キナリア列島攻防戦 その3
一月二十九日、午前九時四十三分。
キナリア列島海域に連邦海軍艦隊第一群は侵攻を開始し、三十分もしないうちにフソウ連合のキナリア列島の駐屯している艦隊とおぼしき四隻程度の小艦隊と遭遇する。
その戦力は、連邦の規格で言えば戦艦クラス一隻、装甲巡洋艦クラス三隻程度であり、武装商船とはいえ三十六隻で構成される艦隊にかかれば一気につぶせると判断したのだろう。
迷うことなく、第一群の指揮官は戦闘を選択する。
ある程度の距離を置いての砲撃戦は互いに決定打を与えることなく、数分間続いたものの、その圧倒的な数と火力に恐れをなしたのか、フソウ連合海軍艦隊は方向転換し、後退を開始。
それを見た連邦海軍艦隊の第一群は追撃を開始するとともに、後方の第二群、第三群に敵の駐留艦隊と戦闘に入り、敵後退により追撃戦に移ると打電する。
その報告を聞き、第二群、第三群は速力を上げる。
だが、構成される艦艇によって各艦隊ごとにバラつきがある為、第二群と第三群の間が大きく開いた。
また、第一群は四列縦陣、第二群は三層の矢印の先のような形の横陣、第三群は二層の縦陣で隊列を並んでいたものの、乗組員の熟練度の差や指令の不手際などが重なり、隊列は大きく崩れ維持できなくなっていく。
その為、第一群、第二群の隊列はいつしか密集した状態になっていた。
それは、構成されている艦船の多くが武将商船という装甲が薄い船の為に必要以上に艦の間が開くことを恐れたという事と武装商船の乗組員や船長が今までは海賊などに対して密集して対応してきたためである。
要は、弱いからこそ群れる。
それが大きく動きに現れてしまっていた。
そんな有様であったから、さすがに気になったのだろう。
ミドルラス連邦海軍司令官長官の副官が口を開く。
「司令、第二群との距離が開きすぎていませんか?それに後方に位置する支援部隊がかなり遅れており、置き去りにされる形になっております。もし、敵艦隊が待ち伏せしていたら、各艦隊は分断され大被害を受ける恐れがあります。ここは一度、隊列を組みなおし、艦隊編成を行ってから侵攻を再開してみてはいかがでしょうか?」
その副官の進言だが、まさか事前にフソウ連合海軍の派遣された艦隊がキナリア列島海域で準備万端の状態で待ち伏せしているとは露程も思っていないミドルラス連邦海軍司令官長官は面白くなさそうな表情を浮かべて否定する。
「キナリア列島海域は、フソウ連合だけでなく、アルンカス王国や他の国の民間船が行き来していると聞く。それらを巻き込むのを防ぐために、もし敵が攻撃を仕掛けてくるのなら、海域に入る前だ。それは間違いない。つまりだ。それがなかったという事は遭遇した少数の艦艇で構成された艦隊のみが、敵の戦力ととるべきだ。それに報告のあった程度であれば、第一群で十分磨り潰せるし、港や基地も第二群が合流すれば、問題なく対処できる。だから、今は敵に反撃の隙を与えるよりも一気に攻撃を仕掛ける事を優先すべきだ」
その司令長官の言葉に、副長は怪訝そうな顔をする。
「そうでしょうか?」
「何か気になるのかね?」
寛大なところを見せようというつもりなのだろう。
どちらかと言うと芝居がかった感じで司令長官はそう聞き返す。
そう言われて、副官は恐る恐るといった感じではあったが、口を開いた。
「実は、私は、今、我々は敵の掌で踊らされているような気がしてならないのです。そうですね、例えるなら、『ヒュドラ』作戦の時のように……」
そう言った副官の表情は真剣であり、芝居がかった言い方をした司令長官とは、まったく真逆であった。
彼は、以前、黄金の姫騎士と呼ばれたころの現帝国皇帝アデリナ・エルク・フセヴォロドヴィチが率いたフソウ連合侵攻艦隊に参加しており、その戦いを経験していた。
あの時も囮によって艦隊は敵の罠に引きずり込まれ、島陰に隠れた敵艦隊に波状攻撃を食らってかなりの被害を受けてしまっている。
だからこそ、今の状態がその時の再現のような気がしてならなかったのであった。
だが、その言葉を司令長官は鼻で笑う。
「気にしすぎだ。それに、私は油断しきっていた自惚れで自信過剰なお姫様とは違う。問題ない。心配するようなことは起きん。」
断言するようにそこまで言われてしまえば、これ以上いう事は出来ない。
そう判断した副官は、言葉を濁す。
「それならばよろしいのですが……」
「ふん。見ておれ」
副官は自信満々に腕を組んで前方を見る司令長官をちらりと見た後、後ろに引き下がった。
だが、司令長官の視線の影に入ると、通信兵に近づき耳打ちする。
「今すぐ、第一群、第二群に連絡だ。『敵の罠の可能性あり。進行速度を遅めて隊列を組みなおし、襲撃に備えろ』と」
その言葉に、通信兵は驚いた顔で副官を見返す。
「い、いいんですか?」
さっきの会話を聞いていたのだろう。
思わず聞き返したという感じだ。
「構わん。もし私の勘違いだったとしたら、私が責任を取ればいいだけだしな」
