アルンカス王国、イムサ本部にて…… その2
一番懸念されていた連盟の件が落ち着き、また、昼食とするには若干早い時間帯の為、一呼吸をいれようという事になった。
また、午後からはアルンカス王国で運用されているコンクリート船の視察が急遽入る事となったが、話し合いが思ったよりもスムーズに進んだため、無理にという感じではない。
どちらかと言うとのんびりといった感じだ。
要は、思った以上に順調に話し合いが済んだ結果と言えよう。
で、のんびりとお茶会をしているといろんな話題が出てくる。
政治的なものから、プライベート、国の生活習慣など実にいろいろあって面白い。
話題に事欠かないといったとこか。
「そう言えば、殿下は今度お見合いするそうですよ」
ニタニタ笑いつつアリシアが言うと、アッシュが慌てて口を挟んだ。
「いや、さすがに王位継承権一位となると下手な女性を迎える訳にはいかんからな」
そんなことを言いつつ慌てている。
要は話を切り上げたいのだろう。
だが、鍋島長官がニタリと笑った。
「ほほう。面白そうな話だな。なぁ、大尉、聞いておきたい話ではあるな」
そう話を振られ、東郷大尉が実に楽し気に頷く。
「ええ。聞きたいです。ぜひ聞かせてください」
どうやら、女性は恋話が大好きだというのはどこも変わらないようだな。
話を振った鍋島長官がそんなことを思っていると、アッシュが恨めしそうに睨んでいる。
「おいおい、そんな顔するなよ。そんなに嫌だったのか?」
「いや、そういう訳ではないが、まだ本人とも会っていないだけでなく情報さえ知らないんだよ」
その言葉に、アリシアも東郷大尉も、『え!?』という顔で固まる。
「会ってない上に情報さえも知らないって……。それあんまりじゃない?」
鍋島長官がそう聞くと、アッシュは少し不貞腐れたような顔で答える。
「そうは言われても話が出てるのは知ってるが、災害の立て直しを優先していたら本人の知らないところで勝手に話が進んでるんだよ。面白いわけないだろう」
その言葉に、鍋島長官が苦笑する。
「そりゃ、確かに……。自分の知らない間に進んでたらなぁ……」
その言葉に、我に返ったのだろう。
アリシアが素っ頓狂な声を上げる。
「えーっ。何それ。国外にもかなり広まってる見合い話なのに、まだ本人と会ってないどころか情報さえ知らないの?」
「ああ。まったくね……」
「どうなってるのよ、それは……」
かなり憤慨した感じそう言うアリシアに、うんうんと同意の意を示す東郷大尉。
君達、ちょっと怖いよ。
鍋島長官だけでなく、その場にいた男性秘書官も引いている様子で、アッシュの方を哀れみの目で見ている。
「そんな目で見るな。こっちが泣きたいよ。まったく知らない女性といきなり見合いやらなんやら進められて、油断していたら婚約まで行きそうなんだぞ。確かに好きな女性は今の所いないけどな、なんか堀を埋められて逃げ場を失いつつある危機感半端ないんだから」
悲痛なアッシュの叫びに、さすがに哀れみを感じたのだろう。
「王族って大変よね……」
アリシアがポツリと言葉を漏らす。
「そんな哀れなものを見るような視線を向けながら言わないでくれ。頼むから」
なんか雰囲気が変な方向に代わりつつあり、さすがに話の方向性を変えたいのだろう。
そう言った後、すぐにアッシュが話題を変えてきた。
「そう言えば、サダミチ、サネホーンの件、どうなってんだよ。結構な時間が経つけど、進展があったのか?」
その言葉に、鍋島長官はニタリと笑みを浮かべる。
それは、それだけ情報が漏れていないという事であり、諜報部がしっかりと仕事をしているという事でもある。
誤魔化してもいいんだが……。
鍋島長官がそんなことを思っていると、アッシュ以外の強い視線を感じた。
アリシアである。
彼女も興味深々と言った感じで見ていたのだ。
まぁ、『IMSA』の加盟国である以上、そろそろ知らせていてもいい時期ではあるし、何より本日の交渉でほぼ間違いなく条約締結に行きつくのは間違いないから彼らにしても今後のフソウ連合の動きは知っておく必要性はあるだろう。
