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異世界艦隊日誌  作者: アシッド・レイン(酸性雨)
第二十八章 開戦

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ムルハンム・レンカーザ大佐

サネホーンの長であるグラーフと重鎮たる二人との話し合いを終えて、リラクベンタ提督は自分の執務室に戻ってきたが、そこには一人の人物が彼が戻ってくるのを待っていた。

ムルハンム・レンカーザ大佐である。

「失礼かとは思いましたが、執務室で待たせていただきました」

そう言って敬礼するレンカーザ大佐に、リラクベンタ提督はニタリと笑みを浮かべた。

「君みたいな冷静沈着な男でも結果が気になるような事はあるようだな」

そのからかうような口調に、レンカーザ大佐は苦笑を漏らす。

「私とて人の子です。そう言う時もありますよ」

「そうかね?私にはそうは見えんが……」

笑いつつそう言い返すリラクベンタ提督。

かなり機嫌がいいのだろう。

その様子から察したのか、伺うようにレンカーザ大佐は聞いてきた。

「そのご様子ですと……」

「ああ。うまくいったぞ。君が狙った通りになった」

その言葉に、ほっとしたような表情を見せつつレンカーザ大佐は口を開く。

「それはようございましたな。これでモンスチーナ提督の死も無駄にならずに済みましたな」

その名前が出た瞬間、リラクベンタ提督の顔から笑みが消えた。

「当たり前だ。あいつの死を無駄になどさせん」

そこには怒りに似た感情があった。

それはそれだけ彼の死に対して悔しさと後悔があるという事なのだろう。

その態度と言葉に、さすが不味かったと思ったのか、レンカーザ大佐は慌てて謝罪の言葉を述べる。

「失礼いたしました」

「いや。構わんよ。ただどうしてもまだ心の整理が出来ていなくてな。しかし、君もあいつの事をそんなに気にかけていてくれたとは……。実にうれしい限りだよ」

そう言われ、レンカーザ大佐は表情をひきしめて口を開く。

「彼は我らの同志です。ですから気に掛けるのは当たり前ですよ」

「そうか、そうか」

満足そうにそう言いつつ頷くリラクベンタ提督。

そして。視線をレンカーザ大佐から壁に貼られている海図に目を向ける。

かなり大きな海図で、サネホーンを中心に世界の国国や地域のほとんどが載っているものだ。

ここまで詳しい物は、あの王国でさえ無理であり、海の事に詳しいサネホーンしか恐らく保有していないだろう。

その海図に目を向けつつ、リラクベンタ提督は口を開く。

「これで我々は予定通りに艦隊を動かし侵攻を開始する。それで君は例の件で動くのかね?」

「はい。予定通りに。もう準備はほとんどできておりますから。直ぐにでも動くことになるでしょう」

その自信満々の言葉に、リラクベンタ提督は片方の眉を少し上げてちらりとレンカーザ大佐の方に視線を送る。

「ほう……。果たしてあの国が動くのかね?私は今だに信じられんが……」

「ええ。皆様が艦隊を動かした頃には動きます。いえ、間違いなく動かします故、ご心配なく……」

それで安心したのか視線を海図に戻すリラクベンタ提督。

「そうか。なら私達は計画通り進めていこう」

そう言ったリラクベンタ提督の視線の先には、ある海図の一点に集中しており、そこには『旧アルンカス王国領』という文字があったのである。



リラクベンタ提督との密談を終えてレンカーザ大佐は自分の乗艦へと戻ってきた。

そこには他のサネホーンの軍艦よりもスリムで洗礼されたデザインの艦艇が停泊している。

どちらかと言うとフソウ連合の駆逐艦のような感じだ。

その艦の名は、ゲルバルド。

実験的に作られたサネホーンオリジナルのゲルバルド級装甲巡洋艦の一番艦であり、その速力は40ノットを超える快速艦だ。

ただし、コストが割に合わなかったため、一隻のみ建造それ運用されている。

艦隊運用よりも個で使った方がいいと判断され、交渉や秘密裏に動くことの多いレンカーザ大佐の乗艦となった。

港から艦に続くタラップの先には、不満げに口をへの字口にしたごつい男が立ってレンカーザ大佐を待っていた。

ゲルバルドの艦長であり、レンカーザ大佐の腹心である。

「大佐、お帰りなさいませ」

敬礼ではなく、頭を下げて向かい入れる艦長に、レンカーザ大佐は軽く手を上げて答える。

それはまるで軍人らしくない挨拶と言っていいだろう。

