『第三十二掃海作戦』
機雷除去を決定したフソウ連合海軍の動きは速かった。
元々、第二次シマト諸島攻防戦で使用した機雷の処理などを行ってきており、準備は万全であったから命令があればすぐ動けたのも大きかった。
その日のうちに、機雷処理の部隊は命令を受け、現地調査の為に出港したのである。
まず先遣隊として、第十一警戒隊の水上機母艦日進と第九護衛隊の駆逐艦若竹、呉竹の三隻が出港。
二日後には現地に到着し調査を開始した。
また警戒されていた連邦の妨害はなく、ジュンリョー港の反応もない。
情報では、物資はほとんど運び出され、多くの人々は離れたという。
それはそうだろう。
港としての機能を失った港に留まる必要性はないし、何より仕事がなくなってしまったのだ。
働かねば食っていけない。
そう考えれば、ある意味ゴーストタウンのようになってしまっているのは仕方ない事なのかもしれない。
そんなジュンリョー港の遥か沖合、機雷原の外では、派遣された艦隊が停泊していた。
今回、日進には、艦内の特殊潜航艇甲標的を搭載する格納庫部分には三隻の木造船が積まれており、それで調査を行っていたのだ。
「思ったより数があるな……」
日進の付喪神は報告を聞き少し考えこむ。
その言葉に、掃海班の責任者である利部大尉はカラカラと笑った。
「それは仕方ないでしょう。確か、あの作戦では千五百の機雷を使ったと聞いています」
「すごい数だ。普通にやるなら何年もかかるな」
「しかし、時間がありませんし、全部という話ではないので、航路に当たる部分を行い、残りは残すという形にしてはどうかと」
「ああ。上層部からもそう言われている。航路以外は残しておけってな」
その言葉に、利部大尉は苦笑した。
「政治的判断というやつですか……」
その言葉と表情に日進も苦笑する。
「そう言うな。恐らくだが、約束を反故にされない為の牽制だろうな。まだ機雷は残っている。だが、連中には処理は難しいだろうからな」
「確かに……。磁気機雷なんて連中処理できないでしょうからね」
磁気機雷。
正確に言うと磁気感応機雷であり、艦艇の磁気により乱れた地磁気に感応する。
それに対して、この世界は触発機雷のみしかない。
だからこそでた発言だろう。
「それでどうするつもりだ?」
日進が少し考えこむように聞いてくる。
その言葉に、利部大尉は少し難しそうな顔をした後、口を開いた。
「恐らく長官も同じ考えでしょうが、コンクリート船と防潜網を使い、必要な分の機雷を撤去が一番早く確実かと……。それと防潜網を設置して海流の流れに対して機雷が流れないようにするぐらいですね」
「確か、一部の所には防潜網は設置済みって話だが……」
「ええ。運悪く別の海流に流れてフソウ連合まで来たら大変ですからね。その為の対策らしいです。おかげで、追加の防潜網の範囲はそれほど広くなくて助かりますが……
「やっぱり先の事を考えていろいろやっておくべきだな。その時は無駄のように思っても……な。それはそうと除去する分の機雷の処理はどう聞いている?」
「派手に見せつけるかのように爆発処理していいそうです」
日進の顔がニタリと笑った。
「そりゃ気前がいいな。派手で」
「もったいない気がしますがね。恐らく少なくとも数百は処分するんですから……」
「それでも千以上の機雷が残っていて、防潜網を解除すれば再び港の封鎖に使える。それに先方がどうしても機雷を完全に撤去してほしいというのなら、それはそれで条件として交渉カードにもなる。なかなか考えているな……」
日進が感心したようにそう言うと、利部大尉は顔を顰める。
「私は、そう言った駆け引きとかはあまり好きではないですね」
その言葉に、日進はケタケタと笑う。