だから、鍋島長官は「まだ情報公開は早いが……」と前置きした後に言葉を続けた。
「まだいろいろと制限が多いものの二国間の通商条約締結という形に収まりそうだ。まぁ、十中八九の割合ではあるが……」
そうは言ったものの、鍋島長官としては本日中に決まると思っている。
なぜなら、条約締結を希望したのは相手であり、互いに時間をかけて納得できる形になったと思っているからだ。
それを態々ひっくり返す必要は全くと言ってないと考えていた。
だから言葉の端々からその自信みたいなものを感じたのだろう。
二人とも、鍋島長官ならという気持ちはあったが、まさかそこまでこぎつけれるとは思っていなかったようだ。
「すごいじゃないか、サダミチ……」
「ええ。すごいですわ」
二人共驚嘆の声が漏れる。
だが、その声も鍋島長官にとっては決して自分の手柄とは考えないのだろう。
「いや、僕よりも交渉に当たってくれたお互いの交渉官の辛抱強い努力の結果だよ。正式に決まれば、少しずつ制限をなくしていき、将来的には『IMSA』の加盟国として迎えたいと思っている」
その言葉に、益々驚くものの、その利点に思い当たったのだろう。
なるほどといった感じで二人は頷いたりしている。
そんな二人を見つつ、鍋島長官はほっとした表情で微笑んでいた。
どうやら、二人は好意的に取ってくれたと判断して……。
ここで反対されれば修正を余儀なくされるだろうと思っていたから余計であった。
そして、何気なく時間を見る。
間もなく十二時になろうかという時間だ。
「さて、いい時間帯になったね。そろそろ昼食に向かおうか」
そう声をかけて鍋島長官が立ち上がった時だった。
隠密性に長けている為かあまり響かないものの、恐らくかなりドタドタと廊下を走っているような音が耳に入る。
そして激しくドアがノックされた。
「すみません。よろしいでしょうか?」
「何かあったのですか?」
「アンパカドル・ベースより緊急報告です」
「わかりました。今行きます」
東郷大尉が、ドアに向かう。
何かあったのか?
誰もが怪訝そうな顔で状況を見守る中、話を聞く為退出した東郷大尉がボードをもって戻ってくる。
その顔は真っ青になっていた。
「えっと……何かあったのか?」
そう聞いてくる鍋島長官に、東郷大尉はボードを差し出した。
それを受け取り、目を通す鍋島長官。
目が見開かれ、驚きと驚愕が感情を支配しているのが一目瞭然だった。
そんな始めて見る鍋島長官の様子に、アッシュとアリシアはただ黙って見守るしかできない。
何があった?と聞くのは簡単だ。
しかし、答えれることと答えられないことがあるのも二人はわかっていた。
だから、何も聞かないでただ見守っている。
「これは……本当か?確認は取ったのか?」
掠れたような声で鍋島長官が東郷大尉に尋ねると、東郷大尉は残念そうな表情で答える。
「はい。間違いないそうです」
「そうか……」
短くそう言うと、鍋島長官は椅子に座り込むと大きく息を吐き出す。
そしてやっとじっと見守る二人の視線に気が付いたようだった。
困ったような表情を浮かべ、鍋島長官は笑う。
いや、正確に言うと笑ったような顔になったというべきか。
つまり、どういった表情をしていいのかをわからないと言うべきなのかもしれない。
ともかく、そんな表情を浮かべて力なく言葉を発した。
「どうやら、サネホーンとの交渉は、ご破算になったようだ……」
そして、ボードをテーブルの上に置く。
ボードに挟まっている紙には、『本日十一時三十分過ぎ、交渉団と同行していた島風より入電あり。電文には以下の通り。「海賊本性を現す。本艦砲撃受け戦闘に突入。我、これより反撃す」また、同海域を警戒に当たっていた第三特別警戒艦隊も「現場に向かい、島風を援護する」と入電がありました。長官、指示をお願いいたします』と余程慌てていたのか乱雑な文字で書かれていた。
そして気合を入れる為だろうか。パンと自分自身の頬を叩くと立ち上がった。
