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異世界艦隊日誌  作者: アシッド・レイン(酸性雨)
第二十七章 連邦崩壊

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フォーミリアン攻防戦  その3

翌日の昼前に夜間行われた偵察からの報告を受けたシュトンナーゼ・サットルシカ・ルルイシァート大尉は、自分の予想が当たっていたことに喜びを隠せないでいた。

原始的なトラップによって負傷者は出たものの、死者もなく無事偵察に参加した部隊は戻ってきたのだ。

それも望む報告をもって……。

固定式の砲座などはそのままだが、連邦の最前線のうち実に半数近くがほとんど無人に近い状態で、また残って警戒している兵士達も移動が徐々に進められている動きがあり、その様子はまさに撤退中といった感じであったというのである。

やはり帝国の艦隊に補給路を叩かれたのが大きかったようだな。

さすがにこのままでは戦線の維持が難しいと判断し、徐々に撤退しているのだろう。

恐らく、もう少し様子をみれば大して妨害を受けずにあの地は我々の手に落ちるだろうが、それでは困る。

それでは俺の手柄にならないではないか。

また、敵は戦力を温存したままだ。

それは今後の事を考えても面白くない。

ならば、敵の撤退中に攻撃し、少しでも敵戦力を叩き被害を与えておくべきだろう。

報告では、撤退の為にかなりの火砲が模造品に取り換えられ、大きく火力は落ちていると予想されるという話だった。

それは反撃が減るという事であり、こっちの被害が少なくなるという事ならばなおさらだ。

やはり進言すべきか……。

そう判断し、作戦立案書と報告書をまとめ始める。

直ぐに口頭で報告したいという気持ちが強くて気は逸るものの、きちんとした作戦立案と報告書で自己の優秀さをアピールするべくだろうと判断したのだ。

やはり何事も論理的にスマートに進めなければな……。

そんなことを思いつつ書類を完成させると、ルルイシァート大尉は作戦本部へと向かった。

すでに時間は昼過ぎである。

恐らく本部の連中は前線の苦労も知らずに、優雅な食事でも終わらせたころだろうか。

脳裏にニタニタ笑いのトルーネン大尉の顔が浮かぶ。

ふん。

直ぐにそのニタニタ笑いを驚きと驚愕に変えて慌てさせてやるからな。

楽しみに待っていろ。

そんなこと歩思いつつ得意そうな笑みを浮かべてルルイシァート大尉が本部についたころ、作戦本部周辺が何やらドタバタとしていて騒がしい様子であった。

いつもなら、あり得ないことだ。

その様子に、思わず通りかがった兵士を止めて聞くと、どうやら連邦に対しての大規模侵攻の準備が急遽進められているという事であった。

信じられず再度聞くが、兵士は怪訝そうな顔をしたものの、返事は同じであった。

思わず、ルルイシァート大尉の思考が止まりかける。

なんで急に……。

そして、すぐに気がついた。

嬉々として持ち込む情報が洩れ、すでに本部は連邦の前線の様子を知っているという事に……。

そうでなければこんな急に侵攻作戦の準備が始まったりしないはずだ。

そして、そんな中、こんな報告書や作戦立案書を出したとしても何を今更といった対応を取られるだけであり、下手をすると無断で軍を動かした責任を取らされる恐れすらあると気がついた。

