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異世界艦隊日誌  作者: アシッド・レイン(酸性雨)
第二十七章 連邦崩壊

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フォーミリアン攻防戦  その1

命令を受けてすぐに首都に向けて出発したイェイプラン・センダンス・ラリックラード大尉と第206小隊ではあったが、初日の夜には立ち寄った中継基地にてただの躯と化した。

真実を知らせられると困る連中によって謀殺されたのである。

いくらベテランの兵達といえど、まさか味方の軍施設で寝首を掻かれるとは思ってもみなかったし、今までの疲労が重なっていたのだろう。実にあっけない最期であった。

「これでしばらくは大丈夫ですな」

中継基地の責任者であるロンバルド・リンペーラ・アレキサンドラ少佐は、そう声をかけてきた副官に複雑な表情を見せた。

いくら真実がバレてしまえば責任を取らされる恐れがあるとはいえ、味方を殺すというのはあまり気持ちのいいものではない。

だが、そんな心境が判っているのだろう。

副官が凄みのある表情で言葉を続ける。

「もし、今回の事がバレれば、貴方だけではなく、貴方の家族にも罰が下されるでしょう。知っているでしょう、些細なミスでも家族もろとも強制労働に送られた前任者の事を……」

そう言われ、アレキサンドラ少佐はただ下を向くだけだ。

彼は元々前任者の部下の一人であったが、前任者が上層部の怒りを買い、些細なミスで責任を取らされたからこそ今の地位にいるのである。

そう言われればもう何も言えないのだ。

「もう、戻れないんですよ、私もあなたも……ね」

その言葉は、まさに逃げることを許さない悪魔の囁きのようであった。

しばらくの沈黙の後、アレキサンドラ少佐は縛り出すように口を開く。

「わかっている。わかっているとも……」

そして息を大きく吐き出して副官に命令を伝える。

死体を隠蔽しろと……。

その命令に、副官は大きく頷いた。

やっと欲しかった命令を言ってくれたというような顔をして……。

こうして、最前線の希望の糸は断ち切られてしまった。

しかし、その事実を最前線の兵士や指揮官は知ることはなかったのである。


そして、使者を送った翌日、さらなる訃報が戦線司令部に届いた。

最前線に最も近いリッペラード港が攻撃され多大な被害を被ったというのだ。

リッペラード港。

そこは大きめの漁村といった感じの港で、最前線に最も近い港であり、鉄道が機能しない上に最前線に続く三つの街道の治安が悪化している事もあって、最前線へ送られる食料の実に八割がそこへ陸揚げされて最前線に送られていた。

つまり、兵力を維持するための生命線であり重要拠点といってもいい場所である。

しかし、本国はその港の大きさの規模が小さいこと、それに発生する経済力の低さ、そして公国艦隊が攻撃を仕掛けるとすれば大きく南回りで周り込む必要性があり攻撃される可能性が限りなく低い事を理由にして軽視していた。

そんな襲撃される恐れが低く価値の低い場所を守る戦力があれば他に回すべきだ。

上としてはそう考えていたのだろう。

だが、よくよく調べてみたら、その陸揚げされる物資のほとんどは最前線に送られるものばかりであり戦線維持をする為の重要度はかなり高いと言わざる得ない。

しかし、そこまで調べた者はほとんどいなかったのか、或いは連邦内の派閥争いの為か、ともかく理由はわからないものの、リッペラード港の防衛戦力は減ることはあっても増えることはなかったのである。

