日誌 第一日目 その4
東郷大尉に呼ばれ食堂に向かった僕が見たのは、テーブルに着く五十名近い旧海軍の黒い軍服に身を包んだ男達だった。
まぁ、わかってはいたけどね。
某擬人艦隊コレクションのような女性のはずはないからなぁと…。
でも少しは期待してたんだけどね。
少しテンションは落ちたものの、僕が入ってきた瞬間に号令が掛けられる。
「各自起立。司令長官に敬礼」
その掛け声と共に一斉に全員が立ち上がって敬礼したのには驚いた。
まさに一糸乱れぬ行動と言っていいだろう。
下がったはずのテンションが一気にマックス近くになる。
やばいっ…かっこいい…。
興奮してハメ外しそうになったが、大尉が隣でこほんと咳払いをして注意を促してくれる。
おっと危ない危ない…。
落ち着け。
落ち着くんだ…。
僕も映画で艦長とか偉い人がするように敬礼らしきものをして全員を見回す。
思わず、「ああ、楽な感じでいいよ。力を抜いて欲しい」と言ってしまう。
いや、言ったらまずかったかな…。
言った瞬間にそう思ったが「各自、休め」の号令と共にざっと靴音がして全員がその場に両腕を腰の後ろ回して立つ。
やばい…。
すごく士気は高いし、統率されているといった印象だ。
そして、その中に、昼間の見学の時にお世話になった水上機母艦秋津洲の付喪神の姿も見える。
つまり、この人たちが…いや人と言っていいのかわからないが、彼らが僕が作った軍艦の魂である付喪神達なのだろう。
全員の目が僕に注がれている。
すごく緊張するが、やると決めた以上、堂々とやるべきだ。
そう思った僕は、大尉に案内されて前の席に向った。
一番前の席に僕の席は用意されていたが、座っていいのか迷う。
横から大尉が小声で「座ってください。座ってくださらないと他のものが座れません」と言われ、僕は給仕に引かれた椅子に座る。
「全員着席」
号令と共に全員が座ると、東郷大尉が立ち上がり全員を見渡して宣言する。
「これより、連絡がある。各自注意して聞くように…」
その言葉に、僕は立ち上がると持って来たノートを開き周りを見回した。
「僕が、この度、司令長官に就任した鍋島だ」
そう言ったら隣で僕の言葉に東郷大尉が目を白黒させている。
まぁ、彼女には正式に司令長官になると言ってなかったからね。
まさか、いきなりこんな大勢の前で宣言するとは思わなかったんだろう。
まぁ、うれしいサプライズになったらいいんだけどね。
そんな事を思いつつも、僕は言葉を続ける。
「見ての通り、僕は素人であり、軍についての事は詳しくはない。だからいろいろ文句や気に入らない事はあるかもしれない。でも、やる以上はきちんとこの国の民を守りたいと思う。外の国に支配されるような事態にならないように。この国の民がこの国で普通に幸せに生活できるように…。だから、みんな、僕に力を貸してくれないか」
周りを見渡し、そう宣言する。
しばしの間、シーンと静まり返る食堂。
しかし、その静寂はわずかな間だけだった。
僕の席に近い一人の大柄な男が半分泣きそうな顔で拍手を始めると、それが一気に広がって食堂に手を叩く音が響き渡る。
中には、泣きながら拍手するものさえいる。
その姿に、少し僕も釣られて泣きそうになったが、ぐっと我慢をすると頭を下げた。
「ありがとう。本当にありがとう。君達を決して死なせないとは言えないが、出来る限りの事は絶対にする。絶対だ」
拍手の音がより強くなる。
それはまさに心が感動に震える音と言っていいだろう。
頭を上げて全員を見渡した後に気がつく。
横ですすり泣く音に…。
東郷大尉だ。
彼女は泣いていた。
どうやって僕に長官になってもらうか。
そして、この国難に立ち向かうか。
そんなことばかり考えていたのだろう。
それを僕は引き受ける事を発言したのだ。
気が緩んでも仕方ないと思う。
「大尉、これを…」
隣に座っていた東郷大尉にハンカチを差し出す。
「ありがとう…ございます…。」
そう言ってハンカチを受け取る大尉。
そして目頭をハンカチで押さえている。
その様子を見て少しうれしくなる。
だが、結果を出さなければ意味が無い。
少し落ち着くのを待って僕は口を開く。
「さて、僕の宣言は以上だが、これより今回の件について、僕なりの考えを知ってもらおうと思う。多分だが、近々連中はちょっかいをかけてくる。島への砲撃、上陸しての略奪、どういう方法をとるかはわからないが、圧力をかけるために色々と行うだろう。そして、それを機に僕は一気に別れている意見を抗戦の一本にまとめようと思っている」
「ですが、本当に圧力をかけてくるでしょうか?」
怪訝そうな表情でそう聞いてきたのは、昼間乗船した秋津洲だ。
「ああ、十中八九かけてくるよ。基本、力を持つものは力をひけらかすのに喜びを感じるし、何より上の人間は被害を出さずに済ませられる方法を考えるだろうからね。それに圧力をかけてこない時は、それはそれで抗戦に意見をまとめる手をこちらで考えるからその点は心配しなくていいよ」
