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異世界艦隊日誌  作者: アシッド・レイン(酸性雨)
第二十七章 連邦崩壊

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フォーミリアン攻防戦の報告

いつも誤字脱字報告下さる皆様へ。

すごく助かっています。

ありがとうございます。



「実に素晴らしい戦果だ。これならば上層部(うえ)も撤退の事でいろいろ言われないだろう」

戦いの報告を聞き、リリカンベント中将を始め、戦線司令部の関係者はほっとするのと同時に歓声を上げた。

確かにフォーミリアンという地を失ったものの、自軍にはほとんど被害がなく、ここまで一方的な損害を与えての勝利など今までなかった。

特ににらみ合いに入ってからの戦いは、勝利という名の自軍ばかり被害の多い戦いの連続であり、今まで精神的勝利のみであった事を考えれば、関係者が喜ぶのは当たり前と言えた。

それに、なにより補給が苦しくなっての撤退の直後の大勝利となれは無理もない事だった。

苦労した分、成功した時の喜びは倍増するのだから……。

だが、そんな中、浮かない顔の男がいた。

今回の作戦立案を行い、この戦いの勝利に間違いなく貢献した人物、パーヴロヴナ大尉であり、司令部の仮設テントの隅で喜ぶ人々を見つつ渋い表情を浮かべている。

彼にしてみれば、今回の戦いはそこそこの勝利でよかったのだ。

ここまで圧倒的な勝利は望んでいなかった。

味方の圧倒的な勝利は、裏を返せば相手の圧倒的で屈辱的な敗北を意味している。

何を当たり前のことを、と思うかもしれない。

しかし、人は目の前の利益に目を奪われ、根本的なことを見落とす。

それに、人は感情の生き物、それもとてつもなく強い感情に左右される生き物である。

そんな人という生き物が他者のせいでとてつもなく強い負の感情を持ったとしょう。

うまくいかなかったのは、自分の責任だと思うものはどれだけいるだろうか。

ほとんどの者は、他者や別の理由を探してそれのせいにするだろう。

それだけでなく、心の中で憎しみを生み出して恨むだろう。

それは負の感情が強ければ、強いほどそれに比例するかのように大きく強くなっていく。

つまり、今回の戦いの圧倒的勝利は、今後の戦いで公国と連邦に強い怨嗟の連鎖を生み出すのではないかと……。

元々は同じ民族であり、仲間なのだ。

それが主義主張で憎しみあうのは愚の骨頂ではないか。

パーヴロヴナ大尉はそれを心配していた。

それに、パーヴロヴナ大尉にとって今や連邦は忠義を示す価値がなくなってしまっているのも大きい。

彼にとってプリチャフルニア・ストランドフ・リターデンがいたからこそ、糞みたいな連中が幅を利かせていても我慢が出来ていたのだ。

それなのに、今やプリチャフルニアは失脚し、彼の仲間や知り合い、親しい者達は姿を消した。

逃げそこなった……。

そんな思いがあったものの、さすがに無責任に最前線では辞めると言ってすぐ辞められるわけがなかった。

それに、部下や最前線での上司は恵まれていたのも大きかった。

情が生まれるほどに……。

だからこうなってしまった。

こんなことをしてしまった。

自然とため息が漏れる。

だが、すぐにパーヴロヴナ大尉の表情に自虐的な苦笑が浮かんだ。

何を他人のせいにしているんだと……。

こうなったのは自分の選択のせいだと。

そして天井を見上げる。

やはり、自分は軍人には向いていないのかもしれない。

以前からそんな気持ちが生まれていた。

だが、無責任に逃げ出すわけにはいかないか……。

そこまで考えた後、苦笑を浮かべたままパーヴロヴナ大尉は戦線司令部の関係者が集まっている野営テントから離れる。

自分のような不機嫌そうな顔を浮かべていては、他者が気にするだろう……。

そんなつもりであったが、離れて少し思考する。

もしかしたら、それを言い訳にただあの場を逃げだしたかっただけかもしれないなと気がつき、困ったような顔で天を見上げた。

周りはすでに夜の帳が落ち、辺りは真っ暗となっている。

野営の明かりや月や星の明かりが辺りを照らす。

そんな中、一人夜空を見上げ続ける。

ほんの数時間前までは曇っていたというのに、今や雲一つない空が広がっていた。

そして、その中で一際輝くのは月だ。

その圧倒的な光と闇が作り上げる美に感動してしまったのだろう。

月明かりが振り注ぐ中、思わず言葉が出た。

「ああ、なんて奇麗な月だ……」

そして、自分のちっぽけさに失笑が漏れる。

「まぁ、なる様にしかならないか……」

それは、諦めでも、開き直りでもない、どちらかと言うと前向きな意思が感じられる言葉であった。



フォーミリアン攻防戦が行われたその日の午後、公国の代表であるノンナ・エザヴェータ・ショウメリアは会談の最中であった。

相手はリットーミン商会のポランド・リットーミンである。

彼とは、商談だけでなく、フソウ連合との繋ぎの役割を果たしており、実際にあれ以降はフソウ連合は直接の取引を行わずにすべてはリットーミン商会を通してという形に変化していた。

