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異世界艦隊日誌  作者: アシッド・レイン(酸性雨)
第二十六章 キナリア列島攻防戦

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日誌 第四百六十日目

十二月三十日午後二時四十分。

僕は長官室で本年度最後の仕事に取り掛かっていた。

ルル・イファンの件は、大きな変化があるのは年明けだろうし、ルル・イファンから来たお客さん達は、一月中旬に派遣されるIMSA(イムサ)の査察団をのせた艦隊と一緒にお帰りの予定で、今はアルンカス王国で観光や今後の取引などの件でいろいろと動き回っているらしい。

外洋艦隊の航海も順調だし、空いたアルンカス王国の防衛は、新しく編成された第二外洋艦隊がカバーしている。

また、サネホーンの交渉の方は、向こうもフソウ連合と同じく年末年始は休む習慣があるらしく、よほどの緊急でない限り一月下旬まで中止となっていた。

つまり、仕事と言っても大体のものは昨日終わっているし、よほどの緊急でない限り呼び出しはかからない。

ただ、中途半端になっていた分を残したままだと忘れそうな気がしたので、区切りがいいところまでやっておくかと思ったら、気がついたらこんな時間になってしまっていただけだ。

しかし、来年は頭から忙しくなるだろうな。

そんなことを思いつつ、自分で淹れたコーヒーを飲みながら書類整理をしているとトントンとドアが叩かれる。

さっきコーヒー淹れたときにドアは開けておいたはずなので、誰だろうと視線を向けると三島さんが苦笑して立っていた。

三島晴海。

元マシナガ地区責任者で、現在は僕の代わりに代表代理としてフソウ連合内を飛び回って国内の意見調整に、また、フソウ連合の巫女や魔術師の頭目であり、霊的、魔法的にフソウ連合を守る為に日夜動いてもらっている。

ある意味、諜報部の川見大佐や後方支援部の鏡大佐のような縁の下の力持ちという感じだ。

また、嵐の結界を、探知の結界に切り替える際には、かなりいろいろ裏でやってくれたらしい。

さすがは、フソウ連合の魔術と呪術を統括する人だと思う。

だが、確か三島さんも仕事納めは昨日だったから、今日からお休みじゃなかったっけ?