「済まない。昼食とコンクリート船の視察の方には参加できなくなった。案内を付けさせるのでよろしく頼む」
そう短く言うと東郷大尉に目配せをする。
それでわかったのだろう。
直ぐに廊下に待機している部下に何か指示を出している。
そして、その間も鍋島長官は機敏な動きで部屋から退出していった。
もちろん、出ていくときに、アッシュとアリシアに頭を下げて……。
それを二人は黙って見送った。
二人はただ、戸惑っていたのだ。
あの鍋島長官がここまで取り乱ししたことに……。
そして二人は顔を合わせると頷く。
今こそ、我々が鍋島長官を支える時だと理解して……。
「しかし、あのナベシマ様があれほど呆然とされるとは……」
昼食後の食後の紅茶を飲みつつアリシアはぼそりと言う。
もちろん、昼食会に鍋島長官はいない。
恐らくアルンカス王国のフソウ連合海軍基地であるアンパカドル・ベースに向かったのだろう。
久しぶりに三人で語り合うつもりでいただけに、少し肩透かしを食らった感がある。
だが、あの慌てぶりからただ事でないのは確かだった。
「恐らく、条約締結がうまくいかなかっただけじゃないな、あれは……」
うなる様にアッシュが呟く。
「それは……まさか……」
「多分、そのまさかだ」
二人は鍋島長官の慌てぶりから答えを導き出していた。
そうなると……。
まず口を開いたのはアッシュだ。
「王国としては、サネホーンに関してはかなり厳しい対応を取らなければならないと思っている」
「それはもちろん、共和国もですわ」
「なら、一つ俺の話に乗らないか?」
まるで悪だくみをするかのように小声でそう言うアッシュに、自然とアリシアも小声になる。
別に誰が聞いているわけではない。
ましてや、ここは隠密性の高い部屋であり、自分達の秘書官以外はいないのにである。
ともかく、アリシアはアッシュの話に乗る気満々の様子だ。
それに満足したのだろう。
アッシュはニタリと笑うと秘書官からある程度の分厚い書類の束を出させる。
そして、それをアリシアに手渡した。
「これは?」
「それはな、王国内に入り込んでいる素性の怪しい商会や商人関係の資料だ。恐らく、その内の何割かは、サネホーンのダミー会社だと思っている」
「そんなものを見せても?」
「構わないさ。それで見て思ったことはないかな?」
そう問われ、ざっと目を通す。
「あ……」
すぐに気が付いた。
影である諜報部が調べてきた資料にいくつか同じ名が上がっていた。
その声でアッシュはニタリと笑う。
「見た事のある名前があったろう?そう言う事だ。恐らく共和国にも入り込んでいるはずだ。素性のわからない連中が……」
それでピンときたのだろう。
アリシアの表情が引き締まる。
「つまり、これを機会に……」
「そう言う事だ。我々はサネホーンだけでなく素性のわからない連中を一掃し、連中の自国に与える影響力を削り取る。そして、それはサネホーンの経済力を落とす効果もあり、微々たるものだがサダミチの援護にもなるといった寸法だ。どうだ?」
アリシアの顔が実に楽し気に微笑む。
「連盟のあの男に比べたら、実にスマートで優雅です。さすがは王国の次期国王となるお方ですね。惚れてしまいそうですわ」
「よせよ。本気じゃないくせに」
「あら。私の知っている男性の中では、好感度ナンバー2ですのよ、殿下は……」
「それは光栄だな。で……ナンバー1は……やっぱり……」
そう言われ、アリシアは苦笑を浮かべる。
「もう少し早くお会いしたかったですわ」
その言葉に、どうやら本気で奪うつもりはないとわかったのだろう。
アッシュはほっと胸をなでおろす。
修羅場に巻き添えはごめんだからな。
ため息を吐き出しつつ、アッシュは確認を取る。
「それで……」
「もちろん。やりますわ。それと、自国及び植民地と関係する航路の警戒も……」
「ああ。勿論だとも。下手したら『IMSA』で対応できなくなる可能性もあるからな」
二人は互いに意見を確認し合い頷く。
こうして、鍋島長官の知らない間にも、王国と共和国によるフソウ連合支援の動きが始まろうとしていた。




