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異世界艦隊日誌  作者: アシッド・レイン(酸性雨)
第二十七章 連邦崩壊

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フォーミリアン攻防戦  その4

二月十四日、十四時五十六分。

小型の望遠鏡で敵陣を睨む第三十二公国歩兵連隊の隊長はごくりと口の中にたまっていた唾を飲み込んだ。

あと数分もしたら、後方の野戦砲から砲撃が始まり、それが終わった後に我々は突撃しなければならない。

それは今まで塹壕や陣に籠り、ただ向かってくる無防備な敵兵を打つだけとは大きく違う。

以前のように迫ってきた敵に対して身を隠しつつ攻撃すればいいのと違い、今回はこっちが無防備に身体を晒さなければならない番という事でもある。

今までは、塹壕や陣といった壁や盾があった。

もちろん、敵も攻撃してくるから完全に安全ではない。

しかし、無防備に身体を晒し、敵に向かうよりも格段に違う安心感があった。

だから、一気に心細いような気になってしまっていたのだ。

いかん、いいかんな……。

隊長は首を振り、周りを見渡す。

そこには同じように不安そうな顔をした部下たちがいた。

第三十二公国歩兵連隊は、基本本部付きの部隊であり、最前線ではあまり戦った経験はない。

また、ここに配置される新兵は、後方の任務である程度練度を上げて最前線の部隊に再配置されることも多い故に他の部隊に比べて新兵の率も高くなっている。

中には、基礎課程が終わったばかりの者もいる。

元々不安なのに、上司が不安そうにしていればそりゃますます不安になるといったところだろう。

だから、そんな不安を吹き飛ばすかのように笑う。

「心配するな。今敵はジリ貧で補給もままならない有様らしい。だから、心配するほどの反撃はないぞ。それに、公国(うち)の野戦砲部隊は優秀だ。射撃の正確さはお前らも知っているだろうが」

隊長の笑いとその言葉に、新兵たちの緊張が少し解けたのだろう。

引きつり気味ではあったが、微笑みが浮かぶ。

それを見ながら隊長は時間を確認する。

「よし。そろそろだ。砲撃が終わり次第突撃となる。行くぞ」

その言葉が終わるか終わらないかといった感じで風切り音と砲撃の音が辺りを圧迫するように響いていく。

それは戦いの始まりの狼煙でもあった。



同日15時。

今まで毎日何回も挑発の砲撃は行われてきた。

この日も午前中にほんの数分の砲撃があったが、それはもう今では当たり前になりつつある。

そして、反撃らしき連邦の砲撃が続いたものの、それもすぐに沈黙した。

だから、命令が来なかったらいつも通りと誰もが思っただろう。

だが、この日の午後の砲撃は、挑発とは言えないものだった。

数分どころか、実に三十分近く、それも雨のように砲弾が敵陣へと打ち込まれたのだ。

その激しさに、突撃準備をして待機している公国兵士達は自軍の野戦砲部隊の射撃の優秀さはわかってはいたが、それでもその砲弾が間違ってこっちに落ちてこないことを思わず考えてしまうほどであった。

そして嵐のような砲撃が収まり、本来なら反撃があるはずの連邦側からは反撃らしきものはない。

その様子に、満足げに司令官は頷いた後、突撃命令を下した。

この地での公国軍の突撃など今までほとんどなかった。

なぜなら、連邦が攻撃側であり、公国は防御側という形が出来上がって長い間それが続いていたためである。

つまり、今までの流れを大きく変えることになる命令になるはずであった。

もちろん、部隊をまとめる者のほとんどはその意味は判ってはいたが、違和感を感じてもいた。

そして、それは兵士たちも同じである。

人は習慣が変わると戸惑うとはよく言われる。

それは人が習慣を行う事で安心するためだ。

だから、突撃を開始した兵士や指揮官は緊張に緊張をしていた。

「とぉぉぉっげぇきぃぃーーーっ!!」

隊長らしき人物の叫び声がいくつも重なり、それに連動するかのように兵士達が叫び声をあげて銃を持ち戦場を駆ける。

砲撃で出来たまだ白い煙がうっすらと立ち上る穴に滑り込み、そして警戒しては前進するためにまた走り出す。

雨によってぬかるんでいた大地は砲撃によってドロドロとなり、すぐに穴の中には泥水が流れ込む。

突撃した誰もが泥だらけになりつつ必死になって前進を続ける。

直ぐに反撃できるように、すぐに穴に滑り込めれる様に警戒し緊張し続けて兵士達は突き進む。

だが、そんな警戒をまるで馬鹿にするかのように連邦側からの反撃はない。

誰もいないかのように静まり返る敵陣。

砲撃どころか銃撃の音一つしない中、公国兵士の叫びと荒い息音、それに泥水が跳ねる音などの水音が辺りを支配する。

そう。音を発しているのは、公国側のみだ。

突撃している誰もが違和感をますます大きくしていく。

まさに拍子抜けと言ってもいいだろう。

どういうことだ?

