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異世界艦隊日誌  作者: アシッド・レイン(酸性雨)
第二十八章 開戦

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『ムバナール群島海戦』  その1

「しかし、長かったですね」

少し緊張の漂う艦橋で、そう言って警戒中の島風の付喪神に声をかけたのは、島風の食に関する事を管理するコック長だった。

年の頃は四十後半といったところだろうか。

細身の体に太い眉と細い目が印象的な男性である。

もちろん、階級もあり軍人でもあるが、元々は一般で板前をやっており、その腕を買われて軍属になったという変わり者だ。

本人曰く、同じ人々に常に飽きられない料理を出し続けていくという事を目指しており、フソウ連合海軍の艦艇別の食対決では駆逐艦部門で準優勝をした猛者でもあった。

その為、階級による上下関係が基本の軍隊であって、一目置かれるほどの人物である。

やはり、食を握る者は強しといったところだろうか。

だが、そんなコック長がなぜ警戒中の艦橋にいるのか。

一応、昼食を配る為という理由があるものの、それはわざわざコック長自身がする必要はない。

彼も言った通り、今回の任務についていた期間は長かった。

だから、コック長自身も今回の任務についていろいろ思うところがあるのだろう。

そう言う事で理由を用意して様子を見に来たといったところか。

ちなみに、本日の昼食は、警戒中という事でおにぎりが用意されている。

さすがに交代で食堂で食事というわけにはいかない為だ。

だから、オニギリの中には何種類かの具のはいっており、それと鶏のから揚げのセットで、警戒しつつ片手で食べられるように考慮されていた。

もちろん、アルミのお弁当箱に入れられ、魔法瓶には冷えた麦茶も用意されている。

ちらりとコック長が置いたテーブルの弁当箱に視線を向けた後、再びサネホーンの艦隊の方に視線を向けて島風が聞き返す。

「なにがだ?」

「今回の任務がですよ」

そう言われて、島風も考える。

確かに一つの任務について動く期間としてはかなり長かっただろう。

だが、遂にその苦労も報われる。

しかし、今回に限り島風の中に引っ掛かるものがあった。

それは、サネホーンの艦隊はなぜいつもの艦隊ではなかったのかという事だ。

それどころか、重戦艦や戦艦といった艦種も交じっており、以前のフソウ連合を刺激しないようにという配慮が感じられず、それどころかまるで威圧したがっていると感じたのである。

