報告……
連邦艦隊の敗北、それもほぼ壊滅に近い損害の報告をいち早く受けたのは、今回の作戦の全責任者であるティムール・フェーリクソヴィチ・フリストフォールシュカだ。
彼は最初に報告を聞き、唖然として固まってしまっていた。
確かに被害はあるだろうが、まさかここまでとは思ってもみなかったのだ。
しかし、すぐにこのままで不味い、最悪の結果だと理解して顔色が真っ青になったが、それをどうにかしなければという思考へと行きつく。
まず、この情報が広がってしまうと何をしても無駄になると判断し、報告してきた彼の副官に確認する。
「この情報はどこまでいっている?」
その言葉に、副官はニタリと笑みを漏らす。
「ご心配なく。ここではまだほんの数名しか知りません」
「ふむ。そうか。それで、ここ以外はどうなっている?」
「そう聞かれると思い、すでに手を打っておきました」
その副官の言葉に、フリストフォールシュカはぴくりと眉を動かしたものの「ほう……」と続きを促す。
それを受けて、副官は自分が独断で実行したことを詫びつつ、行った事を説明した。
副官が行った事。
それは大きく分けると、情報のこれ以上の漏洩を防ぐことと、証人の確保であった。
情報の漏洩は、関わった者達の拘束や隔離などですでに現地のハンリスト港に副官の子飼いの部下が部隊を率いて向かっており、数時間後には関係した者達の確保及び拘束、また、それに合わせて情報管制を敷き、ハンリスト港を情報隔離、しばらくは監視下に置く。
次に、証人の確保だが、慰労や治療と称して、近くの小島にある療養施設で監視するように手はずを進めている。
また、国内での情報規制をより強め、今回の事が公にならないように監視体制を整える。
そういった事を命令したらしい。
その報告を聞き、ふーとフリストフォールシュカは少し安堵した様子で息を吐き出した。
「よくやってくれた。このことが大きく広がってしまうと、国の士気が大きく低下し、今の政権が揺らぐ恐れがあるからな」
あくまでも国の為と言いながら、要は自分の汚点隠しである。
しかし、副官もそれはわかっている。
だが、そんなことを指摘するほど野暮ではないし、かなりおいしい目も見させてもらっている。
だから頷きつつ同意を示す。
「ええ。その通りです。さすがです」
そう言った後、副官は少し考えこんでから口を開く。
「それで本部への報告はどうしましょう?」
「何とか誤魔化すしかあるまい」
「なら、こういうのはどうでしょうか?」
そう前置きした後、副官が言葉を続けた。
「艦隊戦は勝利し、敵フソウ連合の艦隊をほぼ壊滅せしめたが、我が艦隊の被害の大きく、しばらくは修理と回復に時間がかかると……」
「ふむ。それはいいな。そして時間を稼いだ間に……」
「はい。戦力の立て直しを行いましょう。艦船の数が揃うまでは、私の息のかかった部隊で兵の育成を行います。ですので、一部施設をお借りしたいと思っていますが、よろしいでしょうか?」
その言葉に、フリストフォールシュカは頷く。
「うむ。いいだろう。直ぐに取り掛かれ。私は本部への報告書を用意するから、後は任せるぞ」
「はっ。了解いたしました。お任せください」
副官はそう言うと退室していった。
その後姿を見つつ、フリストフォールシュカはニタリと笑う。
今まで何人もの副官を使い潰してきたが、今回のはなかなか使えるじゃないかと思いつつ。
そして、すぐに別の部屋で待機している直属の部下を呼び出す。
もちろん、命じることはただ一つだ
「彼がする事を秘密裏に監視し報告せよ」
彼は自分以外を信用していない。
常に二重三重に保険をかける。
だからこそ、今まで生き残ってこれたのだ。
直属の部下が命令を受け隣の控室に戻ると、フリストフォールシュカはデスクに向かう。
報告書を用意するためである。
さて、どういった内容にすべきか……。
少し考えた後、どうせ真実などそうそう広がらないだろう。
ならば精々派手に書いておくか。
そう思いつつペンを取る。
普段なら、部下に書かせることが多いのだが、今回は自分で書くしかないな。
なんせ、自分の頭の中での仮想の戦いの報告なのだから。
そう思考し、フリストフォールシュカは苦笑を浮かべた。
後年は小説家でもなるかと思いつつ……。
そして、二時間後、試行錯誤の後、数回の書き直しを経て彼の報告は完成した。
