空のようだ。

「大将、お代わりだ。それとこっちもな…」

そう言って隣も指差す。

「はいな。同じもので?」

「ああ。山本もそれでいいんだろう?」

「もちろんだ、新見」

にやりと笑いそう答える。

そのやり取りは、まさに阿吽の呼吸と言っていいだろう。

店の主人がうれしそうに笑う。

「なんか昔のまんまだねぇ…、山本ちゃんも新見ちゃんも…」

思わず互いの顔を見合わせて、「「そうかぁ?」」と言ってたりする。

それを見て、ますます店の主人の笑い声が大きくなった。

「よっしゃ、次の一杯は、俺がおごるぞ。二人の変わらぬ友情にだ」

そう言われ、私と山本は互いを見て苦笑した。


二人で飲み始めて実に一時間ほどが経った。

何気ない話から始まり、やがてそれは今のそれぞれの仕事の話になっていた。

同じ海軍内とはいえ、作戦本部と現場では環境も仕事内容もかなり違っている。

一応、情報の交換は行われて共有化されているから基本的に問題はない。

だが、やはりそれは事務的なものであり、たまにはこういった生の情報交換が必要じゃないかと思っている。

それは山本も同じだろう。

だからこうしてわざわざ私のところに来て酒を飲んでいるといったところか。

「そういや、お前さんが育てた南雲と的場。長官が褒めてたぞ」

「ほほう…。どんなふうにだ?」

山本がうれしそうに聞いてきた。

まぁ、自分が手がけた弟子みたいなものだからな、あの二人は…。

だからこそ、余計にうれしいのだろう。

「南雲は、隙のない用兵をするし、現場の指揮官として実に頼もしいって言ってたな。南部基地、北部基地が完成したら、どちらかの派遣艦隊司令官に任命したいといわれていたよ」

「そうか…。それはうれしいな。それで…的場の方はなんと?」

そう聞く山本の顔に南雲のときとは違い、少し探るような色が見えた。

「どうした?」

思わずそう聞き返すと、山本は苦笑して頭をかく。

「顔に出てたか?」

「ああ。出てたな…」

私がそう言うと、「うーん、まだまだ修行が足りないか…」と言って苦虫を潰したような顔になる。

「もしかして例の噂の件か?」

そう聞き返すと山本は頷いた。

「ああ、その件だ。どうも本人が否定しないから、変な尾ひれがついてな…」

「困ったな…それは…」

私の言葉に山本は顔をしかめる。

「だが、こればっかりはな…」

そこで会話は途切れ、二人して黙り込む。

だが、しばらくの沈黙の後、私は口を開く。

「だが、長官はきちんと彼を評価されていたよ。しばらくは艦隊を任せたりするつもりだが、将来的には参謀に欲しい人材だと…」

私の言葉に山本はほっとした表情を見せた。

彼なりにかなり心配していたのだろう。

だが、それと同時に長官に言われた事がある。

ほっとしているところを悪いが、それを伝えようと口を開いた。

「それともう一つ長官に言われた事がある。『二人に続く次の人材はどうなっている?』と…」

その言葉を聞き、山本が顔を引き締めて腕を組んで目を閉じた。

しばしの沈黙の後、山本は目を開いて私の方を見る。

「後に続く人材は育てている…。しかし、まだまだだ」

「だが、艦船の増加と基地増設…。それが意味する事…それはつまり指揮官不足だ。多分、長官はそこまで考えての発言なんだろう」

一気な軍備増加はかなりの歪みを生み出している。

現場で働く人材は予備役などで何とかなるし、新規の兵にしても訓練すればいい。

だが、状況を理解し、判断する必要のある指揮官はそういうわけにはいかない。

もし育成するにしても簡単ではない。

また、素質も必要になってくる。

だからこそ、難しいのだ。

それがわかっているだけに、しばらく山本は無言で考える。

そして、ひねり出すように言った。

「出せるとして六人だ…。ただ、まだまだ未熟であり、現場で仕上げなければならない事になるかもしれん…」

「わかった…。六人だな。その人物の資料を参謀本部に回っておいてくれ」

「うむ。明日の午後には渡せるようにしておこう」

「ああ。助かるよ」

「なに、お互い様だよ」

二人は互いにそう言うと、すでに十杯めになるコップをカチンとあわせた。

そして、その夜から二日後の朝、長官室に新しい六人の指揮官候補の名簿と資料が届けられたのだった。

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