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異世界艦隊日誌  作者: アシッド・レイン(酸性雨)
第二十七章 連邦崩壊

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『栄光の帰還(Возвращение славы)』

旧帝国宰相グリゴリー・エフィモヴィチ・ラチスールプ公爵の暗躍によって帝国の連邦に対しての反抗作戦が進められている頃、公国でも連邦に対しての作戦が進行していた。

一時は陸軍の暴走によってうけた被害によってあわや中止になりかけたものの、変更しより練られ直して進められていたのである。

そして、遂に作戦実行の目途が立ったのであった。

その作戦名は『栄光の帰還(Возвращение славы)』作戦。

公国の命運をかけた一大反抗作戦と言っていいだろう。

作戦の概要は、首都と最前線を繋ぐ海沿いの街道にあるランフェルンカ港を攻略し、最前線の敵軍を抑えつつ、首都に向かって侵攻していくという作戦である。

ランカフェルンカ港。

ここは、元々設備が古くなったのと船の大型化によって使い勝手の悪くなっていたリンシットン港の代わりの経済の要として新しく作られかけていた港であった。

しかし、内乱と連邦の設立という混戦によって港はほぼ完成されかけていたが、そのまま作業は進められずに放置されている。

その為、作業は中止し、使えるものは全て取り払われてそのまま野ざらしという有様になっていた。

もっとも、大型商船は減り、外国との取引がほとんどなくなってしまったのだ。

それ故に後回しにされても仕方ないと言える。

だが、施設はほぼ完成しており上陸作戦の拠点としては申し分ない存在であった。

だからこそ、前段階の作戦である『陽はまたのぼる(Солнце снова встает) 』 作戦では徹底的にこの地域を作戦から外して行われた。

また、連邦もあまりこの未完成の港と周辺地域を重要視しなかった。

その為、今やランカフェルンカ港は僅かな兵力が駐屯するのみで海上戦力は皆無という有様になっていた。。

もっとも、先のフソウ連合との戦いで、海上戦力があったとしても真っ先に引き抜かれてしまっていただろうが……。

そして、公国海軍のこの作戦参加艦艇は支援艦なども含めると実に百隻を超える。

帝国への抑止力として、大型戦艦シャルンホルストを中心としてフソウ製の峯型改駆逐艦三隻とある程度の艦艇は残っていたが、それ以外の動ける艦艇はほとんど参加していると言っていいだろう。

