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異世界艦隊日誌  作者: アシッド・レイン(酸性雨)
第二十六章 キナリア列島攻防戦

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提案

プリチャフルニア・ストランドフ・リターデンは失脚し、連邦の政権から姿を消した。

その処分方法にフリストフォールシュカは不満があったが、下手な事をしてイヴァンの不評を買うよりは、この機会を有効に使う事を選択する。

後に、イヴァンの愛人の一人であり、フリストフォールシュカの息のかかっている女性からの報告でこの判断が正しかったのをフリストフォールシュカは知ることになる。

意見が違って袂を分けたとはいえ、イヴァンにとっては、プリチャフルニアはもっとも古い友人で最も信頼できる部下でもあり、今回の処罰も断腸の思いで長年苦楽を共とした友人に対して下したものであったのだ。

後でその話を聞き、フリストフォールシュカはあの後下手に手を出さなくてよかったとほっと胸をなでおろすこととなる。

ともかく、これで今まで邪魔でしかなかったプリチャフルニア派を切り崩すことが出来ると考えたフリストフォールシュカは早速行動に移した。

しかし、それは余りにもあっさりとうまくいった。

プリチャフルニアが失脚した翌日から、多くのプリチャフルニア派の関係者が、地方に移動を願い出たり、辞職を申し出たのだ。

なぜそうなったのか。

それは、事前にプリチャフルニアが親しい者に自分が何かあった時の逃げ道を用意しておくように伝えていたためであった。

ある意味、人材の流失であったが、フリストフォールシュカはそうは思わなかった。

自分達の派閥の強化になるとしか考えなかったのである。

その為、重要なポストのほとんどが自分の息のかかっている者達へと入れ替えていくのは余りにも簡単に進んだ。

そして、年末最後の議会で、フリストフォールシュカはとある人物を伴って一つの作戦提案を提出する。

その人物は、作戦の制作者でもあるロジオン・ヤーシャ・ミドルラス元帝国海軍少将。

フソウ連合のジュンリョー港封鎖と東方艦隊壊滅を狙った『夜霧の渡り鳥』作戦の敗北責任を受けて更迭されたアレクセイ・イワン・ロドルリス大将の後を引き継ぎ、東方艦隊の再建を命じられた人物であった。

もっとも、やっていた事は、予算も人材もない最悪の有様であったから、ただ事後処理を淡々としていただけではあった。

しかし、それでも連邦に残った帝国海軍関係者では最上級の階級の持ち主であり、フリストフォールシュカの懐刀的な人物となっている。

そんな人物が出した作戦案、それはフソウ連合に攻勢をかけるというものであった。

だが、連邦の保有する艦艇の数はそれほど多くない。

各港に配備されている重戦艦や戦艦、装甲巡洋艦だけなら、二十隻あるかないかだろう。

だから、最初にその案をみた議会の関係者は呆れかえていた。

夢物語もほどほどにしろと……。

現実をきちんと把握できない連中にでさえ、それくらいはわかっていた。

今や、世界最強の海軍力を持つフソウ連合に、六強の中でも最弱である連邦海軍が適うはずがないと……。

しかし、議会で作戦案について説明するために前に立ったミドルラス元帝国海軍少将はそんな議会内部の雰囲気を鼻で笑った。

その余りにも自信満々で不敵な態度にイヴァンが面白そうな表情になる。

彼はこういったタイプの男が嫌いではない。

そのほとんどが不審そうな表情を浮かべる中、ミドルラス元帝国海軍少将は声を張り上げた。

「皆さん、皆さんからしたら私は気の狂った男にしか見えないでしょう。なんせ、二十隻も満たない戦力でフソウ連合に戦いを仕掛けるという事を言い出したのですから」

そこまで言った後、ミドルラス元帝国海軍少将はニタリと笑う。

その笑みに、見ていた者達の何人かが眉を顰めた。

彼らにとって、それは狂気の笑みとして見えたのだろう。

だが、そんな表情が目に入ったのも構わず、いやますます楽し気にミドルラス元帝国海軍少将は言葉を続けた。

「しかし、皆さんは知らないのです。連邦の海軍力はまだとても強大であるという事を……」

そう言ってミドルラス元帝国海軍少将が指を鳴らすと、部下が追加で資料を配っていく。

「これは?」

比較的友好的と思われる表情、それでも信じられないといった顔つきであったが、その男が聞き返す。

その言葉を待っていたとばかりにミドルラス元帝国海軍少将は説明を始めた。

「今、皆さんに配ったのは、旧型化して退役になって予備戦力となっている艦艇の一覧と、今はもうおられませんがプリチャフルニアが進められていた海軍再建計画で進められ、十分戦力になると思われる艦艇の資料です」

そのページ数は結構厚い。

「こんなにか?」

「ええ。退役して予備役に回っている戦艦十隻、装甲巡洋艦二十四隻、海軍再建計画で商船改造の武将商船四十二隻、特務巡洋艦十二隻、大型砲艦十三隻。合計で百一隻です。もちろん、公国艦隊に対抗するための魚雷艇などは含まれておりません。これらの艦艇に、各港に配備されている重戦艦三隻、戦艦六隻、装甲巡洋艦十隻を足せば、十分二個艦隊上の数がそろいます。いかかですかな?」