くそっ。誰だっ、情報を漏らしたのはっ……。

持っていた報告書と作戦立案書を地面に叩きつけると踏みにじった。

「くそっ、くそっ、くそっ」

そんなルルイシァート大尉に声をかける者がいる。

彼の副官である。

「ここにおられましたかっ」

その声に怒気をはらんだ声でルルイシァート大尉は振り返りつつ答える。

「なんだっ」

だが、普段なら怯えるはずの副官はその怒気をはらんだ言葉を受け流し、敬礼して口を開いた。

「はっ。大尉が出られた後、本部から命令が届きましたのでお伝えするため探しておりました」

そう言って副官はボードを差し出す。

それを乱暴に取るとルルイシァート大尉は視線を下ろした。

そこには『本隊が総攻撃をかける際はルルイシァート大尉の部隊は後方に下がり、帝国の動きに目を向け警戒に当たれ』と書かれていた。

「これは、本当なのかっ?」

信じられないといった顔でそう聞き返すルルイシァート大尉に対して、副官は無表情で言い返す。

「間違いありません。本部の印が押してありますし……」

間違いなく左下に作戦司令部の印と作戦司令官のサインが入っていた。

ボードを持つ手がわなわなと震える。

要は、情報を横からかっさらわれて、手柄を立てるチャンスさえも奪われたという事であった。

思わず持っていたボードを叩きつけようとしたものの、それは副官に止められる。

「大尉、それは不味いです」

その言葉に、自分達がどこにいるのか思い出す。

作戦本部の近くで、本部からの命令書を無下に扱う。

その行為をもし知られたら恐らくもう本部付きなど夢物語となってしまうだろう。

ルルイシァート大尉はぐっと歯を食いしばると歩き出す。

自分の部隊に戻る為に……。

そしてその後ろに付き従いながら、副官は下を向く。

それは傍から見たらただ上司の後を歩く部下といった形だが、副官の下げた顔に浮かんでいる表情を見たら眉を顰めるだろう。

副官の顔には、相手をあざ笑う笑みが浮かび、その視線はちらちらと前を歩く上司に向けられていたのだった。



「連中、ちょっかい出してきたみたいですね」

報告を見てヴェネジクト・レオニードヴィチ・パーヴロヴナ大尉はやっとかといった顔をした。

「ああ。深夜、侵入してきた少数の敵を確認している。トラップのいくつかが作動しているところをみるにかかって負傷した者もいるだろうという事だ」

リリカンベント中将は折り畳みの簡易椅子に座りつつパーヴロヴナ大尉の方に視線を向けた。

「連中、動くと思うかね?」

リリカンベント中将のその問いに、パーヴロヴナ大尉は即答する。

「動くでしょうね」

「なぜにそう思う?」

「簡単です。手柄が欲しいからですよ」

そう言った後、パーヴロヴナ大尉はテーブルに近づくとその上に載っている地図に視線を落とす。

作戦地域の地図であり、いろいろな記号やラインが書き込まれている。

それを見つつ、パーヴロヴナ大尉は言葉を続ける。

「制海権はすでに公国のものであり、公国が勢いを増すのとは反対に連邦はジリ貧です。時間が経てば経つほどそれは酷くなる。つまり、公国がこのままでいくと公国が勝利するという未来が見えてくる。今までは、祖国を守る為という共通の目標があり、それが大きな柱となって誰もが支えようとしていた。しかし、勝利が見え始めると祖国を守るという共通の目標は霞始めるでしょう。では、次はどう動くでしょうか?」

その問いに、リリカンベント中将はため息を吐き出す。

連邦が負けるという前提で話している時点で軍法会議ものだと思ったのだ。

しかし、今の現状を正しく分析すれば、そう考えてしまうのはリリカンベント中将も同じである。

ただ公に言わないだけで……。

だから、その部分はスルーして答えることにした。

「……欲に動くということか?」

「ええ。その通りですよ。うちの上層部(うえ)と同じでね」

ニタリと笑ってそう言うパーヴロヴナ大尉に、リリカンベント中将は苦笑して忠告する。

「あまり、いいとは言えんぞ、その物言いは……」

その言葉に、パーヴロヴナ大尉は苦笑する。

リリカンベント中将の言葉から心から心配する気持ちが感じられたからだ。

「すみません……」

「まぁいい。話の続きだ」

「はい。欲は人に必ずあるものです。まぁ、いい言い方をすれば向上心といったところでしょうか。ともかく、その欲の部分が大きくなっていくのは間違いありません」

「つまり、手柄を欲しがるという事か」

「ええ。それに効率よく敵にダメージを与えるのに撤退時を狙うのは兵法の初歩ですから……」

「罠と思わないだろうか?」

その言葉に、パーヴロヴナ大尉は笑う。

「連中、自分達の動きがこっちにバレているという事には気がついていないでしょうし、何より補給物資がこっちは少なくなっているとわかっていますからね。こんな好機は逃さないでしょう」

「割合にして?」

「十中八九といったところですか……」

リリカンベント中将はその言葉を聞き、大きく頷く。

「わかった。警戒させよう」

「お願いします。恐らく時間的に今日の午後辺りが怪しいかと……」

「うむ。わかった」

そう返事をした後、リリカンベント中将はニタリと笑った。

その笑みには親しみが感じられる。

「しかし、そんな上層部(うえ)を批判する物言いでよく大尉までになれたな。それとも普段は猫でもかぶってたのか?」

「いえいえ。とんでもない。そんな器用なことできる様に見えますか?」

「見えないね。お前さんは……。正直すぎる気がするよ」

その感想に困ったような表情になったあと、苦笑しつつパーヴロヴナ大尉は口を開いた。

「お世話になった人にも言われましたよ。お前は少しは猫をかぶれってね」

その言葉にリリカンベント中将は目を細める。

「その人の名前を聞いてもいいか?」

「ええ構いませんよ。私が今までやってこれたのは、リターデン様のおかげですからね」

「リターデン……。もしかしてプリチャフルニア・ストランドフ・リターデンか?!」

「ええ。彼のおかげで今の自分があります」

「そうか。そうか……」

リリカンベント中将はそう呟きつつ頷く。

そして決断したのだろう。

大きな声で宣言する。

「よし。生きて帰れたらリターデン殿を紹介してくれ。彼とは一度話してみたいと思っていたんだ」

「ですが、もう失脚して……」

「馬鹿野郎、そんなことは関係ない。ただ、俺個人として興味がわいたんだ。話してみたいってな」

その言葉に、パーヴロヴナ大尉は一瞬驚いた表情を浮かべた後、楽しげに笑った。

「わかりました。一席設けましょう」

「いいな。それ……。うまい酒が飲めそうだ。おかげでますます生き残った時の楽しみが増えたぞ」

「まずは……」

「ああ、まずはこの戦いで勝つぞ。気合入れろよ」

「いや、もう気合を入れるとかいうレベルではないんですけどね。準備終わって……。後はうまく予定通りに敵が動いてくれるのを祈るばかりですよ」

「ふん。冷めた奴め……」

そう言いつつもリリカンベント中将は笑っている。

そして、その笑いに、パーヴロヴナ大尉もつられて笑ってしまう。

その雰囲気は最前線指令本部とは思えないものであったが、それはある意味、ピリピリとした雰囲気ばかりが続いていた中でのいい息抜きのような雰囲気でもあった。

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