それは、あくまでも表向きはフソウ連合は中立であるという形に持っていきたかったという事と、それと同時に無償の援助は行わないといった意思表示でもある。

また、不足しがちな物資を外から手に入れる為には、ある程度の規模を持ち多くの国に手配の利く商会が必要であった。

だから、公国としては、リットーミン商会をないがしろにするわけにはいかなかった。

ある意味、現時点では、国家主席と同程度の重要な取引相手といったところだろうか。

もっとも、リットーミン商会を優遇するのはそれだけではない。

最初の取引以降、意気投合と言えばいいだろうか。

代表であるポランドとノンナはお互いに満足できる商談が出来ており、いい関係を築きつつあった。

「これはなかなかいい茶葉ですね」

今回、ポランド側が飲んで欲しいと用意した紅茶の香りを楽しんだ後、一口口に含みノンナは微笑んだ。

どちらかと言うと抑え気味で控えめではあるが落ち着いた感じの香りと自己主張は強くないものの、すーっと飲めるような感覚の味は悪くないと思っている。

今までに飲んだことのないタイプの茶葉だ。

その言葉に、ポランドは嬉しそうに笑う。

「実は、この茶葉はフソウ連合のものなのですよ」

その言葉にノンナは少し驚いた表情になった。

「そう……」

じーっと湯気を立てる紅茶に視線を向けるノンナ。

そんなノンナを見つつ、ポランドは言葉を続ける。

「気に入りましたか?」

そう問われ、ノンナは視線をポランドに向けた。

「ええ。すごく。しかし、あの国は工業だけではないのですね」

「ええ。独特の文化を持っているようです」

そう言った後、ポランドが楽し気に聞き返す。

「あの国に、興味がありますか?」

その問いに、ノンナはクスクスと笑いつつ言い返す。

「当たり前ですわ。あれほどの工業力や独特の文化、実に興味深いです」

そこまで言った後、ノンナが苦笑を浮かべた。

「もっとも、今は国内の統一が終わらないとどうしょうもありませんけどね」

その言葉には、責任という名の重みが感じられた。

彼女にとっては旧帝国領の統一は一族の長年の悲願であり、今までの人生全てを捧げてきた目標でもある。

その重さはとんでもないものだろう。

だから、それを感じたポランドは笑いつつ言う。

「では、統一した暁にフソウ連合を訪問すればいいのではありませんか?」

その言葉に、ノンナは一瞬きょとんとした顔をしたが、すぐに微笑む。

彼は、彼女に自分へのご褒美を用意してはと提案してきたのだ。

そこには、ポランドのノンナに対しての優しさがあった。

それを感じ、ノンナはうれしくなってくすくすと笑った後、口を開いた。

「なら、その時は、ポランド様もご一緒にいかがですか?確か、ポランド様もフソウ連合本国にはまだ行った事はないと聞いておりますし……」

「そうですね。それはいいかもしれません」

楽しげに笑いつつそう言うポランド。

「では、約束ですよ。統一した暁には、二人でフソウ連合を訪問し観光しましょう」

何気ない約束。

契約とかではなく、ただの口約束。

だが、それはとても心がほっとするものであった。

こんな時間が続けはいい。

そんなことを二人はそれぞれ考えていた。

だが、そんな時間は直ぐに壊される。

「対談中、失礼します」

そう言って入ってきたのは、ノンナ直属の情報統制機関の部下であった。

その慌てた様子と真っ青な顔色がただならぬことが起きたという事を示している。

笑顔をしまい込み、普段の無表情になるとノンナは立ち上がると「少しすみません」と言ってポランドに頭を下げて入り口に向かう。

部下もポランドの方に頭を下げた後、ノンナにも頭を下げて持っていたボードを差し出した。

それをちらりと見て血相を変えるノンナ。

そして、笑顔を浮かべるとポランドに深々と頭を下げた。

「申し訳ございません。どうやら急ぎ対処しなければならない問題が起こったようです」

「いえ。緊急でしたら仕方ないですよ」

そう言った後、ポランドはテーブルに残った資料を片付けつつ言葉を続けた。

「では、大きな変更はなく、これまで通りでよろしいですよね?」

「はい。よろしくお願いいたします。後、何か問題がありましたら、また連絡をいただければ……」

「はい。わかりました。また連絡いたします」

その返事にノンナは微笑む。

その笑みは少し寂しそうで残念そうな表情が見え隠れしていたが、すぐにいつもの無表情の仮面をつけるとポランドに別れの挨拶を済ませて慌てて退室していった。

その様子を残念そうに見送ったポランドではあったが、すぐに思考を切り替える。

彼女にとって今回の対談は、自惚れではなく色んな意味でとても重要だったはずだ。

外貨の獲得の為、物資の輸出入の為、そして今後の公国の工業や造船の中核となる高性能工作機械入手の為。