「留守の間、問題はなかったか?」

「はっ。問題はございません」

相変わらずのしかめっ面で答える艦長に、レンカーザ大佐は少し苦笑しする。

そんな主の様子を見つつ。艦長は言葉を続ける。

「で、作戦の方は?」

「ああ。計画通りだ」

「では、行き先の変更話という事ですな」

「そう言う事だ。私は報告の為に自室に籠る。誰も近づけるなよ?」

「わかりました」

そのレンカーザ大佐の言葉に、艦長は初めて笑みを浮かべつつ敬礼した。

ニタリ。

その笑みはあまりにも気持ち悪すぎた。

だが、その笑みを見てレンカーザ大佐はまだ少し緊張の残る表情を少し崩してほっとした顔になる。

「しかし、お前もどうにかこうにか軍人らしさが板についてきたな」

「いえ。それを言われるなら、大佐の方こそ……」

そう返され、レンカーザ大佐は苦笑を浮かべる。

「確かに……。もう長い事、演技(やって)いるからな」

その言葉に、二人は笑う。

そこには信頼できる者同士の絆があった。



艦長との打ち合わせを終えて、やっとレンカーザ大佐はゲルバルドの自室に戻ってきた。

艦の大きさ故にそれほど広いものではなかったが、この艦で自室を持てるのは、大佐と艦長くらいのものである。

それに、レンカーザ大佐はあまりものを持たない主義であったから、別に問題ないと思っていた。

部屋に入り、後ろ手でドアの鍵を閉める。

その瞬間、レンカーザ大佐は息を深く吐き出した。

「ふーっ……」

その表情には、心底リラックスしたといったように見える。

まるで今まで仮面をかぶっていて取り外したような……。

「あーーーっ」

肩や首をぐるぐると回し、身体の関節をほぐしていく。

そして、なにやらブツブツと小声で唱えつつ左手の指を広げて顔を上から下にゆっくりと撫で上げる。

すると撫で上げていった後から顔の作りが変化していき、上から下に名で終わった時、そこにはレンカーザ大佐とは全く違う男性の顔があった。

「ふーっ。長時間、顔を変えていると自分の本来の顔を忘れそうになるな」

ブツブツと愚痴みたいなことを漏らしつつ、レンカーザ大佐は鍵のかかったロッカーを開け、黒いスーツのような服を取り出すと軍服を脱ぎ着替え始める。

少し揺れ始めたのは艦が動き出したからであろう。

実際、丸窓から見える景色が動き出している。

そして着替え終わると鏡の前で再度身だしなみをチェックする。

それはこれから会う方が偉大な方であり、自分の大切な主であるためだ。

深呼吸を何度かした後、レンカーザ大佐だった人物は、左手を右手で包み込み、そして何かに願うかのように目をつぶり集中する。

もし、ここに魔術師がいたとしたら、彼の全身に流れる魔力の流れが見えただろう。

そして魔力はゆっくりと左で集まっていく。

正確に言うと左手の薬指にはめられている何やら細かな細工の施された指輪だ。

指輪から始まった光がレンカーザ大佐だった男を包んでいく。

また、それに反応するかのように自室の四隅に何気なく張られている独特の模様が描かれた札も光始めた。

しかし、それも一瞬だ。

札の発していた光もレンカーザ大佐だった男を包んでいた光も、まるで闇に飲み込まれたかのように搔き消えた。

そして男の姿がぼやけ始め、色合いや輪郭が薄くなっていく。

そして、レンカーザ大佐だった男の姿は掻き消えたのであった。



「ん、来たか……」

椅子に座っていた白髭を蓄えた老人は髭を右手で撫でつつそう呟く。

そしてゆっくりと部屋の隅に視線を向けた。

ろうそくだけの明かりが灯る部屋は至る所に闇のような暗がりがあり、部屋の隅も黒く闇で覆われていた。

だが、そんな闇の中で変化が起こっていた。

真っ黒ななかで起こっていた変化が収まると一人の男が姿を現したのである。

レンカーザ大佐だった男だ。

彼は右手を胸に当てて深々と頭を下げた。

「大変遅くなり申し訳ありません、老師」

その謝罪に、老師と呼ばれた老人は気にかけていないことを示すかのようにカラカラと笑った。

「なに、構わんよ。卿も忙しい中、よく来てくれたのう」

そう労った後、目を細めると髭を撫でつつ楽し気に聞く。

「それで、首尾の方はどうじゃった?」

「はい。全て順調に老師の望む方に動いております。これで、フソウ連合とサネホーンは間違いなく戦争へと突き進むでしょう」

その満足いく報告に老師は楽し気に微笑む。

その微笑みは慈愛に満ちており、とても争いの話でもしている雰囲気ではなかった。