そして、泥だらけになりながら一部の公国兵士が連邦の最前線、最も公国側にある第一の塹壕にたどり着く。

荒い息をしながらも抵抗に備えて銃を構えつつ塹壕に飛び込んだ兵士が見たものは一気に緊張感を吹き飛ばすほどのものであった。

塹壕は、完全に無人だったのだ。

兵士のような人影はただの木の棒に服や鉄兜を括り付けたもので、ご丁寧にも銃座もただの張りぼてとなっている。

おい……。

何か叫びたい衝動に駆られたのだろう。

塹壕にたどり着いた兵士の言葉にならない叫びが何回もあたりに響く。

俺らは、何をやっていたんだ。

必死になってやっていたというのに……。

それは間違いなく、兵士達の張り詰めていた緊張の糸を切ってしまった。

しかし、それで終わりではない。

なんとか気持ちを持ち直し、兵士達は進む。

止まれとも、敵の反撃を受けたわけでもないのだ。

ただ突撃せよ。

命令(オーダー)はそれだけだ。

だから、少し息を整えると次の、第二の塹壕に向かって駆け出す。

いつまで続くんだ……この茶番は……。

いい加減、敵も姿を見せろよ。

さっさと反撃して来いよ。

不謹慎ながらそんなことを考えつつ……。

しかし、そんな思いとは裏腹に、次々と塹壕は突破されていき最も進んでいるもので第四の塹壕まで進んだ部隊もある。

もちろん、反撃もなく、すべての塹壕が無人であった。

その上、必死になって突撃している公国兵士をからかうような、いやこの場合はバカにしたようなとすべきだろう、もうろくに偽装さえしていない案山子がいくつか立っているだけで、すでに張りぼての銃座すらない有様になっている。

それでも、時折悲鳴のような叫びが上がったが、それは運悪く泥に隠れてしまった原始的な(トラップ)に引っ掛かった運が悪い兵士のものであり、ほとんどの兵士は無傷でただ戦場を駆け抜けるのみであった。

