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異世界艦隊日誌  作者: アシッド・レイン(酸性雨)
第二十六章 キナリア列島攻防戦

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訪問者

連邦の東部にスカアラという街がある。

周りが平地であり、安定した気候、それにすぐ側に大きな川がある為、連邦内では豊かな方に当たるだろう。

そんな小さな街の少し離れた古びた一軒家。

その一室で一人の男がテーブルに置いた一枚の紙に書かれた内容を食い入るように見ていた。

そしてすべて読み終わったのだろう。男は天を仰ぎ、深くため息を吐き出した。

男の名は、プリチャフルニア・ストランドフ・リターデンという。

ほんの三週間ほど前までは連邦政府の中枢にいて、ナンバー2だった男である。

もっとも、今の彼は、すべての権限を失い、僅かな貯えを持つ平民でしかなかったが……。

それでも、以前とは違ってのんびりとした生活を送っている。

時間がゆったりと流れていく。

そんな久しく忘れていた感覚に慣れ始めた頃であった。

だが、そんな生活に一つの爆弾が舞い落ちる。

それが今テーブルにある紙だ。

紙にはでかでかと号外と書かれており、政府公認の印さえしてあった。

それはつまり、政府がマスコミを使って広く国民に知らせているという事を意味している。

そして、その号外のタイトルはずばり「フソウ連合に制裁を下す」となっており、今回実施されている『ケルパニック』作戦の事が書かれている。

もっとも、ここまで情報公開しているという事は、作戦はほぼ実施段階直前といったところだろうとプリチャフルニアは考えていた。

そうでなければ、ここまで宣伝しないはずだし情報公開もないだろう。

要は、国民の士気高揚を兼ねてということだろうが……。

だが、どう考えても無謀として思えない。

それに二百隻の大艦隊というが、それだけの戦力がどこにあるというのだろうか。

外洋で艦隊行動が出来る艦艇など数えるほどしかないというのに……。

だが、すぐにあることが頭に浮かぶ。

そして、プリチャフルニアは眉をひそめて渋い表情になった。

「まさか……」

そんな言葉が無意識のうちに漏れる。

だが、どう考えてもそれしか考えられない。

そうでなければ、艦船をそろえられない。

そして、彼は舌打ちをする。

心の奥底から湧き上がる感情。

それは、まともな判断のできない今回の作戦立案者への呆れであり、死んでいく事になる兵士たちに対する哀れみ、そして自分が用意していたものが本来以外の使い方をされていることに対する怒りが交じり合った複雑なものであった。

「あれを使っても勝てるわけがないのが判らんとは……」

そう呟きが漏れる。

彼が計画を推し進め用意したもの。

それは特務巡洋艦であり、武装商船だ。

もっとも、プリチャフルニアは実際に使われたように戦うためにそれらを用意したわけではない。

あくまでも、海路を守る為、帝国や公国の艦隊から流通路を確保する為のものであった。

まだ鉄道が復旧しきっていない今の連邦は流通の実に九割近くを海路に頼っている。

だが、連邦海軍の残存戦力では、公国だけではなく、帝国でさえも対抗できない。

だからこそ、少しでもと思って簡易にできる商船の武装化や量産性を重視した特務巡洋艦を生産し、敵艦隊に対しては魚雷艇で、海路の安全は武装商船、或いは特務巡洋艦でという考えを何度もきちんと説明していた。