たが、それは形だけのものであった。

「そうか。うまくやったか。これで死ぬのう。フソウ連合の異教徒も、法を守らぬ不届きな信者共も……」

満足げにそう言い切る老師に、卿と呼ばれた男も満足げに頷く。

「はい。間違いございません。すでにアルンカス王国に向けての侵攻の準備が進んでおります」

「そう言えば、あの国も異教であったな」

「はい」

「なら、益々いいと言うべきだな。異教徒共は死を与えねばな」

「おっしゃる通りでございます。それで……例の件ですが……」

そう言われ、老師は任せろと言わんばかりにニヤリと笑う。

今までの慈愛に満ちた笑みではなく、下卑た笑みだ。

そして、それは間違いなく本心によって作られた笑みであった。

「ふふふっ。教国の件だな」

「はっ。その通りでございます」

「わかっておる。直ぐに指示を出して、教国は動かそう」

その言葉に、卿と呼ばれた男は頷く。

「では、私は連盟の方に向かい、あの男と話を進めておきます」

その言葉に、老師は笑いつつ口を開いた。

「さすがに、あの男とは違うのう。もっとも比べるのが間違いではあるがな」

その言葉に引っ掛かりを覚えたのだろう。

「あの男……ですか?」

怪訝そうな顔で思わず卿と呼ばれた男は聞き返す。

その反応が楽しかったのか、老師は楽しげに笑う。

「そう、あの男よ。ビェールとかいう……」

「ああ。あの男ですか」

思い出したのか、納得といった表情を浮かべると続けて聞く。

「何を命じたのでしょう?」

「いやな、遊ばせておくのもなんだと思っての。ツテがあると言うので古巣である共和国と王国の件を任せたのだがかなり苦労している様子だな」

老師の言葉に、卿と呼ばれた男は怪訝そうな表情を浮かべる。

信じられないといった感じだ。

「ふむ。確かに王国はかなり難しいのはわかりますが、共和国でうまくいかないのは納得できません。あの国は信者も多く、隙も多い。その上、ツテもあるというのなら、猶更です」

思わずそう呟くように漏れた言葉に、老師は苦笑した表情で答える。

「あの女狐のせいよ。あの女狐、実にうまくやっておる。それに子飼いの部下も優秀でかなり厄介なようじゃ」

それで納得したのだろう。

頷くと聞き返す。

「では、共和国は諦めるのですか?」

その問いに老師はまさかといった表情を浮かべた。

「いや、難しかろうとやらせるぞ。それぐらいはやってもらわねば……」

老師はきっぱりとそう言い切る。

それは死んでも実行させるという事だ。

確かに限定されるとはいえ、ある程度の転移の指輪と転移の札は用意されている。

しかし、それでも空間移動の術を持つ魔術師は貴重である。

だが、老師にとってはそんな才能の持ち主でもただの捨て駒でしかないという事だろう。

本当に怖いお方だ。

背筋に寒気が襲い、卿と呼ばれた男はぶるりと身体を震わせ、左の薬指に付けている指輪に視線を落とした。

その視線は憐れむような色に染められていたが、すぐにいつものように引き締めると老師に向け直す。

そして、優雅に頭を下げつつ口を開いた。

「わかりました。では、私はそろそろ戻ります」

「ああ、気を付けるのだぞ。よい報告を待っておる」

「はっ。必ずや……」

その言葉と共に男の姿が暗闇の中に溶け込んでいく。

半透明になりながら姿がぼけていき、そして掻き消えた。

つまり、自分のいた場所、装甲巡洋艦ゲルバルドの自室に戻ったのだ。

そして、またレンカーザ大佐として動くのである。

その転移する様子を見送った後、老師は視線を外に向ける。

外には大きな月が浮かび、その冷たい光が降り注いで辺りをわずかに照らしている。

実に神秘的だ。

そんな風景を見て目を細めつつ老師は呟く。

「さて、聖戦は始まった。神の試練に打ち勝とうではないか」

それは誰に向けて言った言葉だったのだろうか。

周りには誰もいない。

もしかしたら自分自身に言い聞かせる為だったのかもしれない。

だが、そんな事は問題ではない。

ただ、今、大きく世界の歴史は流れを変え、混乱の時を迎えようとしている事だけはわかる。

そして老師には見えていた。

神敵であるフソウ連合を滅ぼして混乱を沈め、ドクトルト教を世界中に普及させ、宗教を中心とした秩序ある平和な世界の姿が……。

そして、今、その第一歩を踏み出したのだと。

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