副官はそう言うと、自虐的な笑みを浮かべる。
彼にしてみれば、今回の副官に任命された辞令を断ればよかったと思い後悔していたのである。
今回の事で処罰で降格された方がいいと思うほどに……。
だが、それ以上にそういった行動に移った動機としては、今の公国の主であるノンナ・エザヴェータ・ショウメリアが銀の副官と呼ばれた頃に、一度だけではあったが相談に乗ってもらい言われた言葉が脳裏に浮かんだことが大きかった。
彼女は、当時別の人物ではあったが上司との関係が良くなかった彼にアドバイスをした。
「副官というのは、縁の下の力持ちにならなければならない。上官より目立ってはダメだし、優秀さをアピールしすぎるのはよくない。そうなれば、上司にうざがわれ、決していい結果にはならないだろう。副官は、上官が気持ちよく指揮できる状況を作り出し、常に何事に対しても対応策を考え、それを提案し実行する。また、上司が間違っていた場合は、事前に対策を用意して何かあったらカバーするくらいのことまでやらなければなりません。そこまでやらなければ、副官としてやっていけないと私は思っています」
彼にとって、その言葉は神の信託のように感じられた。
嫌な上司でも、副官に就いた以上、やるべきことをやらなければならない。
それがどんな結果になったとしても。
彼女は最後にそう言ってアドバイスを終わらせた。
淡々とした口調に無表情ではあったが、彼にはそれがお互いに頑張ろうというエールに感じられた。
今は敵同士となってしまったが、彼はノンナによって副官としての才を開花させてもらったと思っている。
そのおかげで今の地位に就くほどまでになったのだ。
そして、その教えを実行する。
だが、副官のその行為は無駄になろうとしていた。
その無線を聞いた第一群の指揮官は、その無線の内容に納得し、念のためと思って艦隊の速力を押さえて隊列を整えようとする。
しかし、第二群の指揮官は、その無線を無視した。
確かに、『恐れ』があるというだけであり、今の勢いを止めたくないという気持ちもあった。
だが、それ以上に民間上がりの第一群の指揮官と違って生粋の軍人である第二群の指揮官は、第一群に手柄を横取りされるのを良しと思っていなかった。
それどころか、強い不満さえ持っていたのである。
だからこそ、勢いのままという言い訳を使って、あわよくば第一群の指揮官を出し抜き、手柄を独り占めしたいとさえ考えていた。
それ故に、第二群は艦隊の速力を落とすどころか、ますます上げて隊列が崩れたまま突き進む。
その結果、第一群と第二群の距離はもうほとんどない団子状態になってしまっていた。
そして、それは島と島の間の狭い海域に艦隊が密集する事であり、敵艦隊を一気に殲滅するにはもってこいの状態もある。
もちろん、その好機をフソウ連合海軍の面々は見逃すはずもなかった。
「もう少しバラけると思ったんだがな……。まさかここまで固まるとは……」
第三水雷戦隊を率いる天野寿一中尉は、敵のあまりにも不甲斐ない状態に呆れ返ってそう呟く。
その呟きに、第三水雷戦隊の旗艦であり、乗艦でもある軽巡洋艦川内の付喪神はカラカラと笑った。
「これだけ予想外にうまくいったのです。それを喜ぶべきでは?」
「まぁ、確かにそうなんだけどな」
そう言った後、苦笑した天野中尉の頭の中には、昨日行われた作戦会議の出来事が思い出される。
あの時は余りにも慢心すぎた。
指摘されて当たり前だった。
二度とあんな醜態を晒すわけにはいかん。
なせなら、俺は誇り高きフソウ連合海軍の一員なのだから……。
その決意があったためだろうか。
天野中尉は表情を引き締めると言葉を続けた。
「だが、油断と慢心は、愚か者のすることだ。俺はそうなりたくないからな。それに順調な時ほどより注意が必要だ。そういう時ほど何かのきっかけで大きく崩れるかもしれんからな」
その言葉に、川内は内心ニタリと笑った。
先ほどの言葉は、この実戦経験のないヒョッコの指揮官の品定めに発した言葉であったからだ。
まぁ、合格といったところか。
欠点がないわけではないが、このまま学んでいけばいい指揮官となるだろう。
山本大将にいい報告が出来そうだ。
そんな事を思っていると、通信兵が報告の声を上げた。
「第二戦隊の旗艦より命令きました。『海鷲は舞い降りる』以上です」
「よしっ。きたかっ」
ぱんっ。
天野中尉は気合を入れる為だろうか。
自分の太ももを叩く。
そして、命令を下した。
「各艦に伝達。これより第三水雷戦隊は、敵艦隊に対して砲雷撃戦を開始する。我に続け」
「はっ」
島影に隠れて停泊していた艦体がぶるりと武者震いするかのように震え動き出す。
動き出した軽巡川内の後に駆逐艦白雲、磯波、浦波が続く。
恐らく、囮となった第四水雷戦隊は反転し、第一、第二水雷戦隊は第三水雷戦隊と同じように島影から姿を現して連邦に襲い掛かるだろう。
こうして、後に『キナリア列島攻防戦』と呼ばれる戦いが本格的に始まったのである。




