商談という名の密会
「おうおう、生きていやがったか」
いきなりそう言われ、ポランド・リットーミンは苦笑を浮かべた。
もっともそれは仕方ないのかもしれない。
連盟では、大手商会の代表者が装変わりしてしまったという情報が囁かれているのだ。
そして、実際に連盟の大手商会と直接取引のある他国の商会の代表者が代表者と会おうとしても不在と言われ会うことが出来ないでいる。
また、どうしても会わないと取引内容の確認ができないと言ってみても、代理の者としか会えず、またその代理人とやらも商人とは思えない知識と常識のなさで話にならないという話も聞いていた。
だからそう言った事が囁かれているのだが、どうやら自分もその仲間入りをしていたようだ。
まぁ、連絡しても全く会えないという事は事実だったのだから仕方ないことではある。
もっとも、ポランドの場合は、拠点がアルンカス王国になったことと、公国を始めとする世界各地に動き回っており、タイミングがよほどよくないと会えないためだ。
彼が唯一自分のスケジュールを犠牲にしても会うために動く人物は二人だけであり、一人はフソウ連合の鍋島長官、もう一人は公国のノンナである。
残念なことに、恩があり共和国の最も大手商人でもあるタイドラ・マックスタリアンと言えど対応は他の人々と変わらない。
だから、何を言われようと苦笑するしかないのであった。
「ええ。お陰様で……」
何とかポランドがそう言うと、タイドラは仕方ねぇなぁといった感じの表情を浮かべるとがばっと抱きしめて肩を叩く。
「しかし、無事でよかったよ」
心底心配していた様子に、「すみません。ご心配かけたようで……」という事しかできない。
もっとも、彼の為にスケジュールを犠牲にしょうとは思わなかったが、申し訳ない気持ちはあった。
だからそう言葉が自然と漏れたのだ。
その言葉に満足したのか、タイドラは離れると笑った。
「まぁいい。それで信頼できる連中を集めておいてくれって話だったな」
「ええ。かなり重要な内容なので……」
「わかってる。商会と取引のある所でも特に信頼できる商会ばかりだ」
そう言いつつ、奥に歩き出す。
どうやら奥の部屋にもう集まっているらしい。
その後をついていきながら、黙っているのも何なので今の連盟の事を聞いてみる。
情報は手に入れているものの、もう連盟に下手に踏み込めない身としては同業者からもより詳しく聞いておくべきかと思ったのだ。
そして、その内容は、報告を受けている以上の有様であるという事がタイドラの話から伺える。
実際、タイドラは連盟の大手商人との取引をほとんど止めてしまったという。
つまり、それだけ連盟の商人の信頼が失われてしまったという事だ。
もっとも、最後に「お前さん以外はだがな」といって軽口を言う辺り、声をかけた事と再会できた事がかなりうれしかったのだろう。
その様子に、ポランドも微笑みながら思う。
タイドラが手を引いたという事は、それを知った他の商人も手を引き始めているという事であり、一気に経済の流れが変わる可能性は高い。
やはりナベシマ様が言われたとおりになりつつある。
そして、それは世界的な不況を引き起こす引き金となりかねない。
いや、もしかしたらもう始まっているのかもしれない。
そんなことを思いつつ、懸念していた事を聞いてみる。
「しかし、それでは運輸関係に支障をきたすのではありませんか?」
そう聞いてみると、タイドラは困ったような顔になった。
「やっぱりわかるかい……」
「ええ、連盟の海運に頼っている商人はかなり多いですからね」
「そうなんだよ。そこがネックになっている奴は多い。うちはなんとか自前の海運部門を総動員して何とかしているが、近々船を増やすなり、代わりの海運関係の商会を探すなりして対策しなきゃならんと思っている」
そう言った後、ちらりとポランドを見た。
その視線には期待する色が見える。
ポランドも連盟の商人であり、ある程度の規模の船を何隻も保有している。
何より連盟の議会の議席に入るには独自にある程度の海運力がなければ務まらない。
恐らく、タイドラはそれを期待しているのだろう。
「うちも出来る限りはお手伝いしますよ」
そう言いつつ、余裕の笑みを浮かべて見せる。
実際、リットーミン商会はフソウ連合と取引するようになり、フソウ連合製の大型船を十隻以上も追加で手に入れていた。
その内の四隻は、前回の食糧の買い集めの際に無償で提供されたものだが、それ以外はきちんと代価を払っている。
公国との取引や、フソウ連合製の製品の独占的ともいえる取扱いにそれだけリットーミン商会は利益を上げているという事でもあった。
実際、商会の資産規模は連盟に拠点を置いていた時よりもかなり多くなっており、恐らく、リットーミン商会が潤っているという情報を彼は知っているのだろう。