だが、この号外を見ればその説明は全くと言っていいほど理解されていなかったという事になる。

ふーっ。

息を吐き出す。

流通は、国にとって血液みたいなものである。

そして、それは国民にとっても生命にかかわる恐れが高い大事なものだ。

それがもし滞った時、どうするつもりなのだろうか……。

いや、もしではない。

間違いなく、作戦は失敗して駆り出された戦力は大きく失われるだろう。

そして、その結果引き起こされる未来は決まっている。

物流が滞って国力は低下し、国民は飢えるのだ。

多くの国民が苦しむことになるだろう。

だが、それが判っていても、今の自分には何もできない。

出来る事と言えば、彼と彼の同居人の分の食料を確保することだけだ。

無力だな……。

そんな思いが沸き起こる。

だが、その思いは、玄関を叩く音で中断された。

恐らく同居人が戻ってきたのだろう。

そう言えば、今日は買い出しをしてくると言っていたな。

恐らくたくさん買い込みすぎてドアが開けられなのだろう。

そんなことを思って苦笑を浮かべると、プリチャフルニアは玄関に向かう。

「ミーシャか?また買い込みすぎたのかい?」

笑いつつそう声をかける。

ミーシャ・リミットンハ・ロマノフ。

プリチャフルニアの同居人であり、以前革命に参加する前までは付き合っていた女性だ。

その後、革命に巻き込むことを恐れたプリチャフルニアが別れを切り出し、実に六年が過ぎていた。

そして、以前住んでいた街を転々とめぐっていた時に再会し、すっかり疲れ切っていたプリチャフルニアは彼女の優しさに甘えてしまった。

癒されたと言っていいだろう。

元々嫌いだから別れた訳ではない。

好きだからこそ、巻き込みたくなくて別れたのだ。

彼女もそれが判っていたのだろう。

今やそれが当たり前のように二人は一緒に生活するようになっていた。

そして、二人で生活して思うのだ。

こういった生活も悪くないと……。

男と女が一緒に生活し、子供を産み、そして死ぬ。

その当たり前の生き方が、これほど素晴らしいとは思いもしなかった。

だからこそ、ここ数日、彼は思っていた。

身を固めるかと。

革命に参加することで結婚なんて諦めていたはずなのに、今、自分はそれを考えている。

驚くと同時に自分の変化を笑ってしまう。

もう終わったのだ。

よし。今夜、夕食が終わったら話をするか……。

もし断られたらどうしよう。

一瞬、そんなことを思ったが、それは考えないことにした。

年甲斐もなくドキドキした。

生きているという充実感があった。

だから、プリチャフルニアは微笑みを浮かべてドアを開けた。

「遅かったじゃないか、また沢山買い込んでしまったのかい?」

そう声をかけかけたが、目の前に立っていた三十代の女性、ミーシャは戸惑ったような、困ったような表情を浮かべていた。

そう言えば、荷物もそれほど多くない。

なら、なぜ入ってこなかったのか……。

その理由はすぐにわかった。

彼女の後ろに人影があったのだ。

「えっと……、あなたに会いたいって、お客様が……」

彼女は何とかそう言った。

別に脅かされているという訳でもなく、ただどうしていいのかわからない、そんな感じであった。

視線をミーシャから後ろの人影、男性に向ける。

男はにこやかな笑みを浮かべると頭を下げた。

「はじめてお目にかかります、リターデン様。私、ヤロスラーフ・ベントン・ランハンドーフと申します」

その言葉使いは穏やかで丁寧であり、雰囲気や物腰からは洗礼されたものが感じられた。

しかし、プリチャフルニアはその笑みと言葉遣い、そして醸し出す雰囲気からかえって胡散臭いものを感じていた。

だが、ここで騒ぎ出すと間違いなくミーシャを巻き込む。

そう判断したプリチャフルニアは、笑みを浮かべると頭を下げた。

「これはこれは丁寧なご挨拶をありがとうございます。ここで立ち話もなんですから奥にどうぞ」

そう男に言った後、プリチャフルニアはミーシャに視線を向ける。

「済まないけど、荷物を置いた後、お茶を用意してくれるかい?」

「え、ええ。構わないけど……」

普段のプリチャフルニアとは違うとわかったのだろう。心配そうな顔でそう言われる。

まだまだだな。

自分の変化を隠しきれない不甲斐なさに心の中で苦笑しつつ、答えるプリチャフルニア。

「ああ、大丈夫だよ」

そう言った後、視線をヤロスラーフに向ける。

「もちろん、今日は話をしに来られたのですよね?」

そう聞かれ、ヤロスラーフは苦笑を浮かべて答える。

「勿論ですとも」

それで少しほっとしたのか、ミーシャはふうと息を吐き出した後、微笑んで台所に向かう。

その後姿を見送りつつ、プリチャフルニアは小声で言う。

「その言葉使いというか、訛りは西部地区当たりの出かな。それと帝都にかなり長く住んでいたような印象を受ける……。つまり、公国じゃないな……。帝国の関係者といったところか……」

その言葉にヤロスラーフは少し驚いた表情になったが、プリチャフルニアは視線を台所に向けたままなので気がつかない。

「さすがですな……」

思わず声が出た。

そんな感じの声に、やっとプリチャフルニアは視線をヤロスラーフに向けた。

「話は聞く。だが、それだけだ」

厳しい表情でそう言うプリチャフルニアに、ヤロスラーフは微笑んで答える。

「勿論ですとも。今回は話をしに来ただけです。顔つなぎとでも思っていただければ……」

その言葉に、プリチャフルニアは眉をひそめて大きくため息を吐き出した。

「そう願いたいよ……」

自分にとってヤロスラーフは厄介な客人としか思っていないことがはっきりとわかるほど大げさに吐き捨てる様にそう返したのであった。

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