そこにはもう緊張感はない。

あれほどあった緊張感は、第一の塹壕で何もかも唖然とするような勢いで吹っ飛んで以降、削られていく事はあっても高まることはなかった。

その結果、兵士達の動きは散漫なものに変化するのに時間はかからない。

そして、十五時から二時間後、変化はいきなりやってきた。



「敵の侵攻速度、最初に比べてかなり早くなっていますね」

報告を受けて、パーヴロヴナ大尉は少しほっとしたような表情を浮かべる。

侵攻速度が最初に比べて速いという事は、それだけ警戒が疎かになってしまっている事の証でもあった。

今の所、予定通りに動いている。

なら、そろそろいいかもしれない。

そう決断したのだろう。

表情を引き締めるとパーヴロヴナ大尉は短く言葉を発した。

「そろそろ……ですかね」

その言葉に、集まっている幕僚や幹部たちは一斉にリリカンベント中将に視線を向ける。

その視線を受け、ゆっくりと頷くと命令を下した。

「よし。では現時点をもって『ゲルベルナの炎』作戦を開始する」

『ゲルベルナの炎』

それは、旧帝国領に伝わる神話の中に出てくる言葉だ。

人々に不幸をまき散らす怒りの巨人に対して人の魔術師達が知恵を絞って作り出した炎の壁で、巨人の動きを止めてとどめを刺す際に登場した。

その炎の壁に、巨人は焼き焦がされながらとどめを刺されたと言う。

そして、今回、迫りくる公国軍を引き留め、混乱させるために行う本作戦に名前が使われたのである。

なお、作戦名は、リリカンベント中将の提案で、パーヴロヴナ大尉は苦笑しつつ同意したのであった。

そして、命令が発されて十五分後、その名前にふさわしい現象が発生した。

まず異常に気がついたのは、突撃した兵士達の後から続いて第一の塹壕にたどり着いた支援や補給部隊の兵士であった。

何だか油臭いのである。

それが気になって周りを見まわすと、第一の塹壕の一番下の部分に泥や泥水に隠れる様に細い管のようなものがいくつも塹壕内を走っており、そこから何やら漏れているようだ。

そしてその漏れている液体が泥水や泥の上に虹色に近い光沢を放ちつつ分離して浮かび上がっていく。

「おい……、もしかして……、これって……」

発見した兵士が震える声で何とかそう呟く。

その顔は真っ青になっていた。

その呟きに、隣にいた兵士が怪訝そうな顔で立ち止まって足元を見る。

その兵士の足元にも管からあふれ出た液体が泥や泥水の上に分離して浮き上がっていた。

「まさか……」

しかし、その後に言葉は続かなかった。

絶叫と悲鳴が続いたのだ。

管の上についている小さな機械からカチッという音がいくつか響いた後、飛び散った火花が液体に飛んでいき、そして一気に燃え広がった。

その炎は腹に響くような音を立てながら一気に燃え上がり、塹壕を火で満たしていく。

日が傾きかけた空に燃え盛る様子はまるで炎の壁だ。

そして、その場にいた兵士達が次々と炎に飲み込まれていく。

火の勢いは留まることを知らず、まるで炎の蛇がのたうち回るかのように滑らかに動き、一気に塹壕から塹壕に燃え移っていく。

火に飲まれた兵士達の絶叫や悲鳴、それに持っていた弾薬や爆薬に引火したのだろうか、いくつもの爆発音が起こり、その場を阿鼻叫喚の音の世界へと叩き落した。

その音に合わせ、いくつもの人の形をした炎が動き回り、そして倒れていく。

生きたまま炎に飲み込まれて火葬されていく兵士達だ。

それは、背景に浮かび上がる炎の壁と重なって、目の前に広がっているのは現実ではなく、まるで炎の地獄絵図の幻想ではないかといった錯覚さえ引き起こす。

それほどインパクトのある光景であり、緊張感の糸の切れた兵士達の思考を焼き切って停止させるのには十分すぎる光景であった。

「う、嘘だろう……」

誰かが思わずつぶやいたが、それはその場にいた全員の持った感想であった。

だが、それで終わりではない。

唖然として後ろを振り向いて立ち止まる公国軍兵士達。

それは何もない平原に建てられた案山子のようだ。

だが、そんな状態は直ぐに終わる。

そんな状態の公国軍の兵士達に銃弾と砲弾の雨が降り注いのだ。

もちろん、連邦側からの反撃だ。

さっきまで静かだったのが嘘のように響く、銃撃と砲撃の圧倒的な音。

それはまさに音の暴力と言っていいかもしれない。

完全に浮足立った状態に受けたその圧倒的な攻撃に、公国軍の兵士達は反撃どころかろくに身を隠すことも出来ずにただただ殺されていく。

その攻撃は、相手が武器を持つ兵士としてもあまりにも一方的過ぎて、まるで虐殺のように見えるほどであった。

肉片が飛び散り、血しぶきが泥の上に降り注ぐ。

肉片や血によって真っ赤に辺りを染めるものの、すぐにそれは泥にまみれて汚くなっていく。

しかし、それも一瞬だ。

また新しい血や肉片が注がれ、真っ赤に染めていく。

それを何十回と繰り返していく。

まるで肉片や血を大地が吸い上げていくかのように……。

向こうが火炎地獄絵図ならば、こちらは血と肉が降りそそぐ別の地獄絵図だろう。

どちらにしても、侵攻してきた公国軍にとって地獄絵図であることに変わりはない。

ただ、火で焼かれて死ぬか、血と肉片(ミンチ)となって死ぬかの違いだけだ。

そして三十分後、砲撃や銃撃は止む。

もう目の前に動くモノがなくなったからだ。

ただ、まだ息があるものがいるのだろう。

怨嗟とも取れる声が低く響いている。

だが、もう彼らは助からない。

誰も助けに行かないからだ。

味方も敵も来ない。

後は苦しんで死ぬだけなのだ。

こうして、公国は、連邦との戦いで初めて惨敗と呼ばれるほどの負け戦を味わった。

その被害は、行方不明者及び死者四千八百二十五名、重軽傷者百二十名であり、また本部付きの幹部も一部参加していたため、被害は司令本部にも及んだ。

そして、その行方不明及び死者の名前の中には、司令部付きのシュトランフル・アレキサンダリア・トルーネン大尉の名前も記載されていたのである。

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