だからだろうか。

島風の口から出た言葉は、気楽なものではなかった。

「確かに長かったが、まだ終わってはいないよ」

その言葉に、コック長は苦笑を浮かべる。

これは一本取られた。

そんな感じだ。

だから、漏れた言葉も感心した口調であった。

「そうでしたな。貴方の言う通りでした。まだ終わっていませんな」

「そう言う事だよ、だから、最後まで気を引き締めてお願いするよ」

その島風の言葉に、コック長は微笑む。

実にうちの艦の付喪神は頼もしいと思いながら……。

「ええ。了解しました」

コック長がそう言った時であった。

固定式の大型双眼鏡で見張りの兵の声が響く。

「大変です。サネホーンの艦隊の艦艇の砲塔が動いています」

その報告に、艦橋内に漂っていた緊張感が一気に張り詰めたものになる。

「どこに向けて動いているかわかるか?」

島風の問いに、見張りの兵がすぐさま答える。

「先頭の戦艦と重戦艦クラスがゆっくりと旋回し……これは島の方みたいです。そして、残りは……こちら側に……」

その言葉に、『島には彼らの関係者もいるのにまさかそんな事は……』と一瞬思うものの、あまりにも通常なら考えられない行動だ。

ましてや、今までの交渉時では全くあり得ない事でもある。

島風の中で何気なく引っ掛かっていたものが段々と大きくなっていき、悪い予想と重なっていく。

「各艦、警戒レベルを最大に上げろ。総員戦闘準備。それと、機関、何時でも動かせるようにしておけ。あと、観測班、連中の些細な動きも見逃すなよ」

「「「了解しました」」」

何人もの艦橋スタッフの声が上がる。

そして島風はゆっくりとコック長の方を見た。

その視線を受け、コック長の表情が引き締まる。

「了解しました」

コック長は敬礼すると素早い動きで艦内の方に戻っていった。

その後姿を見送りつつ、島風は何かの冗談であってくれと願っていた。

それは今回の交渉は関係者がかなり苦労していた事を知っていたからである。

交渉自体に携わったわけではない。

だが、それでもわかるのだ。

今回の交渉がいかに困難だったかを……。

その苦労を無駄にしたくない。

して欲しくない。

だが、その願いは破られる。

「敵艦、発砲」

その報告に島風は叫ぶように命令を下す。

「全速後退っ、急げーーっ!!」

今まで動いてなかったものが一気に動く。

その反動によりがくりと艦内が揺れ、固定されていなかったものは不意な動きに左右される。

それは、用意されていた弁当箱も同じだ。

きちんと紐で固定されていたため中身が飛び散ることはなかったが、テーブルに乗っていた弁当箱が床に落ちた。

その音と今や敵となったサネホーンの砲撃の音が今までの苦労をぶち壊す悪夢の始まりを告げていた。




降り注ぐ砲撃は建物だけに当たったわけではない。

射撃の技能の甘さだろうか。

或いは、兵器の性能かもしれない。

いや、恐らく両方だろう。

そう思うほど島に向けられた砲撃は建物を中心にして結構ばらけていた。

その為、かなり離れた森の近くまで砲撃の影響を受ける事態になってしまう。

襲撃に静かだった森は一気に騒がしいものになった。

そう平和だった日常は崩壊し、戦場になってしまったのだ。

「危険だ。各自伏せろ。それと倒れてくる木に注意して」

青島大尉がすぐに我に返ってそう指示する。

さすがは軍属という事だろう。

その場にいた者達は直ぐに我に返ってそれぞれ自分の身を守る行動を開始した。

ただ一人を除いて……。

「う、嘘っ……。なんで……なんでよ……」

唖然として立ち尽くし、ただ壊れた蓄音器が音飛びを起こして何度も同じ部分を再生するように呟く人物がいた。

リンダである。

彼女にしてみれば、まさにあり得ない現状であった。

確かに女だてらにこんな任務(しごと)をしている以上、色々なものを彼女は経験した。

足の引っ張り合いや、妬み、恨み、蔑み、そして命の危機さえあった。

だが、まさかこんなことがあるとは思いもしなかった。

同胞、仲間の裏切り。

今まで一度もそんなことはなかった。

あってはならない事であった。

そのありえないことが目の前で起こり、愕然としてしまったのだ。

そのリンダを青島大尉は慌てて地面に押し倒す。

「危険です。身を伏せて」

それで初めてリンダは我に返る。

そして、理解する。

自分達が長い年月をかけて築きかけたものが一瞬で壊されていく現実を……。

めらりっ。

心の中で何かが燃え始める。

それは強くて熱い。

それは怒りの炎であった。

「絶対に許さないんだから……」

その言葉は、まさに呪詛であった。



後退する島風の脇やさっきまで島風がいた場所に砲弾が降り注ぎ、大きな水柱が次々と立つ。

その衝撃に、海水を浴びつつ島風が揺れる。

だが、とっさに後退したため、被弾は一発もない。

今や敵となったサネホーンの艦隊はゆっくりと動き出しながら次の砲撃を開始した。

次々と降り注ぐ砲弾。

しかし、島風は後退しつつ的確な動きですべてを交わしている。

そんな中、目的を達したと判断したのだろう。

島に砲撃していた戦艦や重戦艦も移動しつつ主砲を島風に向けつつあった。

敵の艦艇の数、重戦艦一隻、戦艦一隻、装甲巡洋艦三隻。

フソウ連合の艦種で例えるなら、軽巡洋艦一隻、大型駆逐艦一隻、駆逐艦三隻といったところか。

実に数だけでも一対五、火力比にするならもっと差は大きくなるだろう。

だが、島風は後退させつつ反撃の体制を整える。

「砲雷撃戦用意ーっ。それとアンパカドル・ベース及び近海に展開する艦隊に打電だ。『海賊本性を現す。本艦砲撃受け戦闘に突入。我、これより反撃す』だ」

その島風の命令に副長が慌てて聞き返す。

「いいんですか?」

「仕方ないだろう。それとも命令が返ってくるのを待つ間、無抵抗でいるつもりか?」

「いえ、それは……」

「心配するな。責任は私がとる。それにだ。早く戦闘を終わらせて島の捜索をしなければならん。青島大尉は早々簡単にくたばる玉とは思わんからな」

「確かに……。あの人は見かけによらず結構しぶとそうですね」

この長い交渉を根気強くやってきた人物だけにそう思ったのだろう。

副長が苦笑しそう言うと島風はニタリと笑った。

「それはそうと撤退とは言わなかったな」

その問いに、副長は笑いつつ答える。

「こんな事をされて尻尾を巻いて逃げ出したとあらば、フソウ連合海軍の恥ですからな。せめて精々その代価を相手に十二分に払わせてからするならしましょうか」

その言葉に、島風は楽しげに笑う。

「いいぞ。いいぞ。連中に私らを敵に回したツケを払ってもらうとするか」

そして表情を引き締めると、島風は敵艦隊を睨みつける様に見据えた。

「いいかっ。このまま逃げると見せかけながら敵が速力を上げて追いすがろうとするところを一気に最大戦力で接近し、左側にそれつつ敵艦隊の側面に回り雷撃攻撃を行う。主砲は、牽制の砲撃を始めろ。精々煽ってやれ。もちろん、命中させても構わんぞ。周り全部が敵だからな。選り取り見取りだ。だから各砲塔の砲撃先は砲術長に任せる。各員の奮闘を期待する」

その言葉に、艦内が沸き立つ。

それは仕方ない事なのかもしれない。

島風は一隻だけ建造された特別な艦であり、他の駆逐艦の規格とは違う高速駆逐艦だ。

それ故に他の駆逐艦と行動する場合、島風本来のスペックが殺されることも多い。

その為、どうしても島風は単艦で運用されることが多いのだ。

そして、そうなると戦いが起こるとしても小競り合い程度となり、それは裏を返せば、大規模な海戦にはあまり参加しないという事でもある。

もっともそれは艦の性能を犠牲にしても参加しなければならないほど切羽詰まっていないという証でもあるためいいことではあるが、対象者の心境としてはそれはそれで複雑なのだ。

島風にしても、乗り込んでいる乗組員にしても戦いたい。

勝利し国に貢献したい。

その思いは軍艦である以上、とても強い。

だが、今、彼らは機会を得た。

確かに数は圧倒的に不利だが、それはかえって艦の性能の違いによるハンデとくらいに思えばいい。

俺らはやれる。

やってやる。

その強い意志が、島風の艦内に満ち満ちていた。

こうして、後の歴史で世界の流れを変える大きな分岐点の一つと称される戦い。

『ムバナール群島海戦』が始まろうとしていた。

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