「くそったれの馬鹿野郎どもがっ。俺らを飢えさせる気かっ!!」

雨が降るテントの中でその報を聞いたリリカンベント中将は、テントの中央にあるテーブルに拳を叩きつけた後、それだけでは我慢できなかったのだろう。

テーブルを荒々しくひっくり返した。

その結果、テーブルに乗っていたものすべてが地面に落ちる。

地図や作戦指令書などが雨が降ってぬかるんだ地面に落ち、大きな染みを作っていく。

それはまるで戦線が崩壊していく様を現しているかのようであった。

しかし、誰もそれらを拾おうともせずただそれを見ているだけだ。

彼らもさすがに何もしてくれない上層部に呆れ返っていたのである。

そんなしらけ切った雰囲気の中、溜息を吐きつつリリカンベント中将は口を開く。

「それで、どこが仕掛けたんだ?公国か?フソウ連合か?」

そう聞かれ、報告をしていた兵が慌てて持っていたボートに視線を戻して口を開く。

「いえ。港を襲撃したのは帝国海軍と思われます」

その言葉に、その場にいた面子はますます渋い顔になる。

今まで帝国はほとんど攻撃を仕掛けてくることもなく、ただにらみ合うだけであった。

それに国内のまとまりにまだ時間がかかると予想されていた事もあり、帝国との国境は最低限の兵と防衛陣だけで済んでいた。

そしてその余った戦力を公国との国境線に集中できていたのだ。

だが帝国艦隊が活動し始めた以上、それは海だけの事とは限らなくなってくる。

陸でも動きがあるだろう。

それは、今までとは違い二方作戦を展開する必要があり、戦力が分散されるという事でもあった。

次々と出てくる問題の対応に追われて身動きが取れなくなっていく。

その場にいた者達は、まさにそんな感覚に襲われてしまいそうになっていた。

だが、それでも黙っているままではいかないと思ったのだろう。

パンタミーヤ少将が諦めたような表情を浮かべつつ聞く。

「どうしますか?」

その問いに、リリカンベント中将は叫ぶように答える。

「どうしようもないだろうが。出来ることをするだけだ、畜生めっ」

だがそう言ってみたものの何も浮かばなかったのか言葉が続かず、リリカンベント中将はただ黙り込む。

重い空気に包まれた沈黙が続く。

ただ、遠くで聞こえる公国の砲撃の音だけが場を支配していた。

しかし、そんな中も一人の人物が恐る恐る口を開いた。

「現状の戦力と弾薬の備蓄量では二方面作戦は無理です。ですから戦線を一つにまとめではどうでしょうか?」

その意見に、リリカンベント中将の表情が変わる。

不貞腐れたようなものから、興味ありといった感じのものに変化したのだ。

「面白そうじゃないか。話してみろ」

そう言われて意見を提案した者、ヴェネジクト・レオニードヴィチ・パーヴロヴナ大尉は少し驚いていた。

彼は今回、偶々テントに居合わせただけでしかない。

パーヴロヴナ大尉の担当は、リッペラード港と前線を繋ぐ街道の警備を担当している。

今回、リッペラード港の被害報告を聞き、慌てて駆け付けたのだ。

本来なら、誰だと聞かれただろう。

もしかしたら、部外者が出しゃばるなと言われたかもしれない。

しかし、誰もそれを聞かなかったし言わなかった。

今はそんな些細な事よりもこの事態を少しでも改善する方法の方が大切であり、皆それを知りたいという思いが強かった。

ただそれだけである。

そんな期待するかのような皆の熱い視線に、少したじろぎながらもパーヴロヴナ大尉は淡々と言葉を口にする。

「なに、難しいことではありません。戦線を15キロほど後退させましょう」

ただそう言われただけであったが、その場にいた者のほとんどがはっとした表情になる。

確かに15キロも後退すれば、その分の土地を失う。

しかし、その結果、確かに一方向の敵に対抗すればよくなるのだ。

例えるなら今までは三路の中央にいたからこそ二か所から攻撃を受けていたが、自前の入り口に引っ込むだけで対面する方向は前方の一面のみになる。

そして今度は中央に突出した勢力が二方向に対して対応しなくてはならなくなるという寸法だ。

それに、後退した場所には念のためにという事で第二防衛ラインとして陣地がすでに構成されている。

「いけそうですね……」

パンタミーヤ少将が呟くように言う。

その場にいたパーヴロヴナ大尉以外の者達は、後退するという事を考えなかった。

ただ今の地を守る。

それだけしか考えていなかった。

それは、上層部から何度も言われてきたことだ。

その場を死守せよ。

我々に許された進行は前進のみだ。

それ以外はあり得ない。

それは呪縛としてその場にいたパーヴロヴナ大尉以外の者達をがんじがらめに縛り付けていたのだ。

だが、その呪縛は解き放された。

「確かにそれしかないな」

そう言いつつリリカンベント中将は腕を組んで頷くがすぐに彼の幕僚の一人が聞く。

「ですが、あからさまな後退は、いや、この場合は転進だが、その動きは敵も警戒するのでは?それに……上には……なんと……」

最後の方はかなり暗い表情になっている。

そう聞かれてリリカンベント中将は眉を顰めて考え込む。

「確かにな……」

だが、安心させるためだろうか。ニタリと笑った。

「敵にも味方にも判りにくいように少しずつ兵力を後方に移動させる。もちろん物資もだ」

「しかし、上層部には……」

「疲労している部隊の再編成とでも言えばいいだろう」

そう言った後、悪戯を思いついた悪ガキのように楽しげに笑う。

「もっとも、再編成をしても、適当な理由を付けてその場に残すけどな……」

その言葉に、その場にいた者達からやっと笑いが漏れる。

「では……、何時から?」

「今日からだ。五日後には、完全に後方に転進が完了するようにしてくれ。もちろん、秘密裏にだぞ」

「「「はっ」」」

こうして、今まで前進しかしてこなかった連邦としては初の撤退、いや後方への転進となる。

そして、この動きは被害ばかり大きくて決して勝利とは言えない戦いばかりの連続であった連邦陸軍に、久しぶりの堂々と勝利と呼べる戦いを展開する布石となったのであった。

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