ナベハラ支港での会談
ナベハラ支港は元々旧帝国からの難民を乗せた船を一時的に停泊させるために作られた港だ。
その為、港は大きく三つに分けられている。
軍の関係が使う部分と民間船が使う部分、それと難民船などを停泊させる隔離に。
そして、敷地内や建物も同じように三つに分けられていた。
もっとも大きな敷地と建物があるのは難民関係のものである。
大体、小型船でも無理やりぎゅうぎゅうに乗り込んでいるのだ。
ある程度の規模の船になるととんでもない人数になってしまう以上、ある程度の敷地と建物が必要になる。
その結果、どうしてもそうなってしまうのだ。
そして、帝国から来た船は、難民対応の港に停泊していた。
「警戒されているようですね」
船橋から見える港の各所には兵が厳重に警備に当たっており、その雰囲気は歓迎という感じからほど遠い。
到着してからずっとであり、船長としてはそんな様子が面白くないと思っているのだろう。
そんな船長の愚痴に、ヤロスラーフ・ベントン・ランハンドーフは苦笑する。
彼にしてみれば、ある程度、相手を刺激させるつもりでこっちから警戒させるようなことをしでかしたのだから、こうなることは予想済みであった。
だが、それを知っている者は皆無だったから、何も知らない船長がそう愚痴りたくなるのは納得できる。
もっとも、理由を説明するつもりはないので適当に相槌を打つだけだ。
「まぁ、仕方ないよ。ほんの少し前までは戦争していたんだ」
「本当にそれだけですかね?」
変に勘の鋭いことを言う船長に、どう言って誤魔化そうかと思った時だった。
船員の一人が船橋に駆け込んでくる。
「フソウ連合から連絡が入りました。会談するそうです」
「そうか。ありがとう」
ヤロスラーフはそう答えると船長に笑いかける。
「まぁ、もう少しの辛抱だ。我慢してくれ」
「そりゃ、ヤロスラーフ様がそう言うのなら我慢はしますよ。でも……」
まだ愚痴足りないといった感じの船長を笑って誤魔化すとヤロスラーフは手を振って船橋から離れる。
会談の準備をするために。
ナベハラ支港の軍管轄区にある一際大きな建物。
そこの奥の会議室はかなりの広さがあるものの、中央に細長いテーブルとテーブルをはさんで椅子が三脚ずつ、そして壁や四隅に絵や花の入った花瓶が飾ってはあるもの実に華やかさに欠けていた。
その部屋には、六人の人物がいる。
鍋島長官に、彼の秘書官の東郷大尉、それと三島晴海、そして外交部補佐官の中田中佐、後の二人は護衛である。
護衛の二人は軍服は来ているものの、階級章の一部に少し一般のものとは違う加工がされていることから、ある程度軍に詳しいものが見ればこの二人は魔術師であることが判る。
「間もなく到着するとのことです」
ドアの外で待機している警備の兵からの伝言を受け、東郷大尉がテーブルに座っている三人、鍋島長官、三島晴海、中田中佐に報告する。
「警備の方は問題ないかしら?」
そう聞いてきたのは、三島晴海だ。
今回の件は魔術が絡んでいることもあり、彼女がかなり色々手配をしている。
護衛の二人に関しても、選んだのは三島晴海だ。
二人とも、魔術、それも防御や妨害、感知にかけてはかなりの腕っこきらしい。
そう言えば、川見大佐の副官も魔術師だったな……。
そんなことを思い出したのだろう。
鍋島長官が、三島晴海に聞く。
「そう言えば、川見大佐の副官も魔術師だったかな?」
「はい。小百合は魔術の解除や感知に秀でた一族の出で、かなりの腕利きです。恐らく、その分野に関しては一、二を争うぐらいの実力者ですよ」
そう言った後、三島晴海は護衛の二人の方を見る。
「もちろん、この二人もかなりの腕利きです。ご心配なく」
恐らく心配して聞いてきたと思われたのだろう。
まさかふと思い出したから聞いてみたとは言えない雰囲気に、「ああ、わかった。今日は頼むぞ」と言うくらいしか思いつかなかった。
しかし、東郷大尉や中田中佐もだが、三島晴海の雰囲気が普段と違いすぎている。
普段ののほほーんとした感じは一切なく、緊張で表情は固い。
相手はかなり強力な魔術師という事だから仕方ないのだろうが、自分とは緊張のレベルが違いすぎているなと感じていた。
まぁ、呪術や魔術といった力が普通にこの世界にはあるのだから、この世界の人間としてはその危険度もわかっている分、そうなってしまうのだろう。
確かに魔法の力が働いている現場は見た事はあるし、存在もしっかり認識しているつもりだ。
たが、命の危機に関わるようなものは関わったことはないし、前回の災厄の魔女の時だって報告を受けただけだ。
やはり、何事も実際に経験しなきゃダメって事だな。
『百聞は一見に如かず』といったところか……。
もっとも、この場合は、見るのではなく、経験するという事なのだが、似たような感じだろう。
だから、もう少し緊張しておいた方がいいのかなとか鍋島長官が思っているとドアが叩かれ、廊下から声がかけられる。
「只今お客様が来られました」
客は客でも、厄介な部類のお客様だろうけどね。
それでもお客様には違いないか……。
そんなことを思いつつ三島晴海の方を見ると、彼女は目が合った瞬間強く頷く。
それを確認した後、視線をドアの方に立つ東郷大尉に向けると鍋島長官は立ち上がって口を開いた。
「お通ししてくれ」