しかし、その言葉に関係者の一人が声を上げた。

「予備役はわかる。しかし、武装商船は戦力になるのかね?」

だが、その質問に、ミドルラス元帝国海軍少将は笑いつつ答える。

「心配される方もおられるようですね。確かに元商船ですから装甲は薄い。しかし、その機動力は高く、また積んでいる火砲は戦艦と同程度の火力を誇るものです」

「つまり、当たらなければいいという事かね?」

「そう。その通りですよ。大きな火力と機動性。これからの海戦は、それが主流となるのです。実際に、フソウ連合の艦船はその傾向が強いですから、それに対抗するためには打ってつけだと考えられます」

その説明に、議会に参加している者達は黙り込む。

まさか、これだけの数を用意できるとは思ってもいなかったし、きちんと状況に応じた戦力であるという説明に誰もが惑わされてしまう。

また、実際の陸戦では、重い鎧を着こんで戦うよりも軽装の方が戦いやすいという事は歴史が証明している。

だからこその説得力があった。

「こ、これだけ数が……。戦力があれば……確かにフソウ連合と十分に戦える…」

「ふむ。まさかこれだけの戦力がまだ我が国にあるとは……」

「驚きですよ。信じられません」

さっきまでとは違い、目を輝かせて議会関係者から洩れる言葉を、ミドルラス元帝国海軍少将は満足気に聞いて頷いている。

そんな中、イヴァンが口を開いた。

「それで、戦力があるのはわかった。で、どうするつもりかね?」

「まずは南のハンリスト港に戦力を集中させ、アルンカス王国とフソウ連合の航路の中間地点となっているキナリア列島に攻勢をかけます」

キナリア列島の名前が出たとたん、関係者の顔が苦虫を潰したようになった。

公国と帝国は、講和の条件で列島をフソウ連合に譲渡したが、連邦としては譲渡するつもりはない。

それが無人島で、産業もない場所だとしても、なぜ連中に譲渡しなければならないのかという気持ちが強いためである。

そんな関係者の反応を楽しげに見ながらミドルラス元帝国海軍少将は説明を続けた。

「ここは、今やアルンカス王国とフソウ連合を繋ぐ重要な拠点です。ここにダメージを与えれば、フソウ連合も深刻な被害を受けることとなるでしょう。そして、連中は艦隊を派遣してくるでしょう」

その言葉の後にイヴァンはニタリと笑って言葉を続ける。

「それを待ち伏せして叩く……という事か」

「はっ。その通りであります。キナリア列島は元々帝国領であり、あの辺りの情報は我々も持っています。情報の少ないフソウ連合の領海域で戦うよりは遥かに対応しやすいかと」

「ふむ。それだけではないのだろう?」

イヴァンのその言葉に、ミドルラス元帝国海軍少将は表情を変化させる。

その表情に浮かぶのは、よくぞ聞いてくれたと言わんばかりの満身の笑みであった。

「もちろんです。島や浅瀬を使い、連中を翻弄させ、より我々が有利に戦うことが出来ます」

確かに、装甲が薄い分、武装商船の方が喫水線は浅いし、戦闘艦よりも軽いために動きも機敏だろう。

イヴァンはじっとミドルラス元帝国海軍少将を見た後、口を開いた。

「同志ティムールよ。今回の作戦、お前に任すぞ。好きにやれ」

「はっ……。ですが好きにやれとは?」

「この作戦に関しては、お前が好きなようにやって見せろという事だ。この件に関しての全権を与える。絶対にこの作戦を成功させるのだ」

その言葉を反芻するのに少し時間がかかったのだろうか。

フリストフォールシュカはしばらく沈黙の後、慌てて返事を返した。

「は、はっ。了解いたしました。必ずや成功させます」

その声は上ずっていた。

それは仕方ない事なのかもしれない。

今まですべての事をイヴァンは仕切ってきた。

経済から、政治、戦いまで。

だから、一部とはいえ、全権を与えて任せられるという事は今までになかった。

しかし、今回、全権を任せられた。

あのプリチャフルニアでさえも任せられなかったことを……。

つまりは、これで私はついにプリチャフルニアを抜いて、実質の連邦のナンバー2になったという事を実感させるものであった。

フリストフォールシュカの身体がわなわなと震える。

それは感動と喜びによるものだ。

じわじわと感じられるその至福の感覚に浸り、フリストフォールシュカはただただ自分の事しか考えていなかった。

そんなフリストフォールシュカをイヴァンが冷めた目で見ている。

今のイヴァンは虚しさを感じていた。

後悔があった。

なぜ、俺はあんなことをしてしまったのかと……。

プリチャフルニア・ストランドフ・リターデン。

イヴァンにとって、最も最初の同志であり、友であり、信頼できる部下であった。

彼がいるだけで、イヴァンは無茶が言えた。

それはプリチャフルニアが何とかしてくれるという考えがあったからだ。

彼は優秀で、俺を諫め、道を正してくれる存在であった。

それは、ある意味、彼に対しての甘えであり、依存と言ってもいいものだった。

だが、もう彼がいない。

以前の時のように謹慎ではないから、しばらくすれば戻ってくるという事ではないし、もし戻ってくるように話したとしても、彼は拒否するだろう。

プライドの高い男だったからな。

それにあんなにはっきりと宣言してしまった以上、そうそう簡単に撤回もしにくい。

今の自分の声は、連邦の意志なのだから……。

しかし、そこまでわかっていて、なぜあんなことをしてしまったのか……。

自らの意志で切り捨てて、初めて大切さが実感出来た。

イヴァンは心の中でため息を漏らす。

喜びに震えるフリストフォールシュカとは対照的に……。



こうして連邦はフソウ連合に対して攻勢を開始する。

それは連邦としては初めてのフソウ連合に対しての攻勢であり、この作戦によってあくまで関わらないようにすることで穏やかであった二国間の関係が一気に変わる転機となったのである。

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