そして、恐らく最も公国に支援をしてくれるであろうフソウ連合との繋がりの為に……。

少しは個人的な理由も欲しいかなと思ったものの、それは心の奥にしまい込む。

仕事とは関係ないのだから……。

ともかく、下手に対応をして失うには大きすぎるものばかりだ。

つまり最重要案件という事になる。

なのに、それを打ち切ってまで対応しなければならない事、それほど重要な事……。

まず頭に浮かんだのは、公国内での反乱だ。

しかし、それは直ぐに否定する。

旧帝国領で一番治安も経済も安定しているのは公国であり、それに不満なものはほとんどいない。

それは、旧帝国時代があまりにも酷かった為であり、連邦の政治の悲惨さなども伝わっている以上、少々の不満など我慢できるレベルだろう。

新・帝国もかなり頑張っているようだが、公国ほどではないらしい。

まぁ、元々スタートとなる時点で大きな差が生まれていたのだから、それを簡単には覆せまい。

それでも聞こえてくる評判はかなりいい。

やはり、新しく皇帝となった人物のカリスマ性が大きいのだろう。

ノンナ様も負けてはいないとは言いたいものの、やはりその点だけは難しい様子だ。

もっとも、部下の忠誠度も高いし、国民も概ね満足している現状では、公国で反乱はまず起こるはずがないのだ。

では、他に理由として思いついたのは、軍の敗北といったところだろうか。

だが、公国は強大な海軍力を持っている。

その戦力は、恐らく連邦の全戦力をかき集めたとしても勝ち目はない。

新帝国もかなりの戦力を持つとはいえ、恐らく勝てる要素は限りなく低い。

そんな海軍が負けるとは考えられない。

ならば、陸軍はどうだ?

しかし、公国の国境の防備の硬さや戦力の練度の高さはかなりのものであり、こちらも突破されるとは考えられない。

では、何が原因か……。

そこまで考えこんだ後、手が止まっていることに気がついた。

いかん。いかん。

ついつい考え込んでしまったようだ。

恐らく、楽しみにしていた彼女との対談が中途半端になってしまい、イライラをぶつける先を探していたのかもしれないな。

そう自己判断すると書類をカバンの中にしまい込み立ち上がる。

よく見るとまだカップには紅茶が残っていた。

それを立ったまま一気に飲む。

それはもう冷え切っており、どれだけ手が止まっていたかを示す様でもあった。



別室に移ったノンナはイライラした感情を隠そうともせずに部下に聞き返す。

「それで、被害は?」

普段の彼女からは考えられないほどのイラつきふりに部下は一瞬躊躇しかけるが、それがますます彼女をイラつかせていると気が付いて慌てて口を開いた。

「現時点でわかっている分だけですが、行方不明者及び死者は五千、重軽傷者は百程度だという事です」

「確定ではないのね?」

「はっ。恐らくそれよりは増えるかと思われます」

その報告に、ノンナはきっと下唇をかむ。

そして聞き返す。

「確か挑発は行うように指示はしたけど、侵攻は許可していなかったわよね、私は……」

「は、はっ、その通りです」

部下が必死になって首を縦に振る。

ノンナの剣幕に圧されたと言ってもいいだろう。

今の彼女なら、恐らく人を呪い殺せるのではないだろうか。

美人が怒ると怖いとはよく言ったものだ。

そんな剣幕に圧されつつも、部下が言葉を続ける。

「ですが、どうやら敵が戦線を後退するために撤退するという情報を入手したらしく、現場が勝手に判断したようなのです」

その言葉に、ノンナが近くにあった椅子を蹴り上げた。

豪華な椅子ではあったが、木製だったこともあり、簡単に派手な音を立ててひっくり返った。

その音に部下がピクリと身を潜める。

「ふざけてるのっ、現場はっ!!」

どうやらそれらの情報は上層部には届いていなかったようだ。

それが益々ノンナをイライラさせたのだろう。

だがすぐに表情を引き締めると命令を下す。

「今すぐ前線の部隊に防衛ラインまでの後退と防衛戦を徹底させなさい。何があろうと現時点での侵攻は絶対に行うなとしっかり伝えない。それと国防衛隊長官と公国情報部部長、あと作戦司令部の幕僚達も招集をかけて。直ぐに会議を行うわ」

「は、はっ。直ちに……」

部下が慌てて駆け出していく。

その後姿には目もくれず、ノンナは歩き出す。

行き先は、自分の執務室だ。

恐らく、会議開始まで三十分はかかるだろう。

その間に、考えをまとめておく必要がある。

しかし、何てことしてくれたのよ。

作戦の大きな修正が必要になるじゃないの。

今、ノンナは焦っていた。

計画が破綻することに……。

それは今までの人生の中で最も恐れていた事でもあった。

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