そこでのフソウ連合の被害は、超々大型戦艦二隻撃沈から始まり、実に八十六隻の艦艇が失われたとなっており、最後は『今回の被害でフソウ連合は所有する艦艇の大半を喪失し、大きく戦力を失った。我々の勝利である』と締めくくられていたのであった。
翌日、その報告を聞き、自軍の被害の大きさに驚いたイヴァンではあっが、敵であるフソウ連合の艦隊をほぼ壊滅させ、かなり損害を与えたことに満足したのだろう。
報告を終えたフリストフォールシュカに頷きつつ微笑む。
「ふむ。皆、国の為によく尽くしてくれた。特にミドルラス大将を始めとして死してもなお奮戦した人々は、まさに国民の、軍人の鏡と言っていい者達だ。丁重に扱うように。それと戻ってきた者達もしっかりと休むように伝えておいてくれ。いいな、同志ティムールよ」
「はっ。イヴァン様のその言葉で、戦った者達も満足し、亡くなった者達も自分たちの苦労が報われたと思う事でしょう」
「そうかそうか。それと、同志ティムールよ、引き続き、軍を任せる。憎き帝国と公国にとどめを刺すべくより奮戦せよ」
「はっ。勿論でございます」
そう答えつつ頭を下げるフリストフォールシュカ。
イヴァンに見えないからだろうか。
下げた顔には安堵の色が浮かんでいる。
何とかなった……。
これで一息つける。
後は……。
そんなことを考えているフリストフォールシュカを数名の幹部が冷めた目で見ていた。
彼らは、独自の情報でこの報告が嘘八百の酷いものであると知っていた。
だが、告げ口をしてもフリストフォールシュカの恨みが恐ろしくて見て見ぬふりをしているのだ。
そして、思う。
そうか、あいつがこんなことをしているのなら、我々だってやっても文句を言われる筋合いはない。
こんな事はプリチャフルニアがナンバー2の時は、考えもしなかった。
プリチャフルニアは、どんなに不利でも偽ることはしなかった。
常に本当の事のみを報告していたからだ。
確かに他人の事になると少しの感情は入っていたかもしれない。
だが、自分の事に関しては、間違いなく、曇りの一点もない硝子のように澄み切っていた男だった。
だから、彼を尊敬し敬うものが多かった。
そして思うのだ。
自分もあのようになりたいと。
もちろん、誰もがそういった訳ではない。
権力を始めとする力は人を腐らせる。
腐った者ほど彼を目の敵にした。
強く、より強く……。
それは強い光に対して強い影が出来る様でもあった。
そして、そんなプリチャフルニアはもういない。
後は強い影だけが残り、それは周りに広がっていく。
もう後は黒く染まっていくだけだ。
こうして連邦政府はますます自分のミスを誤魔化すような誇大に報告されるようになり、現場の真実はますます届かなくなりつつあった。
そして、報告があった二日後、凶報が届く。
公国の艦隊に軍港フルターキーナが攻撃を受けたという報告であった。
魚雷艇を始めとする港警備艦船の奮戦で艦隊は撃退したものの、港の施設にかなりの被害を受けたとなっていた。
もっとも、正確に言うと、防衛部隊の魚雷艇群はフソウ連合から買い取った駆逐艦により殲滅され、艦砲射撃によって港施設は壊滅なダメージを受け、敵艦隊は損害をほとんど受けることなく帰投したというのが正しいのだが……。
そんなイヴァンの怒りを買いそうな報告を誰がするだろうか。
薄々わかっていた者もいたようだが、誰も何も言わなかった。
見て見ぬふりを決め込んだのだ。
そんな周りの雰囲気など気にせず、イヴァンは聞き返す。
「ふむ。敵艦隊に被害を与えて追っ払ったのだな?」
そう聞かれ、報告者は汗を拭きつつ答える。
「はっ。もちろんでございます」
「わかった。港の復旧を急がせるように」
イヴァンはそう言うと、ため息を吐き出した。
そして表情を引き締めると叫ぶように言う。
「我が国は敵が多すぎる。まずは、公国だ。海戦では追い払うだけかもしれんが、陸戦では我々が有利である。増援を送り、前線司令官に何としても敵前線を突破し、攻め立てよと伝えろ。被害はどれだけ出ようが構わん。それぐらいやらんと気が収まらん」
「はっ。直ぐにでも……」
こうして一月の終わりには、連邦の公国に向けての大攻勢が始まる。
もっとも、用意されたのは、ろくに訓練もされていない未熟な兵と貧弱な装備、それにあまりにも少ない補給物資であった。
結局、フソウ連合への攻勢からはじまった戦いは、連邦を追い詰める泥沼へと繋がっていくのであった。




