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異世界艦隊日誌  作者: アシッド・レイン(酸性雨)
第二十六章 キナリア列島攻防戦

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血の惨劇  その2

赤シャツ団が襲撃したのは、十二人会議が行われていたポルメシアン商業組合本部だけでなく、ポルメシアン商業連盟首都リスドランにある政府、民間の主要施設すべてであった。

もちろん、主要十二商人の商会本部もそれに含まれている。

また、その際に各地で流血を伴う事件が多発したが、軍は動かなかった。

軍は各商人の影響力にあったものの、前回の無理な計画実行での艦隊編成と出港、そしていきなりの中止に完全に呆れ返っており、また普段から格下と見られこきつかわれていた事もあって様子見という形の見限りを決めたようだった。

もちろん、団からの根回しによって軍の一部がそういう風になる様に働きかけた事もあるが、何より日和見的なこの国の軍部の考え方であったことも大きかった。

そして、国民の反応だが、一部の熱狂な赤シャツ団支持者を除くと無反応に近かった。

今までの一部の商人に好き勝手やられていく政治体制にうんざりして心の中では革命を求めてはいたが、赤シャツ団のようなヤクザまがいの行為によって利権ばかり求める愚連隊のような連中を支持したいとは思わなかったからだ。

もっとも、その狂信的に支持する人々の声が大きくて、まるでそれが国民の意思みたいに聞こえてしまっているかもしれなかったが……。

そして、強い光あるところには、より強い影が生まれる。

民衆や軍の一部に今回の流血革命を快く思っていない者達もいた。

リネット・パンドグラ少佐もそのうちの一人である。

彼は前回の戦いの責任を取らされて首都の近くにある駐屯地の後方勤務へと転属させられていた。

彼はその報を聞くと、席を立ってすぐに情報収集を始めた。

何も知らなければ何も判断できない。そう思ったのだ。

そして、時間が経って入ってくる情報に、これはかなり用意周到なものであると気がつく。

もし以前の彼ならば、そんなこと知ったことかとばかりに自分の部下を使って反抗を開始しただろう。

だが、今回、彼はだんまりを決め込んだ。

商人主導の政治体制に不満はあったのもあるが、それ以上に一人でやっても何もできないと前回の戦いで散々学んだからだ。

その結果、一人の友を失ったが、それは彼を臆病に、そして慎重にさせるきっかけとなった。

だが、何も情報収集だけで終わらせたわけではない。

後方勤務になって出来たツテや交友関係を使って、自分と同じように赤シャツ団に不信感を持つ者達と秘密裏にコンタクトを取り始めたのである。

同志を集める。

以前の彼からは考えられない行動であった。

だが、それが功を制したのだろうか。

この後行われる赤シャツ団(後に改名してポルメシアン親衛隊と命名される)による反対派狩りに、考えなしに行動に走った者達が次々と捕まる中、彼と彼の同志達やコンタクトを取っていた者達は捕縛されることはなかったのである。

そして、惨劇が繰り返されてポルメシアン商業連盟首都リスドランの至る所で血の雨が降り地を赤く染めてから実に五時間後の十九時三十分、トラッヒ・アンベンダードは数名の部下と共にとある人物から夕食に招待されていた。