そんなことを思っていたら先に声をかけられた。

「あらあら、まだ仕事してるの?」

「ちょうど区切りいいところまでと思ってやってたらずるずるとなってしまって……」

「相変わらず用心深いというか、準備に余念がないというか……。いろいろ苦労はしたくないだの楽したいだの言う癖に……。普通に休めばいいじゃない」

「そういう三島さんだって、仕事してるじゃないですか」

僕がそう言い返すと、これは一本取られたって感じのジェスチャーをする三島さん。

そして僕はそんな三島さんを見て笑いつつ言葉を続ける。

「それに後で余計に苦労するくらいなら、今やっておきますよ」

その言葉に三島さんはクスクスと笑った。

「相変わらず面白い人ね、貴方って……」

そう言った後、思い出したかのように聞き返してきた。

「そう言えば、東郷ちゃんは、今日からお休み?」

「ええ。実家に里帰りで、今日の午前の便で帰郷しましたよ」

僕の言葉に、三島さんがニマリと笑う。

「その口調だと、見送ったんだね」

「い、いいじゃないですかっ。付き合っているんだし……」

僕が少し拗ねたようにそう言うと、三島さんは楽しげに笑う。

「ほれほれ。そう拗ねないのっ。でも、最近はどうなのよ?君も忙しいみたいだから、彼女放置気味にしてない?」

そう言われて、僕は言い返す。

「この前の日曜日にデートしましたよ」

「ふーんっ。どんな?」

「買い出しを兼ねて二人で買い物とかいろいろと……」

「へぇ。もしかして彼女のご両親へのお土産とかも?」

「いけませんか?」

「いやいや。いけないとは言わないけど……。しかし、年末年始に会えないって寂しくない?」

まるで心の思いを見られたかのように言い当てられて、思わず僕はどもってしまった。

「い、いえっ、そ、そんなことは……」

「動揺しているってことは、そう思っていたってことか……。なんなら一緒に行けばよかったのに……」

「何を言うんですか。何が起こるかわからないのに……。それにせっかくの親子水入らずを邪魔したくないし……」

僕の言葉に、三島さんは困ったような顔をした。

「そんなことはないと思うよ。ついていったら熱烈歓迎されると思うんだけどねぇ……」

「そうでしょうか……」

そう答えた後、少し気になったので何気なく聞いてみた。

「そう言えば、夏美さんから去年も今年も『本当に申し訳ないけど大切な用事があるからどうしても休みをください』って言われたけど、どういった事情なのか知ってます?」

「理由は聞いてないの?」

「ええ。大事な用事としか……」

「意外と放任主義?」

「いいえ。彼女を信じているだけです」

思わずそう即答すると三島さんがニヤニヤとした笑みを浮かべた。

「ほほう……」

「な、なんですかっ。いけませんか?」

「君はどちらかと言うと好きなモノには固執して拘束したがるタイプだと思っていたんだけど、読みが外れたかなと……」

「そんな風に見てたんですかっ」

「怒らない、怒らないって」

「怒ってはいませんよ。でも自分でも不思議なんですよ。彼女なら信頼できるっていう気持ちが強いんです。絆があるというか……」

僕の言葉に、三島さんは苦笑する。

「惚気ですかっ」

「話振ったのは、三島さんですよ」

「そうだった。そうだった……」

そう言った後、少しまじめな表情で言葉を続けた。

「そこまで信頼できるし好きなら一緒になればいいじゃないの。結婚考えているんでしょ?」

そのストレートな言葉に、僕は躊躇するもそれは一瞬だった。

「勿論考えてます。ですが……」

それで何が言いたいのか察したのだろう。

三島さんは困ったような顔になった。

「君は用心深いというか、先の事を考えすぎて足踏みしてしまう傾向があるね。時には勢いでやってしまった方がいい時はあるんだよ」

その言葉には、年上としてやさしい思いが込められているのが判る。

「ありがとうございます」

「それに、結婚したら、もう年末年始に実家に必ず帰らなきゃいけないっていう必要性もなくなるしね」

「それは、どういう事でしょう?」

思わず気になって聞き返す。

少し迷った感じはあったものの、三島さんは口を開いた。

「彼女の母親の家系はね、三島家(うち)の遠い親戚にあたるんだ。その為、東郷ちゃんはあの辺りの豊漁の神様の巫女をしているんだよ」

初めて聞く話に、僕は思わず身体を乗り出す。

「初めて聞きました」

「そっか言ってなかったのか。でも、まぁ、そんなに隠すようなことじゃないからいいか……」

そう呟くと三島さんは話を続ける。

「ゴアンディアと呼ばれる豊漁の神様で、漁師達の、海の守り神ってところかな。年末年始は、船を飾って供物をお供えものをして一年の感謝と来年の豊漁をお願いするんだ。そして、神社で未婚の女性が巫女として奉納の踊りをする事が決まりなんだよ。それでね、最近はお湯になったからいいけど、以前は水で身体を清めていたんだって。もう寒くて寒くて……って言ってたわねぇ」

年初めの寒中水泳みたいなものかな。

そう言えば、日本の地域ごとに古いしきたりや儀式みたいなものが残っているし、似たようなものなのだろう。

ふとそんなことが頭を浮かぶ。

「へぇ。そんなのがあるのか。知らなかったなぁ」

「あら、こっちでは結構有名よ。それにフソウ連合各地に似たような儀式やしきたりは結構あってね。その為に巫女になるために年末年始に里帰りする未婚の女性は結構多いのよ」

その言葉に、僕はまだフソウ連合や彼女の事をまだまだ知らないことに気がつく。

「しかし……未婚の女性ってことですか……」

確かに巫女という事なら、未婚の女性となるのはわかる。

だが、なんとなく悔しい気持ちになった。

「寂しい?」

「まぁ、そりゃ……」

「なら、結婚考えないとね」

「なんでそうなるんですかっ」

そう言いかけて、なぜ結婚と言い出したのか分かった。

その僕の様子に三島さんは微笑む。

「そういう事。だから、結婚してしまえば、彼女は参加しなくていいから、君の側にずっといるってことだよ」

『ずっと側にいる』

その言葉は実に魅力的だ。

今や僕は公私にわたって彼女に助けられている。

それはすごくありがたいし感謝している。

でもどこかで少し引っかかっている部分があった。

彼女に頼りっぱなしでいいのかと……。

それに別世界の住人だという事もある。

そんなことを気にせず勢いで結婚してもいいんじゃないかと思う自分がいる反面、それでいいのかと踏みとどまる自分もいた。

彼女の事は好きだ。

ずっと側にいて欲しいと本当に思う。

だが、そんな問題を抱えたままでいいのか。

考え込んでいる僕を労わる様に三島さんが肩をポンポンと叩く。

「まぁ、どうするかの決断は君が決めることだ。外野がいろいろ言っていいことじゃなかったね。でもね……」

そう言って、一呼吸開いた後、三島さんは微笑んで言った。

「お似合いの二人だと思うな、私は……」

「ありがとうございます」

そして、何をしに来たのか思い出したのだろう。

三島さんは、一冊の分厚い書類を出した。

「こんな話をした後で出すのは気が引けるけど……」

それでピンときた。

「例のやつですか?」

「ええ。以前、口頭で報告した件の正式なモノよ」

「そうですか……」

僕は呟くようにそう言うと、無意識のうちに頭をかいた。

そんな僕を見つつ、三島さんは少し明るい感じの口調で口を開く。

「まぁ、現状は報告書作成の時より少しずつは改善されているんだけどね」

「どういうことです?」

「あなたの手腕で、経済の流通とアルンカス王国からの輸入でマシナガ本島に備蓄されている資材や物資の消費が減ったからね。その分、マナの消費が減って備蓄に回せれるようになっているわ」

「どれくらいです?」

「今のところは微々たるものだけど、軌道に乗ってきたらもう少し量は増えるかな」

その言葉に、僕は苦笑する。

「まだまだですね」

「何を言うのよ。よくやっているじゃない。それで目標はどれくらいの予定?」

「そうですね。原油などを除いてほぼ100%を目指しています」

「ならますます期待できるじゃないの」

「ええ。頑張りますよ」

その言葉に満足したのだろう。

「まぁ、ほどほどにしときなさいよ」

三島さんはそう言うと退室するために入り口に向かう。

「三島さんも……」

僕がそう言うと三島さんは苦笑した。

「それじゃ、何もなかったら来年に会いましょう」

「ええ。よいお年を……」

三島さんが出て言った後、僕は視線をデスクに置いた三島さんの報告書に落とす。

その書類には大きくタイトルが書かれていた。

『新たなる召喚によるマナ不足による世界的被害とそれに対する対処方法』と……。

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