キナリア列島攻防戦 その7
第一群、第二群、それに支援艦隊から悲鳴のような支援要請が何度も届く。
それは生き残るための必死な声であり、叫びでもあった。
たがそんな中、本隊の第三群も混乱の極致にあった。
さっきまで相手を舐め切っていたはずのミドルラス大将は、砲撃して接近してくるフソウ連合に恐怖し、パニックになりかけていた。
いや、そんな生易しいレベルではない。
半狂乱といった方がいいのかもしれない。
「司令、このままでは擦り減らされてこちらが全滅するだけです。ここは一点突破して他の艦隊へ向かえば、他の艦隊への援護となり、まだ何とかなるかもしれません」
副官がそう言うと、重戦艦パストロリナグスの艦長も進言する。
「確かにこのままではジリ貧です。副官殿の言う通り、ここは何とか引いて他の艦隊の支援を行い、体制を整える必要があるかと」
二人の進言は、この追い込まれた中で、何とか活路を見出そうとする前向きな進言であった。
しかし、半狂乱となり、混乱しているミドルラス大将にとってみれば、その言葉はより深い混乱の中へ引きずり込む結果となってしまった。
「い、一点突破だと?!何とか引くだと?!この状態でか?それに他の艦隊と合流してどうなる?他の艦隊もかなりの被害を受けているのだ。そんな艦隊を集結しても、勝てるはずがない」
ヒステリックに叫ぶように言うミドルラス大将に、副官は呆れ返った顔で聞き返す。
「では、どうされるのですか?司令が迷えば迷うほど戦況は不利になります。多くの部下たちが死ぬことになるのですぞ」
「そ、それは……」
言い淀むミドルラス大将に見切りをつけたのだろう。
艦長が冷たい口調で言う。
「降服なさいますか?」
「き、貴様っ、何を考えていやがるっ」
「なら、撤退しましょう」
すかさず副官がそう進言した。
だが、それらの言葉を聞き、ミドルラス大将が叫ぶ。
「そ、そんな惨めな選択が出来るかっ」
そして、ハッとした表情を浮かべた後、震えながら笑みを浮かべた。
その笑みは、余りにも冷たく、そして狂った笑みであった。
「そ、そうだ。どうせ、降服しても、撤退しても悲惨な目から逃れられないんだ……。ならば……」
そう呟くと、顔を上げて高らかに宣言する。
「我々は、最後の一人になっても戦うのだ。連邦の兵士は諦めず不屈の闘志で戦う敵が恐れる存在にならねばならんのだ!!」
だが、そう言うミドルラス大将の足はガタガタと震えている。
要は、現状の連邦の体制ではこのまま帰ったとしても責任問題で知っている者達に嘲笑されて惨めで無様な姿をさらして死刑にされるのは明白であり、もし降服しても今までの名誉は泥にまみれて惨めな生を受け入れなければならない。
ならば、ここで死んだ方が遥かにマシではないか。
そういった思考に行きついたのだ。
もっとも付き合わされる部下や兵士たちにとっては傍迷惑でしかない決定である。
ミドルラス大将のその考えが周りの者達もわかったのだろう。
偉そうな言葉とは裏腹に、部下たちの士気は最低に落ち、副官も艦長も怒りに震えていた。
「いい加減にしろ。てめえの都合に他人を巻き込むな」
遂に副官が切れてそう叫んでつかみかかる。
誰もそれを止めようとしない。
だが、それが本能的にわかったのだろうか。
ミドルラス大将は掴みかかってくる副官を蹴り倒し、腰にあった護身用の拳銃を構えた。
「うるさいっ、きさまらは命令に従って死ねばいいんだ。俺の死に花を添えるためにな」
そう言って狂った笑みを浮かべていたが、何か思い当たったのだろう。
ギラリと瞳孔の開いた目で副官と艦長を睨みつけた。
「そうか、そう言う事か……」
そう呟いたかと思うと、二人に交互に拳銃を突き付けて叫ぶ。
「お前らは、俺が妬ましいから邪魔をしていたんだな。俺が益々成功して高みに行くのが許せなくて、こんなことをして生き恥を晒させようと手を回したんだな。この売国奴めっ。そうかっ、フソウ連合がここで待ち伏せしていたのも、お前たちが作戦を知らせたんだ、そうだ。そうに違いないんだ」
そういった事は普通に考えればあり得ない。
復讐ならともかく、人という生き物は、自分の利益の為に自分の生命を危険にさらす行為などそうそう出来るはずもないのだ。
死にたがりでもない限り……。
そして副官も艦長も死にたくはなかった。
ただ、生き残るために必死になっていただけだ。
「いい加減にしろっ」
そう言って飛び掛かろうとした艦長にミドルラス大将の拳銃が火を噴き、艦長は肩を押さえてうずくまる。
「ぐぅっ……」
「え、衛生兵を呼べっ」
副官がそう叫ぶも、ミドルラス大将がより大きな声で叫ぶ。
「呼ぶ必要はないっ」
そしてニタリと笑った。
「どうせ、みんなここで死ぬんだからな」
艦長に駆け寄った副官がミドルラス大将を睨みつける。
それを見てミドルラス大将はケラケラと笑う。
戦いの最中であったが、艦橋内はまるで外とは違う異様な雰囲気になっていた。
だが、それも長く続かない。
フソウ連合の砲撃が艦の後方に命中したのだ。
