日誌 第四百九十三日目
最初の予定では、昼前にはアルンカス王国へ向かうはずであったが、指示や連絡、それに追加で入ってきた情報の確認などに時間がかかり、実際に出発できたのは一三時過ぎであった。
途中、キナリア列島のフソウ連合海軍基地に寄り、補給の間にキナリア列島攻防戦の現地視察や報告などを受けたりしてドタバタしながらも、なんとかアルンカス王国最大のフソウ連合海軍基地アンパカドル・ベースの港に二式大艇が着水したのは実に深夜を回っていた。
これでもかなり急いだ方だが、さすがにレシプロ機ではこれ以上の短縮は難しいだろう。
やはり、ジェットエンジンの研究をより進めた方がいいかもしれないな。
現時点では、試作のジェットエンジンが完成し、実験が進められている状態で、とてもじゃないが実用性は低い。
まぁ、でも確か1/700の艦載機の模型セットで橘花があったような気がするので、それを使うという手もあるか……。
そんなことを思いつつ港に降り立つと、迎えに出ていた基地責任者の樫木特務大佐が敬礼して口を開く。
「お疲れさまでした、長官」
「いや、こっちこそ急ですまなかったね。到着もこんな時間になってしまったし……」
そう言いつつ、腕時計を見ると零時を過ぎていた。
まぁ、時間差はあるが恐らくもう日付は変わってしまっているだろう。
「いえ。我々は任務ですので」
そう言う樫木特務大佐に、僕は歩き出しながら笑って言い返す。
「それを言うなら、僕も仕事だからね」
それを聞いて、樫木特務大佐も笑う。
「それでどうなっている?」
僕がそう聞くと、笑いを止めて樫木特務大佐が言う。
「お待ちになっておられます」
「待ってる?」
確か時間がかなり遅れるから、明日の朝一番に変更するように言っておいたはずだが……。
僕の表情から、わかったのだろう。
樫木特務大佐が口を開いた。
「出来る限り早めに会いたいというポランド殿の希望で……」
まぁ、ポランドにしてみれば、捨てたとは言うものの知り合いの多くいる祖国の急変であり、出来る限りフソウ連合側との情報の共有と方針の統一を行いたいのだろう。
もちろん、こっちとしてもポランドの持つ情報とこっちの得た情報のすり合わせや確認をすることでより正確な情報を早く入手できるというメリットもあり、かえってありがたいほどだ。
「そうか。先方がそれでいいなら、こっちはありがたい。それで彼は今どこに?」
「第二本部の第六会議室です」
そう言った後、樫木特務大佐は苦笑して言葉を続けた。
「もっとも、こっちにポランド殿が来てからというもの、取り次いでくれっていうリットーミン商会の使いのものが何度も来ていろんな報告や書類を持ちこんでいる為に、今やあの部屋はかなり混とんとした有様ですがね」
その話を聞き僕は苦笑するが心の中では感心するしかなかった。。
確かに呆れ返る部分がないわけではないが、より正確な情報を得ようとする姿勢や、逐一報告が入る情報網を持つことは間違いなく、フソウ連合にとってプラスとみていいだろう。
そう思いつつ、第二本部の第六会議室に到着した。
ノックの後、ドアが開けられると、テーブルの上に広げられ重ねられた資料や報告書の山から顔を上げてこっちを見るポランドと目があった。
それで慌てて立ち上がるとポランドは頭を下げる。
「すみません。今回は……」
そう言いかけるポランドを押しとどめて、彼の前の椅子に座ると大げさなジェスチャーを行いつつ口を開いた。
「謝罪や挨拶はいい。それを言うなら、待たせてしまったこっちも謝罪しないといけなくなるだろう?」
その僕の言葉に、ポランドは苦笑しつつ椅子に座る。
「そう言っていただけるとありがたいです」
「じゃあ、さっさと本題に入ろうか」
「はい」
そう言うとポランドは書類をテーブルの隅の方に押しやって僕の前の隔たりを無くすと口を開いた。
こうして、僕らは情報交換を始めたのであった。
「以上が今こちらで手に入る情報です」
そう言ってふーと息を吐き出した後、喉の渇きをいやす為か紅茶の入ったカップに口を付ける。
ポランドが提供した情報は、基本的には我々が得た情報と同じであった。
もっとも、精度がかなり違っていたのは、やはりツテや知り合いがいることもあるが、連盟国内の情報連絡網の密度の差だろう。
まぁ、向こうは何代も続く商人だから、ここ最近になって対外の情報網を構築中のフソウ連合よりも精度が高いのは仕方ないと思う。
しかし、それでもかなり正確な情報を把握しているところに情報部や外交部の努力の跡が感じられる。