鍋島長官に合わせるかのように中田中佐と三島晴海も向かい入れる為に立ち上がる。
そしてドアが開かれると案内してきた兵と一緒に一人の人物が立っていた。
細い目に整えられた銀色の髪を後ろにオールバックのように流しており、着ている服装も相まって第一印象はどこかの名家の執事といった感じだ。
年は五十前後といったところだろうか。
そんな男性がにこやかに微笑んでいる。
「ようこそ、フソウ連合へ」
鍋島長官が微笑みつつそう言うと、男性は頭を下げて部屋に足を踏み入れる。
その瞬間だった。
一瞬だが、男性の眉間に深い皺が刻まれた。
だが、それは直ぐに消え去り、何事もなかったかのように中央のテーブルへと近づいてくる。
鍋島長官がちらりと三島晴海に視線を向けると、彼女はただ黙って男性をじっと見ているだけだ。
だが、その視線は男性を見ているはずなのに、まるで人ではなく別のものを見ているようだ。
不穏な雰囲気が辺りを満たし始めるが、それでも男性は歩き、そして再び頭を下げた。
「今回は急であり、無理をお願いして申し訳ありません」
その言葉に、鍋島長官は微笑みつつ答える。
「いえいえ、帝国とはもう講和を結んでおります。お気になさらずに」
そう言って互いに手を出して握手をすると自己紹介をする。
「ご丁寧なあいさつありがとうございます。私、元帝国宰相グリゴリー・エフィモヴィチ・ラチスールプ公爵の執事であり、代理でもあるヤロスラーフ・ベントン・ランハンドーフでございます」
その自己紹介を受け、鍋島長官が自己紹介をしようとした時だった。
それまで黙っていた三島晴海が横からぼそりと口をはさむ。
「そこまでにしたら?しかし、まさか、禁呪を使っているなんてね……」
三島晴海は蔑んだ目線で相手を見つつそう言う。
その声は呆れ返ったものであった。
ヤロスラーフの眉がピクリと動くが、すぐにニタリと笑う。
そして表情が同じ人物かというくらい変化する。
「さすがは、東方の魔女の血族よ。禁呪とすぐにわかるとは……」
その声は年老いた男の声だった。
「それがどうしたというのかしら。それよりもいい加減姿を現しなさい」
三島晴海のその声に合わせる様に部屋の隅に置かれている小物や飾り、絵が光を発する。
正確に言うと、それ自体ではなく、その下に記されている印や札によるものだ。
するとヤロスラーフの身体から白い靄がスーッと浮き上がり別れ、ヤロスラーフの表情が元に戻る。
そして、白い靄が形を作り出していき、それは一人の老人の姿になった。
「どういうことだ?」
唖然としたまま思わず鍋島長官が聞き返す。
その問いに、相手を睨みつつ三島晴海が答える。
「恐らくですが、死後、霊体を他人に憑依させる類の術式だと思われます。憑依された者は、自分と憑依された霊体の二人分の生命力を失う事になり早死にすることになりますし、人格なども影響を受ける為、フソウ連合では禁呪として封印されています」
その三島晴海の説明に老人はカラカラと楽しげに笑う。
「実に素晴らしい。帝国と違い、かなりきちんと魔術に関しての記録が残っているのだな……」
そう言った後、老人は三人の前で優雅に挨拶をした。
「私こそが、旧帝国宰相グリゴリー・エフィモヴィチ・ラチスールプ公爵だ。以後よろしく」
そのいきなりの出来事に鍋島長官は唖然としてしまっていたが、その挨拶に我に返ったのか何か言いかけた後、すーっと深呼吸をすると気を静めて穏やかに名乗った。
「僕はフソウ連合海軍長官であり、外交部代表も務めている鍋島貞道です。ですが、立ち話もなんなので、まずは座ってお話ししましょう」
「長官っ」
三島晴海が抗議の声を上げようとするが、それをまぁまぁといった感じのジェスチャーをして抑えた後、鍋島長官は口を開く。
「結界は機能しているんだろう?なら心配ないよ」
「ですが……」
「僕は、君達を信じているし……」
そしてニコニコと笑って老人の方に視線を向けると言葉を続けた。
「死んでもやりたいことがある。だから禁呪を使ってでも僕に会いに来た。なら話くらい聞いてもいいじゃないかと思うんだけどね」
そのあっけらかんとした様子と言葉に、ラチスールプ公爵と名乗った白い靄の老人は一瞬きょとんとしたものの、ますます楽しげに笑った。
「なかなか面白い男のようだ。気に入ったぞ」
その態度と言葉に三島晴海は何か文句を言おうとしたが、鍋島長官が彼女の前に立ち口を開いた。
「気に入ってもらって光栄です」
そしてニヤリと笑うとまずは自分からというつもりなのだろう。
お先にといった感じのジェスチャーをして椅子に座る。
その堂々とした行動に、三島晴海は渋々といった感じで従い、やっと我に返った中田中佐が隣の席に座った。
部屋の入り口には、警備の魔術師が二人並び、当然のように鍋島長官の後方に東郷大尉が控える。
ヤロスラーフが椅子を引き、そこにラチスールプ公爵が座ると隣にヤロスラーフも座った。
こうして、霊体と人という奇妙な会談が始まったのである。
なお、この会談は、公式では、混乱を防ぐためと禁呪使用を隠すためにラチスールプ公爵の名前は伏せられ、会談相手はヤロスラーフのみとなって記載されることとなったのであった。
いつも誤字脱字のチェックをして下さる方々、本当にありがとうございます。
感謝、感謝です。




