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異世界艦隊日誌  作者: アシッド・レイン(酸性雨)
第二十八章 開戦

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『ムバナール群島海戦』  その3

それを見つけたのは本当に偶々だった。

メインマストの一番上の警戒所で警戒していた兵は、こちらに向かってくるモノを発見した。

この辺りの海域の海は、澄んだ緑がった青色で、実に奇麗だ。

そんな海中を進む黒い物体。

一瞬魚雷か?と思ったのだが、それにしては魚雷につきものの航跡がない。

魚雷ならば間違いなく航跡がはっきりと出るし、それに何より近くに敵らしき艦影がない。

また、長距離での魚雷の使用は、航続距離を考えると決してあり得ない。

それに、以前イルカを魚雷と思って大騒ぎを起こした同僚の件もあり、その兵のように笑いものになりたくはなかった。

だからついつい慎重になってしまった。

じっくりと見ていてよく考えれば、あの速度は異常だと気が付く。

ぎ、魚雷だ。

兵は慌てて伝声管で報告する。

「ぎ、魚雷ですっ!!前方から魚雷がっ」

そこまで言って、兵は気が付いた。

それは一つだけではないことに……。

「ふ、複数の魚雷がこちらに向かっています」

その報告に艦橋はパニックになる。

無線から指示があり、敵艦の後方に回り、退路を断つために動き始めたばかりだったことも重なったのが大きかった。

慌てて僚艦に無線で報告され、それぞれ回避運動に入ろうとするも、すでに遅かった。

艦は激しい振動に大きく揺れた。

魚雷が命中したのだ。

しかし、運が良かったのだろう。

不発弾だったらしく、爆発せず、また弾薬庫や機関にも当たっていない。

だが、それでも何かにとっさに掴まれなかった者の多くは床に転がる羽目になった。

艦長は運よく手すりに摑まることが出来て転倒を免れたものの、それでも座り込んでしまう。

そしてゆっくりと立ち上がると呟く。

「本当に魚雷だったか……」

以前がイルカの見間違いがあった為に思わず艦長はそう呟いてしまったのだろう。

ともかく、今やるべきことをしなければ。

そう判断し、息をふーと吐き出して気を落ち着かせると口を開いた。

「被害状況は?」

「前の方に魚雷を受けたようです。ただ、不発弾という事で、大事に至っていません」

「そうか。それで敵影はどこだ?」

双眼鏡で周りの海域を見回して艦長が叫ぶように言う。

だが、それに明確な答えを報告できるものはいない。

誰もが敵影を発見できないでいたからだ。

もしかして、見えないほどの超長距離からの攻撃だとでもいうのだろうか。

そんな事は絶対にありえない。

いくらフソウ連合の兵器が優秀でも、そんなことはあり得なかった。

驚くことはあっても、あくまでも常識の範囲内であった。

だから、皆言葉を濁すかきちんと報告できない。

そんな兵器はあり得ない。

しかし、現実はどうか?