頑張ってるんだな……。
では、こっちもわかっている情報を知らせておくか。
もっとも、ポランドのもたらしたもの方がより正確で確実なものだろうが……。
そんなことを思いつつ、僕は今の時点でフソウ連合が把握している情報を開示していく。
その報告が終わった後、少し間があって怪訝そうな顔でポランドが聞いてきた。
「しかし、そちらがどの程度まで把握している事まで言わなくてもよかったのでは?」
思わずそう聞いてしまったという表情をしている。
まぁ、商人にとって情報は金になるものであり、商品だ。
それに、今回の場合は、フソウ連合の諜報力の実力を測ることも出来るだろう。
つまり、そう言った事があるのに、なぜ喋ったのかという事なのだろう。
だから、僕は笑いつつ言う。
「そう言う君だって、わかることは全て知らせてくれたんだろう?」
「も、もちろんです。私は、リットーミン商会は、フソウ連合の側につくと決めましたからね」
「なら、僕も同じだ。味方として陰日向なく動いてくれているんだ。その信頼には応えたいじゃないか」
そこまで言った後、笑いつつ言葉を続ける。
「それに君の情報の後だったからね。言った事が本当かもしれないし、嘘かもしれない。果たしてどこまで本当に把握していたのかきちんとわからないだろう?」
僕がそう言うとポランドは一瞬きょとんとして、そして笑った。
「確かにその通りですな」
恐らくポランドは、今の言葉の中にきちんと僕に信頼されているという認識を持ったのだろう。
そう言いつつ、実に楽しそうだ。
そして一頻り笑った後、ポランドは表情を引き締めて口を開いた。
「それで、長官は今回の改革に対してどういった対応をされる予定ですか?」
「そうだな。より密の高い情報収集とその赤シャツ団という組織の出方を見てから判断という形になるんじゃないかな」
「それは、他国もでしょうか?」
「ああ。恐らくね。ただ、長時間の放置はしないと思う。早ければ半年前後じゃないかな」
連盟の世界中に持つ流通網がすぐ止まるわけではない。
現在、移動中、輸送中の船も多いのだ。
それらが完全に目的地に着き、それ以降物流の動きがなければ物価の上昇に悲鳴が出始めるのが早ければ半年程度と僕は見ている。
だからそうなる前に各国は動くだろう。
だが、それは商人であるポランドもわかっているはずであった。
しかし、ポランドはこちらを試すかのように聞いてくる。
「それはまた……どういった事で?」
その言葉に、僕は苦笑する。
「そういった事は、君の方が得意分野だろう?」
そう言い返すと、ポランドは苦笑した。
どうやらこっちを試そうと思って口を開いたのがバレたとわかったらしい。
困ったなといった顔をして頭をかいているが、それはまるで悪戯が見つかった子供のようだった。
「まぁ、何かあったら動けるように手配はするし、その際にはまた力を貸してもらう事になると思う」
僕がそう言うと、ポランドは頷く。
「勿論です。ナベシマ様の指示があれば最優先で動かせていただきます。ですから……」
要は、商売させてくれってことらしい。
もちろん、こっちとしても無料で動かすつもりはない。
だから苦笑して言い返す。
「わかっているって」
そう言いつつも、僕の中のポランドの信頼度はかなり上昇した。
なかなか抜け目ない男だな。
だが、それだけに利益が出ているうちは信頼できると……。
そして、情報交換と今後の方針の話し合いが終わるころには、うっすらと夜が明け始めていた。
ざっと四~五時間は話し込んでいたようだ。
なお、東郷大尉は先に休んでもらっている。
最初は起きていると言っていたが、会談の後は恐らく僕は眠り込むだろうからその間の手配や情報のまとめをお願いしたいと説得したら、何とか納得してくれたみたいだった。
後、話し合う事は……と考えながらポランドの分と自分の分の紅茶を用意する。
最初は、「いや、自分の分は、自分で……」なんて言って自分でしようとしていたポランドだったが、僕の煎れた紅茶が気に入ったのだろう。「恐縮です」とは言うものの、自分で煎れようとはしなくなった。
本人曰く、紅茶の煎れ方はあまりうまい方ではない上に、あまりやったことはないらしい。
まぁ、どうせ飲むならうまい方がいいもんな。
そんな事を思いつつ、聞きたいことが残っていたことを思い出し、紅茶の入ったカップを渡しつつ聞く。
「君は、今回の革命、どう思う?」と……。
すると紅茶の入ったカップに口を付けたポランドの表情が歪む。