それを踏まえて、今回の声掛けに喜んで協力する気になったのだろう。
さすがは抜け目ない人だ。
ポランドは心の中でそう思ったものの、顔には出さず、案内された部屋の中に入った。
部屋は結構な広さで、いくつものテーブルと椅子が並び、テーブルには軽くつまめる料理と飲み物が用意されている。
だが、それ以上に驚いたのは、そこに集まっていた三十人近い人の視線だ。
いくつものテーブルを囲むように座っており、入るなり全員の視線がポランドな集まった。
その視線には抑えているとはいえ、飢えたというかある意味殺気だったギラギラした光があった。
もちろん、人を殺すとかいう意味ではない。
商機を逃すまいという商人としてのと言ったらいいだろうか……。
その強い意志を感じる視線にポランドはごくりと口の中にたまっている唾を飲み込んだ。
これだ。これだよ……。
連盟の議会では味わえなかったもの。
それがここにあった。
そんなポランドを見てタイドラが楽しげにニタリと笑う。
「さすがだな。私の目に狂いはなかった」
「何がです?」
思わず聞き返すポランド。
だが、視線は部屋に向かったままだ。
「いやね、怖気づくどころか実に楽しげに笑っているじゃないか」
そう言われて初めて気が付いた。
自分自身が笑みを浮かべていることに。
そして満足な気分になっていることに……。
タイドラは、そんなポランドを部屋の前の席に案内する。
「さて、声をかけて信頼できるものをと言って皆を集めたんだ。それにふさわしい話をしてくれるんでしょうな、ポランド・リットーミン殿」
挑戦的なその言葉に、ポランドは楽しげに言う。
「ええ。恐らく、皆満足できる話になると思いますよ」
その言葉に、部屋の中の熱気のボルテージが上がる。
さて、舞台は整った。
ポランドは数回深呼吸をすると皆の前に立ち、口を開く。
「皆さんも今世界が大きく動いているのはわかっていると思います。前年の世界的災害や植民地各国での独立運動、それに帝国の内乱に連盟の政治革命や合衆国のクーデター騒ぎなどなど。今までにないほど大変な出来事が重なっています。そして、その余波は全世界を襲い、そして収まる気配がありません」
ここに集まったのが商人なら、ほとんどの者がなにがしらの影響を受けているはずだ。
だからだろうか。
その言葉に、態度は違うが頷いたり考え込んだりして肯定の意をほとんどの者が記している。
そんな様子をぐるりと見た後、ポランドは言葉を続けた。
「そして懸念する事がまた一つ増えたのを皆さんはご存じでしょうか?」
その問いに、まず一人が言ったのを皮切りに次々と色々な意見が発言される。
だが、それら全てをポランドは否定していく。
そして、意見がもう出ないのを確認し、「これはまだ手に入れたばかり情報ですから、皆さんの胸の中だけにしまっておいてください」と釘を刺して答えを口にする事にした。
もっとも、鍋島長官から近々知られるから問題ないと許可は出ていたが、情報が金になることを知っている商人にそれらしく言っておいた方が効果があると判断した為にそんな言い回しをしておく。
「フソウ連合とサネホーンが戦闘に入りました。恐らく、全面的な戦いに流れそうな状況です」
その言葉に、その場にいた誰もが唖然とした。
そのほとんどは、まさかという思いが強い。
今まではサネホーンとフソウ連合は共に敵対しないという関係を継続してきており、それが続くと考えられていたからである。
だからこそ、フソウ連合の勢力範囲や『IMSA』の警戒海域ではサネホーンや海賊に怯えることなく安全に航海できていたのだ。
しかし、その安全も今の話が本当であればなくなってしまうという事だ。
それだけでなく、偶々戦闘中の近くを航行していただけで下手をしたらその戦いに巻き込まれ、被害を受ける可能性さえある。
連盟の海運に頼れない上に、航路の安全の確保がより難しくなる。
それは世界を舞台に動く商人にとって死活問題といってよかった。
誰もが黙り込み、沈黙が支配する中、それを切り裂くようにポランドは言葉を発する。
「そして、これらの事から、予想できることが一つあります」
全員の視線がポランドに集まる。
「世界的経済の混乱、世界的恐慌が始まるという事が……」
「まさか……。いくら何でも……」
そう声を上げたのはタイドラだ。
今まで六強の小競り合いはあったが、世界的恐慌になったことはない。
起こったとしてもあくまでも関係国や周辺地域だけであった。
だからそんな声が出てしまったのだ。
だが、そんな声にポランドは聞き返す。
「なぜそう言い切れるのです?」
「それは今までなったことはないからだ」