そして、そんな彼らに突き付けられる現実。

激しい爆発音と衝撃。

それがすぐ側で起こったのだ。

艦がゆらゆらと揺れる。

「何だっ。何が起こったっ?!」

「か、艦長っ、ポルミ・ファントナがっ……」

叫び声をあげた兵士が右側の窓の外を指さす。

そこには、並走していたはずの僚艦の無残な姿があった。

すぐ側を並走していた味方の装甲巡洋艦が吹き飛んだのだ。

恐らく、弾薬庫に魚雷が命中したのか、或いは当たり所が悪かったのか、それか考えたくはないが命中した魚雷の爆発力が大きかったのか。

ともかく、先ほどまで並走していた僚艦は一気に真っ二つになっていた。

そしてあっという間に沈んでいく。

あれでは甲板にいた者でも沈没の際に発生する渦に巻き込まれて多くのものが助からないだろう。

「そ、そんな馬鹿な……」

唖然とした艦長、そして動揺する艦内の乗組員達。

それは動きにも表れており、もちろん。この艦だけではない。

攻撃を受けなかった別動隊の艦艇もいきなりの事で混乱していた。

だが、混乱し、茫然としていたとしても、時は止まらないし、事態は好転するわけではない。

そして本能的に理解する。次は我々なのだと……。

決して魚雷が接近しているのが分かったわけではない。

だが、それでもわかってしまったのだ。

そして、三分後、二発目の魚雷を受け、装甲巡洋艦ペンナ・リルハルは撃沈され、多くの乗組員達と一緒に海の藻屑と化した。



「敵艦三隻撃沈を確認。無線ブイを上げろ」

単艦としてなら、かなりの戦果を挙げたことになる。

だからだろうか。

伊-25の言葉に、艦内に歓声が沸き起こる。

その様子に副長は苦笑を浮かべて口を開く。

「了解しました。それで報告はどうしましょう?」

「そうだな、『敵別動隊を発見し攻撃。三隻撃沈』でいいだろう」

「わかりました。しかし……」

そこまで言っていったん言葉を止めると副長はニヤリと笑った。

「やりましたね」

その言葉に、伊-25はまんざらでもない顔をしながら答える。

「なに、これは我々の華々しい一歩にしかすぎん。皆、これからも精進して、共に進もうじゃないか」

その言葉に、副長だけでなく、その場にいた者全員が頷く。

そして、その言葉に口伝えに艦内に広まり、乗組員全員のテンションを上げるのに十分すぎるものであった。

ただ裏を返せば、それほど彼らにとっては鬱憤がたまっていたという事なのだろう。

だが、そんな彼らにとって、今日の戦果は良き経験であり、そしてより強い自信へと繋がっていくのであった。



「よし。今だ。一気に決めるぞ。各主砲、敵戦艦及び、重戦艦に対して集中砲火だ」

島風の号令の下、12.7センチ連装砲三基の砲撃が激しさを増す。

畳みかけるような砲撃が、サネホーンの残存艦艇に降り注ぐ。

動きが鈍くなった、或いは動けなくなった状態では、戦艦、重戦艦ではあってもこの激しい砲撃の前になすすべがない。

すでに反撃できる砲は数門となり、命中した砲弾によって至る所で爆発と火災が発生して手が付けられない有様になっていた。

乗組員たちの多くも負傷し、混乱していて戦う以前の状態である。

今や完全に攻守は逆転し、狩られる方はサネホーンの方であった。

その余りにも圧倒的な力の差を目にしてモンスチーナ提督はただ茫然と立ち尽くしている。

すでに艦橋近くにも砲弾が命中し、多くの機材は破壊され、艦橋にいた乗組員のほとんどは血みどろの肉片化して床に散らばっている。

まさに破壊よって描かれた地獄絵図のど真ん中でモンスチーナ提督は立ち尽くしていたのだ。

もちろん、モンスチーナ提督もすでに傷だらけで顔や軍服は自分と乗組員の返り血で真っ赤に染まっている。

「これは……聞いていたのと……違う。……違いすぎる……ぞ」

その言葉が今の彼の心境のすべてであった。

脳裏にある男の顔が浮かぶ。

その顔は嫌らしく笑っていた。

そして理解する。

うまく利用しているつもりであったが、実は利用されていたのは我々だったという事に……。

だが、もう遅い。

モンスチーナ提督にとって、すべては終わろうとしていた。

サネホーンとフソウ連合の条約締結のチャンスを道連れにして……。

「リラクベンタ提督。我々は……騙されています……。あの男に……」

それが、最後にモンスチーナ提督が発した言葉である。

彼の派閥の長であり、良き友でもあるモンスチーナ提督に向けた言葉。

そこには無念さと悔しさ、そして虚しさが満ち満ちていた。



「敵の残存戦力、撤退していきます。いかがしますか?」

副長の問いに、島風は視線を敵艦から島に向ける。

「ほおっておけ。機関が不調の装甲巡洋艦一隻では何も出来ん。それにあの戦いぶりを見た以上、単艦では戦おうとも思わないだろうがな。それよらりも、まずは島に捜索部隊の派遣だ。それも至急だ。それと破損個所の応急修理も急がせろ」

実際、圧倒的な勝利とは言え、島風も無傷ではない。

小口径ではあるが数発の命中弾を喰らっている。

戦闘や航行にそれほど支障はないものの、ある程度の応急修理を行い、ベストに近いコンディションにしておく必要性はある。

確かにサネホーンの艦隊は退けたが何があるかわからないのだから。

その考えが判ったのだろう。

副長は頷いた後、海面に視線を向けた。

「了解しました。それと敵の兵はどうしましょう?」

島風の視線がちらりと海面に向けられる。

そこには何とか生き延びた敵兵が必死になって泳ぎ、漂っていた。

「敵兵の回収も出来る限りしてやれ。情報が欲しいからな。ただし、島の方が優先だ。あと、間もなく警戒艦隊がこっちに来るだろうから、来た場合は、捕虜とした敵兵はそっちに移送させろ」

「はっ。そのように取り計らいます。なお、捜索隊の指揮は私が行ってもいいでしょうか?」

その言葉に、島風は一瞬怪訝そうな顔をしたが、すぐに真剣な表情になる。

そう言えば、青島大尉と副長はよく将棋をしていた事を思い出したのだ。

「わかった。こっちの方はうまくやる。だから、頼む」

その言葉をかみしめるように聞いた後、表情を引き締めて副長が敬礼し、艦橋を後にする。

我々に勝ったと浮かれている暇などないのだ。


こうして『ムバナール群島海戦』はフソウ連合の圧倒的勝利として終わったが、それはただ一つの戦い、まさに前哨戦が終わっただけであり、これから続くより大規模で激しい戦いの始まりでしかなかった。

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