「お前さんは、どっちかというと技術屋って感じだからな。政治家にでもなりたいなら問題だが、技術屋には駆け引きは必要ない。そんなのは信頼できる奴に任せて、お前さんが出来る最高の仕事をやればいいんじゃないのか?」
「そうですね。私は上層部を信頼してやるだけですね」
「そう言うこった。よろしく頼むぞ」
「こちらこそ」
そしてすぐに報告と作戦見積もりが本部へと送られる。
それを受け、事前にある程度準備がすんでいた事もあり鍋島長官はその日のうちに後発部隊を派遣した。
主力は、第三警戒隊 水上機母艦 瑞穂と十九型哨戒艇4隻、それに第七護衛隊 駆逐艦 栗、菊と第八護衛隊 駆逐艦 柿 椎。
後は、作戦の中核となる大型、中型のコンクリート船、二十八隻と補給のために随伴する第五補給隊 特設給油艦 日本丸、東邦丸と第二輸送隊 輸送艦 笹子丸 佐倉丸。
合計四十一隻の大艦隊となっていた。
その艦隊と合流した時、利部大尉は驚くしかなかった。
作戦見積もりよりも遥かに大規模な増援が送られたためである。
「まさかこんな大規模になるとはな……」
思わず出た言葉に、日進が楽しげに笑って言う。
「長官は結構用心深い人みたいだからな。念には念をってことだろう。それに、それだけ今回の事は力を入れているという事だろうし、フソウ連合の底力を見せつける機会でもあるからな」
「まぁ、どういった理由があるかはわからないが、現場としては助かるの一言だよ。おかげで期間もかなり短縮できそうだ」
「そりゃよかった。ただ表で戦うだけが力じゃねぇってところを見せつけてやろうぜ」
その日進の言葉に、利部大尉は強く頷いたのであった。
そして帝国との交渉を行って一週間後、作戦は実行された。
『第三十二掃海作戦』
そう正式報告書には書かれていたが、現場では防潜網を使った漁のようであることから、不必要な機雷を集める作戦を『まき網』作戦、機雷の流れを押さえる防潜網設置を『刺網』作戦と呼称していた。
多分、それを聞いたら鍋島長官は苦笑いつつ、僕も作戦名つけるセンスがないけど、それはそれでどうかなと言っただろう。
もっとも、現場の人間にとっては、自分らが判ればいいんですよと返答しそうではあるが……。
ともかく、こうして作戦は始まった。
まず最初に『刺網』作戦が行われ、機雷の動きを限定させる。
コンクリート船が刺網漁のごとく防潜網を設置していく。
潮の流れがある為、時間との戦いだ。
時間内に終わらなければ、機雷は潮の流れで大きく動く。
そうなれば包囲が完了する前に指定範囲以外に出てしまう恐れがある為だ。
次々と防潜網が設置され、なんとか時間内に設置が完了した。
まずは第一段階成功である。
早朝から始めたものの時間はもう昼に差し掛かろうとする時間帯になっており、一旦昼食の休憩を取り、本作戦の最も危険な『まき網』作戦が始まった。
まず、先行して隻の木造船が当たるか当たらないかぐらいの距離で横に並んで進む。
もちろん、防潜網を付けてだ。
そしてある程度の間隔を置いて、木造船が二隻続く。
先行する船との間には防潜網が広げられており、機雷原にすーっと線を入れていく感じだ。
そしてその後ろにも木造船が続き、六隻の木造船によって機雷源を二つに分ける様な感じになった。
「よしっ。うまくいったな」
双眼鏡で確認していた利部大尉がほっとしたような息を吐き出してそう呟く。
かなり緊張していたのがその言葉と力の抜き具合でわかる。
「だが、これからだぞ」
「ああわかっている」
日進の言葉に、そう返事をすると利部大尉は第二段階へ移る命令を下した。
ゆっくりと六隻の木造船が向きを変える。右側の三隻は右を向き、左側の三隻は左を向く。
そしてゆっくりと前進する。
それは機雷原を防潜網で包み込むかのようであった。
そして左右に開いた間にコンクリート船が入り込む。
勿論、こっちも防潜網を張っている。
じわじわと左右に分かれていく木造船。