「今までになったことはない。だから起こらないという事にはなりませんよ。もしかしたら、今まで偶々起こらなかっただけかもしれないんですから」
そう言い切るポランド。
誰も反対意見を言えない。
例え言ったとしても、それはあくまでそうなって欲しいという願望が垂れ流されるだけだとわかっているからだ。
今までなかったことが短い時間で立て続けに起こっている。
前代未聞の状態であると誰もが判っているのだ。
だからこそ、否定する事を空しくさせていた。
「どうすればいい……」
誰かが発した言葉。
だが、その場にいた全員の総意だろう。
その言葉に、ポランドはニタリと笑う。
まさに自分が思っていた通りの流れだと言わんばかりに。
そして口を開いた。
「確かに個々ではとても対応できません。ですから、私はタイドラ氏にお願いし、信頼できる皆様を集めていただいたのです」
誰もがポランドの言葉を真剣に受け止めている。
一字一句聞き逃すまいと……。
「私は、考えました。個々で無理ならば商人同士が手をつなぎ、共に乗り越えればいいのではないかと……。そしてその提案をしに来たのです」
全員がポランドの次の言葉を待っている。
そんな中、ポランドは言葉を続けた。
「まずは、資金や取り決め、援助を行う商人による機関、国際商業協同組合(International Commercial Cooperative)を立ち上げるというのはどうでしょうか?」
その提案にまずはタイドラが賛同の声を上げた。
「ふむ。確かに。ここにいる全員が参加するとなれば、資金もかなりのものであるし、お互いに補っていけるのは確かだ。そうすることで不況や恐慌に対応するというのは理にかなっている。しかしだ、それで海路の運輸能力の不足や運輸中の安全が確保できるとは思えん」
「確かに。その通りだ。いくら資金や援助があったとしても、物が運べなければ意味がないぞ」
「それに、自前で海運部門を持っているところが、他の商会の為に手を貸すとは思えん」
タイドラの言葉に反応し、それぞれ反対意見が出てくる。
それを聞きながらもっともだとポランドは頷く。
だが、それらの意見が出てきてもその笑みは消え去りはしなかった。
その笑みに気が付いたタイドラが「もしかして……、他に方法があるのか?」と聞き返すとポランドは頷いた。
「実はこれも極秘情報扱いですが、皆さんを信じて話しましょう。実は『IMSA』に海運部門が増設される予定なのです。さらに、護衛の為の戦力の増加も計画されております」
ざわめきが起こる。
それはそうだろう。
なんせ、つい最近行われた三頭会談で決められたのだ。
どこにも情報は回っていない。
それを惜しげもなく公開したのだ。
驚きが出てくるのは当たり前と言えた。
そして、勘のいい者が呟くように言葉を口にする。
「まさか……」
「ええ。そのまさかですよ。国際商業協同組合を立ち上げたのち、『IMSA』、『IFTA』との連携を取りたいと思っています。そうすれば、国際機関として将来的にはより大きな勢力となるでしょう。あの連盟を超えるほどのね」
その言葉の衝撃に、誰もが黙り込み、唾を飲み込む。
余りにも壮大な絵空事のように感じられたのだ。
だが、ここにいる全員が協力すれば出来るのではないかと思わせるものがあった。
だからだろうか。
一人が口を開く。
「確かに、そうすればより安全に航路の利用も海運も出来る」と……。
そしてそれが呼び水となり、誰もが口々に利点を上げていく。
「メリットはそれだけではないぞ。『IFTA』との連携もあるというのなら、食糧や技術援助といった事でも関われるという事だ」
「つまり、恩恵はかなりあるという事か」
「そう言うことになるな」
「だが、果たしてそううまくいくだろうか」
その問いに、ポランドはすぐさま答える。
「この件に関してはフソウ連合とはすでに話を通しており、今、王国、共和国とも交渉中ですが、十中八九成功するでしょう」
その言葉に「おおおーっ」という大きな歓声が起こる。
その歓声に満足そうな笑みを浮かべるポランド。
「とんでもない話だったな」
タイドラが半分呆れ顔でそう言うと、ポランドはしてやったりといった顔で言い返す。
「『それにふさわしい話』だったでしょう?」
その言葉に、タイドラは参ったというゼスチャをして笑った。
久々に景気のいい話が出来たので余計に楽しくなったのだろう。
こうして、共和国のある一室にて、王国、共和国、合衆国の商人が中心となって国際商業協同組合(International Commercial Cooperative)、通称『ICC』は秘密裏に結成された。
そして、一か月後には正式に発表され、三番目の国際的機関として認知されていく事になるのである。