艦体が大きく揺れ、誰もがひっくり返らないように何かに捕まろうとする。
そのチャンスを副官は逃さなかった。
ミドルラス大将に飛び掛かり、拳銃を持った手を押さえつけて壁に何度も叩きつける。
拳銃を落とすまで、そして拳銃が床に転げ落ちると憎しみを込めて腹に膝蹴りを入れた。
「ぐうううっ……」
ミドルラス大将は言葉なならない声を上げる。
そして、艦橋にいた他の乗組員も押さえつけるために動き、ミドルラス大将は取り押さえられた。
「こいつをどっかに閉じ込めておけ。それと衛生兵をすぐ呼べ」
「はっ。了解しました」
兵達がミドルラス大将を引きずるように連れていくが、それには目もくれず副官は宣言する。
「これより、本艦隊は、私、ドゴリエフス・リミットンハ・ロマノフが指揮する。まずは本艦の被害状況を知らせろ」
その言葉に、一人の部下が答える。
「誘爆は防ぎましたが、後方の主砲はもう使えません。それと機関にも被害が及んでいる為速力がかなり落ちます」
「まだ機関は何とか動いているんだな?」
「はっ。動くのは何とか……」
「よし。第一、第二群と支援艦隊に打電。『作戦失敗につき、撤退を開始せよ。無理ならば降服も許可する。命を粗末にするな』以上だ」
通信兵が慌てて無線機に向き直りって連絡を送る。
恐らく、もう遅いかもしれないが……。
副官は通信兵をちらりと見てそう思ったものの、何も指示を出さないわけにはいかなかった。
少しでも生き残って欲しいと願って……。
そして、次の命令を下す。
「本艦隊はこれより作戦海域から離脱する。艦隊を集結させよ。前方の島影に入りつつ、敵包囲網を突破して振り切るぞ」
その命令は直ぐに第三群の各艦に伝えられた。
だが、その命令はすでに手遅れであった。
遅かったと言っていいだろう。
今や第三群に無傷の艦などほとんどなく、回避運動さえもろくにできない艦もかなりの数になってしまっていたのだ。
返信でその現状を知らされ、副官は唇を強く嚙んだ。
命令がもう少し早ければ……。
だが、もうどうしょうもない。
時は戻らないのだ。
そして、副官は決断する。
「各艦に伝えろ。我々は降服する。砲撃を止めて停船せよ。それとあらゆる手段を使ってフソウ連合に降服の意志を伝えるんだ」
もしかしたら、伝わったとしても無視されて攻撃され続けるかもしれない。
そんな考えが過ったが、その考えを捨てる。
もうこれしか手はないと自分自身に言い聞かせながら……。
こうして、連邦の艦隊は、戦闘を停止したのであった。
「降伏だと?」
そう聞き返す山本大将に、通信兵が再度伝える。
「はっ。敵旗艦らしき艦艇より国際チャンネルで無線がありました」
その言葉に続いて、大和も口を開く。
「発光信号もあったぞ。『降伏スル 受ケ入レヲ願ウ』と……。それに砲撃も止まった」
確かに、もう連中に勝ち目はほとんどないだろう。
それは明白だ。
だが、素直に受け取っていいだろうか。
もしかしたら反撃の機会を狙っているかもしれん。
一瞬そんな考えが浮かんだものの、山本大将は苦笑する。
その時は、その選択の代償をたっぷり払ってもらうだけだと……。
「よし分かった。受け入れると伝えろ。それと武装解除もだ」
「で、降服を受け入れるのはいいんですが、捕虜はどうします?恐らく結構多いと思いますよ」
大和がそう聞いてくる。
その口調は少し嫌そうな雰囲気が混じっていた。
関係者以外を艦内に入れたくないという思いがあるのだろう。
「後方の支援艦隊の輸送船を使って、キナリア列島の基地で一時的ではあるが管理を頼むしかないだろう。それとすぐに本部に連絡だ。作戦終了と捕虜に対する対応をな」
「はっ。直ぐに打電します」
通信兵がそう告げる。
こうして、『キナリア列島攻防戦』は半日もかからずに終わったのであった。
副官の退却か降服せよという命令に、多くの艦が撤退を選択したがそのほとんどは損害により途中力尽き海の藻屑となり、無事にハンリスト港に逃げ帰れたのは僅か六隻だけで、また降服を選択した艦も被害が大きな艦船は自沈処理がされ、フソウ連合に鹵獲された艦船はわずか特務巡洋艦二隻、重戦艦一隻、装甲巡洋艦三隻、武装商船四隻だけであり、生き残った艦船の甲板には自沈処理した艦船の乗組員で溢れかえっていた。
こうして、参加艦艇の実に九割以上を失う大敗北となったが、これが連邦の国力を大きく削り、命運を縮めてしまったのは誰の目にも明らかであった。
また、この時のフソウ連合の被害は余りにも少なく、駆逐艦二隻が小破、六隻が損傷軽微、重巡洋艦一隻が損傷軽微程度であり、その為、のちの歴史家はこの戦いを『キナリア列島のパンドリア狩り』と称することになる。
バンドリアというのは発見されて十年もしないうちに絶滅してしまったキナリア列島だけにいた人懐っこい鳥で、人が近づいても逃げるどころか寄って来る有様で、当時このあたりを航路としていた連邦の船員たちにあっという間に狩りつくさてしまったのである。
そして、そのあまりにも一方的な狩りに、今回の戦いを重ねてそう名付けられたのであった。