その開いた間をコンクリート船もじわじわと進む。
緊張した空気が辺りを重く包み込む。
些細なミス一つで、すべてがご破算に流れる恐れが高い上に、命の危険がある為だ。
すーっと利部大尉の額に汗がにじむ。
まだ二月というのに……。
ともかくじりじりではあるが作戦はうまくいきつつあった。
問題なくコンクリート船も機雷原を突破すると向きを変えて木造船の後を追うように広がり始める。
こうして港への進む航路が出来上がっていく。
後はある程度の港へ進む航路の広さを確保した後は、木造船とコンクリート船の防潜網を固定する。
固定と言ってもブイと重しによるものであり、完全な固定ではない。
その為に、念のために二重に防潜網を行ったのである。
なお、一部の重しには、コンクリート船が使われる予定だ。
元々材料がコンクリートという事もあり、重しとしても最適であるためだ。
実際、フソウ連合では、港建設の際は物資を輸送し、輸送後は沈められて港の基礎として使われることも多いのである。
後は、余分な分と防潜網外の機雷を、防潜網で集めて爆破処理するだけだ。
よし。最終段階だな。
利部大尉がそう思った時だった。
警戒の為に哨戒に当たっていた零式水上偵察機から無線で報告が入る。
北部の海域から接近する艦隊あり。その規模は、水雷艇八隻とその他の小型艦二隻の計十隻。
進路から、我が艦隊に向かってきているというのだ。
「あと少しで終わるというのに……」
利部大尉はそう呟くが、すぐに味方から無線が届く。
第七護衛隊の駆逐艦 栗からだ。
『我ら、第七、第八護衛隊が先行し敵に当たる。突破してきたものに対しては第九護衛隊に任す』
護衛が任務とはいえ、じっと待っておくだけというのも辛いのだろう。
嬉々とした反応だ。
思わず、先を越されて悔しがる第九護衛隊の面々が脳裏に浮かぶ。
思わず笑いが込み上げてきたがぐっとそれを飲み込み、利部大尉は返信を送らせる。
『貴艦の判断が最適だと思う。接近する敵は任せる。後、三時間時間を稼いでくれ』
だが、その返信に抗議がきた。
『どうせなら敵を殲滅せよと命令をくれ』と……。
ついに我慢できずに、利部大尉は噴出した。
日進も苦笑を浮かべている。
通信兵も苦笑を浮かべて聞いてくる。
「どうしましょうか?」
「わかった。『敵を殲滅せよ』と伝えてくれ。ただし、被害は最小限にと釘を刺してな」
利部大尉はそう言うと落ち着く為か、何度も息を吸ったり吐いたりしている。
そして作戦続行を指示した。
三時間後……。
その日の夕方には作戦は終了し、ジュンリョー港を海上封鎖していた機雷原の一部除去と航路の確保が出来た。
それはジュンリョー港が港として息を吹き返したという事でもある。
損害もほとんどなく、作戦は完璧に終了したと言っていいだろう。
また、迎撃に向かった駆逐艦四隻は軽傷もなく敵の魚雷艇を殲滅し、バックアップに回って出番のなかった第九護衛隊を歯ぎしりさせたという。
こうしてやり切ったという達成感に包まれ、艦隊は帰途に向かう。
もっとも一部には不満が残った者達もいたようだが……。
作戦完了の報はフソウ連合海軍本部へと送られ、すぐに帝国へと伝えられた。
そして、帝国の上層部にその報告が入ったのは、機雷除去を受け入れるという報告から、実に三日後であった。
これは、最初の報告がきちんと報告書と契約書で一週間ほどかけて届けられたのに対して、機雷解除の報は無線で緊急に伝えられたためのタイムラグのせいである。
しかし、それはわかってはいても、帝国の面々にとってまさに有言即実行のこのフソウ連合の動きにただただ驚嘆するしかなかった。
それと同時に、『フソウ連合恐るべし』という認識が胸の中に刻まれたのであった。
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