「了解しました。長官」
「他に聞きたいことはないかな?」
一番奥の髭を生やした軍人が手を上げた。
「駆逐艦時雨であります。それで、圧力をかけてきた敵をどうするのでありましょうか?」
「潰す。それだけだ」
僕の声に「おーっ」と言う声が部屋中から上がる。
「ただ、皆殺しなどするつもりはない。救助できるものは救助し、情報を収集したら適当な船に乗せて送り返す。嵐の結界を越えるまではこちらの艦船で行き、定期航路の近辺で食料と水を与えてカッターかボート辺りに移ってもらって解放するつもりだ。この世界の海洋条約がどうなっているかわからないし、国交がまったく無い以上、私達にできるのはその程度だな。基本、捕虜として捕らえておくつもりはない」
今度は若くてきりりとした表情の軍人が手を上げる。
「駆逐艦島風です。では、誰が実行するのでありますか?」
僕は全員を見渡す。
「それが諸君の一番気になることだろうと思う。ただ、最初に言っておく。今回の戦いにおいて、僕は全戦力を以てとか、圧倒的な戦力差で叩き潰すつもりはない。その理由はこちらの手の内を全て曝け出す必要はないという事と、何かあったときのために余力は必要だと考えた為だ」
その言葉にざわつきが部屋の中を支配した。
それはそうだろう。
血気盛んな彼らにしてみれば、参加できる幅が狭まったのだ。
誰が参加で、誰が不参加は気になるところではあるだろう。
「そこでだ。今回、臨時ではあるが作戦参加部隊を振り分ける。各自聞いて欲しい」
部屋の中が一気に静まり返る。
「まずは、第一戦隊…旗艦戦艦榛名、戦艦霧島。第二戦隊…旗艦重巡摩耶、重巡鈴谷。続いて第一水雷戦隊…旗艦軽巡龍田、駆逐艦白露、時雨、五月雨。第二水雷戦隊…旗艦軽巡最上、駆逐艦吹雪、早波、天津風。支援隊として、工作艦明石、特殊給油艦東方丸、日本丸、水上機母艦秋津洲。参加艦船は以上16隻だが、実際に敵と戦闘するのは第一水雷戦隊のみとする。残りの隊は、いざと言うときのための第二陣として待機。それと同時に情報収集を命ずる。また、一等輸送船四隻を随伴させ、敵味方関係なく救助を行ってもらう」
そこまで話した瞬間、名前を呼ばれた軍人、それも第一水雷戦隊らしき四人の軍人の歓声がより高らかに響く。
反対にがっくりと肩を落としたのは、名前を呼ばれなかった駆逐艦達だ。
だから、僕は言葉を続けた。
「残りの艦船は、本島の警戒、防備に当たってほしい。嵐を抜けてきたのは二隻だけとは限らないからな」
その言葉に、肩を落とした連中も少し安心した表情を見せる。
彼らにとっていらないとか、必要ないといわれることを恐れているのだろうか?
そんなことはないのだが、やはり少し不安なのだろう。
ともかく、これで各自分担は決まった。
あとは、指揮をするのは誰かとすべきだが…。
「今回の作戦指揮は、僕が自ら行おうと思う」
部屋の中を支配していたざわつきがぴたりと止まる。
慌てて横にいた東郷大尉が発言する。
「だ、駄目ですっ。長官にもしものことがあったら…」
その言葉に、その場にいた大部分の者が同意なのか、頷いたり、「そうだそうだ」と声をあげる。
「しかし、僕にも作戦を行う責任が…」
「作戦よりも前に、お前さんにはもっと別の責任をとらなきゃいかんことがあるだろうが…」
そう言って僕を嗜めたのは三島さんだった。
「君はフソウ連合の意見をまとめ、舵取りをしなきゃならん。それは君にしか出来ない事だ」
「そ、それは三島さんが…」
「いいや、私はこの島の責任者だが、ただの魔術師でしかない。政治はわからんし、私が意見をまとめられるとも思えん。だから、この役目は君しか出来ない」
「ですけど…」
それでも、僕は断る言葉を探す。
肩にのしかかる責任の重さ…その大きさと重さに怖気づいた為だ。
そこまでの覚悟は無かった。
それを彼女には最初から見透かされていたように感じる。
「なら、こうすればいい…」
三島さんはそう言って、立ち上がると指にはめていた指輪を外して僕に手渡す。
それをよくわからないまま受け取る僕。
そして、部屋が歓喜に包まれる。
「えっと…何、これ?」
わけがわからず、周りを見渡す僕を涙目の東郷大尉が手を叩きながら声をかけてきた。
「おめでとうございます。これであなたはこの地区の代表です」
な、なにーーーっ。
それは予想してなかったぞ。
心の準備も何も無いんだが…。
驚愕の表情で、指輪を見た後、三島さんを見ると彼女はニタリと笑って部屋の中を見渡しながら宣言する。
「只今を持って、マシガナ本島周辺地域の責任者は、私、三島晴海より、鍋島長官へと譲渡された。賛成の者は拍手をお願いする」
そして、部屋は盛大な拍手と歓声に満たされたのだった。
こうして、僕の肩書きは、フソウ連合マシガナ地区代表兼フソウ連合艦隊司令長官(仮)となってしまったのだった。