そして、カップから口を離すとため息を吐き出した。
「最悪だと思っていますよ」
「なぜだい?」
そう聞き返すと、ポランドは益々眉を顰めて苦虫を嚙み潰したような表情になった。
「確かに、今の連盟の政治システムは決していいものではありません。大きな改革は必要でしょう。ですが、今回のように武力で恫喝するかのような革命はダメだと思います」
「だけど、革命に暴力は付きものじゃないか。実際、暴力のない革命なんてそうそうないだろう?」
「確かにその通りです。ですが、今回の場合、あくまでも一勢力がやったにすぎません。国民の民意が反映されていないと思っています。それなら、まだ以前の方が民意は反映されていると思えますね」
つまり、人々の信頼を得られての革命ではないという事なのだろう。
確かに、革命と聞こえはいいが、今回の騒動は一武力勢力の国の乗っ取りに近い。
まぁ、どう転んでも行きつく先は、民意が反映された政治システムではないのは一目瞭然ではある。
そんなことを考える僕に、ポランドは言葉を続けた。
「それにあのやり方では、今まで連盟が築いたものが失われる恐れが高いですよ」
どうやら彼も今まで何代もかけて作り出した流通網や利点が失われる可能性が高いことに気がついているようだった。
もっとも、それが世界にどれだけの影響をもたらすのかまでは考えてはいないようだが……。
それは商人としての視点と政治家としての視線の違いだろう。
「それは僕も心配しているよ。そしてそれらを失った時、被害は連盟だけでなく、世界に広がるからね」
そう言われてポランドははっとした後、頷く。
すぐにそうなった時の世界に与える影響を理解したのだ。
「それでだ。今回の件、こっちとしては黒幕がいると判断している」
僕の言葉にポランドは怪訝そうな顔をする。
たが、それでもゆっくりとある人物の名前を口にした。
「アントハトナ・ランセルバーグ老……ですか?」
「ああ。その通りだ。君はどうかな?」
そう聞かれて、ポランドは少し躊躇したものの、口を開いた。
「その可能性は高いと思います。今回の手際の良さと用意周到さ、それに軍が動いていない事を考えれば……。ですが……」
思わず僕は聞き返す。
「ですが?」
その僕の聞き返しにポランドはすぐに答える。
「確かにあの老人は今の連盟の政治を嘆いていました。ですが、それでもこんな事を望むとは思えないんですよ」
「そうか……」
本人を知らない以上、それ以上言う事は出来ないでいると、何か決心したのだろうか。
ポランドは表情を引き締める。
「そっちの件もこっちで調べさせてもらってもよろしいでしょうか?」
「それは構わないし、こっちとしてはありがたいんだが……」
「なら、早速動いてみます。緊急以外は報告書はいつも通りに」
「ああ。わかった。任せるよ」
ポランドの決意に圧される形で承認したが、連盟にきちんとしたツテを持っていないこっちとしては止める事は出来ない。
それに止めたとしても彼は秘密裏に動くだろう。
なら、きちんと承認した方がいい。
それに、情報も手に入るしね。
「ありがとうございます」
そう言うと、ポランドは散らかっている資料や報告書をまとめ始める。
慌てて手伝おうとすると、困ったような顔をされた上に「いや大丈夫です。それよりも別室で待っている部下を呼んでもらっていいでしょうか?」と言われる始末だ。
言われるままに廊下に出て、ドアの側で警戒に当たる兵士の一人に「待っているリットーミン商会の者にポランドが呼んでいるという事を伝えてくれ」と伝言し部屋に戻る。
部屋ではポランドが箱の中に紙の束を乱暴に突っ込んでいたが、まだ紅茶が残っているのに気がついたのだろう。
それを一気に飲むと僕を見て苦笑した。
「今度会う時は、この紅茶がもっと美味くなるような話だといいんですがね」
その言葉に僕は苦笑して返す。
「確かに、そうなるといいんだけどね。当面は難しいかもな……」
「それは難儀ですね」
「本当だよ……」
二人の口から笑いが漏れ、その乾いた笑いが部屋を満たしたころ、ドアがノックされてポランドの部下たちが部屋に入ってきた。
それと入れ違いに僕は部屋を出る事にする。
手伝う必要はなさそうだし、かえって邪魔になってしまうだろう。
だが、別れの声掛けはしないとな。
そう思って口を開く。
「今回は助かったよ。では、後の事も頼むよ」
「ええ。お任せを……」
その言葉の掛け合いでポランドの対談は終了したのであった。




