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異世界艦隊日誌  作者: アシッド・レイン(酸性雨)
第三章 二つの世界の間で

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襲来   東郷夏美の場合… その2

「お、お父さん、お母さん…久しぶりやねぇ…」

私が恐る恐るそう言うと母はあきれ返った顔で口を開いた。

「久しぶりって…軍人さんは忙しいとは聞いてるけど、一年に一回ぐらいは島に帰って来なさいよ。本当に、手紙だけでいつも済ますんだから」

そう言いつつもぎゅっと私を抱きしめる。

そんな私と母をいつも口数の少ない父は黙って笑ってニコニコと見ている。

「まぁ、元気だからそれはいいんだけど…」

しばらく抱きしめていた母が私から離れると、ちらりと私の後ろに目をやってそう切り出してくる。

ああ、やっぱりそう来るよね。

私は覚悟を決めて口を開いた。

「えっとね、私の上司の鍋島さん…」

私の紹介に母は驚いた表情をした。

軍人である娘の上司だから、もちろん軍人である。

しかし、二人とも私服姿で、さらに彼は軍服を着ていないと実になんというか軍人らしくない。

うーん…。

軍服を着ていると身分がばれるから目立たないようにと言うことであえて軍服を着てこなかったけど、失敗だったかもしれない…。

やっぱり軍服着てくるべきだったわ。

思わぬ計算ミスに頭が痛くなっていると、そんな事に気がつくはずもなく彼がすーっと前に出ると右手を差し出した。

「始めまして。東郷大尉のお父様、お母様。私、東郷大尉の上官である鍋島といいます」

「これはどうも…。いつも夏美がお世話になっております」

父が前に出ると手を握り締めて頭を下げる。

「いえいえ。いつもお世話になっているのは僕の方ですよ。本当に娘さんはしっかり者で、いつも頼りっきりですよ」

「そうですか。それはよかった。娘はお国の為に力になってくれていますか…。なんかほっとしました」

父親が安心したような顔でそう言う。

なんか今まで緊張していたのだろうか。

肩から力が抜けて表情も柔らかくなったかのようだ。

そういえば、こんな安心しきった顔を見たのはいつだったろうか。

中等学校を卒業し、軍務の学校に行って軍人になると言い出してから見ていないような気がする。

それはつまり、娘が夢をかなえる事ができるかとずっと心配してくれていたのだろうか…。

そういえば、いつも送られてくる手紙は母が多かったが、父も季節の変わり目にはいつも硬い挨拶文の様な手紙を送ってくれたっけ…。

こんなにも私の事を心配し、応援してくれていたのかと思ってしまい、泣きそうになった。

しかし、ここはぐっと我慢する。

まだ、ここで安心できないからだ。

そして予感は的中する。

「お国の為だけではありませんよ。彼女のおかげで僕は仕事が何とかできると思っているくらいですよ。それに私生活でもすごくお世話になってますし…」

爆弾が投下された。

それも巨大なやつが…。

一瞬の間のあと、母がずいっと前に出て聞いてくる。

「私生活でもお世話になっているとは…」

母の目が緊張感に包まれ、まさに鷹の目のように鋭くなっている。

しかし、彼は気づいていないのだろう。

笑いつつ口を開く。

私はそれを何とか阻止しようと声を上げるが遅かった。

母に静かにしなさいとばかりに睨みつけられ、私は黙るしかない。

そんな様子を彼はにこやかに見ている。

ああ、親の前で褒められるのが恥ずかしいんだな程度の認識なのだろう。

違うのっ。違うのっ。

お願いだから、私の気持ちを察して別の話題に…。

「ええ、朝起してもらったり、食事を作ってもらったりとかしてもらってます。特に食事はありがたいですよ。お母様仕込みですよね、あの料理って…」

ああ…、やっぱり駄目だったか…。

がっくりと全身から力が抜ける。

母の視線がちらりとこっちを見た。

目尻が釣りあがり、ニタリとした表情になる。

あれは…あの表情は…間違いなく勘違いした表情だ。

違うのっ。

まだ、そんな関係じゃないんだってばぁ…。

そんな私の思いが届くわけもなく、納得したような顔で母が返答する。

「そうですけど、お口に合いましたでしょうか?」

「ええ、すごく美味しいですよ。今まで一人暮らしが長かった為もあるんでしょうが、こういう母親の味と言っていいんでしょうか。そんな味の料理が食べられるってすごく幸せな事なんだと実感させられてます」