動員人員は海軍が中心ではあるが、上陸作戦時に投入される兵力は二万五千。

海軍が保有する陸上戦力のほぼ八割である。

そして、この作戦の旗艦であるビスマルクの艦橋には公国の代表者であり、軍の最高司令官であるノンナ・エザヴェータ・ショウメリアの姿があった。

その傍らには、公国防衛隊長官のビルスキーア・タラーソヴィチ・フョードルの姿はない。

彼は公国に残り、帝国の動向に備えていた。

「ふう。なんか久々よね……」

そう呟くと座っている指揮官席に視線を下ろす。

この席は本来はなかったものだが、召喚後、アデリナの命令で新しく取り付けられたものだ。

アデリナが皇帝の親戚という事もあり、かなり豪華なつくりではある。

その為か、先ほどから落ち着かない感じがする。

以前なら、私はこの席の側で立っていたのだ。

それが……今や……。

そんな思いに浸っていると、ビスマルクの艦長が声をかける。

「ノンナ様、どうかされましたか?」

その心配そうな声に、ノンナはそんなに思われるほど落ち着かない様子だったのかと思わず心の中で苦笑した。

いけませんね。

初めて参謀や補佐官としてではなく、指揮官として戦いに赴くのだ。

意識していないだけでかなり緊張しているのだろう。

以前はこんなことはなかったのだけどね……。

その原因は両肩にのしかかってくるずっしりとした重みであった。

重みの正体。

それは間違いなく、公国の未来と、一族の悲願だろう。

この戦いの勝敗によっては多くの公国の民の生活に影響を与える恐れが高く、また帝国の覇権を求めていた一族の積み重ねられた思い。

それらが圧力(プレッシャー)となっていた。

だが、すぐにノンナは思考を切り替える。

こんなでは駄目だと……。

アデリナに負けない。

彼女は、決して有利ではない最初の戦いでさえ鼻歌混じりで笑いながら行ったではないか。

そして勝利した。

それに対して、私はこれだけ有利な条件で戦おうとしている。

なのに不安がってどうする。

落ち着かないでどうする。

悔しいけどアデリナの神経の図太さを見習わなければ……。

そう考えると、ノンナは微笑んだ。

「いえ。大丈夫ですよ。ただ、あまりにもこの椅子は豪華すぎるから、私には合わないかと思ってね」

その言葉に、ビスマルク艦長は海の男らしい感じで豪快に笑う。

「いえいえ。よくお似合いですぞ。ですが、気になるようなら時間をみて椅子を変えればよろしいかと……」

そう言われてノンナは確かにと思う。

今後もビスマルクは公国の帰艦として自分が乗り込むことも多いのだ。

ならば薦められるように自分の好きな椅子に取り換えてしまおう。

「いいアイデアだわ。ある程度落ち着いたら、椅子を取り換えましょう。そうね、もっとあっさりしたものがいいわ」

「ノンナ様の美しさが際立つような……ですかな?」

そのわざとらしいおべっかに、艦長の心配りを感じてノンナは楽しげに笑う。

「そうね。それがいいわ。そうしましょう」

その二人の会話に、緊張した雰囲気に包まれていたビスマルクの艦橋内がほっとした雰囲気になった。

それはある意味、戦いの前のリラックスした準備運動といったところなのだろう。

そして、三日後の早朝、公国の大艦隊はランカフェルンカ港の沖合に姿を現す。

その日は、丁度帝国がジュンリョー港に向けて艦隊を出港させるその日であった。



まず行われたのは、港内にある駐屯軍への艦砲射撃だ。

油断しきっていた連邦の駐屯軍は、抵抗することもなく兵力のほとんどが兵舎などの施設と運命を共にすることになった。

なんせ、まさか海からとは思っていなかったらしく、見張りもほとんど海に注意を払っていなかった為、艦砲射撃の砲撃音で襲撃に気が付く有様であり、迎撃体制に移行することなく駐屯軍の関係施設はただ潰されていく。

そして、次は小型輸送船とボートによる港内への襲撃である。

一部の生き残った兵が抵抗はするものの、それはすでに焼け石に水の有様で形勢が逆転できるはずもなく、あっけないほど簡単に生き残った駐屯軍は武器を捨てて逃走した。

その為、ほとんど被害もなく公国軍は港を掌握。

そしてすぐに物資や兵力の港への陸揚げを開始した。

それに合わせ、港の周りに陣を構築。

敵の反撃に備えたのである。

しかし、連邦の動きは散漫であった。

その理由としては、港の近くに強力な戦力がなかった事、港近くの街道や街の警備に当たっていた部隊は、逃げてきた味方の報告に震えあがり後退を始めた事、そして何より報告が途中で大きく変わってしまい、首都に届く頃には全く違う内容に変わってしまっていた事。

これらの事が大きかった。

その結果、首都では大したことはないと判断されてしまったのである。

だが、そんな惚けた首都の連中と違い、危機感を持って動いたのは最前線の部隊だ。

「いかん。このままでは背後を突かれるうえに補給路が完全に断たれてしまうぞ」

部隊の指揮官であるムマンナ・パラスルト・リリカンベント中将はそう叫ぶとテーブルに拳を叩きつけた。

派手な音がしたものの、この組み立て式テーブルはその激しい衝撃に耐えている。

意外と丈夫だな……、あのテーブル。

リリカンベント中将と同じく慌て焦る人々の中、そんなことを思いつつ周りの様子を他人事のように見ている人物がいた。

ヴェネジクト・レオニードヴィチ・パーヴロヴナ大尉である。

彼は帝国がリッペラード港を襲撃してきた際、そのまま占領し後方から攻撃してくるのではと予想し、街道を警備していた自分の部隊を警戒させていたのだ。

しかし、帝国は占領するだけの戦力がなかったのか、それとも嫌がらせで済ますつもりだったのかは知らないが、ともかく艦砲射撃の砲撃のみで占領も後方からの襲撃も実施しなかった。

だが、近い将来、似たようなことが起こるとは予想していたのである。

その為、自分の部隊を使って警戒に当たっていたのだがまさか帝国ではなく公国が動くとは思っていなかった。

以前の戦いで手ひどい被害を受けた為、恐らくしばらくはにらみ合いが続くと思っていたのである。

「参ったなぁ……」

思わずそんな言葉か漏れる。

やっぱりプリチャフルニア様が失脚した時に、離職すべきだったか……。

そんなマイナス思考になっていた。

そんな落ち着いた様子が目に入ったのだろう。

リリカンベント中将の視線がパーヴロヴナ大尉に向けられる。

それはまるで救いを求めているかのような視線だった。

「大尉、どうしてそこまで落ち着いていられる?何か策でもあるのか?」

その噛みつくような問いに、パーヴロヴナ大尉は驚きつつも仕方ないといった感じで答える。

「いや、策とかはないです。ですが、まだ完全に補給路が絶たれたわけでもありません。上層部(うえ)の対応を見てからでもいいかなと……」

「しかし、それでは遅すぎるのではないのか?」

「確かにそう思われるでしょう。ですが、今すぐ動いたとしても、恐らく敵はしっかりと守りを固めているはずです。それに我々の目の前には、公国だけでなく帝国もいるという事をお忘れなきよう」

「つまり、後ろを見せれば、それらが襲い掛かってくると?」

「ええ。可能性は高いですね。それに今の我々は二方面作戦は出来ません。だからこそ、前回後退したではあれませんか」

そう言われてリリカンベント中将の表情が苦虫を潰したような苦み切ったようなものになった。

確かにその通りなのだ。

だが、退路を断たれるという恐怖は、やはり大きいのだろう。

「なら、我々はどうすればいいのだ?」

そう聞いてくる。

その問いに、パーヴロヴナ大尉は淡々と答える。

「まずは連動して動く恐れがある公国の前線の警戒と、ランカフェルンカ港周辺の情報収集と防衛ラインの構築。それとかき集められるだけの物資の確保といったところでしょうか」

「確かに……」

頷きつつそう言うリリカンベント中将。

その中将の顔を見つつパーヴロヴナ大尉は言葉を続ける。

「それと、上層部(うえ)の動きにもよりますが……」

そう前置きをした後、あっけらかんと言葉を続けた。

「いざとなったら降伏するぐらいの事は考えておいてください」

その言葉に、さっきまで騒がしかったはずの司令本部の中は、息をするのを忘れたかのように皆の動きは止まり、物音しないほど静まり返ってしまったのだった。

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