とある人物。

それは今回の革命を裏から計画した人物であるアントハトナ・ランセルバーグである。

普段の彼ならば、こんなことに手を出すことはなかっただろう。

だが、老いと発病してからの体力低下は、彼の活力を奪い、代わりに焦りを生み出した。

もちろん、部下からの提案もあっただろうが、焦りが彼の今まで精巧で狂いのない思考を簡単に狂わせてしまう。

部下の言うもっとも短期間で結果を出せる方法という言葉を信じて、飛びついてしまったのだ。

それは、のちに伝説の商人として書籍化された際に、著者からアントハトナ老、最大にして唯一のミスと記されることになる。

もっとも、現時点ではそんなことが判るはずもなく、アントハトナ老は実行者からの成功の報告を聞きながら久々に食事を楽しんでいた。

「そうか。そうか。ほぼ実権は把握したか……」

「はい。お陰様で。国民も軍もほんの一部を除いて、通常通りでございます」

アントハトナ老の問いにそう答えたのは、トラッヒである。

その顔に浮かぶのは、狡猾な笑みでも冷たい笑みでもなかった。

表面だけであったかもしれないが、見た目は感謝と敬意を感じさせる笑みだ。

彼にしてみれば、アントハトナ老の支持があればこそ、今回の改革は成功したようなものである。

つまり、今回の革命の最大の功労者と言ってよかった。

また、今後も支援を求めることになるであろう相手でもある。

だから、ぞんざいに対応する事は出来ないのだ。

だからこそ、今ここで夕食を共にしていたのである。

「そうか。そうか。それはよかった」

「ですが、一つだけ気になることが……」

そう言われて、肉を切る動きを止めてアントハトナ老が片眉を引き上げて聞き返す。

「気になる事?」

「はい。実はリットーミン商会の事なのです」

その言葉に、アントハトナ老の手の動きが完全に止まり、姿勢を正すとトラッヒに視線を向けた。

要は聞き流す程度のつもりではないという事か。

そう判断したトラッヒは一回咳をすると口を開いた。

「実は、唯一商会関係者を捕縛できなかったのです」

ここでいう商会関係者とは、商会内である程度の権限を持つ人物の事である。

「ほほう……」

面白そうに顔を歪めると続きを催促するかのような相槌をアントハトナ老がする。

「占拠した建物の中はほとんどもぬけの殻でした。捕縛した者達も、雇われているだけの実権を持たない者達ばかりで……。まるで夜逃げした後のようでしたよ」

トラッヒは最後に自分が思った感想を呆れ返った口調で付け足したが、それが受けたのだろうか。

アントハトナ老は楽しげに笑った。

あの男、こうなることを予想していたのかもしれん。

それなら、ここ最近の動きも合点がいく。

ふむ。もしかしたら、私を超えることが出来るかもしれん大魚を逃がしたのかもしれんな……。

そのアントハトナ老の笑いに、トラッヒは戸惑っていたが、アントハトナ老の「気にするな。ただの思い出し笑いよ」の言葉に、納得できないものの食事を再開する。

その様子を目を細めて見つつ、アントハトナ老は考える。

この男が地ならしをした後に、あの若造、ポランド・リットーミンを呼び寄せて国を任せたら、面白いかもしれんな。

うむ。それでいこう。

それでこの国はきっと救われる。

そして、不死鳥のごとく蘇るだろう。

より強い国として……。



こうして、惨劇当日の夕食会は終わり、トラッヒは部下と共に団本部に戻ることとなった。

さすがにアントハトナ老の見送りはなかったが、代理人であるムンダスト・リンクルベリーが玄関まで見送る。

「本日、こうして招かれ、成功の報告が出来たのも、アントハトナ老のおかげとお伝えください」

トラッヒがそう言って頭を下げるとムンダスト・リンクルベリーも頭を下げた。

「いえいえ。ご謙遜を。トラッヒ殿と団の結束力があっての事です。私の方も今後も継続していきますので、今後ともよろしくお願いいたします」

ニタリと笑うかのような笑みを浮かべて発されたその言葉に、トラッヒはここに来て初めて口角を突き上げる残酷な笑みを浮かべた。

「ありがとうございます。アントハトナ老にもお身体を大事にと……」

「ええ。伝えておきますとも。無理せずに養生していただけるように我々もやっていきますので……」

「それはよかった。お互いの目標の為に頑張りましょう」

そう言った後、トラッヒは身体の向きを変えた。

部下が玄関を開くと庭に付けられた明かりや建物の明かりが当たらない場所はもう夜の闇が広がっている。

「では、失礼します」

「ええ。お気をつけて……」

二人は笑いつつそう会話して別れる。

トラッヒと部下は玄関の外に歩き出し、ムンダスト・リンクルベリーは玄関先で見送っている。

二人の表情は実に満足気であった。

そして、迎えに来ていた団の車に乗り込むとトラッヒはすぐに口を開く。

「いいか、明日からは不穏分子を徹底的に狩れ。一匹も逃すなよ」

「はっ。了解しました」

部下の一人がそう言って敬礼する。

「うむ。任せたぞ」

トラッヒはそう言って満足げに頷くと瞼を閉じた。

瞼の下には、さっき一緒に会食したアントハトナ老の姿が浮かぶ。

思ったよりも衰えが早いようだ。

やはり、薬がかなり効いているようだな……。

そして、瞼を閉じたまま口を開く。

「ここにも部隊を配属させろ。何か言われたら、警備の為だとでも言えばいいだろうしな」

「はっ。了解です」

こうして、『血の惨劇』と呼ばれる革命の初日が終わる。

この革命の被害者は、実に三百人以上だったが、きちんとした数が発表されたのはトラッヒが死んでからの事になるのであった。

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