彼の言葉に、母はかなりうれしそうだった。

父も実にうれしそうだ。

だが、私は言いたい…。

絶対に勘違いしてる。

まだなんですっ。

まだ、二人が想像する関係になっていないんですっ。

そりゃ…いつかはと思うけど…。

でも、まだなんですよーーーっ。

しかし、そんな思いの私を置いてけぼりにして、両親と彼の会話は続いている。

挨拶だけという約束はもう完全にスルーされているが、まさかとめるわけにもいかず、私は乾いた笑いをするしかなかった。

もちろん、彼は別に変な事をいっているわけではない。

私がいかに優秀で頼りになるか、どれだけ助かっているかを言っているだけなのだが、一度掛け違えたボタンは元の位置にきちんとはめなおさない限りきちんとならないように、両親の勘違いは塗り固められ、より堅固になり、二人の中では事実になろうとしている。

「そ、そうそう。こんなところで立ち話もなんだから、ご飯食べに行こう。ね、ね、ね」

状況を打開すべく、私はなんとかそう言う。

「ああ、そうだね。ところで大尉、どこか予約とか入れている?」

そう話を振られ、やっと気がつく。

どこも予約入れてない…。

慌てる私の態度で返事はわかったのだろう。

彼は苦笑しつつも、私に紙を手渡す。

その紙には、私のよく知っているレストランの名前と電話番号、それに時間が書いてあった。

「ここのレストランを予約しておいたから。それと…」

彼は私にそう言った後、今度は両親の方を向いて口を開く。

「今日はどこにお泊りの予定ですか?」

「いや、本島は初めてだから娘のところにでも転がり込もうかと…」

母がそう言うと、彼はニコリと笑って言う。

「じゃあ、無駄にならなくてよかったですよ。レストランの近くにホテルも予約しておきました。よかったらそちらをお使いください」

「え、えっと…お金はっ…」

私が慌てて聞くと彼は笑って言った。

「散々大尉にはお世話になってるからね。今回ぐらいは僕に任せてよ。もう支払いは終わっているから、ゆっくり親子水入らずで楽しんで来たらいいよ」

そう言った後、ドアボーイのように車の後ろのドアを開けた。

「で、でもっ…」

私が口を開きかけるも、父親が私に囁く。

「男の見栄を立ててやれ」

それでわかってしまった。

もう完全に手遅れだと…。

母もすごくにこやかに笑っている。

どうやら彼は二人に気に入られたようだ。

「あら、すみませんねぇ…。気を使ってもらって…」

そう言って車に乗り込む。

その後に父が乗り込みドアが閉められる。

「大尉、助手席にどうぞ」

唖然としている私に微笑みながら、彼は今度は助手席のドアを開ける。

私はもう笑って乗り込むしか選択肢はなかった。

「ありがとうございます…」

なんとかそう言ったものの、なんか納得できない自分がいる。

彼と両親の思いの違いに気がついてるのが自分だけであり、その違いを埋める努力を求められている事が想像できる。

プレッシャーが私の肩に圧し掛かってくる感覚だ。

いや、確かに…元々そうなるようにがんばるつもりだったんだけど…。

でも…である。

リラックスして外堀埋めている最中に、「さっさと攻略しろ。絶対だからな」とプレッシャーをかけられたらやってる方はたまったものではない。

唯一の救いは、これでお見合いの話は流れてくれそうだと言うことだけど…。

結局、今度は別の意味で大変になってしまったというだけだ。

ああ、こんな事なら、彼にきちんと説明して口裏をあわせてもらった方がよかった…。

私は車に揺られながら作戦の見積もりの甘さと状況の判断ミスを痛感するしかなかった。

そして、なぜか頭に有名な市に売られていく子牛の歌を思い出したのだった。

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